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銀河フェニックス物語<少年編>第九話(3)「金曜日はカレーの日」

将軍家の坊ちゃんは人当たりがいいが、ヌイには近寄りがたく感じた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「金曜はカレーの日」 (1)(2
<少年編>マガジン

 坊ちゃんは思わぬ提案をした。
「仕事でなければ階級で呼ばなくていいですよ」
「何とお呼びすれば?」
「坊ちゃん、でも」
「え?」
 隊員たちは陰で少尉のことを『将軍家の坊ちゃん』と呼んでいる。それは、親しみを込めて、というよりは揶揄している。坊ちゃんもそのことはわかっているはずだ。

「冗談です」

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。
 僕はうまく笑えているだろうか。完全無欠な彼は人間らしさを示すために、わざと僕に欠陥を見せようとしているのだろうか。
「アーサーと呼んでください。バルダンもそう呼んでいますから」
 坊ちゃんが僕たちと距離を縮めたいと思っていることはわかる。が、恐れ多くて僕には無理だ。次期将軍を呼び捨てにできるバルダンはすごいな。
「そうなんですね。知りませんでした」
 さらりと受け流す。

 坊ちゃんはオグラント戦線に興味を持っていた。
 経験した範囲のことしか話せないが、僕は暗号通信士として現場と上層部の行き違いも見てきた。
 カレーを食べながら簡単に伝える。
「ありがとうございます。勉強になります」
 と次期将軍は頭を下げたが、何だか聴取されているようだった。

 僕は聞いてみたかったことを坊ちゃんに投げかけた。
「レイターと仲はいいんですか? どんな話をしているのか興味があって」

12レイター小@前目にやり逆

 天才少年が初めて言葉に詰まった。
「それは、……レイターに聞いてみて下さい」

 カレーが便利なのは、素早く食べ終えることができるところかもしれない。
「お先に失礼します」
 坊ちゃんは静かに席を立った。

「ぐえぇ」
 僕が部屋に戻るとバルダンとレイターが格闘技の技をかけあっていた。いや、かけあっているのではない、レイターが一方的に技をかけられていた。
「バルダン、ほどほどにしろよ」

 と僕が言った瞬間、バルダンが叫んだ。
「ヌイ、うがい!」

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 忘れてた。自分では気づかないが、カレーの匂いがしたのだろう。その隙にレイターが技から抜け出した。

 僕は洗面所でミントの香りのうがい薬を口に含んだ。レイターがニヤニヤと笑ってこっちを見ている。こいつが悪だくみを考えている時の顔だ。
「なあ、レイター、お前さんは坊ちゃんと仲は良いのかい?」
「は? いいわけねぇだろ」
 即答だった。

 裏を返せば、坊ちゃんは他人に対して否定的な表現をしないよう教育されているということだ。彼は将軍家という権力が人を傷つけることを自覚している。

 週明け、月曜日のことだった。

 訓練を終えたバルダンが部屋へ入ってくるなり、タオルを床に投げつけた。
「くっそー。レイターの野郎」
 こんなに怒っているバルダンを見るのは久しぶりだ。一体レイターは何をやらかしたんだ。
「どうしたんだい?」

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 バルダンは僕をじろりと見ながら言った。
「言えるか!」
 言いたくないんだ。これは一人にしておいた方がいいな。僕は静かに部屋の外へと出た。

 バルダンが怒っている理由はすぐにわかった。ふねの中はその話で持ちきりだった。
 レイターが格闘技訓練でバルダンに勝ったというのだ。

 これまでレイターがバルダンに勝ったことはない、というか一点も入れたことはないはずだ。身長が三十センチ以上離れている二人の間合いは違い過ぎて、レイターの突きや蹴りは届かない。

 そのバルダンにどうして勝つことができたのか。
 理由はすぐにわかった。

 レイターは金曜カレーの残りを食べて格闘技訓練に臨んだのだ。「カレー」と息を吹きかけながらの攻撃に、バルダンは耐えられなかったらしい。隙だらけだったという。

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 金曜日、僕がうがいをしている時に、悪だくみを思いついた顔をしていたのはこれか。レイターは訓練中に坊ちゃんの目に砂を投げつけたこともある小狡い こずるいくそガキ。実にあいつらしい。
 それをまたレイターは「バルダンに勝った」と自慢げに自分で触れ回っている。
 部屋に戻るとバルダンは床に座ってまだ落ち込んでいた。
「実戦だったら殺されていた。俺もまだまだだな」

 夕飯の片づけが終わる夜のこの時間は、いつもならレイターが部屋に顔を出す頃だ。だが、バルダンに卑怯な手を使ったレイターはしばらくこの部屋に遊びに来ないだろうな。と、思った時だった。
(4)へ続く

<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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