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銀河フェニックス物語 <ハイスクール編> 第九話(3) 早い者勝ちの世界
・<出会い編>第一話からの連載をまとめたマガジン
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・<ハイスクール編>第九話 (1)(2)
僕は計算に取りかかろうとコンピューターに向かった。マルガニ係数と相似の試算はした。だから、ほとんどはこの式で対応できる。
僕は間違っていないはずだ。
その時、それまで静かに座っていたフローラが小さな声で発言した。
「マルガニ係数の中の虚数について、この数式では破綻しています」
がしっと脳みそをつかまれて、投げ飛ばされた。
反論したい。
でも、僕の直感が認めている。彼女の指摘は当たっている、と。
僕が精魂込めて作り上げたバローネ理論が壊れようとしていた。一カ所が決壊すれば、それはもう崩壊するしかないのだ。
この少女は、すべてをわかっている。
これまで僕は、学会での位置など気にしたことが無かった。それでも、バローネ理論が騒がれたことで、環境が変わった。
やっぱり誉められればうれしいし、認められれば自信につながる。研究室の教授やみんなが喜んでくれたこと。学会の理事長が『期待の新星だ』と叫んだこと。
恥ずかしかったけれど、僕の心の中の宝物だった。
それらがみんな、崩れていく。
そして、やっぱりそれよりも自分の編みだした世界に欠陥があったこと。このショックに、僕は僕の体を保つだけで精いっぱいだ。
「おい、ジョン・プー大丈夫か?」
レイターの声が遠くに聞こえる。大丈夫でいられるわけがない。この美しい少女は間違っていない。間違っていたのは僕だ。
なのに、フローラに対する苛立ちの感情が沸き上がってくるのを、押さえることができない。
そうだ。彼女は高知脳民族インタレス人の末裔なのだ。
彼女は僕がここへ辿り着くのに、どれだけ苦労したか知らないのだ。
何度も崩れ落ちる石を一つずつ積み重ねて、ようやくここまで来たと言うのに。
それを彼女は生まれ持っての才能で、軽々と飛び越えてしまった。
そして、この先も彼女は軽やかに僕の前を歩いていくのだ。
フローラの指摘を無かったことにしてしまいたい。彼女の存在ごと、この世界から消えてもらいたい。
身体の震えが止まらない。泣きたい。
なんと僕は小さな人間なのだろう。
レイターが僕を見つめて言った。
「こっからが俺には難しいんだよ。頼むから一緒に聞いてくれ」
その言葉が合図だったのか、フローラがコンピューターを操作した。
「マルガニ係数の性質を深く読んで、ジョン・プーさんの式をこのように変形させてみました」
モニター上の数式が美しく変化していく。
こ、これは・・・。
僕は目が離せなくなった。変化はしているがこれは僕の式だ。
そして、導き出されようとしている解が、ぼんやりと僕の頭の中で像を結び始めた。
「ぼ、僕に計算させてくれ」
「どうぞ」
僕は夢中になって式を解いた。この先に、凄いものがある。僕にはわかる。この証明ができた時、僕のバローネ理論は真の意味で完成する。
どのくらい時間が経ったのか、もうよくわからない。
僕の前に光の筋が走っている。
そこを丹念に丁寧に追っていく。踏み外したりするものか。
この先に新しい世界が待っている。 (4)へ続く
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