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銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第六話 父の出張(11)
突然エアタクシーがレーンをはずれティリーたちに向かってきた。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>第五話「父の出張」① (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)
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暴走車両だ。
ぐいっ、とレイターがパパを引っ張り、自分が盾になるようエアタクシーの前に飛び出した。
ぶ、ぶつかる。
ダンッ。
身体を斜めに傾けながらレイターが車両の前方右角を蹴り上げた。
エアタクシーは軌道がそれ、そのまま上昇していく。完全に中央制御が切れ予備噴射が作動している。
レイターが飛び上がってバンパー部分にぶら下がった。彼の重みをものともせずエアタクシーは浮上し、高度二十メートルぐらいの地点で上下左右に揺れながら旋回し始めた。暴れ馬がレイターを振り落とそうとしているかのようだ。エアタクシーが公園に落ちたら大惨事だ。わたしたちの周りはパニックになった。
こんなところで『厄病神』を発動させないで。
レイターが車体にしがみつき、足を引っかけてよじ登って行く。運転席のガラスをたたき割り、中に乗り込んだ。マニュアル操縦しようとしている。
腕の通信機が鳴った。
「ティリーさん、すぐ脇の芝生広場から人を避難させてくれ」
「わかったわ」
芝生広場ではボール遊びをしていた子どもたちが、上空のエアカーを指差して騒いでいた。
「ここから離れて、広場の外へ出て! パパ、ママ手伝って!」
幼い子どもたちの手を引き、広場から引き離す。
「レイター君、大丈夫かしら?」
ママが見上げて不安そうにつぶやいた。あの高さから落ちたらいくら不死身でも助からない。
「大丈夫、彼は銀河一の操縦士なんだから」
とは言ったものの、エアタクシーは広場の上空で不安定な動きを続けている。マニュアル操縦への切り替え装置が壊れているに違いない。緊張で腕が振るえる。
エアタクシーの噴射音が消えた。
と同時に落下し始めた。重力に引っ張られ、金属の塊が落ちてくる。
アンタレスの重力加速度は1G。計算が得意なわたしの頭に計算値が勝手に浮かぶ。地上到達までの時間は2秒。
「レイター!!」
地面とぶつかるその瞬間。
ボワッツ。
噴射口から火が出た。ぐいっと機首が持ち上がる。逆噴射で速度が落ちた車両は、最後の最後、ふんわりと音もなく芝生に着地した。
わたしの足が走り出していた。
エアタクシーのドアが開く。
「ったく、手こずらせやがって」
軽く首を振りながら、姿を見せた彼氏はいつもと変わらず飄々としていた。
「レイター!」
そのままわたしはレイターの胸に飛び込んだ。
銀河一の操縦士の腕は信じている。けれどそれでも怖かった。この人はいつも無茶なことをする。
「ティリーさん、ケガはねぇか?」
「大丈夫よ」
「よかった。ケガでもしたら親父さんに殺されちまうところだ」
オホン。背後から咳払いが聞こえた。
パパだ。レイターが自然にわたしの体から身を離した。
「一応、礼を言っておく」
「一応だなんて駄目ですよパパ。ちゃんとお礼しなくちゃ。ありがとうレイターくん」
ママが頭を下げた。
「ほんとに、あなたってすごいのね」
「い、いえ」
珍しいことに普段は自信家の彼が謙遜している。
レイターのシャツに血が付いていた。
「レイター、怪我したの?」
「あん? ガラス割ったときにちょっと手ぇ切ったみてぇだな」
そう言いながらレイターは右手の甲をなめた。
「駄目ですよ、ちゃんと手当てしなくちゃ」
ママが白いハンカチを取り出しレイターの手にあてた。女性の扱いが得意なレイターがされるがままに固まっている。こんな彼を見たことがない。
レイターは、実はパパよりママのほうが苦手なんじゃないだろうか。 (12)へ続く
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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