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銀河フェニックス物語<裏将軍編>最後の最後は逃げるが勝ち(8)
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・最後の最後は逃げるが勝ち(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)
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レイターは突風教習船の左教官席で、ヘルメットを膝の上において眠っていた。
息をしているように見えない。死んでいるんじゃないか。
渡されたばかりのウエスタンクロスの旗を手に、アレグロは不安になった。それぐらい深く眠っている。
こいつは、寝る間も惜しんで、持てる全ての精力をこのバトルに注ぎ込んできたからな。
数ヶ月前だったら小さな身体を抱えて運んでやれたが、もう無理だ。
「おい、レイター、起きろ」
身体を揺すると面倒くさそうに目を開けた。
「銀河統一だぞ」
「そうだな」
興味なさげな返事だった。俺は質問してみた。
「ノーザンダとの対戦はどうだった? 空間気流の扱いといい、いい飛ばしだったぞ」
思った通り、レイターは目をぱちっと開けた。こいつは操縦の話を振ればすぐに目を覚ます。
「空間気流は面白かった」
「あのアクロバット的な背面飛行は、最初から考えていたのか?」
「オプションの一つとして用意はしてた。タイミングが上手くはまったんだ」
「あれで、投げ銭が一気に増えたぞ」
「そいつぁ、よかった」
レイターはにっこりと笑った。
「それで、お前、『あの感覚』というのは感じられたのか?」
俺の問いにレイターはかぶりを振った。表情が一気に曇る。
「駄目だ」
「それでもノーザンダには勝てたということか」
「俺の操縦技術を、五段階レベルで評価するとする」
レイターが説明を始めた。
「ノーザンダとの対戦は最高のレベル五だ。ミスは一つもねぇ。あの条件の中では完璧な走りだ。俺は全てを思い出せる。背面飛行した時のエンジンの回転も操縦桿の角度も、あれしかねぇ」
「それでも『あの感覚』には届かないのか?」
「『あの感覚』はレベル六なんだ」
「よくわからんな。五段階じゃなかったのか」
「考えてちゃダメなんだ。思い出せないようでねぇと」
興味深い。
「もう少し言語化できるか」
あいつはしばらく無言で考え、ぽつりと言った。
「・・・時が止まる」
「時が止まる?」
「一秒が十秒ぐらいに感じる。だから全てがコントロールできる」
零コンマの世界で争うには凄い能力だな。
「俺がゴールへ向かうんじゃなくて、ゴールが俺に近づいて来るって言う感じ」
言葉にするのは難しそうだった。
「再現したかった。ノーザンダのおかげで、もう少しの所まで行けたとは思うんだ」
勝利して銀河統一したというのに、こいつはおもちゃを取り上げられて泣き出しそうな子どものような顔をしていた。俺は提案してみた。
「お前、S1に乗ってみたらどうだ」
「S1な、子どもの頃は憧れてたんだけどな」
「『無敗の貴公子』と対戦したら、その感覚がつかめるんじゃないのか」
クロノス社のS1レーサー、エース・ギリアムはデビュー以来無敗を誇っている。
「速さなら貴公子よりノーザンダのが速いぞ」
「そうなのか?」
こいつ、ノーザンダに勝った自分は無敗の貴公子より速い、と言っているようなものだぞ。
「けど、エースは勝負に強い。S1はゆっくりでも勝てばいいからな」
銀河最速のS1を「ゆっくり」と表現するのはどうかと思うが。
「エースは飛ばしが安定していて、『超速』って呼ばれた俺の師匠のカーペンターと正反対だ。だから『無敗の貴公子』なんだ。あいつはS1向きだ」
「お前は?」
「俺は、戦闘機に乗っちまったからな」
銀河最速のS1でも『あの感覚』という、こいつの理想には届かないのか。
そしてレイターは小さな声で呟いた。
「もう駄目なのかも知れねぇ。フローラがいねぇと」
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