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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(2)ムーサの微笑み
歌が上手い通信兵のヌイにレイターは「どうしてプロにならないの?」と聞いた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)
<少年編>マガジン
*
ハイスクールを出たら、プロの歌手になる、って僕は決めていた。軽音部に入る前から作詞作曲もして、曲を書き溜めていた。目指すはシンガーソングライターだ。
卒業後、ギター一本担いで、星々を回った。ライブハウスだけでなく路上でも歌いまくった。
僕の音楽で一人でも勇気づけたい。お客さんの感触は悪くなかった。
ファンもついたし、新曲を作るたびに情報ネットワークの再生回数はぐんぐん伸びた。
そして、大手レーベルから声がかかってメジャー・デビューした。
子どもの頃からの夢だ。ファーストアルバムが売り出された日は興奮して眠れなかった。
音楽の世界をどんどんと広げたい。いろいろなことを取り込んで、僕はもっともっと冒険したい。
音楽の女神ムーサが僕に微笑みかけた。
でも、プロとしての生活が始まって、わずか半年で行き詰った。
「ヌイ、今の君の路線をファンは聞きたいんだ。無理に背伸びをする必要はない」
会社はオーソドックスな歌を求めた。けれど僕は表現の壁を破りたい。前衛的なことにもチャレンジしたい。
若かった僕は、あそこで階段を踏み外した。
もう少し我慢して昇っていれば、という苦い思いが、今ないと言えば嘘になる。
会社との契約を解消して、僕はストリートミュージシャンに戻った。
自由を取り戻した僕は、思いっきり好きなように曲を作るぞ、って意気込んだ。
なのに、なぜだろう、全く曲が書けなくなっていた。今までとは違うものが作りたい。その気持ちが空回りしている。
会社に大見え切って飛び出したのだ。これまでと同じ路線の曲を作るわけにもいかない。
必死にあがいたけれど、結局、僕はムーサに見放された。
食うに困った僕がたまたま目にしたのが、連邦軍の新兵募集ポスターだった。
力に自信はないけれど、いろいろな星系を回っていたこともあって語学ができたことと、音楽の才能を買われて通信兵になった。
そこで、音階暗号譜と出会った。
僕の人生は変わった。
僕の前に新しい音の世界が広がっていた。
持ち込んだギターに触る暇もない厳しい訓練を三年間続け、難関の試験をくぐり抜けて、暗号通信士になった。
通信兵として戦地へ出て、命をすり減らすような経験もした。
気がつくと、また、曲が書けるようになっていた。
ギターは再び僕の友だちになった。
僕は自分が作りたい曲を作りたい時に作る。オーソドックスなものも作る。前衛的なものも作る。誰に聞かせるでも、売るわけでもない。
他人を勇気づけるなんておこがましい。自己満足で十分だ。
それでいいじゃないか、ちょっとした挫折感を持って生きていくのも、って話は十二歳のレイターにはわからないだろうな。
*
「ねえ、ヌイ、ギター、触ってみてもいい?」
レイターの目が輝いていた。子どもの前にはうらやましいほど未来が広がっている。
「いいよ」
「ヤッター」
見よう見真似でギターを構えるレイターは、結構、様になっていた。
「ここと、こことここを指を立てて押さえて。6弦はできたらミュートして」
僕が教えた場所を左手で押さえる。そして、上から下へと弦を鳴らした。
明るいドミソの音が響く。きれいな音だ。
「Cメジャーだね」
レイターはにっこりと笑った。
「よくわかったね」
「うん。コードネームはわかるよ。『夏の日の雲』は出だしがE mでDにいってCだろ」
驚いた。あっている。
「でも、ギターの指使いはわかんねぇんだ」
そう言いながら、レイターは嬉しそうにCコードを鳴らした。 (3)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
イラストのマガジン
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