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銀河フェニックス物語 【恋愛編】 第一話 居酒屋の哲学談義(まとめ読み)
<恋愛編>は<出会い編>第四十三話の続きです。ティリーとレイターがようやくつきあうことになって……
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第四十三話「恋心にテーピングして」
あすから週末、繁華街のこじゃれた居酒屋に仕事帰りの六人がいた。
こういう時に仕切るのは、女友だちのベルだ。
安くてうまいと評判のチェーン店が近くにできた、と社内でも噂になっていた。創作料理が売りだという。
個室に、お手頃な大皿コース料理が頼んであった。
ベルが乾杯の音頭を取る。
「ということで、めでたくティリーとレイターがつきあい始めたことを祝して。カンパーイ」
みんなはビールでわたしは甘いお酒で、ジョッキをかちあわせた。
「ど~もぉ」
レイターは照れもせずに喜んでいるけれど、わたしは少々恥ずかしい。
ベルとフェルナンドさん、チャムールとアーサーさん、みんなよく知った人たち。けれど、レイターと付き合うことにしてから直接全員で顔を合わせるのは初めてだ。グループデートと言う名の飲み会。
「いやあ悪いねぇ。こんな会まで開いてもらって。当然、主賓はタダなんだろ」
思わずわたしは、レイターの腕をはたいた。
「痛てぇ」
「みんな、心配してくれてたんだから、こちらで持つぐらいのこと言いなさいよ」
「は? 何で持たなきゃいけねぇんだよ」
ベルが割ってはいる。
「はい、ここは割り勘で~す」
「ちっ、じゃあたくさん食べるか」
まったく恥ずかしい。
アーサーさんが口を開いた。
「ティリーさん、このぐらいのことで気にしていたら、こいつとはつきあっていけませんよ。こいつは警護対象者の国王にだってたかるんですから」
「たかってねぇよ。仕事の範囲を超えて助けてやったから、謝礼を要求しただけだ。何が悪い」
「国民の税金だ」
「王族へ支出された後の使い道を決める権利は国王にあんだよ、関係ねぇだろが」
「適正な使用は求められる」
「謝礼は適正だ、っつうの」
ベルがフェルナンドさんにたずねる。
「フェル兄は、王族の警備で謝礼ってもらったことある?」
「ないよ。給金以外に」
フェルナンドさんは元皇宮警備官だ。
「あんたは謝礼以上においしい思いしてるだろが」
レイターの言葉にフェルナンドさんが強い口調で言った。
「レイターさん! ばらしますよ」
「うっ……」
おしゃべりなレイターが黙った。
「フェル兄、何知ってるの?」
「さて」
「後でこっそり教えてね」
ベルが耳打ちしている。
「フェルナンドォ、わかってるだろうなぁ」
レイターは怖い顔をして、フェルナンドさんに口止めしている。
レイターの過去。
おそらくわたしの知らないことがたくさんある。知りたいけれど、簡単に触れられないでいる。
「じゃあ、私が公開しようか」
アーサーさんが笑いながら言った。
「て、てめぇ」
レイターが明らかに動揺してる。
「ここの料金を全額払う、と言うなら、黙っていてもいい」
「あんたなぁ」
「というのが、お前の手口だ」
「ほんっと、昔っから嫌な性格だよな。チャムールさん、よくこんな奴の相手をしてるよ、感心するぜ」
「あなたとつき合うティリーよりは、楽だと思うけれど」
と言うチャムールの言葉で、みんなが笑った。
わたしもつられて笑ったけれど、これは冗談ではなく、真実じゃないだろうか……
*
料理が運ばれてきた。
生の魚介類の盛り合わせ。オイルソースにつけて食べる創作料理は見るからにおいしそうだ。
「お先に」
と言って白身のお魚を一切れ口にしたベルの顔が曇った。
「どうしたの?」
「冷たい。解凍されてないよこれ」
「どれどれ」
レイターが口に放り込んだ。
「ふむ。確かに」
「文句言わなくちゃ」
ベルが店の人を呼ぼうとしたのを、レイターが制した。
「まあ、待てや。証拠を押さえておこうぜ」
「凍ってて、まず~い」とわざと眉間にしわを作りながら口にするベルの動画をレイターが通信機のカメラで撮影した。
「じゃ、呼ぼうか」
というベルを、またまたレイターは止めた。
そして、ポケットからライターを取り出した。
まさか、こんなところでタバコ吸うんじゃないでしょうね。と思ったところで、レイターは料理に向けて火をつけた。
ライターに見えたそれは小型バーナーだった。
ジュオーという音とともに、青白い炎が勢いよく出た。
あぶられた魚の表面がチリチリとはぜる。いい香りがしてきた。
手際よく表面をこんがりと焦がしていく。美しい動きに思わず見とれてしまう。この人は調理師免許を持っているんだった。
「できたぜ、食べてみな」
ベルがさっそくつまむ。
「おいしい!」
「だろ」
わたしも口に入れた。
香ばしい匂いが口の中に広がる。焦げ目のついた部分と生の触感が舌の上で絶妙に交じり合う。
「ほんとだ、おいしい」
「まずい、って言われたら、料理がかわいそうだろ」
とレイターがウインクした。
決しておいしいとは言えないわたしの手料理。
レイターから、「まずい」という感想を言われたことはない。
わたしに気を使って、というより、料理そのものに対して愛が深いからなのだということに気が付く。
あっと言う間にみんなで平らげてしまった。
続いて運ばれてきたお肉料理はソースが個性的だった。わたし好みの味。
「この味って、レイター作れる?」
「どれどれ」
レイターがソースを薬指につけてペロリと舐める。
「ふむふむ、ちょっと珍しいガリ星の香辛料を使ってんな。これなら通販で買えるから、今度作ってやるよ」
「レイターって、本当に料理が上手なのね」
チャムールの言葉が自分が褒められたようにうれしい。レイターがわたしの彼氏なのだと実感する。
ベルが言った。
「レイターは子どものころ、贅沢なものを食べて舌が肥えたんだっけ?」
五つ星のシェフ、ザブリートさんのお店へ行った時に聞いた話だ。
「知ってるかい? 贅沢なものを食って育ったアーサー坊ちゃんはレシピに塩適量、って書いてあると調理できなくなっちまうんだぜ。グラム単位で記せとか文句言ってやんの」
今、レイターは自分の話からアーサーさんの話へ話題をすりかえた。この人は自分の過去の話をしたがらない。
チャムールがアーサーさんを見る。
「そういえば、アーサーが作ったものを食べたことがないわ」
「私は料理ができないわけじゃない。塩の量も一度記憶すれば問題なく作れるさ」
「すごいぜ、こいつの料理、レシピの写真と寸分違わないモノが出てくる。イモの向きや角度まで同じ。バカだぜ」
アーサーさんは見たものすべてを記憶する高知能民族の末裔だ。
「手本を模倣することから物事の習得は始まるんだ」
「お得意の冗談も、もっといい手本を用意したほうがいいんじゃねぇの」
少年時代から一緒に戦地にいたというこの二人は、仲がいいのか悪いのか、今もよくわからない。
レイターが部屋の外へ出ていった、と思ったら、先ほどの魚介類盛り合わせの乗ったお皿を手に帰ってきた。
「ほれ、これが本家だ」
ちゃんと解凍されていた。
おいしかった。
でも、レイターの焼き目をつけた調理が感動的においしかったので、まあおいしい、というところか。
「失礼いたします」
しばらくすると、店の店長が、頭を下げながら入ってきた。
まだ若い。
「先ほどは申し訳ございませんでした。こちら当店自慢のデザートです。どうぞお召し上がりください」
頼んでいないスイーツが運ばれてきた。
「いやいや、悪いねぇ」
レイターが対応した。
さっきの解凍されていない盛り合わせのお詫びだ。
何だか申し訳ない気がした。
凍った魚をわたしは食べていない。レイターが手を加えておいしくなった料理を食べたし、その後、解凍されたちゃんとした盛り合わせもいただいた。
でも、向いのベルは喜んでいた。
「おいしそぉ。じゃあ、遠慮なくいただくわ」
水を差しては悪い。
ベルとレイターの耳元で、店長が囁くのが聞こえた。
「きょうのお代は、すべてこちらでもちますので、何とぞ、今後ともごひいきに」
幹事のベルが驚いた声を出した。
「え? いいの。ほんとに? ラッキー」
店長はそそくさと部屋の外へと出ていった。
変だ。絶対レイターが何かたくらんだに違いない。
レイターの服を引っ張って聞いた。
「ちょっと、どういうこと?」
レイターはにやりと笑った。
「謝礼だろ」
「何の謝礼よ」
レイターがさっき、ベルがまずそうに食べる様子を動画に撮っていたことを思い出した。
「あなた、さっき撮った動画で店長を脅したの?」
「脅す? 人聞きが悪いな。俺は動画を公開するからタダにしろ、なんてことは言ってねぇぜ」
「じゃあ、何て言ったのよ?」
「あん? 調理機のプログラムが壊れてるぞって、動画見せながら教えてやっただけさ。あっちが勝手にタダにする、って言ってきたんだからいいじゃねぇの」
「よくない! 当たり屋みたいな真似は止めてちょうだい」
「当たり屋じゃねぇよ。俺は、純粋に被害者だ」
レイターが怒った声を出した。
確かにレイターの言うとおりだ。
向こうのミスだから当たり屋というのは間違っている。
「ごめん、言い過ぎた」
でも、納得いかない。レイターは動画を公開することを匂わせたに違いない。
「未必の故意は成立するな」
アーサーさんが口を開いた。
「この動画を公開されたくなければ何らかのサービスを与えろと、という暗黙の要求を相手が受け取るだろうと予測した行為」
「俺は調理機のプログラムミスってのは、店長の管理ミスとしては大きいんじゃねぇの、って親切に指摘しただけだ」
「脅してるじゃない」
「脅しじゃねぇっつうの。善意だよ。ここのチェーンは店長の交代が激しくて有名なんだぜ」
「足下を見たってわけ」
「ちゃんと人の話を聞けよ。あの盛り合わせは見ただけじゃ解凍されてるかわかんなかっただろが。プログラムミスってことを俺が指摘しなけりゃ、他の客にも同じもん出してたってことだ。解凍されてないだけだから、待ってりゃ溶ける。だから客からクレームはこねぇが評判は落ちる。それを防げたんだぜ。俺たちの分をただにしたって、お釣りが来るだろが」
レイターの主張は理路整然としている。でも、納得できない。
「少なくともわたしは何の被害も受けていないし、謝礼を受け取る理由もないわ」
「少なくとも俺は被害を受けたし、謝礼を受け取る理由もある」
「じゃあ、レイターとベルだけ、ただにしてもらえばいいのよ」
何だか売り言葉に買い言葉みたいになってきた。
レイターはわたしを説得するように、まるで子供に説明するように話し出した。
「ここのチェーンは店長の入れ替わりが激しいが、その分、店長が自由にできる金も大きいんだ。この店は先月のオープンから順調に客がついて、評判もいい。そこへ水を差されたくねぇんだよ。あんたの分までただにして、サービスがいい店だった、って喜んで帰ってもらった方が経営にプラスになるって、店長が自分の裁量で判断したんだ」
レイターの主張はそれはそれで間違っていない。
わたしの頭が固いのだ。
わたし以外のみんなは、タダになったほうがいいと思っているだろう。
折角の会を開いてもらったのに、雰囲気を壊してしまって申し訳ない。
気持ちが落ち込んできた。
「やっぱり、つきあうのやめようか……」
つい、口にした。
「は?」
レイターが素っ頓狂な声を出した。
「い、意味がわかんねぇ」
「レイターの言ってる意味はわかるわ。でも、人の弱みにつけこむのは卑怯で悪いことなのよ」
レイターがびっくりした顔をして固まった。
「お袋と同じこと言いやがる……」
みんなにも謝らなくちゃ。頭を下げた。
「ごめんなさい」
下を向いたら涙が出そうになった。
「どうしてティリーが謝るの?」
チャムールの優しい声で、さらに申し訳ない気持ちが増幅する。
「折角、楽しい会を開いてもらったのに、雰囲気壊すようなことになっちゃって、ほんとごめんなさい」
下を向いたまま再度謝る。
「ティリー、みんなの顔を見てごらんよ。楽しんでるから」
ベルの明るい声に誘われて顔を上げる。
見回すと、みんな笑っている。
「お、お前ら、何、面白がってやがる!!見世物じゃねぇぞ」
レイターが一人ずつ指をさしながら、怒った声を出した。
アーサーさんが落ち着いて応じた。
「ひじょうに興味深いやりとりだった。それで、レイター、おまえはティリーさんに何て答えるんだ」
「ったく、別れるわけねぇだろが」
「おまえがそう言っても、それには二人の合意が必要だ」
レイターがわたしの目をじっと見つめた。
「わかった約束する。もう、悪いことはしねぇ。だから、さっきの言葉、撤回してくれ」
「違法なお金儲けもしない?」
「しない」
断言するレイターを見て、わたしは小さくうなずいた。
アーサーさんが付け足した。
「ティリーさん、こいつは法は破っても自分で決めたことは破らない奴ですから。信頼して大丈夫です。これは冗談ではありません」
*
フェルナンドさんが、ベルに何かささやいていた。
ベルが店長を呼んだ。
「お会計をお願いしたいんだけど、きょうは、この二人の分をただにしてくれる? 二人の門出のパーティーだから」
そう言ってわたしとレイターを手で示した。
店長がうやうやしく礼をしながらたずねた。
「他の皆様方の分も、今回は結構ですが」
「いいのよ。きょうはみんなからのお祝いなんだから。ここでただにされると困るのよ。おいしかったから、また利用させてもらうわ」
「恐れ入ります。今後とも、ごひいきに」
店長が深々と頭を下げて伝票端末を操作した。
割り勘って言ってたけど、ほんとはおごってくれるつもりだったことをその時知った。
申し訳なくて恐縮する。
「いやあ、悪りぃね」
レイターはうれしそうに笑った。
思わずため息が出る。
こんなに価値観の違う人と、この先つきあっていけるのだろうか。
*
帰り道、レイターに自宅まで送ってもらう。
横に並んで歩きながら考える。どうしてこんな面倒くさい人のことを、好きになっちゃったんだろう。
レイターがわたしの顔をのぞきこんだ。
「厄介なことになった、って顔してる」
「わかる?」
「わかるさ、俺も同じこと考えてたから」
「同じこと?」
「どうして、理解不能なあんたじゃなきゃダメなのか」
「その通りよ、どうしてレイターじゃなきゃだめなのか。わからないわ」
「しょうがねぇんだ」
「しょうがない?」
「恋は落ちるもんだ。自分の意思じゃねぇ」
そう言われても、レイターとつきあう前、わたしは相当悩んだ。
「わたしは、自分の意思で選択したつもりだけど……」
「恋の始まりに理由はねぇ。理由を探すから動けなくなる」
腑に落ちる言葉だ。
色々悩んで考えたけれど、結局、最後は勢いだった。
「そうね。レイターの好きなところと嫌いなところを数えたら、嫌いな方が多いもの」
わたしは指を折って見せた。
「なんじゃそりゃ。ティリーさんが別れると言っても、悪いが、俺は粘着気質だぜ」
「知ってる」
この人は、七年前に亡くなった前の彼女のことを今も想ってる。
「だから簡単にはあんたのことを手放さねぇ」
さらりと歯の浮くようなことを誰にでも口にする。
「不特定多数の女性が好きなくせに」
「そうさ、銀河中の女性が大好きさ」
女好きな点は素直に認めるんだ。軽く不快感が湧く。
わたしの目をレイターがじっと見つめた。
「その中で、ティリーさんを特定したんだ。俺の彼女って」
レイターの瞳に、わたしの姿が映っている。
うれし過ぎて、恥ずかし過ぎる。顔にすべての血液が昇ってきた。
口元がにやける顔をレイターに見られたくない。
「バカっ」
わたしはくるりとレイターに背を向けた。
*
レイターは肩をすくめて空を見上げた。
「バカ、って言われる理由がわかんねぇんだよな。ったく理解不能だ。俺の可愛い彼女は」
ポーーーーー。
汽笛とともに宇宙空港から深夜便が飛び立った。
航行灯が光の筋となって夜空へと吸い込まれていく。
その美しい光を、二人は無言でしばらく見つめていた。 (おしまい)
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