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銀河フェニックス物語<出会い編> 第四十一話(19) パスワードはお忘れなく
レイターの部屋に入ると、ベッドの上でレイターがうなされていた。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第四十話 まとめ読み版① (11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)
驚いて一瞬後ろへ引いた。寝言だ。部屋の照明をつける。
レイターの息が荒い。
「おい、しっかりしろ。起きろ!!」
レイターの体を揺さぶって起こす。
「う、うわあぁぁぁ」
目を開けたレイターが恐ろしい形相で私を見つめた。
「あ、あんたか。びっくりさせんなよ」
肩で息をしている。
「びっくりしたのはこっちだ。大丈夫か?」
「フン! あんたに起こされて気分が悪いだけだ。勝手に人の部屋入ってきやがって」
「バブさんがお前の様子が変だ、と言うから見に来たんだ」
「あのばあさんが、俺のことを変だってのは昔っからだろが」
「お前、バブさんの作った大好物のフライドチキンを食べなかったそうだな。いつから食べてないんだ? 脱水症状を起こしているな」
私はレイターの机の一番上の引き出しを開けた。
「勝手にさわんなっ」
レイターの声を無視し、袋に入った小型の注射器を取り出すと封を切った。
七年前の物だが、大丈夫だろう。フローラのために常備されていた栄養剤。
レイターの腕に打ちながらたずねた。
「何の夢を見た?」
「あん?」
「悪夢を見たんだろ」
「悪夢ってことはあんたの夢か?」
「真面目に答えろ。『赤い夢』を見たんだな」
レイターは絞り出すような声で答えた。
「ああ」
想像通りの答えだった。封印が解けてしまったということか。
「いつから?」
「フン、あの自白剤を打たれた後は、寝ても覚めても地獄だ」
不純物の混ざった安物の自白剤は、思った以上にやっかいだ。体から抜けるのに時間がかかっている。
レイターが見る『赤い夢』。
自らの血で溺れ死ぬ夢だという。人を殺した記憶が見せる悪夢。初めて人を殺害した時の体験がフラッシュバックを起こす。子どものころからのストレス障害だ。
「何があった?」
「あん?」
「この自白剤はたちの悪い薬だが、ここまでお前を追い込むのはおかしい。一体、何を隠してる?」
「別に、何でもねぇよ」
言いたくないことなのか。
レイターが参っているのは明らかだ。
精神が限界に来ている。
眠れない、食事も摂れない、衰弱したその先にあるのは廃人か死だ。
こいつは、潜在的に死に対して願望を持っている。
フローラの下へ行きたいと。
自白剤がその深層心理を顕在化させている。このままでは危険だ。
「記憶を消せば楽になるぞ」
私は過去と同じ提案してみた。
「あん?」
「局所的な電気ショックによる治療だ」
人を手に掛けた記憶が消えれば悪夢を見ることもない。封印ではなく『赤い夢』を消滅させる。
「前も言っただろ。記憶が消えても俺がやったことは消えねぇんだ。過去に俺がしてきたことは、俺が引き受ける」
薬物耐性を持っているレイターに薬物治療は難しい。
毒物が効かない身体というのは有益な薬も効きが悪い。不純薬物に汚染された身体にこれ以上きつい薬の投与はリスクが高すぎる。
打つ手がない。
こいつは昔、フローラとこの家で暮らすようになって『赤い夢』を見なくなった。そのフローラはもういない。
ぽつりとレイターが言った。
「赤い夢の中で、時々、俺は救われる」
「救われる?」
救われると言う話は初めて聞いた。
「よくわかんねぇが、ティリーさんの声が聞こえるんだ。『大丈夫、大丈夫』ってな。俺に絡みつく血が透明なティリーさんの瞳の色に変わって、俺は息ができるようになる。夢の中のティリーさんは俺を赦してくれるんだ。本物のティリーさんは俺を怯えて見てるってのに」
一体、二人に何があったのだろうか。レイターを死なせないための情報が不足している。 最終回へ続く
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