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銀河フェニックス物語【出会い編】 第三十三話 宇宙に花火が打ち上がる まとめ読み版③
・第一話のスタート版
・第三十三話① ②
* *
ティリーは自社パビリオン内のホールで、一息入れた。
新型船発表会の最終リハーサルが、問題無く終わったところだった。
さあ、一時間後に本番だ。今回の出張で一番大切な仕事。ここで気を抜くわけにはいかない。
開場と共にマスコミが入ってきた。
広報のコーデリア課長が、顔見知りの記者らと談笑している。
クロノスは宇宙船メーカーの最大手で、新型船の発表会は注目を集める。メディアにどれだけ大きく好意的に扱ってもらえるかが重要だ。
しかも、きょうは交通大臣の視察日程が入っていて、報道のカメラもたくさん集まった。失敗は許されない。
背筋の伸びた『よそいきレイター』がホール入り口の近くに立って目を光らせていた。
この発表会の警備計画を手渡してから、彼とは一言も話していない。
宙航法改正の反対派が会場で暴れないように、きちんと仕事さえしてもらえれば、それでいい。
一段高いステージ上に、シミュレーターとつながった新型船のペルットが置かれていた。
発表会が始まるまでの間、撮影タイムになっている。早速、若い女性リポーターが乗り込んだ。
「今回発売となるペルットは、若者から高齢者まで『誰にでも優しい』がコンセプトだけあって、乗りやすいですね」
聞き取りやすい声が耳に入ってくる。コメントに問題はない。
ペルットは幅広い層をターゲットにしていて、操縦のしやすさが売りだ。
ただ、悔しいことに、操縦が下手なわたしの感想としては、ガレガレさんの船の方が圧倒的に楽だった。
一方で、お値段は広告費を入れても各段にペルットが安い。うちの会社にしては『懐にも優しい船』なのだ。
*
「皆さま、お待たせしました。これより、新型船『誰にでも優しいペルット』の発表会をはじめさせていただきます」
コーデリア課長の司会で発表会がスタートした。
わたしはフェルナンドさんと一緒に、舞台の袖でエースの動きを見ていた。
ペルットとその横に立つスーツ姿の専務を、スポットライトが照らす。
「本日は交通大臣にもお越しいただいております」
会場へ到着した大臣をコーデリア課長が紹介する。シンポジウムで靴を投げつけられそうになった大臣だ。
新型船の前でエースと握手をする。シャッターチャンスにカメラのフラッシュが光る。
エースが大臣に声をかける。
「優しさを、ぜひ、体感してください」
エースの案内で大臣が新型船の操縦席に乗り込んだ。
お年を召した大臣がシミュレーターで試乗し「私にも優しいな。楽に操縦できる」とコメントするシナリオだ。
準備が整うまで、大型3Dスクリーンにペルットのプロモーション映像が流れることになっている。
あれ? スクリーンの映像が変だ。画面が暗いし音楽も流れない。
さっきのリハーサルではうまくいったのに。
トラブルだ!
この発表会は生中継で放送されているのに、どうしよう。隣にいる音響効果さんが、映像送出室と連絡が取れないとあわてている。
わたしは何をすればいい?
思いつかず、とりあえずスクリーンの映像をながめる。
妙な映像だった。防犯カメラの動画のようだ。
よく見ると 映っているのはゲストの交通大臣だ。
ホテルの一室だろうか?
天井から撮影されたとみられる映像。交通大臣が男性と向かい合って座っていた。
「大臣、今回の宇宙航空法改正案、これで一つよろしく頼みます」
と言いながら男性が黒い鞄から四角い箱を取り出すと、両手で大臣にうやうやしく手渡した。
あれは、お金?
「や、やめろ!」
交通大臣がペルットから飛び出して大声で叫んだ。
映像は続いている。もう目が離せない。
スクリーンの中で、交通大臣が男性に話しかける。
「任せておいて下さいよ。暴走族を取り締まるという大義名分をかざせば、民意もついてきます。改正反対派がプライバシーだ何だと言ってますが、監視衛星が増えて困るというのは、どうせろくでもないことをやってる連中ですから、ハハハハ・・・」
大臣が笑う横で、現金とみられるものを、秘書が紙袋にしまい込む。
レイターが、ガレガレさんの船を札束で買った時を思い出す。
現金の取引は、所有権の移転が目で見てわかる。手数料がかからない。
そして、記録に残さないことができる。
映像はそこで終わった。
大臣がエースに向かってがなり立てた。
「め、名誉毀損だ。こんなことをして、ただで済むと思っているのか!!訴えてやる!」
マスコミのカメラがその様子を撮影している。
「大臣、関係がないのでしたら、少し落ち着かれたほうがよろしいですよ」
エースの一言で大臣は我を取り戻し、静かになった。
一体、今の何?
もう、会場中が訳わからなくなっている。
フェルナンドさんはいつの間にかエースの横に立って、不測の事態に備えていた。
「本日の発表会は、いったんお開きとさせていただきます」
コーデリア課長の声が会場に響く。
そのまま逃げるように外へ出ようとする大臣をマスコミが取り囲む。
「今の映像はどういうことですか?」
「し、知らん」
「相手は、監視衛星メーカーの常務ですよね」
「でたらめだ」
もう、新型船の発表どころじゃなかった。
わたしは泣きたくなった。
厄病神が発動した。
*
銀河警察がやってきて、大臣の汚職を告発する映像のデータを証拠品として押収していった。
銀総のクリスさんが調べたところ、流すはずのプロモーション映像のデータが、いつの間にか問題の告発映像にすり替えられていた。
直前のリハーサルまで大丈夫だったのに。
一体、誰がいつの間に。
発表会当時、映像送出室にはクロノス社の広報と技術スタッフの二人がいた。
リハーサルの後、二人が同時に部屋を離れたのはわずか一分。
犯人はその間にデータをすり替え、一度送出を始めたら止められないようにロックをかけていた。
しかも、その一分間だけ、防犯システムが切られていた。
わたしは気が付いた。
そんな離れ業ができる人物が一人いることに。
器用な彼ならできる。警備計画の最新版を知っている彼。しかも動機がある。
『大臣の暗殺なんてケチなことしたって意味ねぇんだよ。俺ならもっとうまくやるさ』と言い放った彼。
おそらく今回の告発映像は、大臣の暗殺以上に宙航法改正案にダメージを与える。
会場の警備に当たっている厄病神は、しれっと通路に立っていた。
わたしは真正面に立って問いただした。
「レイター、あなたでしょ。映像入れ替えたの」
「・・・・・・」
わたしの質問にレイターは答えなかった。
「違うなら違う、って言ってよ」
いつものようにおちゃらけて否定してくれても良かったのに、彼はまじめな顔でわたしをじっと見て、静かな声で答えた。
「ノーコメントだ」
当たりだ。やっぱりレイターだ。
「飛ばし屋のあなたにとっては、法律改正に反対するいい機会だったのかもしれない。でも、そのせいでわたしたちの仕事はめちゃくちゃよ! どれだけたくさんの人が、今日のために頑張ってきたと思ってるの」
レイターは反論もせず無表情で立っていた。目をそらしもしない。覚悟の上の犯行だ。
イライラする感情というのは、どこから湧き出てくるのだろうか。
自分では止められない。その上、関係のない景色まで呼び込んできて、勝手に増幅する。
警備計画を手渡すため、フェニックス号を訪れた時のことが頭に浮かぶ。
ヘレンさんとの濃厚なキス。
「とにかくわたしの邪魔をしないで。休暇中なら昔の彼女と楽しくしてればいいのよ!」
と、言わなくていいことまで口にしていた。
もう、レイターの顔も見たくない。
わたしは、背を向けて駆け出した。
「ペルット」の名前は情報ネットのトレンドワードに急上昇し、発表会の動画の再生回数はみるみる伸びた。
テレビもペルット発表会のニュースで埋め尽くされていた。
でも、それは新型船への興味ではない。汚職事件の暴露現場としてだ。
この発表会にわたしたちは力を入れていたのに・・・。
犯人捜しは続いていた。
けれど、わたしは誰にも言うことができなかった。映像データを入れ替えたのがレイターだということを。
*
クロノスのパビリオンは一日閉鎖することになった。
新型船ペルットの宣伝ができなかっただけじゃない。
大臣はクロノスを訴えると息まいていて、社としても大変なトラブルを抱えてしまった。
ところが、意外にも責任者のエースはさっぱりとした顔をしていた。わたしは聞いた。
「専務は悔しくないんですか? 折角、準備してきた新型船の発表会が台無しなってしまって」
エースは少し首をかしげながら答えた。
「ものは考えようだ。決していいイメージとは言えないが、うちの発表会の露出度は桁違いだ。広告費を払っても、これほど取り上げてはもらえないよ。他社の新型船発表の扱いは、うち以下だしね」
随分と前向きだった。
「誰だかわからないが、映像をすり変えた犯人に感謝したいな」
「感謝?」
「大臣を使って宣伝した後に汚職が発覚したら、ペルットのイメージが格段に悪くなるところだったからね」
もしかして、うちの会社はレイターに救われたということ?
「それから、もう一つ。宇宙航空法の改正には僕も疑問を持っている」
「どういうことですか?」
「簡単に言えば飛ばし屋は我々のヘビーユーザーで、彼らの言うことにも一理ある、ということさ。一般船が通行しない小惑星帯に監視カメラを増設して、喜ぶのはカメラメーカーだけだよ。飛ばしを楽しむ場所があるからこそ、我々の作る船が売れるんだからね」
宙航法が改正されて速度制限が増えても、自分は困らないから、と深く問題意識を持たなかった。
仕事に関係ある話だったのに、わたしは不勉強だった。
わたしの仕事をめちゃくちゃにした、とレイターを非難したことを急に後悔した。
「ティリー、この後、時間が空いただろう?」
エースの予定は次々とキャンセルになった。
「はい、警察からの問い合わせが無ければですけど・・・」
「ファッションイメージングを見に行こう」
あまりにろいろなことがあって、チケットのことを忘れていた。
しかし、こんな騒ぎの最中に不謹慎じゃないだろうか?
「大丈夫でしょうか?」
「プラチナチケットだから平気さ。プライバシーは完全に保護される。三十分程度のイベントだ。息抜きにちょうどいい」
レイターにはヘレンさんがいる。
もう迷うことは何もない。
「喜んでお供します」
わたしは笑顔で応えた。
*
プラチナチケットの威力はすごかった。
エースは慣れているから普通のことなのだろうけれど、SSショーの地下に張り巡らされたVIP通路から、誰にも会わずにファッションイメージングの貴賓室に到着した。
宇宙列車のドアをフェルナンドさんが開け、エースと一緒に乗り込む。
乗車したことのない豪華なコンパーメント個室。それだけで気分が上がる。
ポ、ポォオオーーーーーー。
汽笛を鳴らしながら列車は出発し、ゆっくりと宇宙空間へ飛び出した。
星空をバックに行われるファッションショーを窓越しに眺める。
モデルが着ている服と似たイメージの服の画像が、窓の下側にたくさん現れる。
気に入った服に手をかざすと、3Dマッピングでそれを自分が着ているように映しだされるという仕掛けだ。
普段、手の出ない高級ブランドの洋服も思う存分試着できる。
そのまま、購入も可能。サイズは自動計測してくれる。
エースの前でちょっと恥ずかしかったけれど、折角なのでいろいろな服に手を伸ばした。
「そのブランドはティリーに似合うね。新しく入ったデザイナーのセンスがいいからね」
意外な気がした。エースは洋服のブランドについても詳しかった。
「お詳しいですね」
「デザインは船に必要な要素だよ」
胸がキュンとした。船への愛を感じる。
レイターとアプローチは違うけれど、この人も船に身を捧げている。
「その服はちょっと大人っぽすぎないかい」
「キラ・センダードは憧れのブランドなんですけど・・・」
「ティリーがもう少し大人になったら、僕が買ってあげるよ」
「滅相もありません」
二人きりの空間に酔いそうだ。
ドアのところにフェルナンドさんが立っているのを、つい忘れてしまう。
イベントの人気が高い理由がわかる。
観覧車でファッションショーを楽しみながら、ウインドウショッピングをするようなものだ。
彼氏と一緒なら、忘れられないデートになるだろう。
ファッションイメージングはSSショーの特別企画だけれど、常設イベントにしたいという引き合いが各地から来ているとニュースで見た。
仕事が面倒なことになっているというのに、わたしは楽しんでいた。
エースと同じ空気を吸っている。僥倖だ。
* *
レイターの元に銀河総合警備のクリスから緊急の連絡が入った。
「レイター、爆弾犯から鉄道会社の宇鉄に要求が届いた。『ファッションイメージングを爆破されたくなければ十五分以内に一億リル払え』とさ。機関車の安全装置が解除されたそうだ」
「まじかよ」
レイターはあわててフェルナンドの緊急回線を開いた。
「フェルナンド、聞こえるか」
小声でフェルナンドが答える。
「はい」
「あんた、チケットをティリーさんに渡したか?」
「ええ」
ティリーさんとエース専務を目の前に見ながら返事をする。レイターさんが焦っている。嫌な予感がする。
「ちっ、今すぐ取り上げろ。ファッションイメージングが爆弾犯に狙われてる」
「無理です。もう、専務と一緒に列車に乗っています」
「何っ!?」
「もう少し情報を下さい」
「無線を78P673Qに合わせろ。符丁は5のMだ」
レイターさんの言う通信番号に合わせる。
銀河警察の無線だ。
しかも、民間の警備会社には共有していない警察幹部用の暗号通信。これはレイターさんが盗聴している情報だ。
感謝しますよレイターさん。
と言っても、あなたは僕のためじゃなく、ティリーさんのためにこの情報を僕に提供したんでしょうけど。
暗号を解読すると、相当に危険な状態になっていることがわかった。
爆弾犯は、宇鉄のパビリオン内にあるファッションイメージングの中央制御室をリモート波で乗っ取ったようだ。
機関車の内燃機関の安全装置を外から解除して、パスワードをかけた。この状態が十五分続くと、私たちが乗っているこの列車は熱暴走を起こして爆発する。
犯人はパスワードが知りたければ、一億リルを匿名デジタル通貨で指定アドレスに送付するよう要求してきている。
犯人の要求を公表して人質の乗客を避難させる動きを見せたら、即、爆破すると追記されていた。
大会本部と警察はSSショーの入場客にパニックを起こさせないため、ファッションイメージングを通常興行させながら、パスワードの解析に入った。
用意周到な犯人がかけたパスワード。果たして十五分で解読できるだろうか。
犯人に気づかれない様に、列車の航路から少し離れたところに消防艇が待機した。解読が間に合わなければ、機関車を物理的に外から冷却するというが、この作戦の成功率は低そうだ。
一方、銀河警察は、一億リルを一旦支払って犯人を追う、という次善の策も提案している。今のところ、宇鉄側は了承していない。
目の前では、エース専務とティリーさんがイベントを楽しんでいた。
熱暴走が臨界に達したらどうやって二人を守る?
救命カプセルまでの動線をどう確保する?
間に合うか?
これは相当な難題だ。
* *
レイターは、ファッションイメージングのパビリオンの前でクリスと合流した。
赤いレンガの建物の前には、いつも通り、入場待ちの長蛇の列ができていた。カップルの笑い声が聞こえる。客には列車爆破の脅迫について一切知らせていない。
「クリス、裏へ回るぞ」
「裏に何かあるのか?」
「A3出口階段だ」
「出口階段?」
クリスは首をかしげながらレイターの後に続いた。
人工衛星内には、衛星の外へ出るための出口階段がところどころに設置されている。
「安全装置をリモート波で解除するにゃ、中央制御室の近くからじゃねぇとパワーが足りねぇはずなんだよ」
「それで、どうして出口階段なんだ?」
「ファッションイメージングの中央制御室は、地下にあんのさ。ちょうどA3階段の踊り場が近い。逃走経路もばっちりだ」
「よく知ってるな」
クリスは感心した。
「建物内部の構造まで頭にいれとくのは、当たり前ぇだろが
パビリオンの裏側に到着する。
箱型の小さな建物には、出口を示すA3の文字の隣に『レンタル船乗り場』という看板が掲げられていた。
ドアは無く、地下へと続く階段が口を開けている。
この階段を降りた先には無人のレンタル船乗り場が併設されていて、予約を入れれば誰でも利用できる。
「静かについて来いよ」
レイターが気配を消して階段を下りる。
踊り場に男が立っていた。カジュアルなジャケットを羽織った、ごく普通の若者。
腕にはめた通信機を真剣に見ている。
彼が爆弾犯なのか。
レンタル船の利用者が、誰かと待ち合わせをしているようにも見える。
と、レイターが音もなく近づき、まるで手品のように通信機を取り上げた。
クリスは思い出した。
そうだ、こいつは天才的なスリの才能があるんだった。それにしても、いきなり盗むのはまずいだろ。
と、男が突然走り出した。
「クリス、こいつを捕まえろ。俺はパスワードを本部へ送る」
レイターは男の通信機を操作し始めた。
あの男が、爆弾犯の関係者ということか。
「おい、君」
追いかけるクリスの足元に向けて、男が卵ぐらいの大きさのものを投げた。
クリスの足が止まる。こいつは小型爆弾だ。
カチッ。起爆スイッチの入る音がした。五秒後に爆発する型だ。男は一気に階段を駆け下りていく。
「レイター、逃げろ。爆弾だ」
クリスはあわてて階段を上りだした。
走りながら気がついた。ここでの爆発はまずい。衛星の外壁に穴が空いたら大惨事だ。
振り向くと、パスワードの送信を終えたレイターが爆弾を拾っていた。
レイターはポケットから簡易爆発物処理袋を取り出し、爆弾を入れた。鮮やかなお手本のような対処。
だが、あの処理袋では耐えられるかわからんぞ。
そのまま、レイターは袋を胸に抱え込んだ。
「お前、自分が緩衝材になる気か」
バシュッツ。
にぶい音とともに煙が広がる。
「レイター!!」
衝撃で飛ばされたレイターが踊り場の床に倒れていた。
* *
「ファッションイメージングは僕ら夫婦で考え出したんですよ」
ネル星系で暮らす僕はフリーランスの技術者。妻はフリーのスタイリスト。
二十代の僕たちには、実績と呼べるほどのものはまだない。
二人でアイデアを出し合って、ファッションイメージングを開発した。3Dプロジェクションマッピングを使ってファッションショーと観客をリンクさせるシステム。
ある日、妻がお得意さんから、宇宙列車を使ったイベントの企画を探しているという話を聞いてきた。
僕らは彼にファッションイメージングの企画書を渡し、売り込んだ。
そのお得意さんは大手鉄道会社「宇鉄」の役員だった。先進的な感覚を持つ彼は、僕たちの企画を面白がり会社に提案した。
宇鉄はお堅い会社だ。なぜ、列車内で服を着替える必要があるのか。風紀が乱れるのではないか、などなど反対意見が噴出したという。
それを役員の彼は押さえ込み、僕らの企画は採用された。
地元のネル星系で開催されるSSショーの特別企画として。
彼がプロジェクトの総責任者となり、僕らは彼の下働いた。
寝る間も惜しんで没頭した。僕は宇鉄の研究員と一緒に3Dマッピングの技術を宇宙列車向けに改造し、妻は、ファッションブランドとかけあって服の提供を依頼した。
そんな中、妻が妊娠した。僕たちは喜んだ。
充実した日々。
システムの完成間近に思わぬことが起きた。
プロジェクトの責任者、宇鉄役員の彼が失脚した。
社内の権力闘争に負けたのだと聞いた。彼は表向きは栄転という形で地方の子会社の社長に異動となり、このプロジェクトからはずされた。
プロジェクトへの風当たりが、手のひらを返したように強くなった。
『原点回帰』というスローガンのもと本業の稼ぎが重視され、ファッションイメージングの予算は一気に削られた。
美意識と本物へのこだわりに理解の無いプロジェクト長が宣言した。
「まだまだ、いくらでも安くできるところがあるな」
僕と妻は自分たちの受け取る報酬を減らしてでも、いいものを作りたいと宇鉄に訴えた。
安っぽくなればなるほど高級ファッションブランドが離れていってしまう。
そんなバタバタの中で、妻が切迫流産と診断された。
医師からは絶対安静を告げられ入院を勧められた。僕も無理をしなくていいと言った。けれど、妻の力がなければ、理想の形が造れないことを僕たちはわかっていた。
妻は自宅療養しながら仕事を続けた。
そのことと関係があったかどうかはわからない。妻は流産した。
悲しかった。
失くしたものを取り返すかのように、僕たちはさらに仕事に身を捧げた。
僕らにとってファッションイメージングは二人の子どもだった。
こうして、僕らの魂と情熱が発露した『ファッションイメージング』が完成した。
鉄道会社とファッション業界の異色のコラボ。面白いものができたと自負している。けれど、広告宣伝費はなく、SSショー開幕前には全く話題に上らなかった。
お客さんの反応を見ながら、機能を改良していこう。実際に動き出したら面白さがわかってもらえるさ、と僕らが気持ちを新たにした時、宇鉄から、運営に関わる必要はない、と宣告された。
費用削減のためだった。
僕ら夫婦には二百万リルが支払われ、お払い箱となった。
一年以上このプロジェクトにかかりきりだった。他の仕事は受けずに専念した。完全な赤字で持ち出し。仕方ない、自分たちで減額を申し出たのだ。
けれど、本番に携わることを許されないとは、思ってもいなかった。
僕らはファッションイメージングに試乗して泣いた。
宇宙に広がる星空が花火のように見えた。消えてしまったはかない命のことが今更のように悔やまれる。
妻のせいではない。けれど、妻は自分を責めていた。
行き場のない怒りが闇となって僕を突き動かす。
SSショーなんて吹き飛んでしまえ。
情報ネットに嫌がらせを投稿した。
『打ち上げ花火でSSショーを吹き飛ばす』
僕は情報設計の技術者だ。発信者の身元がわからないように細工した。
*
メディア公開の日のことだった。
妻が招待した著名なモデルがファッションイメージングに搭乗し、突如、人気に火がついた。
影響力のある彼女の投稿は情報ネットワークのトレンドに入り、チケットは見る間に完売した。宇鉄は驚きながらも、即座に増便を決定した。
僕と妻は手を取り合って喜んだ。僕たちが生み出したものが社会に認められたのだ。
そして、僕は気がついた。
契約書では僕らの発案や技術はすべて宇鉄に譲渡することになっていた。増便しようと何しようと、僕らには一銭も入ってこないことに。
とにかくプロジェクトを成功させることを優先し、悪条件を飲んできた結果だった。
マスコミが注目し開発者へのインタビューを依頼した。その役は僕らには回って来なかった。宇鉄の社員が対応した。
僕らが発案したことを公にすることも、秘密保持契約によってできなかった。
フリーランスの僕らにとって、認められた大きな仕事は次の仕事を得るための強い武器だ。それも奪われた。
僕らの子ども、ファッションイメージングは僕らの手から遠くへ連れ去られてしまった。
儲かると踏んだ宇鉄は、常設イベント施設での営業を検討始めた。
ファッションイメージングは宇鉄に多大な利益をもたらすだろう。
僕は、最初に宇鉄に提示したチケットの売り上げに連動する条件で、僕らの取り分を試算してみた。
僕らには一億リルが手に入るという結果になった。
何物にも縛られず、自由にいいモノを作りたい。
フリーランスである僕たちの夢や矜持は、大手企業という巨大な組織に吸い取られた。
僕らは子どもを二人失った。慰謝料をもらう権利だってあるはずだ。
僕は、完全犯罪を思いついた。
『打ち上げ花火でSSショーを吹き飛ばす』という投稿は、銀河警察にも追いかけられていない。この情報ルート技術と匿名デジタル通貨を組み合わせれば、誰にも知られないまま換金できる。
妻には伝えず、念入りに換金用迂回ルートの構築を始めた。
そんな時だった。突然、SSショーに花火が打ち上がった。
僕はあわてた。
僕の計画では、事前に匿名デジタル通貨で一億リルを用意しておいてもらう必要があるのだ。一通目の脅迫が終わったことになっては困る。
僕は、前回の投稿と同じルートを使って二通目をアップした。
『SSショーが花火で吹き飛ぶのはこれからだ。匿名デジタル通貨で一億リルを用意せよ』と。
僕は情報系の技術者だけれど、機械系にも強い。
小型爆弾は簡単に作ることができた。けれど、列車への設置は難しかった。不審物のチェックは毎回念入りに行われる。
思案した僕は、爆弾を使わなくてもファッションイメージングを爆破できる方法を思いついた。内燃機関の安全装置をリモート波で解除してしまえば、列車は熱暴走を起こす。
ファッションイメージングを知り尽くし、宇鉄の技術も情報コードも把握している僕ならできる。
問題が一点だけあった。
安全装置をリモート波で解除するには中央制御室の近くへ行く必要があった。
*
妻には内緒でSSショーの会場へ出かけた。
赤レンガでできたファッションイメージングの美しい駅舎型パビリオンを見上げる。
デザインには随分こだわった。クラッシックな列車と最先端のファッション。そして、ハイテクノロジーの融合。
こだわればこだわるほど、出費がかさんだ。
宇鉄は経費がかかりすぎだと怒っていたけれど、結果として丁寧で高級感のある非日常の仕上がりが人々を魅了し呼び込んだ。
きょうも乗客の長い列ができていた。
うれしい。
そして、申し訳ない。僕はあなたたちにこれから迷惑を掛ける。決心が揺らぎそうになる。
まだ、今なら引き返せる。
ポォーーーー。
宇宙空間から列車が戻ってきた。
わが子の姿を見ながら、心がちぎれそうになった。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
いいものを作りたいだけだったのに。
失くしたものが大きすぎた。埋め合わせをしてもらわないと、僕らは前へ進めない。
僕は意を決してパビリオンの裏にあるA3出口の階段から地下へ降りた。
そろそろ次の回がスタートする時間だ。
ポ、ポォオオーーーーーー。
出発の汽笛が聞こえた。
中央制御室に近い踊り場で僕は、腕に着けた携帯通信機を見つめた。
ごめんよ。
誰に謝ったのか自分でもわからない。僕は通信機をタップした。
リモート波が飛ぶ。列車の安全装置を解除した。
熱暴走までの猶予は十五分。通信機のタイマー機能がカウントダウンを始めた。
匿名デジタル通貨はすぐには換金できない。
だから、警察は宇鉄に提案するはずだ。とりあえず、一億を送付し換金前に捕まえましょう、と。
けれど、僕が作った暗号迂回ルートは簡単には破れない。警察がたどり着く前に一億リルを手にすることができる。
僕だって、わが子であるファッションイメージングを爆破したい訳じゃない。
一億リルの送付が確認出来たら、すぐにパスワードをSSショーの事務局本部へ送信する。そのための画面を開いて待つ。
デジタル通貨を見落とさないように集中する。
ダミーじゃないか確認してパスワードを送る。何度もシミュレーションした。手順通りにやるだけだ。
カウントダウンの数字がどんどんと減っていく。
誰も傷つけたくないんだ。だから頼む、早く、通貨を送ってくれ。
熱暴走で過熱していく内燃機関が頭に浮かぶ。
早く、早くしてくれ。通信機をつけた腕が震える。
と、何が起きたのかよくわからなかった。
いつの間にか、僕の隣に背の高いスーツ姿の男性が立っていた。そして、僕が腕にはめていた携帯通信機がなぜか彼の手にあった。
「クリス、こいつを捕まえろ。俺はパスワードを本部へ送る」
警察か?
まずい、逃げなくては。
「おい、君」
僕を追いかけてくる制服を着た大男に向けて、とっさに自家製小型爆弾を投げつけた。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
* *
うっすらと煙が漂う。A3出口階段の踊り場。
クリスはうつ伏せに倒れたレイターの身体をゆっくりと起こした。爆発処理袋と小型爆弾が胸元で粉々になっていた。
「バカ野郎、無茶しやがって。大丈夫か?」
出血はないな。
レイターが顔をゆがめながら目を開けた。よかった。意識がある。
「この上着は、耐衝撃仕様さ。バカって、言われるほど、バカじゃ、ねぇよ」
へらず口が叩ける程度には元気だが、苦しそうだ。
いくらガードスーツを着ていると言っても、かなりの衝撃だった。肋骨の二、三本は折れているだろう。
レイターが爆弾を押さえ込まえず壁に穴が空いたら、危ないところだった。この外は宇宙空間だ。
俺は警察無線の情報をレイターに伝える。
「列車の熱暴走は止まったぞ。ここにいた奴はファッションイメージングの関係者。ロイドという技術者だ」
レイターがスッと立ち上がった。
「あんた、何ぼさっとしてんだよ。ロイドを追うぜ!」
と、言うなり、階段を駆けだした。
「お、おい待て」
俺はあわてて、レイターの後に続いた。
* *
階段を降りながらレイターは、耳に入れた無線をフェルナンドの回線とつないだ。
拍手が聞こえる。ファッションイメージングのショーが終わったな。
「三十分って、あっという間ですね」
ティリーさんの明るい声。
よかった。ティリーさんは無事だ。それならいい。
* *
「三十分って、あっという間ですね」
ティリーさんが窓の向こうのファッションモデルに向かって拍手をしている。
緊張した。
ファッションイメージングの列車の中で、フェルナンドは久しぶりに手に汗をかいていた。
どうやら最悪の事態は避けられた。レイターさんが送ったパスワードによって安全装置が起動した。
列車は人工衛星内に戻り、パビリオンへと帰ってきた。
レイターさんは大丈夫だろうか? 無線から聞こえたクリスさんとのやりとりからすると大怪我をしたはずだ。
イベントの興奮から覚めていないティリーさんと専務を、そのままVIP用通路へと案内する。
「ほんとうに楽しかったです。ありがとうございます」
ティリーさんがうれしそうな顔で僕に礼を言った。
「フェルナンドのおかげだ。ありがとう」
エース専務も僕に頭を軽く下げた。
僕はいたたまれなくなった。
これ以上は黙っていられない。レイターさんとの回線を遮断した。
「申し訳ございません。このチケットを用意したのは私ではありません」
「?」
二人が怪訝そうな顔で僕を見た。
「手配をしたのはレイターさんです。彼から口止めされていました。ですから、お礼はレイターさん本人にお伝えください」
ティリーさんは大きな目をさらに大きく見開いて驚き、エース専務は渋い顔をしていた。
僕だってこんな形で伝えたくはなかった。けれど、これ以上黙っているのは無理だ。
* *
小型爆弾を投げたロイドはA3階段の一番下まで走って降りた。
出口ポートにはレンタル船会社のロゴがボディにプリントされた様々な種類の小型船が係留されている。
起爆スイッチが入ってから五秒以上経つが爆発の衝撃がない。手作りの爆弾が不発だったか。
よかった。こんな危険な場所で爆発させるつもりはなかった。
ロイドは一時停船させておいた自家用機に乗り込み、宇宙空間へと飛び出した。
* *
階段を駆け下りたレイターとクリスが出口ポートに到着した時には、すでにロイドは小型船で出発した後だった。
「ちょいと拝借するぜ」
レイターは係留されていた小型レンタル船のキーをみるまに解除した。
クリスはレイターと初めて会った時のことを思いだした。
こいつ、船泥棒の腕も相変わらず鮮やかだな。レンタル料金を後で支払わねば。
レイターが操縦席、クリスが助手席に座る。
船が離陸した。
「くっそ~。クリス、あんた重てぇよ。スピードが出ねぇ」
「悪いな、これでもダイエットしてるんだが」
「ったく、これじゃ銀河一の操縦士の腕を持ってしても追いつけねぇぞ」
ロイドが向かった方向をレーダーが捉えた。小惑星帯だ。
「レイター、お前に言うまでもないが、ネル星系の小惑星帯はやっかいだ。銀河警察でも追いきれんぞ」
「あいつ、周到に逃走ルートを用意してやがるな。しょうがねぇ、クリス、こっから先は見なかったことにしろよ」
「何だ?」
レイターは通信機に呼びかけた。
「御台、聞こえるか?」
「聞こえるわよ。どうしたの?」
ヘレンが応じた。
助手席のクリスはモニターに映った女性を見て思わずうなった。御台所のヘレン・ベルベロッタか。
彼女の姿を見るのは六年ぶりだ。あの頃、俺は警察官だった。
必死に大人のふりをしていた少女は、落ち着いた大人の女性に成長していた。
「いいか勅令を出す。連合会の全船使ってネル星系小惑星帯に網を張れ。物量作戦だ。目標機種は白のアクラノⅢ型、絶対に逃がすな。俺もすぐ行く」
「了解、裏将軍降臨ね。ここはあたしの庭よ、逃がしはしないわ」
横で聞いていたクリスは息を飲んだ。
『裏将軍勅令』だ。六年前、警察はこの勅令にどれほど翻弄されたか。 悪夢がよみがえり眩暈がした。
* *
ロイドは小惑星帯へと逃げ込んだ。
「ここまでくれば安心だ」
銀河警察が追いかけてきても、やり過ごす自信がある。
逃走経路は計算済みだ。
ネル星系は小惑星帯が延々と続いている。ここには監視カメラが設置されていない。岩影に隠れながら飛べばレーダーもほとんどきかない。
警察が目視で捜索するには限界がある。
だが、妙だ。小惑星帯を飛ぶ改造船の数が想定より多い。
普段から飛ばし屋が小惑星帯で飛ばしているのは知っているが、このギャラリーの数は異常だ。
違う、この船たちは飛ばしのために集まったのではない。
僕を狙っている?
* *
「レイター。アクラノⅢ型をポイントK1で発見したわ」
御台から連絡が入った。
「了解。そのまま追跡してくれ」
ポイントK1とは、また随分やっかいなところに逃げ込まれたもんだ。とクリスは思った。
小さな岩が狭い間隔で浮いていて、まっすぐに飛ぶことができないような場所だ。
それにしても気のせいか船の速度が次第に上がっている。
「何だかスピードが出てきた気がするな」
「当たり前ぇだ。俺を誰だと思ってんだ、銀河一の操縦士だぜ」
ポイントK1に近づくと、アクラノⅢ型を御台たちが追っているのが目視で確認できた。
「あれだ」
ロイドはスピードを上げて振り切ろうとする。
「させるか。御台行くぜ」
レイターは急加速させ小惑星ギリギリで飛ばしていく。さっきまでスピードが出なかった船とは思えない。
ピーピーピーピー。
船の中を警報音が鳴り響いた。
シートに身体が押し付けられる。
クリスは特殊部隊の耐G訓練を思い出した。重力加速度がヤバイ。あの訓練でも、ここまでやらんぞ。
「お、俺はまだ死にたくないからな」
クリスは必死に口から声を絞りだした。
「安心しろ、あんたと心中する気はねぇ」
ロイドの船に急接近する。その後ろに御台が続く。
ギャラリーが興奮している。
小惑星の隙間を裏将軍と御台所が高速ツインドリフトで駆け抜けていく。
姿勢制御の噴射ノズルを傾けたまま機体をスライドさせる。
「裏将軍降臨!」
と情報ネットワークにいくつものライブ動画が同時にあがる。
一つ間違ったら大事故だ。
裏将軍の復活を裏付ける操縦に、見る者は息を飲んだ。
「レイター、あなたとこんな風にまた飛べるなんて思ってなかったわ」
ヘレンの弾んだ声を、クリスは朦朧としながら聞いた。
裏将軍と御台所がロイドを挟み込む。
そして、行き場を失くしたロイドの船の右翼が小惑星と接触した。アクラノⅢ型はきりもみ状態となりエンジンが止まった。
「さってと、こっからは警察のお仕事だ。さっさとずらかるぜ」
「了解したわ」
御台の船から伝令が飛んだ。
「勅令解除。総員解散!やじ馬で警察に捕まるバカには死ぬより怖い制裁が下るわよ」
警察パトロール船の赤色灯が近づいてきた。
ロイドが乗ったアクラノⅢ型を残して、改造船の集団は蜘蛛の子を散らすように現場を離れた。
* *
フェルナンドは、エースとティリーをクロノスのパビリオンへと案内していた。
地下に張り巡らされたVIP用の裏通路。我々以外にこの時間は誰も通っていない。
エース専務もティリーさんも一言も話さない。足音だけが響いている。
仕方ない。ファッションイメージングのチケットを用意したのがレイターさんだと僕が明らかにしたからだ。
沈黙を破って専務が僕に指示をだした。
「フェルナンド、レイターを呼んでくれ」
「はい」
僕は通信機の設定をレイターさんへと切り替えて呼びかけた。
「レイターさん、聞こえますか。今、お時間ありますか?」
「フェルナンドか、もろもろ事後処理が終わったところさ」
「専務にかわります」
僕は通信機をエース専務に渡した。
「レイター、小惑星帯にあるうちの障害物試乗コースまで今からこられるか」
「これはこれは次期社長。お呼び出しですか。いいですよ、うかがいましょう」
専務は通信機を僕に返しながら行先を命じた。
「これから、試乗コースへ向かう。ティリー、君も来てくれ」
* *
隣で操縦するレイターをクリスは見つめた。
こいつは爆弾犯のロイドを追いかけながら、あれだけの数の飛ばし屋を前に、御台と見事な飛びっぷりを見せつけて、裏将軍復活の伝説を現実にしてしまった。
俺はもう警察官じゃないが、確認しておく必要がある。
「レイター、お前、裏将軍として復活するのか?」
「・・・見なかったことに、しろっ、つったろが」
レイターが操縦桿から左手をはずし、胸を押さえた。額に脂汗をかいている。
忘れていた。こいつ爆弾処理で怪我をしたんだった。
「肋骨が折れてるな。早く固定したほうがいい」
よくこの状態であれだけ飛ばすもんだ。こいつにはいつも驚かされる。
「復活する気、なんて、ねぇんだ。ったく、あんたが、痩せてりゃ、御台を、呼ばずに、捕まえられた」
しゃべるのも辛そうだ。
「もういい、しゃべるな。俺は何にも見ちゃいない」
こいつは、裏将軍に戻る気はない。長年つきあってきた俺の勘。
そのとき、レイターの通信機が反応した。
レイターは息を整えて相手と話を始めた。
「フェルナンドか、もろもろ事後処理が終わったところさ」
こいつ、無理して普通に会話している。
「これはこれは次期社長。お呼び出しですか。いいですよ、うかがいましょう」
通信を切ったレイターに聞いた。
「おい、お前その身体でどこか行くつもりか?」
「あんたにゃ、関係ねぇ話」
レイターは俺をSSショーの会場で降ろすと、怪我の手当てもせずにまたどこかへと飛んでいった。
全くタフな奴だ。
* *
ネル星系の小惑星帯にクロノス社の障害物試乗コースがあった。サーキット仕立てになっている。
スタート地点の小惑星にピットや管制室が設けられていた。
専務の突然の訪問に、コースの管理担当者は驚いた顔をした。
「プライベートで使用する。席を外してくれ」
「は、はい」
メインストレートに、エースは愛機のプラッタを停めた。
ティリーがこのコースを訪れるのは初めてだった。
小惑星の間隔が狭い。ソラ系のアステロイドベルトと比べても難所クラスだと一目でわかる。ここを飛ばすには相当な操縦技術が必要だ。
隣に立つエースが左手の人差し指でプラッタのボディーをコンコンと叩き続ける。落ち着かない時の癖だ。
レンタル船のロゴがプリントされた新型のスポーツ船が姿を見せ、プラッタの隣に駐機した。
わたしの前にエースとレイターが向かい合って立った。
エースが口を開いた。
「レイター、君とバトルがしたい。賭ける物は勝敗以外にない。ティリーのことは白紙だ」
「そりゃいい、望むところだ。受けて立つぜ」
レイターが不敵に笑った。
胸がチクリといたんだ。わたしを賭けたレースは受けなかったのに。
「フェルナンド、君がジャッジをしてくれ。コースを一周する。先にゴールした方が勝ちだ」
エースの指示にフェルナンドさんが頭を軽く下げた。
「かしこまりました」
『無敗の貴公子』と『銀河一の操縦士』が目の前でバトルをする。
どちらかが勝つということは、どちらかは負けるということだ。
あり得ないことが起きる。
自分が参加するわけじゃないのに、耳の奥で心臓の音がドクドクと聞こえだした。
*
エースとレイターの二機の船がスタートラインに並んだ。
わたしとフェルナンドさんは管制室に入った。モニターが並び、コース全ての様子が映像で見られるようになっている。
「それでは、始めます」
フェルナンドさんがスタートのスイッチを押す。
カウントダウンが始まり、スタートシグナルが消えた。
二機が轟音をとどろかせて離陸した。全開で小惑星帯へと突っ込んでいく。
最初から信じられないような加速。どちらも引かない、攻めのバトル。
障害物試乗コースは、S1と同じく一周を二分程度で飛ぶことができる。二分後には勝負がついているなんて信じられない。
第一コーナーに差し掛かる。
設置されているコーナーポイントに触れると船の推力が落ちてしまう。そのギリギリのラインを綺麗にレイターが旋回していく。
最初のコーナーでレイターが一歩前にでた。
エースがぴったりと後ろにつく。
すごい。コーナーで『無敗の貴公子』の前に出る船なんてこれまで見たことがない。
と見る間にエースが抜きをかけた。小惑星の影を利用してレイターの船を追い越す。
驚いた。バトルで『銀河一の操縦士』が抜かれたところは見たことがない。
次から次へと障害物の小惑星が迫る。今にもぶつかりそうだ。
これは、チキンレースだ。
あの速度で小惑星に衝突したら、命を落とす。呼吸がうまくできない。とにかく、二人が事故らないことを祈る。
抜きつ抜かれつの攻防。
わたしはどちらを応援しているのだろう。
S1を観ている時は『無敗の貴公子』を、飛ばし屋のバトルでは『銀河一の操縦士』を応援している。
身体が引き裂かれそうだ。どちらにも勝ってほしい。
いっそのこと引き分けで終わってくれないだろうか。
二機は並んだまま最終コーナーを回った。最後の直線。
ほんの一瞬でもミスした方が負ける。
と、そのときエースの船がわずかにバランスを崩した。
「宇宙塵だ」
フェルナンドさんが横でつぶやいた。
宇宙に浮かぶ小さな塵。
それがエースの翼にあたった。
通常の飛ばしならほとんど影響を受けない。
でも、今、彼らは千分の一秒の世界で戦っている。
エースはすぐさま体勢を立て直してレイターを追いかけた。
宇宙塵。
どうして、よりによってこんな時にそんなものがエースの船に当たってしまったんだろう。
このままでは『無敗の貴公子』が敗れてしまう。
そんなことが許されるだろうか。
それも『銀河一の操縦士』の腕に負けるんじゃない。宇宙塵のせい。
理不尽だ。納得がいかない思いが、溢れるように噴き出す。
ゴールラインが近づく。
エースの船が加速し、レイターに必死に迫る。いつものS1なら逆転できる。
けれど、きょうの相手はレイターなのだ。
そして、そのまま『銀河一の操縦士』が逃げきった。
「レイターさんの勝ちです」
フェルナンドさんが勝者を宣言した。
その時、わたしは叫んでいた。
「今のレースは無効よ!」
「あん?」
まず最初に聞こえたのはレイターの不満げな声だった。
「なんだよ、ルール違反でもあったつうのか?」
「だって、不公平だわ。エース専務に宇宙塵が当たったのよ」
「勝負は時の運だろが」
レイターが呆れ声で言った。
エースの静かな声が聞こえた。
「ティリー、いいんだ僕の負けだから」
信じられない。『無敗の貴公子』の敗北宣言。
こんなことがあっていいはずがない。
「こんなのおかしいです! こんなことで『無敗の貴公子』が負けるなんてありえない。レイター、あなた恥ずかしくないの!『銀河一の操縦士』なんでしょ、あなたの技術じゃないのよ、宇宙塵のおかげでたまたま専務に勝って、それでうれしいわけ。もう一度やり直してちょうだい」
「・・・ったく、つきあってらんねぇよ。勝手に好きにしろ!」
吐き捨てるように言うと、レイターはそのまま船を飛ばしてどこかへ行ってしまった。
続いてエースから無線が入った。
「ティリー、今回、勝負では負けたけれど、君が僕を思う気持ちがよくわかって嬉しかったよ。ありがとう」
えっ? どういう意味。君が僕を思う気持ちって?
文脈から考える。もしかしてわたしがエースのことが好きだから、バトルの無効を宣言した、って思われている?
ち、違う。わたしはそんなつもりじゃないのに・・・。
「フェルナンド、僕は少し飛んでから帰る。君はティリーを送ってくれ」
「かしこまりました。お気をつけて」
エースの声に力がなかった。
無敗の貴公子は一人で飛びたいのだろう。
プラッタが宇宙空間へと去っていった。
試乗コースにはわたしとフェルナンドさんの二人が残された。
フェルナンドさんが、無線のスイッチを切った。
「ティリーさん、ジャッジするのは僕です。僕もあなたの意見には賛成できません」
「みんな、わたしが専務の肩を持ったって思ってるんですね?」
わたしの発言が誤解を生んでいる。ちゃんと伝えなくては。
「違うんです。もし、宇宙塵がレイターに当たったら、その時だってこのレースのやり直しをお願いしたんです。ずっと見てみたいと思っていた二人の決着が、こんな風に幕を下ろすなんて納得いきません。わたしには信じられない、というか耐えられない」
フェルナンドさんが静かに言った。
「あなたはさっき不公平だ、って言いましたよね」
「ええ」
「でも、このレースはそもそもレイターさんにはかなり不利でした」
「どういうことですか?」
「彼は先ほど肋骨を数本折る大けがをしました。それを固定もしていない」
「えっ?」
「ちょうど私たちがファッションイメージングに乗車中、裏では爆破事件が発生していました。被害を防ぐために、レイターさんは爆弾を胸元に抱えて爆発させたんです」
まだ、ついさっきの話だ。
レイターがそんな危険な目にあっていたなんて知らなかった。
「その状態でエース専務との対戦です。いくら銀河一の操縦士と言えど、あれだけの加速と集中力を持続させるのは、相当きつかったと思いますよ」
そんなこと、言ってくれなくちゃわからない。
胸が詰まって苦しい。
「公平かどうかは、誰にもわかりません」
「フェルナンドさんはそれを知っていて、ジャッジを引き受けたんですね」
「レイターさんがバトルを受けましたから」
「わたしを賭けたバトルは受けなかったのに・・・」
わたしは無意識のうちに唇を噛んでいた。
落ち込む気持ちがさらに深みへ落ちていく。もろい砂の上に立っているようで身体がうまく支えられない。
そんなわたしに、追い打ちをかける意地悪な質問をフェルナンドさんが投げかけた。
「ティリーさん、先日、レイターさんがどうしてあなたを賭けたバトルを受けなかったか知ってますか?」
思い返したくないレイターの言葉が蘇る。「ばっかばかしい。そんなことでバトルやってられっかよ」
わたしは投げやりに答えた。
「わたしのことなんて、バトルする価値もないって思ってるからでしょ」
フェルナンドさんはわたしを諭すかのように、静かな声で話した。
「レイターさんは言っていましたよ。決めるのはティリーさんで、バトルで決めるなんて『ティリーさんに失礼だ』って」
わたしはフェルナンドさんの栗色の瞳をじっと見つめた。そこに自分の姿が映っているのがぼんやりと見えた。
* *
くっそー。息をすると胸が痛い。
立てこもり事件でケガした同じところを、またやっちまった。
レンタル船を操縦しながらレイターはイライラしていた。
レースなんだ。宇宙塵にあたって負けることだって当然あるさ。
ティリーさんの声が頭の奥でリフレインする。「銀河一の操縦士なんでしょ、宇宙塵のおかげでたまたま専務に勝って、それでうれしいわけ」
いつものティリーさんの正論。
間違っちゃいねぇし、俺はそんなティリーさんが好きだ。
だから、いつもだったらレースをやり直したっていい。
だが、・・・きょうの俺はもう限界だ。
結局、俺は勝ち逃げしたのか。
わかってる。ティリーさんはエースのことが好きだ。
一緒にレースを見ていても、エースの船ばかりみている。
エースは大会社の御曹司で次期社長だ。
エースは人を殺したりしねぇ。
みっともねぇ。
俺はエースに妬いてるのか。
いずれにせよ、ティリーさんとエースの間には何のハードルもねぇ。
だが、俺とティリーさんの間には・・・。
考え始めたとたんに胸が急激に痛みだした。息をするのがつらい。
くそっ、全部骨折のせいだ。
しばらく俺は、ティリーさんと距離を置いた方がいい。
* *
SSショーが閉幕した。
ティリーは自社パビリオンの展望台から会場を見渡した。
あまりに色々なことがあって、咀嚼できていない。
高級ホテルが見える。あの最上階でエースがわたしに告白した。幻のような時間。
試乗コースでレイターとエースがバトルをした後、専務とは仕事の話しかしていない。
何となくそうするのが正しいことのように感じて、業務に徹した。やるべきことはたくさんあった。
歴史に残るSSショーだった。
弊社の新型船発表会の告発映像がもとで、交通大臣の汚職が摘発され、宇宙航空法の改正案は提出が見送られた。
新型船ペルットの前で取り乱した大臣の映像は、ニュースや情報ネットで飽きるほど繰り返して使われ、『誰にでも優しいペルットは巨悪に厳しかった』というコメンテーターの発言は、今や子どもでも口にする流行語だ。
宙航法の改正案を阻止した立役者のペルットは、飛ばし屋はもちろんのこと、一般ユーザーからも高評価を集め、販売ランキング速報で一位を獲得した。
SSショーと銀河評議会にまつわる話題がもう一つあった。
新たな法案が提出された。フリーランス保護法案だ。
赤レンガでできた美しいパビリオンが目に入った。
わたしとエースが楽しんだ大人気の特別企画『ファッションイメージング』。
その列車を爆破しようとしたとして、生みの親の開発者が脅迫と大量殺人未遂の容疑で逮捕された。
捜査が進むにつれ、犯人の動機が明らかになった。
フリーランスの開発者に対し、運営会社「宇鉄」が取った弱いものいじめのような対応が表に出た。
犯人のやったことは許されないけれど、世間の風向きは変わった。
SSショーの入り口前で、宇宙航空法の改正案に反対していた人たちが、今度はフリーランスの待遇改善を求めて、署名活動を展開していた。
犯人の妻だと言う女性が泣きながら謝罪し、訴えていた。
「フリーランスの待遇改善、大歓迎」
とフリーランスの操縦士であるレイターが、喜んで署名していたと聞いた。
発注する側の大手企業に勤めているわたしも署名した。
立場の弱い人につけこむのは許せない。フリーランスの人を保護することは、一緒にいいものを作るために必要なことだ。
ファッションイメージング事件ではけが人も出ず、犯人に情状酌量の余地があるとして、開発者に重い刑は科されない見込み、とニュースが報じていた。
本当はこの犯人のせいでレイターが大けがをしたはずだ。
ところが会社には、レイターが犯人を追いかける際に、階段で自分で転んで負傷したと報告されていた。
ドジな厄病神を、会社のみんなが笑っていた。
わたしは笑えなかった。おそらく爆破処理で骨折した、というフェルナンドさんの情報の方が正しいに違いない。レイターはいつも秘密を抱えている。
そして、この開発者の犯人を小惑星帯で捕まえたのが、ギャラクシー連合会の『裏将軍』とその正室の『御台所』だということが、情報ネットワーク上で盛り上がっていた。
裏将軍が復活したのだという。
『裏将軍』と『御台所』の二機が並んで犯人を追い詰める投稿映像は、心臓に悪いほどの迫力だった。
レイターはエースとバトルをする直前にも、こんな危険な飛ばしをギャラリーに見せつけていたのだ。もう、今更驚かないけれど。
『裏将軍』は地球人の男、とだけ情報が公開され、レイターの顔や名前は出ていなかった。
一方で『御台所』は顔も名前も公開されていた。この間、フェニックス号でレイターとキスをしていた彼女、ヘレンさんだ。
書き込みによれば『御台所』は、プロの飛ばし屋で『裏将軍』と競えるほどの腕を持っているという。そして正室というのは、つまり、彼女だと解説されていた。
『銀河一の操縦士』にお似合いだ。
裏将軍が復活すると同時に、彼女との仲も復縁したということだ。
「特定の人とはつき合わない主義」は一体どこへ行ったのだろうか。
*
SSショーの仕事が終わり、ソラ系に戻ったわたしはその足でフェニックス号を訪ねた。
レイターは休みを延長していた。
エースとレイターのバトルの後、わたしはレイターと顔を合わせていない。けがの治療ということで、レイターはソラ系へ帰ってしまったのだ。
バトルは無効だ、と騒いだ自分が恥ずかしくなり、レイターにお詫びのメールを送ったのだけれど、反応が無い。きちんと会って謝罪をしなくては。
お見舞いに、少々値段の張るプリンを出張先で買ってきた。
「マザー、レイターいる?」
「いますが・・・」
何だか歯切れが悪い。嫌な予感がする。この間、マザーがとまどった時はヘレンさんが来ていた。
「申し訳ありませんが、ティリーさんを船に入れるわけにいきません」
「え?」
「レイターが会いたくないと言っています」
フェニックス号に入船拒否されたのは初めてだった。
足が震えた。
エースとのバトルを無効だと言ったから?
ヘレンさんという彼女と寄りを戻したから?
理由を聞く勇気はない。
「レ、レイターのけがの具合はどうなの?」
「大丈夫です。あすから通常の勤務に入ります」
よかった。
「これ、お見舞いだから。受け取って」
「受け取れません」
明らかな拒絶。全く想定していなかった。
とにかくわたしはレイターに謝りたい。
「マザー、レイターに伝えて・・・」
レイターの名前を口にしたら、顎がガクガクと震え、涙が出てきた。
「この間はわたしが悪かったの、バトルを無効だなんて言って、ごめんなさい」
「わかりました」
わたしはフェニックス号に背を向け、逃げるように後にした。
* *
レイターはフェニックス号の居間のソファーに寝ころびながら、ティリーとマザーのやりとりを全て見ていた。
『ごめんなさい』
モニターカメラを見つめるティリーさんの大きな瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちる。
どうしてティリーさんは俺が距離を置こうとすると飛び込んでくるんだよ。可愛すぎる。
ったく、惚れ直しちまうじゃねぇか。
はぁ、と大きく息を吐いた。完治したはずの胸がズキンと痛んだ。 (おしまい)第三十四話「愛しい人のための船」へ続く
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