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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十四話 展覧会へようこそ (まとめ読み版)
・第一話のスタート版
・第一話から連載をまとめたマガジン
・第二十三話「気まぐれな音楽の女神」
月の御屋敷でレイターはアーサーと向かい合っていた。
「今度の任務は美術展の警備だ」
アーサーの言葉に、俺は眉をひそめた。
「美術展?」
「絵画に全く興味のないお前でも知っているだろう。アレンカトゥーナ展覧会」
「『宇宙は一つ』って、あれだけ宣伝してりゃな」
このところ、どこでもかしこでもみかける。『宇宙は一つ・アレンカトゥーナ』の文字。
来週から一か月、ソラ系の美術館で開催される大規模美術展だ。
「あんたがやればいいじゃん。好きなんだろ、ああいうの」
アーサーは文化芸術の類が好きだ。
「内覧会に招待されて行ってきた。素晴らしかった」
「ふ~ん、そりゃよござんしたね」
「展覧会の企画展に、アリオロンの名画が出展している」
「知ってる」
この展覧会の目玉が、アリオロンの絵だ。
銀河連邦とアリオロン同盟は見えない戦争中。
連邦内じゃアリオロンの絵なんて見る機会がねぇから、話題になっている。『宇宙は一つ』の象徴らしい。
「そこの警備にあたって欲しい」
「なんで俺が、敵さんのお絵描きを警備しなきゃなんねぇんだよ」
嫌な予感がしてきた。
「企画展の学芸員としてライロットが働いている」
「は? 何で?」
思わず間抜けな声が出る。
俺と暗殺協定が結ばれているアリオロンの工作員、ライロット・エルカービレ。
「それを調べて欲しい」
「おいおい。あいつと俺が接触したら『暗殺協定』が発動しちまうじゃねぇか」
「そう、ライロットを動かしたいんだ」
面倒くせぇ仕事だ。
続けてアーサーが驚くことを言った。
「先に言っておくが、展示室で銃を使うなよ」
「冗談か?」
暗殺協定だろ。
俺もあいつも、出会ったら殺し合うって話だぞ。
銃を使うな、ってティリーさんじゃあるまいし。何言ってんだ、こいつは?
「冗談ではない。名画を絶対に傷付けるな、ということだ」
「俺が殺されてもいいのかよ」
「ライロットも銃は使わないはずだ。アリオロンの重要文化財だからな。そこはお前よりわかっている」
「って、あいつが剣で切りかかってきたらどうすんだよ」
「剣には剣で応戦しろ」
「まじかよ。あんたも知ってるだろが。あいつはアリオロン一の剣術使いだぞ」
ライロットはアリオロンの剣術大会で今年も優勝している。
俺は銀河一の操縦士だが、剣術使いじゃねぇ。
あいつと船で撃ち合えば、ぶち落とす自信がある。だから、あいつは俺の前で船に乗るのを避けてやがる。
なのに、何で俺があいつと剣を交えなきゃなんねぇんだよ。ずるいじゃねぇか。
「お前も皇宮警備の授業で剣術は習っただろう」
「レベルが違いすぎる、っつうの」
「とにかく、絵画に傷をつけたら弁償してもらう」
「弁償っていくらだよ」
「お前の末代まで、借金まみれになるんじゃないか」
「マジかよ」
「冗談だ」
アーサーの笑っていない笑顔からわかる。これは冗談じゃねぇ。
俺が不貞腐れているのを見て、アーサーが続けた。
「とは言え、展覧会の観客人員は膨大な数になる。一般人を巻き込まないために、簡単には暗殺協定は発動しないだろう」
暗殺協定には、一般人を巻き込まないことが条件に入っている。だが、
「あいつは、時々協定を破るぞ」
「彼も、このソラ系ではそこまで動けない」
確かに、敵陣まっただ中だからな。
何をしに、ここまであいつが出ばってきたのか、気にはなる。
「お前が見張っていれば、ライロットも下手に動けないだろう」
「嫌がらせ、ってわけだ」
「平和と友好を謳ったアリオロンの企画展は、展覧会最大の目玉だ。要人も訪れる。お前はアリオロン語もできるから、ボディーガード協会も適任だと考えている」
「特別手当を上乗せしろよっ」
「任務が終わってから検討する。大切な芸術作品が傷つけられてはたまらないからな」
「ふんっ」
*
アレンカトゥーナ展覧会の警備は、銀河総合警備が担当している。
「よろしく頼むよ」
ガキの頃から知っているクリスが、ニコニコ笑って俺に制服を渡した。
相変わらずカバみたいにでかい。
「お前がいてくれると安心だよ。数少ないアリオロン帰りだしな」
「通訳代取るぞ」
「アリオロンの学芸員は、銀河連邦語が達者だから通訳はいらないそうだ」
*
俺は警備員の制服を着用して、アリオロンの絵画が展示してある企画展の会場へ入った。
と、同時に指の先まで緊張した。
あいつが、工作員のライロットがいた。
ドロスン・バルーダ学芸員、と言う偽名で、ライロットは働いていた。
あいつは、にこやかな笑顔を見せて俺に近づいてきた。
直接顔を合わせるのは、ハイジャックん時以来だ。
「警備ご苦労さまです」
流暢な銀河連邦共通語。
俺は無視する。
「君が守ってくれるなら、誰も指一本触れられないだろうね」
気軽に声をかけてくんな。
俺はライロットとは目を合わせず、展示された絵画を見ながら答えた。
「裸婦の絵でもあれば、もうちっとやる気もでるけどな」
「君は、音楽については才能があるようだが、美術、こと絵画については勉強が足りない」
こいつ、他人の個人情報をベラベラしゃべりやがって。
俺もアリオロン語で言ってやった。
「あんたほんとに学芸員なのか。剣術を極めているんだってな。今年もどこぞの大会で優勝されたそうで」
周りにいるアリオロン人の職員が、俺たちの会話を気にしているのがわかる。
「趣味ですよ。健康のためにたしなんでいるんだ。一度、君とお手合わせをしてみたいものだな」
「ご遠慮させていただくぜ」
あんたと手合わせなんて、絶対っしたくねぇよ。
*
企画展の一番の目玉は、巨大なアリオロンの風景画だった。
『山河の春』と題されたその絵画を見た瞬間、俺の胸に懐かしさと痛みが走った。
こんなにでかい絵だったんだ。
ライロット、いやバルーダ学芸員が話しかけてきた。
「これほど素晴らしい絵画を直に見ることができて、君も幸せだな」
「ああ、再会に感動してるところさ。俺は、これを毎日見てたぜ」
「毎日?」
「こいつは、五月のカレンダーだった」
十六の頃、俺はアリオロン軍の捕虜になって、帝都ログイオンの児童福祉施設に保護された。
そこに飾られていた五月のカレンダーが『山河の春』だった。
この題名は、今回初めて知った。
「君はいい季節にアリオロンで暮らしたな。あのまま亡命していれば良かったものを」
ライロットの言葉は、冗談とも本気ともつかなかった。
あの時、俺はこのカレンダーを見ながらアリオロンへの亡命を希望した。
暑くも寒くもない、何とも過ごしやすい季節だった。
アリオロンのテレビでやってた連ドラは面白かった。
あのままアリオロンへ残っていたら、こうやってライロットと殺しあうことも無かったろう。
「あんたもいい季節にソラ系へ来たじゃん。亡命するなら相談に乗るぜ」
俺も、冗談とも本気ともつかない返事で返した。
*
アレンカトゥーナ展覧会が開幕した。
ライロット扮するバルーダ学芸員は、流暢な銀河共通語で来場客に絵画の案内をしていた。
『山河の春』の前に学芸員用の椅子がある。
ライロットはそこに腰かけ、質問を受けると立ち上がって答えていた。
大概の客は、敵国のアリオロン人を見るのも始めてだ。
客の質問は、絵画にとどまっていなかった。
時には政治的な話題をふっかける。
しかし、やっぱあいつ頭がいいな。機転をきかせた回答でトラブルを回避してる。
だが、時にはそうもいかないことがある。
「敵国人、恥を知れ!」
怒鳴り声が聞こえた。
俺は、急いでライロットのもとへ駆けつける。
「お客様、ほかのお客様のご迷惑になります。お静かに願います」
興奮した客をなだめて、展示室の外へ出す。
なんで俺が、ライロットを守んなきゃいけねぇんだよ。理不尽過ぎる。
*
俺は耳がいい。
「コンニチワ」
赤いベレー帽を被った年配の女性客が、ライロットにアリオロン語で話しかけた。
緊張が走る。
こいつ、ライロットと接触しようとしてるのか。
「ワタシ、勉強、アリオロン語、シテマス」
おい、下手なアリオロン語なのか、暗号なのかどっちだよ。
「お上手ですね」
ライロットが笑顔を見せ、アリオロン語で応対する。
「ありがとうございます」
この女、挨拶だけ、やたら発音がいい。
「ワタシ、友ダチ、ナリタイ、アリオロン人」
ライロットがゆっくりとアリオロン語で応える。
「私も、連邦の皆さんとお友だちになりたいです。宇宙は一つです」
どの口で言ってるんだか。
アリオロン語はそんなに難しくねぇ。
敵国語とはいえ本屋で教材も売られてる。
だが、本物のアリオロン人と話す機会はほとんどない。
あの女性は話してみたかっただけだろうが、念のため、連絡を入れておく。
「赤いベレー帽の女、ライロットと接触」
後は特命諜報部が、シロかクロか調べ上げるだろう。
*
ライロットはアリオロン芸術団御一行様、として会場に隣接したホテルに宿泊している。
そのホテルは、アーサーの部下の別の諜報部員が見張っていた。
暗殺協定が結ばれているライロットと俺が、誰もいないところで出会ったら殺しあっちまうからな。
そこはアーサーの奴も一応考えている。
平和のため芸術で友好って謳ってるのに、バルーダ学芸員が殺害されたとなったら大変だ。
外交問題になっちまう。
だから、殺すにしても手間がかかる。
巧妙に不慮の事故に見せかけるか、連邦に亡命したかのように、欺かなきゃなんねぇ。
死体を隠して、バルーダ学芸員の偽物の手紙をでっち上げる、ってところだが、なんせ相手はライロットだ。そう簡単にはいかねぇ。
**
会社のお昼休み。
ティリーは同期の女子三人で、ランチを食べていた。
「アレンカトゥーナ展覧会へ行かない?」
チャムールがわたしとベルを誘った。
「アーサーからチケットをもらったのよ。会場でレイターが警備しているんですって」
最近、レイターの姿を見ないと思ったら、そんなところで働いていたんだ。
あんな有名な展覧会に、厄病神が出てきたら大変だろうな。
「楽しそうじゃん。行こうよ。興味あったんだ」
ベルの反応が意外だ。
「ベルって美術が好きだったの?」
「ミュージアムショップが充実してるんだってさ。情報ネットで見た『永遠の輪と悲しみ』の、レプリカのペンダントが欲しいんだよね」
ベルは買い物が趣味だ。納得する。
「ナリエリ星系の秘宝ね。『永遠の輪と悲しみ』が星系の外へ持ち出されたのは初めてだから、話題になってるわ」
とチャムール。
ニュースでは展覧会に長蛇の列ができていると伝えていた。
「すごく、混んでるんでしょ」
「並ぶのは嫌よ。ショップだけ行きたいな」
チャムールがのんびりと提案した。
「週末は避けて、平日の会社帰りはどう? 午後十時まで開館しているのよ」
「それならいいかも」
会社帰りに、三人で美術館へ出かけることになった。
*
週末ほどではないけれど、平日の夜も結構人出は多かった。
アレンカトゥーナ展覧会は『宇宙は一つ』を謳うだけあって、各星系の名画や彫刻が一堂に集められている。
ふるさとのアンタレスの作品も出品されている。
ソラ系は銀河中から人が集まっている。
祖国の作品に触れたい、という人もたくさんいるのだろう。
展示作品の数も多い。
入り口でもらったデジタルパンフレットに載っている順路に沿って、見始めたのだけれど、とにかく会場が広すぎる。
「チャムール、どれ見ればいいの?」
あまりの多さに、ベルがぼやいている。
「好きなものを見ればいいのよ、どれも素晴らしい著名な作品なんだから」
おそらくは、それぞれの星系で教科書に載るような作品なのだろう。
けれど、気がつくと、絵の下に書かれているタイトルばかり確認していた。
あ、このタイトル知ってる。有名だ。ちゃんと観よう。
といった感じ。
頭の中が芸術品で飽和状態を起こしていた。
噛み切れていないのに、次のお肉を口に入れてしまったようだ。
*
会場中程にあるアリオロンの展示室は、順番待ちになっていた。通路で待つ。
「げっ、すごい列じゃん」
嫌そうな顔をするベルを、チャムールが諭す。
「連邦と戦争中のアリオロンの絵画なんて、次はいつ観られるかわからないのよ」
手にしたデジタルパンフレットを見る。
表紙には『山河の春』というアリオロンの風景画が使われている。
『宇宙は一つ』と書かれた題字が、一際目立って点滅していた。
チャムールが続けた。
「それに、ここの展示室にレイターがいるんですって」
「じゃあ、ちゃんと働いてるのかチェックしなくちゃ」
ベルの声が明るくなった。
「そうね」
わたしは相槌を打った。
もちろんアリオロンの絵画を見に来たのだけれど、警備中のレイターにもちょっと興味がある。
*
アリオロン企画展の展示室に入る。
どの部屋より多くの人で混雑していた。
でも、すぐに気付いた。『よそいきレイター』が立っていることに。
いつもと違う。背筋が伸びて凛とした佇まい。
黒い警備の制服が似合っていた。
ボサボサの髪も帽子で見えない。ネクタイも一ミリも歪んでいない。
いつもこういう格好をしていればいいのに。
「ちょっと、ティリー、あれ、レイターじゃないの?」
ベルが驚いて、わたしの服を引っ張った。
「かっこいいじゃん」
と、同意を求められると、なぜか素直になれない。
「そうかしら。ベルも厄病神なんか見てないで、ちゃんと絵画を鑑賞した方がいいわよ」
自分に言い聞かせて作品に目をやる。
情報ネットでは観客の頭しか見えなかった、という不満が書き込まれていたけれど、平日の夜は、そこまで混んではいなかった。
*
わたしはその作品の前で、足が動かなくなった。
パンフレットの表紙に使われていた『山河の春』。
思った以上に大きな風景画だった。
一目見た瞬間、故郷のアンタレスのにおいがした。
雪が解け切らない山々を、陽光が照らしている。
透き通った空からは、待ちかねた春の訪れと希望が感じられる。
わたしの中の原風景というのだろうか。
ふるさとの田舎とよく似た景色が、淡い彩りなのに力強く訴えかけてくる。
年代を感じさせる木製の額縁と一緒に、心の中に溶け込んでくるようだ。
芸術ってすごい。
アリオロンは敵国だけど、この作品はわたしの感情を揺さぶる。
同じ人間なのだ。
どうして戦争なんてしているのだろう。
人は言葉が無くてもわかりあえるものを作り出せるというのに。
*
ベルがレイターに近づいていった、後ろからわたしとチャムールが続く。
「お疲れぇ」
手をあげてベルが挨拶する。
仕事中のレイターに声かけたら、悪いんじゃないだろうか、と思うのだけれど、ベルは全く気にしていない。
「ちゃんと仕事してる?」
「ご来場ありがとうございます」
レイターがマニュアル通りの答えをする。
その声がいつもと違っていて、ドキっとする。
スッとレイターが動いた。
「混雑しておりますので、ご案内いたします」
と、歩き出したレイターの後ろを、わたしたちはついていく。
この場所を離れて、警備は大丈夫なのだろうか。
「どうぞ、こちらへ」
レイターは『スタッフオンリー』、とプレートのついたドアを開けた。
こんなところへ入っていいのかしら、と思っているうちに、すぐ先のドアから会場内へと戻った。
「こちらの部屋にナリエリ星系の『永遠の輪と悲しみ』が展示してございます。その奥を右に曲がった展示室には、アンタレス星系の作品がございますのでお楽しみください」
一礼すると、レイターの姿は風のように消えてしまった。お礼を言う時間もなかった。
「何あれ、かっこいいじゃん」
ベルが興奮している。
「よそいきレイターでしょ」
わたしの言葉にチャムールが笑った。
「確かによそいきね。それにしても、ショートカットできて助かったわ」
チャムールがパンフレットの会場案内図を指さした。
「普通に順路を回っていたら『永遠の輪と悲しみ』にたどり着くまでに、あと一時間かかるところだったわ」
ベルが肩をすくめた。
「わたし『山河の春』と『永遠の輪と悲しみ』が見られればそれで充分。後はショップ行こうよ。仕事帰りだから、疲れちゃったよ」
確かに疲れたし飽きてきた。
二人をつきあわせるのは申し訳ない、と恐縮しながら口にした。
「わたし、アンタレスの作品も観たいんだけど・・・」
「わかってるって。レイターが教えてくれたじゃん、近道を。ほんと、レイターはティリーのことが好きだよね」
「ち、違うわよ」
「いいからいいから、さあ、行こう」
ベルの掛け声で、わたしたちは人混みへ向かって歩き出した。
* *
レイターは持ち場であるアリオロンの展示室へと戻った。
俺は警備のプロだ。
アレンカトゥーナ展覧会に出展されている、膨大な絵画の展示場所と、パンフレットに載ってる解説ぐらいは、一通り覚えて臨んでいる。
皇宮警備の一般教養で、つまんねぇ美術史を覚えさせられたことが、こんなところで役に立っている。
ティリーさんたちが、何を見たいのかも大体わかる。
俺も含めてスパイって奴は、変装した人物になりきるために知識を詰め込む。
だが、ライロットの奴は、そんな半端なレベルじゃなかった。
今、あいつが相手している団体客は美大のセンセイ様たちだぞ。
「この構図とデッサンは、どのような評価をされていますか?」
「画材についての分析は?」
難しい技術的な質問にも、迷うことなく銀河共通語で回答している。
あれは、丸暗記じゃできねぇ。
生き生きと専門家と議論を戦わせやがって。
こいつ、本当に学芸員の資格を持ってるんじゃないか?
というか、ライロットの奴、絶対、絵が好きだ。俺が宇宙船を好きなように。
*
平日の昼間。
比較的客の少ない時間に、あいつは他の展示室を見て回る。
俺は、あいつが誰かと接触するんじゃないかと動きをチェックし、ついていく。防犯カメラの映像も全部確認している。
が、不審な行動が全くない。どう見ても純粋に絵画の鑑賞だ。
それも任務の合間の息抜き、って感じじゃなく、心から趣味を楽しんでやがる。
それに俺が付き合わされてる。
くそっ。俺は何にも楽しくねぇ。
「どうかねレイターフェニックス君。この絵画は素晴らしいね。微妙な色使いが真似できない。連邦の財産だね」
「知るか」
*
「最大限の緊張を持って、警備にあたるように」
朝、クリスが俺たち警備員を前に大きな声で訓示した。
その日、俺は休みたかった。
「本日午前十時より、銀河連邦評議会レッドフォード議長が、企画展をご覧になる。何と言っても大スポンサー様だ。将軍の御子息も同行されるから気を引き締めるように」
俺はため息をついた。
アレンカトゥーナ展覧会の主催はレッドフォード財閥だ。
あそこの財閥の宇宙船部門は、つまんねぇ船ばかりつくってやがる。こんな展覧会に金かけてねぇで宇宙船部門何とかしろよ。
その会長のじいさんが、銀河連邦で一番偉い連邦評議会議長様。
その視察に、アーサーも立ちあうという。連邦軍は連邦評議会の下に位置している。
アーサーがいるなら俺がライロットを見張る必要ねぇだろ。
クリスに言ってみたが、
「休みたい? 冗談だろ。こんな大事に日に。手当から引くぞ」
一蹴された。
ああ、休みてぇ。
*
議長が来る前に、いつものように展示室へ入って異常がないか確認する。
「どうかしたのかね? 君ともあろうプロが、評議会議長の訪問で緊張するのかね」
ライロットの奴が声をかけてきた。
「何でもねぇよ」
ライロットめ、俺の集中が切れてることに気付きやがった。
ちっ、気分がよくねぇ。
だから、きょうは休みたかったんだ。
マスコミのカメラがやってきた。取材位置は区切ってある。
カメラマンを並ばせて、不審な動きがないかチェックしながら所定の位置に立つ。
レッドフォード財閥の大々的な宣伝だな。
アーサーが言ってたことを思い出す。
「レッドフォード家はアリオロンと独自のルートをお持ちだ。今回の企画展も裏で議長が動かれたんだ」
そうですか、よかったね。俺には関係ねぇ。
*
「議長がまもなく参ります」
将軍家の秘書官、ポチのカルロスが合図をすると、カメラマンが一斉に構えた。
杖を突きながら、かくしゃくとしたじいさんが姿を見せた。
その後ろからアーサーが歩いてくる。
『山河の春』の前で、美術館の館長が待っていた。
館長がペコペコと頭を下げてあいさつする。
そして、横に立つ学芸員に扮したライロットを紹介した。
「こちらはアリオロンからお見えになったドロスン・バルーダ学芸員です」
バルーダ学芸員とレッドフォード議長が握手する。
「お会いできて光栄の至りです」
「遠路遥々お疲れ様です。ご尽力、痛み入ります」
まぶしいほどフラッシュがたかれる。
続いて館長がアーサーを紹介した。
「こちらは、銀河連邦軍のアーサー・トライムス次期将軍です」
アーサーとライロットが直接顔を合わせるのは、これが初めてのはずだ。
「初めまして」
アーサーが笑顔でライロットの手を握った。
おい、何だよこれは。俺は吹き出しそうだ。この茶番。
アーサー、わかってるだろ。
こいつだぞ、俺を殺そうとしている暗殺協定の対象者は。
バルーダ学芸員が、連邦のトップに立つじいさんに『山河の春』の説明をする。
和やかな雰囲気で会話が進行している。
連邦評議会レッドフォード議長のご訪問は、つつがなく終わった。
おい、ライロット、あんたの狙いは一体何なんだ。
*
会期が残り少なくなってきたところで、あいつは動いた。
ライロットが夜間作業の申請書を出した。
学芸員が時差の違う星系とやりとりするために、美術館内で泊まり勤務ができるようになっている。
最終日の前日。
俺も夜間シフトに変更する。何する気だ。あの野郎。
午後十時を回った。閉館だ。
俺は、客が残っていないか見回る。この後、清掃が入る。
夜勤のライロットは、奥の学芸員の控室にこもっている。
俺は『山河の春』の前にある学芸員の椅子に座って待機した。
最低限の照明がついているが薄暗い。
ボディガードも諜報部員も待つのが仕事だ。温度調節された屋内の張り込みは体力的には楽だ。
気を張りすぎて疲れない程度に、注意と意識を高める。
深夜十二時。
清掃ロボも掃除が終わり、ほとんどの職員が退館した。
*
嫌な予感がする。俺は椅子から立ち上がった。
上着を脱いだライロットが控室から出てきた。
手に剣を二本携えていた。
おいおい。
あいつは、そのうちの一本を俺に投げつけた。
反射的にキャッチする。
「剣を抜け、レイターフェニックス」
ライロットは鞘を捨て、俺に真剣を向けて悠然と構えた。
警報も防犯カメラも切られていた。
まじかよ。一番やりたくない展開だ。
「あれ? あんた、連邦の皆さんとお友だちになりたいんじゃなかったっけ? 宇宙は一つだろ」
あいつは表情ひとつ変えず、俺を見つめている。
俺が、鞘から剣を抜くのを待っていた。
先に切りかかってくることもできるのに。
構えから伝わる圧倒的な自信。
一目でわかる手入れの行き届いた刃。鈍く光るあの剣は、一体何人の血を吸ったんだろう。
しょうがねぇ。暗殺協定の発動だ。
俺は腹を決めて剣を抜いた。
俺が構えると同時にあいつは打ってきた。
速い。俺はすんでの処でかわした。
あいつが間合いを詰めて切りかかってくる。
シュッツ。
右か、違う、上だ。
カキーン。
剣と剣がぶつかり火花が飛ぶ。
俺は下がって間合いを取ろうとするが、その隙を奴は攻めてくる。
カン、カッツ。
くそっ、よけるので精一杯だ。
接近したところで蹴り上げようとしたら、あいつはすっと後ろへ下がった。
ちっ、俺の動きを読んでやがる。
呼吸を整える。
皇宮警備の剣術の授業で、教師は極意について何と言ってたっけ。
思い出した、平常心だ。
困ったことに相手は至って平常心だ。
一方、俺は恐怖と緊張に囚われている。ったく授業は役に立ちゃしねぇ。
来たっ。太刀筋が速すぎて見えねぇ。
カッツ、カキーン。
速いだけじゃねぇ。
重い。
両手で受けているのに手がしびれる。
こんなの受け続けられねぇぞ。どうする。
背を向けて逃げるか。ダメだな殺される。
とりあえず横っ飛びして間合いを開ける。
暴走族がS1レーサー相手にバトルしてるみてぇなもんだ。
これじゃ勝てねぇ。
銃を抜くか。
アーサーは何と言ったっけ。末代まで借金まみれかよ。
ライロットの奴は全く息が切れてねぇ。
やばいぞ。また、来たっ。
俺は、これまでも似たような修羅場をくぐってきた。
恐怖と緊張が絶え間なく襲いかかる中で、俺の生存本能が研ぎ澄まされていく。
右、左、上、右、右、左、考えていたら間に合わない。
奴が繰り出す太刀筋を、ほとんど勘でさばく。
俺の身体と感覚だけが頼りだ。この集中が切れたら俺は死ぬ。
ぶつかった剣を、両手で力いっぱい押し返す。
はあ、はあ。自分の呼吸が頭に響く。
「中々やるな。レイターフェニックス。だが、これで終わりだ」
気が付くとあいつが目の前にいた。
よけられねぇ。
ザクッツ。左肩に激痛が走った。
うっ。まじかよ。対刃スーツを突き抜けてやがる。
「よけられたか」
ライロットが悔しそうにつぶやいた。
あいつは、俺の左胸を一突きにしようとした。
が、かろうじて急所は外れた。
あいつの剣に俺の血が付いている。
対刃スーツは止血仕様だが、その機能を上回る出血だ。
やばい。痛ぇよ。
左手がだらんと垂れ下がり、力が入らねぇ。
右手一本で剣を握る。
ライロットが俺を仕留めようとしているのがわかる。切りかかってきた。
えええいっ!
シュッツ。
俺は咄嗟に剣を投げた。
あいつが愛してやまない祖国の絵画、『山河の春』に向けて。
ライロットが驚いた顔をして俺の剣の軌跡を追った。
隙ありっ。
俺は、あいつの腕を蹴り上げた。
ガチャン。
あいつの手から剣が離れて落ちた。すかさず俺はあいつの剣を拾う。
これで終わりだ。
「うぉおおおりゃあああ」
立ち上がりながら、一気にあいつに向けて切り上げる。
が、ライロットの野郎は紙一枚のところで、さっと身をかわしやがった。
「卑怯者! 恥を知れ」
と言って、あいつは、そのまま部屋の外へと飛び出した。
ちっ、ライロットの奴どうする気だ。
はあ、はあ。
息が整わねぇ。
新たな剣を取りに行ったのか。
それとも別の武器でも持ってくる気か。警戒したまま次の動きを待つ。
ダメだ。立ってらんねぇ。俺は床に座り込んだ。
あいつが今戻ってきたら、確実に殺されるな。
ズキンズキン、という左肩の痛みと、ドクンドクン、という心臓の鼓動が共鳴して俺の中を駆け巡る。
俺は、ポケットから速攻性の痛み止め入り止血シートを取り出して、左肩に張った。
シートが真っ赤に染まると同時に、痛みも和らいだ。
指は動く。神経はやられてねぇ。
だが、もう無理だ。限界だ。これ以上戦うことも逃げることもできねぇ。
ここで俺は死ぬのか。
俺は床に倒れた。
*
どれだけ時間が経ったのか。
感覚も定かじゃねぇ。なぜかライロットが戻ってくる気配がない。
ふぅう。
あいつが戻って来ねぇなら来ねぇで、俺にはやらなきゃなんねぇことがある。俺はゆっくりと起き上がった。
面倒くせぇなあ。
裏の関係者控え室からモップを持ってきて、俺の血がはねた床を拭く。
どのみちやるなら、清掃ロボが掃除する前に戦えばよかった。
血がそんなには飛んでねぇのが救いだな。
制服が破れたが、裏から黒いテープで止めとけば、ぱっと見ただけならわかんねぇ。黒い生地っつうのは血が染みてもわかんなくて助かるぜ。
*
次に俺はアリオロンの絵画『山河の春』の前に立った。
「卑怯者」ってあいつ叫んでたな。卑怯もくそもあるかよ。
ざくっと、俺の投げた剣が刺さっている。
俺の狙った通りに、絵から五ミリ空けた額縁に。
俺はゆっくりと剣を抜いた。
木製の額縁には穴があき、ゴテゴテと施された装飾が潰れていた。「絵画を傷つけたら弁償だ」ってアーサーから言われてなけりゃ、思いっきりこの絵を狙って剣を投げつけてやったのに。
ライロットの奴、あそこで平常心を失いやがった。
剣術の先生は正しかったって訳だ。
暗殺協定は試合じゃねぇんだ。勝たなくていい。だが、負けたら終わり。死んでさよならだ。
この勝負は負けねぇことが何より大事だ。
ふぅぅ、俺は長く息を吐いた。
さてと、裏の学芸員の控室からパテをとってこよう。次の警備の交代まであと何時間だっけ?
アーサーもライロットも俺のこと美術がまるでダメだ、って思ってやがるが、あいつらは俺のことをわかってねぇ。
俺はプラモデルを作らせたら、銀河一のモデラーだぜ。
パテの色を額縁に合わせて調整する。
額縁代を請求されたらたまんねぇからな。剥がれた装飾を思い出しながら修復する。
ゴテゴテと面倒くせぇ模様だが、毎日見てたから再現はできる。
ま、こんなもんだろう。乾けばわかんねぇはずだ。
防犯カメラを直して、警報のスイッチを入れる。
疲れた。
しばらく学芸員の椅子に座らせて貰うぜ。
交代の警備員が来たら「異常なし」って引き継がなきゃなんねぇんだからな。
* *
何事もなかったという顔をして、ライロットは宿泊先の隣接するホテルへと戻った。
ホテルで私を見張っている連邦の諜報部員君は、私とレイターフェニックスとの間で暗殺協定が発動したことに、気付いていないな。
私としたことが、レイターフェニックスを仕留められなかった。
慢心したわけではない。彼は危険だとわかっていたのに。
彼は、わが祖国の芸術品に向けて剣を投げつけたのだ。何と野蛮な行為だろうか。許せない。
部屋に戻って一息入れる。
中に着ていた耐刃スーツが破れていた。
速さと威力があっても、この生地は簡単には切れない。彼の剣さばきはそれだけ恐ろしく鋭いものだった。
「うぉおおりゃああ」と彼が切りかかってきた時の殺気と気魄。
その恐怖にかられて私は逃げた。
『山河の春』が傷つき、集中力を欠いた状態では勝てない、と悟ったからだ。
逃げることは恥ずかしいことではない。
暗殺協定は負けないことが大切なのだ。負けたらおしまいなのだから。
* *
陽が昇った。
「異常なし」と警備を交代した俺は、フェニックス号へ帰った。
もう疲労困憊だ。
着替えるのもめんどくせぇ。そのまま居間のソファーに倒れこんだ。
「おい、大丈夫か?」
頭上から嫌な声がした。
身体中が熱っぽい。
力を振り絞って重いまぶたを開けると、目の前にアーサーが立っていた。
「お袋さん、何で勝手にこいつ入れた?」
俺は腹を立てながら聞いた。
「・・・」
だんまりかよ。
こちとら夜勤明けだぞ。身体を起こす気にすらならねぇ。
アーサーは向かいのソファーに腰かけた。
「傷は深いのか?」
「重傷だ。高額な治療費と見舞金よこせよ」
ライロットにやられた傷は痛むが、耐刃スーツ着てたからそんなにひどくはねえ。
ただ、恐ろしく体力も気力も消耗した。寝たのに全然回復してねぇ。
「あいつと剣でやりあったんだ、特別手当も忘れるんじゃねぇぞ」
アーサーは、ポケットから小さなビニール袋をとりだした。中に茶色いかけらが見えた。
「山河の春が展示されていた床に、木くずが落ちていた」
こいつ何を言いに来た。俺の見舞いにきたわけじゃねぇな。
嫌な予感がする。
「あの絵画の額縁は、描かれた当時、つまり宇宙三世紀前にアリオロンの名工ジャリューロ・デムが制作したもので、アリオロンの重要文化財に指定されている」
「なっ?!」
俺は跳ね上がるようにして、身体を起こした。
左肩の傷が、心臓の鼓動に合わせてズキズキと痛みだした。
美術品は絵だけじゃねぇのか。なんでそれを先にこいつは言わねぇんだよ。
「万が一のことがあっては、大変なことになる。調べておく必要がある」
俺に一体、いくら弁償しろってんだ? 孫子の代までかよ。
「外交問題に発展するとまずいので、バルーダ学芸員に確認をいれた」「は?」
おいおい。なんでライロットに。
「バルーダ学芸員からは、正式なルートを通じて、額縁含めて異常なし、という回答が書面であった」
ふぅうう。俺は長い息を吐いた。
それをわざわざ言いに来たのかよ、こいつは。
「あのパテと木製の額縁は、百年後から経年劣化に変化が現れる」
「は?」
アーサーが笑っている。
「百二十年後には発色が違っているだろうから、誰が見ても異常な事態になる」
「知るかよ」
「アリオロンでは大変なことになるだろうな。重要文化財だ。パテの素材からアレンカトゥーナ展覧会で修復されたことが判明する。アリオロンのバルーダ学芸員から『異常なし』という書面が連邦に渡されていたことが明らかになり、バルーダ学芸員を探すが、アリオロンにバルーダ学芸員という人物はいない。宇宙世紀以来のミステリーだ。知っているのは『山河の春』だけ」
アーサーの奴、嬉しそうだ。
「結局、あいつは何をしにこんなところまで来たんだ?」
「最終日のきょう、バルーダ学芸員に聞いてみた。今回の出張はいかがでしたかと」
直接本人に聞いたのかよ。
「任務は完遂できませんでした、と笑っていたから、お前を殺すのが目的だったのだろう」
「そのために、わざわざソラ系中心まで出ばってきたってのかよ」
「一方で、趣味は満喫できたそうだ」
「あいつ、趣味のためにここまで来たってか?」
楽し気に展示会場を回り、美術鑑賞するライロットの姿が目に浮かんだ。
そして、もう一つの趣味、剣術。
「正確には趣味と実益を兼ねてだな。ライロットは、敵国のものであっても文化という人類共通の財産は尊重し保護すべき、と私と同じ考えを持っていた。芸術品は素晴らしいと思わないか。世紀を超えて、我々人類の動向を見続けている」
* *
『山河の春』がアリオロンに戻ってきた。
誰も気がついていない。額縁に穴があき装飾が壊されたことに。
レイターフェニックスは大したものだ。名匠ジャリューロ・デムには申し訳ないが、精巧に修復してある。
職人で食べていけるのではないかね。彼の情報メモを更新しておかなくては。
そして、連邦将軍家のご子息は、情報通りの切れ者だ。
何と言っても、七年前、アリオロンへの亡命を希望していたレイターフェニックスを、銀河連邦へと連れ帰ったのだからな。
苦い記憶が蘇る。
レイターフェニックスを許すわけにはいかない。
我が友であった、英雄『ハゲタカ大尉』の命を奪った彼のことを。
案ずるな、カールダイン。
しばし、待っていてくれ。次に会う時には、必ずこの手で彼を仕留める。 (おしまい)
第二十五話「正しい出張帰りの過ごし方」へ続く
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