
銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第二話(最終回) 麻薬王の摘発
帰ってきたレイターと一緒に料理を作ることができて、ティリーはうれしかった。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<恋愛編>第二話「麻薬王の摘発」まとめ読み版 (1)(2)(3)(4)
焼きあがったレギ地鶏を口に含む。
「おいしい」
柔らかくて脂が程よくのっている。名産品と呼ばれる理由がわかる。
パリパリに焼けた皮に、ふんわりとした舌触りのソースが絶妙だ。素材の良さを生かした味付けに、食べ出したら止まらない。
今週の夕飯はインスタント食品か、栄養ゼリーばかり食べていた。
「ティリーさん、あんた、ちゃんと飯食ってなかっただろ」
「え? ええっと」
図星の指摘に慌てる。
「ったく。あしたはこのチキンでシチュー作っとくから食べに来いよ」
「ありがと」
幸せだ。彼氏と食べる夕食、しかも美味。
このまま時間をラッピングして閉じ込めてしまいたい。
「そう言えば、チャムールが変だったのよね」
「チャムールさんが?」
「今回の麻薬王摘発のこと、チャムールなら特命諜報部案件ってこと、知ってると思ったのに」
「知ってるさ。銀河警察にゃ任せておけねぇから、アーサーが陣頭指揮取ったんだ。あいつ、現場からチャムールさんに任務完了、って連絡入れてたぜ」
「そうなの?」
やっぱり知っていたんだ。チャムールはずっとアーサーさんのことを心配していたのだろう。ショックだ。
レイターは任務のことをわたしに隠してて、アーサーさんはちゃんとチャムールに話してて、そしてチャムールはそれをわたしに隠した。
「チャムールはわたしには何も知らない、って言ったのよ。嘘をついてたってこと?」
声が不機嫌になる。
レイターが眉をひそめてわたしを見た。
「ティリーさん、あんた、その話、チャムールさんにどこで聞いた?」
この人はわたしが特命諜報部のことを人前で話したと思っているのだろうか。
「わたしだってちゃんと気を付けてるわよ。会社じゃまずいと思ったから、家に帰ってから通信で」
「それって普通の通信回線?」
「え? そうよ」
レイターが頭を抱えた。
「あちゃぁ、きちんと話していなかった俺が悪かった。ティリーさん、頼む。こういった話は一般回線を使わねぇでくれ。通信だけじゃねぇ、メッセージチャットもメールも」
「それって、盗聴されてるってこと?」
「チャムールさんは、アーサーの婚約者だ。どこで誰が盗み聞きしてるかわかったもんじゃねぇんだ」
「そうなのね」
「フェニックス号や月の御屋敷とは専用回線使ってるからいいけど、軍の話をする時は、直接会って話すとかしてくれ」
思い出した。チャムールは時々わたしの家に直接やって来る。そういうことだったんだ。将軍家と付き合うというのはやっぱり普通じゃない。
チャムールも慌てたに違いない。一般回線で無防備にわたしが特命諜報部の話を始めたから。
「アーサーから連絡よこせって、メッセージが入ってたの無視してたが、この件だな」
「無視はよくないでしょ」
「いいんだよ、一般回線だったから。あいつ、急ぎの仕事ん時は緊急回線で言ってくんだ。そうだ」
レイターが企んでいる顔をした。
「何する気?」
「アーサーに返事するのさ」
レイターが通信機を動かした。短い通信音の直後、
「どうした? 何があった」
緊張した面持ちのアーサーさんが映った。レイターがフフフと鼻で笑った。
「あんたが連絡よこせ、ってメッセージ残したから連絡してやったぜ」
アーサーさんがむっとした顔で言った。
「緊急回線を使ったのは私への嫌がらせか」
レイターったら、仕事用の緊急回線で連絡を入れたんだ。アーサーさんは、何事かと慌てたに違いない。
通信機のカメラの前でわたしは頭を下げた。
「アーサーさん、ごめんなさい。色々とすみませんでした。チャムールにも謝らなくちゃいけなくて」
「ティリーさんもご一緒でしたか」
と言うアーサーさんを押しのけるようにして、チャムールが顔を出した。隣にいたんだ。
「ティリー、私こそごめんなさいね。この間、つっけんどんな態度を取っちゃって。どう話していいのかよくわからなくて」
「謝るのはわたしの方よ。一般回線で話しかけちゃって。気が付かなくてごめんなさい」
レイターが割り込んできた。
「まあまあ、俺が緊急回線で連絡入れたのには訳があんのさ。業務連絡だ。怪我の分、ちゃんと手当に上乗せしろよ」
「今回の治療費は保険が適用される。しかも、表の仕事でボディーガード協会から見舞金も出るから上乗せは認められない」
「医者に診断書書いてもらうから、それ見てから判断しろよ」
「すでに全治一週間の診断書がアディブさんから提出済みだ」
「マジ?」
レイターが目を見開いた。
「さすが彼女は仕事が速い。お前はすぐ変な診断書を持ってくるが、今回は必要ないからな」
「くっそ」
わたしはレイターの服を引っ張ってにらんだ。
「レイター、悪いことはしない、って約束したわよね」
アーサーさんが付け加えるように言った。
「お前が悪事を働いたら、ティリーさんと別れると言う契約書を作成しておいたぞ」
「は?」
「冗談だ」
「ったく、あんたの冗談が面白かった試しがねぇよ」
ぼやくレイターのその様子がおかしくて、わたしたちは笑った。
重たい秘密を抱えるのは辛い。
けれど、だからこそ、笑顔の瞬間がより一層輝いて見える。
レイターの横顔を見ながら、わたしは今までとは違う世界を歩きだしていることを全身で感じていた。 (おしまい)
第三話「大切なことの順番」へ続く
裏話や雑談を掲載した公式ツイッターはこちら
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
いいなと思ったら応援しよう!
