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銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(11) 決別の儀式 レースの前に
・第一話のスタート版
・第三十九話 まとめ読み版① ② (10)
エースが間合いを詰めてくる。
わたしは気付かないふりをして会話を続ける。
「べヘム社の兄弟ウォールって、二人が一緒に表彰台に上ったことがないんですよね」
「彼らはどちらか一人が勝てばいいと思っているからね」
「エースが引退すると、二人がそろうかも知れないですよ。来シーズンからは表彰台の様子もがらりと変わりますね」
「レイターはどうするんだろうか? 来季も乗るのかな?」
「さ、さあ」
エースの前でレイターの話は避けていた。そうするのが正しい気がしていた。
でも、エースの疑問はわたしの疑問でもあった。
銀河一の操縦士はどうするつもりだろう。
このままS1レーサーになるのだろうか。違和感が止まらない。「人を乗せて飛ぶのが好きなんだ」と笑うレイターの顔が頭に浮かぶ。
「レイターがハールに積むエンジンのこと聞いているかい?」
「いえ、普通に考えると機体と同じギーラル社のマウグルアでしょうか? 今シーズンはエンジンもいいですから」
エースが愉快そうな顔をした。
「僕もそうかと思ったんだが、違った。どうやらメガマンモスが供給されたらしい」
「ハールにメガマンモス?」
思わず大きな声を出してしまった。
面白いけれどありえない。
「研究所のジョンが必死に強度計算を始めたよ。ハールの素材が普通のものとは違うそうだ」
「宇宙船お宅の考えていることはわたしにはわかりません。でも、レイターはハールを熟知しています」
「どう言うことだい?」
「ハールの耐久性が低いことを彼は発売当初に見抜いていたんです」
「ほう」
「あのころ、ハールとの戦いで営業は随分苦労しました」
取引先にギーラル社の魔法使いがハールを売り込みに来ていたことを思い出す。
レイターとアーサーさんに助けてもらって何とか契約にこぎつけたのだ。懐かしさがこみあげる。
「経営も大変だったよ。そのハールも今では不人気船だがね」
当時、レイターが予想した通り、ハールは故障船続出という展開になっている。そんな中、あえてハールを選択したのだ。あの人は。
「レイターはきっと、思いもしないことをしてきますよ」
「どうして?」
どうしてと聞かれると困る。
「銀河一の操縦士ですから」
「ティリーは、レイターの話をするときは楽しそうだね」
「そ、そんなことありません」
あわてて否定する。
エースはそれ以上は踏み込まなかった。
「ティリーたちが頑張ってくれているおかげで、クロノスは成長できているんだ。感謝するよ」
微笑みながらグラスを掲げた。
エースは紳士だ。まさに貴公子。わたしを子ども扱いするレイターとは全く違う。わたしを一人の女性として見てくれる。素直にうれしい。
しかも、それだけではない。
「友だちですから割り勘にしてください」
と言うわたしに
「役員の僕が割り勘にしたら、ケチな男に見えるだろ」
と言ってエースは自分のカードで支払いをした。
そして、帰りのエアカーの中で、
「二千リルもらおう」
と、いくらかわたしからお金を受け取った。
対等な友人でありたい、というわたしの考えを尊重してくれていた。
エースがわたしに宣言したことを思い出す。
「僕は他人の気持ちがわからないことがあるが、人の気持ちを理解したいと思っている」
エースには相手の感情を考えず、正論で追い詰めてくるところがあった。
彼はその欠点を少しずつ修正していた。頭のいい人だ。わたしだけでなく、他人に対する人あたりが柔らかくなっている。
天才の孤独。
無敗の貴公子はずっと一人で戦ってきたのだ。トップを維持するために常に自分で決断し人を導いてきた。
元々の気質とその立場がエースという人格を形作ってきたことが、少しずつわかってきた。
推しのエースが、友人のエースへと変わりつつある。
一方で、充たされていない自分がいた。
レストランでおいしい料理を口にすると、つい比較してしまう。レイターが作るご飯が無性に食べたい。
自分が嫌になる。
あの頃には戻れないのだ。前に進むしかない。
迷いや想いを断ち切るためにも、わたしはいっそ、エースとつきあった方がいいのではないだろうか。
(12)へ続く
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