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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十七話 ガールズトークは止まらない (まとめ読み版)
・第一話のスタート版
・第一話から連載をまとめたマガジン
・第二十六話「鷹狩りへ出かけませんか」
金曜日の夜。
ベルがチャムールとわたしを誘った。
「うちで、ピザ取って食べない?」
「行く行く」
ベルの家は、会社からもわたしのアパートメントからも近くて、歩いて行ける。
時々一緒に、ピザのケータリングサービスを頼む。
一人では食べきれないけれど、人数が多ければたくさん種類が頼める。
*
「散らかっててごめ〜ん」
ベルは片付けが適当だ。でも、フェニックス号のレイターの部屋よりは百倍マシだ。
帰り道にマーケットでお酒を買ってきた。
ベルはビール、わたしとチャムールアルコール度数の低い甘いお酒の缶を、小ぶりのダイニングテーブルであける。
インターフォンが鳴って宅配ピザが届いた。
さあ、ガールズトークの始まりだ。
*
仕切るのはもちろんベル。
「ねえ、ティリー。フェル兄って、かっこいいでしょ」
「はいはい、フェルナンドさんはかっこいいわよ」
わたしは熱々トマトのピザを取りながら、適当に流す。
ベルが片思い中の、従兄弟のフェルナンドさんがかっこいいのは本当だ。
「私も一度仕事でご一緒したわ」
チャムールの言葉にベルが過剰に反応する。「え? いつ? どこで? どうだった?」
ベルはフェルナンドさんの情報は、すべて手に入れたいと思ってるようだ。まるでお宅だ。
「先月、新型船の説明をするのに社長の時間が取れなくて、移動中にプレジデント号でプレゼンしたのよ」
「あのハイグレードな船ね。で、どうチャムールの評価は?」
「すごいわね。あの船、動く会議室みたいよ」
チャムールは一級設計士で船への関心が高い。
ベルが叫ぶ。
「違~う! 船の話じゃない。フェル兄の話だよ」
チャムールが気圧されている。
「え、ええ、とても素敵な方ね」
「でしょ。子どもの頃からわたしの夢は、フェル兄のお嫁さんになることなんだ」
驚いた。現在進行形だ。
わたしはベルの顔を見つめた。
「フェルナンドさんと結婚したいの?」
「そうだよ。だからクロノス受けたんだよ」
そこまで思っているとは、知らなかった。
「あと、クロノスは初任給がいいからね」
ベルはショッピングが趣味だ。
ベルとわたしはトータルの営業成績はそれほど変わらないけれど、ベルは突然、大口の契約を取ってくる爆発力がある。
ベルは缶ビールを一口飲んで続けた。
「フェル兄は子どものころから超優秀だったんだけど、皇宮警備で何かがあって首になったのよ」
「首?」
元皇宮警備官、しかも最年少で任官したという優秀なフェルナンドさんが民間で働いているのは、言われてみれば不思議だ。
「失恋だと思うんだよね」
「失恋でクビにはならないと思うけど」
「表向きは自主退職で皇宮警備を辞めて、しばらく家にひきこもっていたの。その後、フェル兄はボディーガード協会に登録して、銀河一のボディーガードになったんだけど、そんなフェル兄に、どうやって結婚申し込めばいいと思う?」
ベルの暴走をせき止めるように、わたしは言った。
「いや、結婚の前に、つきあうという段階があるんじゃないの?」
ベルが眉間にしわを寄せた。
「う~ん。恋愛のイメージができないんだよね。子どもの頃、一緒に育ったから、家庭を持つイメージはあるんだけどな」
わたしはピザを口にしながら、無責任にけしかける。
「じゃあ、とりあえず告白しちゃえば」
「無理だよ。二人になると照れちゃうんだもん。だから、先週だって、ティリーに頼んでダブルデートにしてもらったんだよ」
先週、レイターの船でベルとフェルナンドさんと一緒に、ルク星にある五つ星レストランへ出かけた。
わたしたちは、つきあっているわけでも何でもない。
あれを、ダブルデートと呼ぶのだろうか。
「ベルは楽しそうだったわよね。照れちゃうどころか、皇宮警備の隊長さんに、フェルナンドさんとのデートだ、って公言までして」
「それは、ティリーたちがいたからだよ」
照れ笑いをするベルはかわいい。
チャムールが口を開いた。
「ザブリートさんのお店は、事件で大変だったんでしょ?」
ベルは、のびたチーズをピザの生地にのせながら答えた。
「大変だったよぉ。厄病神が発動しちゃって、大臣が狙われてね。フェル兄はかっこよかった。でも、どうしてチャムールが事件のこと知ってるの?」
「アーサーが、ルク星の現場にいたんですって」
アーサーさんはチャムールの彼氏で、連邦軍将軍家の御曹司だ。
わたしは驚いた。
「あの混乱した現場に、アーサーさんがいらしたの?」
わたしたちが訪れた店の前で大臣が狙われて、銃弾が車に当たったのだ。事件直後、現場は皇宮警備や警察官が入り乱れていた。
「アーサーが犯人を逮捕したそうよ」
あの時、皇宮警備の隊長が不機嫌な表情で言っていた、犯人は特命諜報部が逮捕したと。
特命諜報部の実態はよくわからないけれど、将軍家の直轄ということは知られている。
ベルが大声で言った。
「すごいね。殿下は浮気じゃなかったんだ」
「浮気?」
赤い顔でチャムールが聞き返す。
色白のチャムールは、お酒が入るとすぐ顔に出る。
ベルの言葉は誤解を生む。
わたしが丁寧に説明する。
「ザブリートさんのお店に、アーサーさんが女性と来たことがあるんですって。レイターが浮気だ、って騒いでいたけれど、今の話で仕事で来ていたことがわかった、ということ」
チャムールが安心して微笑んだ。
「そういうことだったのね。アーサーが、わたしを連れて行けなくて申し訳なかった、というような話をしていたから」
「今度は、みんなでザブリートさんのお店へ行こうよ」
と言ってから、わたしは自分で自分の発言に慌てた。
みんなって誰だろう。
チャムールとアーサーさん、ベルとフェルナンドさん、わたしと・・・誰?
*
ベルのビールを飲むペースが速い。
「チャムールはいいよね。素敵な彼氏がいてさ」
ベルの言葉に、チャムールが恥ずかしそうにうなづいた。
「ありがとう」
プシュッ。
ベルは次のビールの缶を開けて聞く。
「アーサー殿下と結婚するの?」
いきなり核心を突く質問。
相手は将軍家。新聞記事には結婚前提のお付き合いと書いてあった。
「ええ、そのつもりよ」
微塵も揺らがないまっすぐな答えだった。いさぎよくてうらやましい。
「デートの時間はあるの? 将軍様は忙しいんじゃないの?」
「アーサーは仕事が速いから、何とか都合をつけてくれるわ」
「どこでデートしてるのよ?」
「ご自宅へうかがうことが多いの」
わたしは聞いた。
「ご自宅って、月の御屋敷?」
「ええ、そうよ」
レイターがハイスクールの頃に居候していたという御屋敷。今もレイターの住民登録は、月の御屋敷になっていると聞いた。
「テレビで見たことあるわ。要塞だけど、見た目はテーマパークみたいなお城なんだよね」
「ええ」
ベルの表現にチャムールが笑った。
アーサーさんは将軍家の跡取りだ。
御屋敷の外でデートをするのは大変そうだ。
前に、チャムールの合唱コンサートに、アーサーさんが顔を出したことがあったけれど、おそらく、アーサーさんがどこへ行くにしても秘書官のカルロスさんがついてくるのだろう。
「殿下とは普段どんな話をしているわけ? 興味あるわ」
ベルが聞く。
「二人で共同研究しているのよ」
チャムールが微笑んだ。
さすが、学者と天才は一般人とは違う。
「へえ、何を?」
ベルが身を乗り出す。
「フェニックス号よ」
「はぁ?」
「アーサーによると、あの船は全く未知の文明で作られたものらしいの」
「そうなの?」
初耳だ。
「レイターが砂漠に埋まっているところを、掘り出してきたんですって」
フェニックス号を「拾った」とレイターが言っていたことを思い出す。
チャムールが続けた。
「おそらくは難破船なのよ。いつの時代のものかも全くわからないの。一見普通の船に見えるけれど、あれはレイターが手を入れて改造しているからで、元がどうなっていたかは、レイターと老師しか知らないのよ」
「老師?」
ベルが聞く。
「伝説の設計士よ。『風の設計士団』って聞いたことあるでしょ」
「メーカーに所属しない、謎の独立系設計集団だよね」
「その開祖で、すごい人なのよ」
「ふ~ん」
かつてレイターは、その『風の設計士団』で食事係のアルバイトをしていたという。
確かにフェニックス号は変わっている。チャムールが初めてフェニックス号に乗った時には、ありえない構造だ、と驚いていた。
「元の文明の残っている部分を解析したい、と思うのだけれど、レイターの改造が早くて追いつけないの。だから、いつもアーサーとぼやいているわ」
いつもはおっとりしているチャムールがおしゃべりで、愛が溢れ出ている。
いいなあ。アーサーさんと二人で、あーでもない、こーでもない、と話すのが楽しくて仕方ないに違いない。
ちょっと妬けるけれど、話を聞いてるわたしたちにも、しあわせの御裾分けだ。
*
ベルが頬杖をつきながらわたしを見た。
「ねえ、ティリー、告るってどうすればいいの? チャムールとアーサー殿下の告白話は聞いたけど、ティリーは前の彼氏とどうやってつきあったの?」
学生時代にボーイフレンドがいた、という話は二人とも知っている。
「向こうから告られたのよ。つき合ってくださいって」
「生徒会長も務める立派な彼氏だっけ」
ベルの言い方にはトゲがあったけど、その通りだ。わたしには出来過ぎの元カレ。
「紳士的なところが、ちょっとエースに似てたのよね」
お酒が入ると、ついおしゃべりになる。
「ええ?! それは元カレがかわいそうじゃん。憧れの『無敗の貴公子』の代わりってこと?」
ベルに反論する。
「違うわよ。そうじゃなくて、才能にあぐらをかかず真面目で努力家、っていうストイックな性格が、エースと似ててわたしの好みってこと」
彼は決してエースの代わりじゃなかった。
刺激はなかったけれど、楽しい時を過ごした。
ベルが笑った。
「ティリーは真面目だからね。男性の好みが、お調子者のレイターの真逆だ」
「だから言ってるでしょ、レイターはわたしのタイプじゃないって」
「でもさ、レイターはティリーのことが好きじゃん」
「な、何言ってるのよ」
「前にレイターが言ってたじゃん。ティリーのことは好きだけど、誰とも付き合わない主義なんだ、って。『愛しの君』のことが忘れられないんでしょ」
チャムールが口を開いた。
「二人はレイターの『愛しの君』のこと知ってる?」
チャムールの口から『愛しの君』という言葉が出てくるのは、不思議な気がした。
ベルが答えた。
「うん。レイターの手の届かない恋の相手、っていうから人妻かと思ったら、お相手は元カノで死んでるらしいよ」
「それが誰だか、知ってる?」
チャムールは、それを聞いてどうしようというのだろう。
「さあ、知らないけれど、カノオ情報によると高貴な人って話だよ」
「私、知ってるのよ」
「えっ?」
驚きのあまり、思わず声が出てしまった。
チャムールはこういう噂話に詳しい方ではない。どうして知っているのだろう。
『愛しの君』が誰なのか。
その名前を聞いたところで、すでに亡くなった人で、わたしの知らない人だ。わたしには何の関係もない。
なのに、心がざわつく。
「誰っ? 誰っ?」
ベルが興味津々でチャムールに詰め寄る。
チャムールは、わたしの目を見て口にした。
「アーサーの妹さんなんですって」
「アーサーさんの妹・・・」
チャムールが知っているわけだ。
ベルが納得した様子で言った。
「そりゃあ、高貴なお方だわ。将軍家のお嬢様じゃあ」
将軍家の動静は大きくニュースで扱われるけれど、二人目の子供の話はほとんど聞かない。
チャムールが続けた。
「妹さんは体が弱くて、ほとんど月の御屋敷から出たことがなかったそうよ。七年前、十六歳の時に亡くなったんですって」
レイターに似合わない、と瞬間的に思った。
「レイターとは婚約していたそうだから、アーサーとレイターは、義理の兄弟になるはずだったの」
「えーっ、婚約? 将軍家と? 厄病神と殿下が義理の兄弟?」
わたしの驚きをベルが代弁してくれる。
「金目当ての結婚詐欺じゃないの?」
と言ってベルが笑ったけれど、わたしは笑えなかった。
わたしは知っている。
レイターは今も『愛しの君』を本気で愛している。
「七年前って、ハイスクールの頃だから学生結婚じゃん。もう時効だね」
ベルの言葉を聞いたら、学生時代に付き合っていた元カレのことが頭に浮かんだ。
比べるものじゃない。
けれど、『愛しの君』とレイターの間には、わたしと元カレの関係とは比べ物にならならないほどの、強いつながりを感じる。
遠距離で自然消滅したわたしたちとは違う。
切り離すことができない、引力のようなもの。
「じゃあさ、アーサー殿下と結婚したら、チャムールは厄病神と兄弟になるところだったってこと?」
「そうなるわね」
「笑えるぅ」
レイターと将軍家との関係が深い理由がわかった。
のどが渇く。
お酒の缶を手にした。甘いはずの液体なのに味がしない。水みたいだ。
わたしには関係ない。
なのに『婚約』というワードがくるくると頭を回っている。お酒に酔ったのだろうか。
「銀河一のいい女さ」と話すレイターの優しい表情が浮かぶ。
身体の弱い十六歳のお嬢様が『銀河一のいい女』
結びつかない。
冷めたピザのように頭が固まっている。
そんなわたしを、チャムールがじっと見つめていた。 (おしまい) 第二十八話「放蕩息子と孝行息子」へ続く
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