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銀河フェニックス物語<少年編>第十話 (3 最終回)二段ベッドの上で見る夢
ベッドの下の段からレイターの呼ぶ声が聞こえた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「二段ベッドの上で見る夢」 (1)(2)
<少年編>マガジン
身体を乗り出すとレイターが目を開けて僕を見ていた。
「きょう、心中するところだったな」
思わず、「誰のせいだ」という言葉を飲みこんだ。
レイターは僕の目をまっすぐに見て言った 。
「俺、やりたいことやらないで死なねぇから。絶対、大人になるまで、『銀河一の操縦士』になるまで死なねぇからな。せっかく生き残ったんだ」
彼が使った「生き残った」という言葉が、きょうの機雷処理のことを指すのか、マフィアから命を狙われたことを指すのかはわからなかった。
ただ、自分にもあてはまるような気がした。
僕は乗り出していた身体を元に戻し、天井を見つめた。
レイターの射貫くような視線と、枕元にある宇宙航空概論のアンダーラインが交差する。「大人になるまで」と彼は言った。
僕は、一体いつ大人になるのだろう。
漠然としていた不安の輪郭が少しずつ形を持つ。
僕に欠けている子供のプロセス、それをレイターは持っている。『銀河一の操縦士』に憧れるレイターの前進するエネルギーを僕は嫉妬し恐れている。
夢は誰でも口にできる。だが、実現するのは簡単じゃないと、打ちのめしたい。
そんな欲求にかられて僕は宇宙航空概論を彼に渡したのだ。レイターに理解できるはずのないテキスト。
しかし、彼は絶望しなかった。正面から将来の夢と向かい合っている。
「僕が本当にやりたいこと。死ぬまでにやりたいこと」
無意識のうちに声に出してつぶやいていた。
『世界平和への貢献』
それは僕が『やりたいこと』である以前に、僕が『やるべきこと』なのだ。
今日、回収した機雷は、連邦軍でも敵のアリオロンのものでもなかった。おそらくは宇宙三世紀以前のものだ。
どこかの地方紛争で使われ、不発のまま慣性の法則に従い漂い続けた。
ずっとずっと遠方から、長い長い時間をかけて、ここへたどり着いたのかもしれない。
さいはての星から。
瞼に淡い光が浮かんだ。その光が集まって形をなす。それは母の姿だった。荒涼とした平原に母が立っていた。
「お母さんの故郷にはね、もう帰れないのよ」
「大きくなったら、僕が連れていってあげる」
星空を見上げ寂しく微笑んだ母の笑顔。あれはいつのことだったろう。
そう、幼い頃、僕にはやりたいことがあった。
さいはての星。
惑星状星雲の周りを公転する第十八番惑星インタレス。
父に救出された母はたった一人「生き残った」のだ。
高度な知能を有しながら全ての文明が滅んでしまったという故郷へ、僕は母を連れて行きたかった。
今では生きるものもなく冷え切ったその星で、生命力が輝いていた頃の記憶が、僕と妹の中に宿っている。
侍医のテッド先生は二人目の出産は無理だと両親に伝えた。
けれど、母は「アーサーが一人になってしまいます」とフローラを産み、程なくして亡くなった。
フローラの存在は僕の孤独を支えている。母はそのことを予見し自らの命を手放したのだ。
僕のため? 僕のせい?
彼方の星へ母を連れていくことはもうできない。
忘れるという機能を持たない僕は、思い出さないように封印した。
それでも心の底で僕が僕を呼んでいた。
ずっとずっと彼の地の記憶が僕を誘っている。
原点に帰りたい。
何もないという母の故郷インタレスに立って、僕は自分が何を感じるのか、内なる声を聞きたい。民族の末裔として生き残った意味を知りたい。
これが僕のやりたいこと。
誰にも言えなかった僕のやりたいこと。
熱いものが頬を伝った。涙を流すのは何年ぶりだろうか。
僕はいつかレイターに話そう。僕が心の底からやりたいと思っていることを。
そして……
僕は枕元に置かれた宇宙航法概論に触れた。
そして、大人になったら君の船で母の故郷に連れていって欲しい、と伝えよう。
棘が抜け、不安の固まりが溶けて涙と共に流れていく。
そのまま僕はぐっすりと眠りに落ちた。 (おしまい)
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
イラストのマガジン
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