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銀河フェニックス物語【出会い編】 第十六話 永世中立星の誕生祭(10)~(最終回) まとめ読み版 ②

第一話のスタート版
第十六話 まとめ読み版① 

アーサーが静かに答えた。

「そう、武器商人の『ポルドロス商会』を追跡していたら、ここにたどりついたんだ。お前の追っかけをやっているわけではない」

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「されてたまるか」
「ポルドロスの武器密売先がラールシータの左派という情報が入った」
「俺にゃ関係ねぇよ」

 アーサーが話を続ける。
「ガルダ製の最新式小型爆弾二百個がラールシータに持ち込まれた」

 レイターは肩をすくめて口笛を吹いた。
「ヒュー。こんな貧乏な星によくそんな金があったな。追尾装置がついてる厄介なやつだろ。ウイリアム・テルから演目の大変更だ」
「きょうにも爆弾は左派に受け渡されるとみられるが、時間も場所も特定できていない」

 オルダイがレイターに声をかけた。
「頼む、レイター。力を貸してくれ。まだこの星は動き出したばかりだ。これを使って爆弾テロが起こされたら、立ち行かなくなる」

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「ちっ、しょうがねぇな。アドゥールさんのためだ、バイト料はずめよ」

 アーサーが続けた。
「左派の中に金融情報論の逸材がいて、天才的な投資で武器購入の資金を稼いでいる」
「天才ねぇ。お顔を拝みてぇもんだ」

 アーサーがポケットから手帳型の携帯通信端末を取り出した。
「これが顔写真だ」

 3Dに浮かび上がった写真を見た瞬間レイターは目を見開いた。
「げっ、マイヤ・・・」

 写っていたのはまぎれもなくガロンの弟マイヤだった。

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「あんた、俺がどこに泊まってるか知ってんだろ?」
「自主的に潜入捜査をしていたとは知らなかった。取引の阻止が我々の任務だ」 

 レイターがマイヤの写真をピンっと指ではじく。画像が揺れる。
「ったく、気にいらねえ。大学ってところは、生きていくのに必要なことは教えねぇくせに、首席だか知らねぇが、何でそんな奴がいいんだよ」
「お前、何をカリカリしているんだ」
「どうせ俺は公立ハイスクール中退だよ」

「マイヤは優秀な人材だ。去年の政変の際にも協力をしてもらった
 アーサーの言葉にレイターはあわてた。
「ってことは、こいつ、俺が連邦軍の関係者って知ってんのかよ」

 レイターはオルダイの机の上にある卓上通信機のボタン押した。
 モニターにガロンがでた。
「おい! 家にマイヤいるかっ?」

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 レイターの声が怖いほど真剣だ。

 ガロンはただならぬ雰囲気に驚きながら答えた。

「さっき、ティリーさんと出かけたよ」
「どこへ?」
「さあ。きょうはマイヤの誕生日なんだよ。ティリーさんが仲良くやってくれるといいんだけど・・・」
 ガロンの話を最後まで聞かずにレイターは叩きつけるように通信機を切った。

 アーサーがポツリとつぶやく。
「ティリーさんは人質・・・」

 レイターはアーサーの胸ぐらをつかんだ。

胸倉をつかむカラー

「てめえ!! さっさと武器取引の場所を探しやがれ!!」 

* *

 ガロンは驚いた。

 家に戻ってきたレイターは厳しい顔をして一目散に弟マイヤの部屋へと向かった。一体何があったというのか。
「ガロン、マイヤのコンピューターを開くぜ」
 その口調はガロンに有無を言わせなかった。

「これ以上、教皇の日程を左派に筒抜けにするわけにはいかねぇだろ」
「ど、どういうことだい?」

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 レイターがマイヤのコンピューターを起動させる。

 侵入用のパスワードを入力していくと封印されていたプログラムとデータが開き始めた。
「くぅぅ。さすが天才のガードは固いねえ」
 ガロンは思わず目を疑った。

 モニターに映し出された内容は左派ゲリラと弟マイヤの暗号通信記録だった。

 オルダイ大統領とアドゥール元秘書の結婚パーティーに教皇を呼ぶ、という記録が目に入った。
 弟が左派へ情報を流していたというのか。

「そんな、ばかな・・・」
「ばかなもへちまもねぇよ。見ての通りだ」

 レイターの指の動きが止まった。
 解読キーを入力するたびにエラー表示が点滅する。
「ちっ、ここまでか。しょうがねぇ」

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 眉間に皺を寄せながらレイターは情報収集機をマイヤのコンピューターに接続し、アーサーを呼び出した。

「これからデータを転送する。取引の情報はこの奥にあるはずだ。そっちのホストコンピューターで解析してくれ」
 レイターが作業を進める横で、プルルルゥ、卓上の通信機が鳴った。

 ガロンが受信スイッチを押すとモニターにマイヤの顔が映った。
「兄さん。僕の部屋で何をしているの?」

「マイヤ、お前・・・」
 まだ信じられない。弟が左派ゲリラだとは。

「レイターさんもそこにいるんでしょう」
 コンピューターに侵入されたことにマイヤは気付いたのだろう。

 マイヤは無表情で続けた。
「僕たちは今、百十五ノ丸東のクルガードの森にいるから、兄さん、レイターさんと一緒に来て」
「ティリーさんは無事だろうな!!」
 レイターが叫ぶとモニターの向こうからのんびりしたティリーの声がした。

「レイター。まったく人が誘拐されたみたいな声を出さないでよ」

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 ティリーに危害は加えられていない。

「わかった。すぐ行く」
 おそらくポルドロス商会と左派の武器密売の取引時間は近いのだ。

 マイヤはレイターを足止めするために、ティリーを人質にとっている。

 クルガードの森が東の郊外にあることから考えると取引場所は市街地の中心部か、それとも西側か・・・。

 レイターがマイヤのコンピューターを閉じようとした時、画面の角が点滅しメッセージの到着を知らせた。
 レイターが躊躇もせずメッセージを開く。

 届いたのはマイヤに宛てたバースデーメールだった。 
       

* *


 百十五ノ丸にあるクルガードの森をティリーはマイヤと歩いていた。

 中心部から離れたこの公園はとても静かだ。散歩をしているのはわたしたちだけ。
 マイヤさんが唐突にレイターを呼ぼうと言い出したのには驚いた。

 そして彼は自宅へ通信を入れた。
 バイトに出かけたはずのレイターが家にいたのは不思議だった。
 しかも、「わたしが無事か」とトンチンカンなことを聞いてきた。

 兄のガロンさんもレイターと一緒にここへ来るという。
 マイヤさんがわたし以外の人と接触しようと動いていることが嬉しかった。

 わたしは、昨日レイターから聞いた地球の言い伝えを彼に話した。
「マイヤさん、神様はあなただけを不幸にした訳じゃないのよ」
 彼は無表情のまま聞いていた。

 レイターとガロンさんはエアカーですぐにやってきた。
 街の外れの公園まで文字通り飛んできたようだった。

 いつも優しいガロンさんが険しい顔で近づいてきた。
「マイヤ。おまえ自分のやっていることがわかっているのか?」 

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 どうしたんだろう? 

 一年ぶりの兄弟の会話だというのに。
 ガロンさんが怒っている。緊張する。

「わかっていますよ、兄さん。王室さえ無ければカトリーヌは死なずにすんだ。カトリーヌが望んだのは、王室の無い世界だ。その意志を僕は継がなくちゃいけない」 

 隣のマイヤさんが何を言っているのかよくわからない。けれど、口をはさめる雰囲気じゃない。

 レイターが口を開いた。
「あんたが何を考えようと勝手だが、他人さまを暴力に巻き込むなよ」
「何と言われてもかまわない。僕の痛みはあなたにはわからないんだ」
「ああ、わかんねえな」
「では、あなたにも同じ苦しみを与えてあげましょうか」
 そう言うとマイヤさんはポケットから折りたたみナイフをとりだした。

 刃が飛び出す。
 マイヤはぐいっとわたしの身体を引っ張り、わたしの首にナイフを突き付けた。
 冷たく光るナイフの影が目に入る。

 ど、どういうことマイヤさん。冗談でしょ。
 やめて、って言いたいのに声にならない。

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 恐怖で足が震える。レイター助けて!!

「ティリーさんから地球の言い伝えを聞きましたよ。でもね、僕には他の人のことなんて関係無いんだ。カトリーヌが戻ってこなければ意味がない」
 マイヤさんの言葉の中に狂気が感じとれた。

「そりゃそうだ」
 レイターは肩をすくめた。
「俺もそう思ったぜ、俺の彼女が死んだ時」

 え? 今なんて言った? 思いもしないレイターの言葉に、わたしは一瞬自分の置かれている状況を忘れた。
 わたしだけでなかった。マイヤも驚いて怪訝な顔をした。

 レイターはその隙を見逃さなかった。

 気が付くと目の前にレイターが立っていた。

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 その右手がわたしの首筋を守るようにナイフの刃との間にあった。

「こんな世界消えちまえばいいって、思ってたぜ」
 そう言いながらレイターは刃を握った。そのままわたしから引き離す。

 柄を支えているマイヤの手に、ぽつりぽつりとレイターの血がしたたった。や、やめてレイター。

「ば、ばかな・・・」
 動揺するマイヤの目をにらみつけながらレイターが静かに口を開く。
「俺の痛みがわかるか?」
「・・・・・・」
 怖い。マイヤを上回る狂気。

「わかるかって聞いてんだよ!!」
 レイターはそのままナイフをマイヤから取り上げて地面へ投げ捨てた。
「心も、身体も、てめぇの痛みはてめぇで受けとめるしかねぇんだ。誰も代れねぇんだよ」

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 そう言いながら思いっきりマイヤの頬を殴った。

 マイヤの身体が吹き飛ぶ。

「俺のティリーさんをこんな目に合わせて、ただで済むわけねぇだろが」
 倒れたマイヤをレイターは引きずりエアカーへ乗せた。
「ガロン、ティリーさんを頼む。家で夕飯作って待っててくれ」

「どこへ行くの?」
 わたしの問いにレイターは答えなかった。

「帰ってきたらバースデーパーティーだ。ケーキ忘れんなよ」 

* *

 エアカーの操縦席に座ったレイターは、アーサーの動画メッセージが着信していることに気づいた。

『武器の取り引き場所は衛星と判明した。細かな場所はまだ特定できていないが、今から衛星へ向かう』

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「衛星か・・・」
 レイターが見上げると空にぼんやりと衛星が見えた。

「もう、間に合わないさ。まもなく取引は始まる」
 マイヤがつぶやいた。

「あんた、取引場所知ってんだろ?」
「無駄さ。衛星へ飛ぶには空港で重力管制受けなきゃならない。どんなに急いでもニ十分はかかる、その頃には誰もいやしないさ」
「行ってやろうじゃねぇのよ。直行で衛星まで」

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 レイターは加速機の出力を最大にセットした。
「な、何をする気だ、あなた」
「管制なしで重力圏を突っ切る」
「ばかな無茶だ。それもこんな自家用車で・・・」

 マイヤの言葉をさえぎるようにエアカーが急上昇を始める。
「悪いが俺は『銀河一の操縦士』。船を操ることにかけちゃ天才なのよ」
 操縦席にエラーメッセージが点滅し、警告音が鳴り響く。

 重力圏をぶちやぶる大音量とともにエアカーは宇宙空間へと飛び出した。

「さ~ってと、まもなく衛星だ。三分で着いたぞ」
 マイヤはこれまでに味わったことの無い高重力に放心状態だった。
 
 レイターがゆっくりと話しかけた。
「なあ、あんた。カトリーヌさんが夢見た社会ってのは王室があろうと無かろうと、自由で平等で平和だったらそれで良かったんじゃねえのか」
「あなたには、関係無い。カトリーヌは王室を守る近衛兵に撃たれて死んだんだ。王室は許せない」

* *

 カトリーヌと僕は大学で知り合った。

 どうしてこんなに気が合うのだろう。
 同じものを見て笑い、同じものを見て感動した。彼女ならこう反応する、手に取るように僕は分かった。
 そして、彼女も僕のことを理解し、僕たちは愛し合った。

 気立てのいいカトリーヌ。
 彼女と僕が付き合うことを家族も喜んでくれた。

 僕たちは一生一緒に暮らそうと約束した。僕たちの前には楽しい未来が広がっていた。

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 そんな僕たちは王室の独裁に疑問を持った。

 優しいカトリーヌはこの星で格差が広がっていることが許せなかった。王室は手を打とうとしていない。一律税の導入はおかしい。

 この世界には民主的な政治体制の星系の方が多い。僕たちの意見や考えが反映される場所があって然るべきだ。
 僕たちは国民議会の開催を求めた。

 この頃から両親と僕の間がギクシャクし始めた。
 父母は教皇に逆らうことは神に逆らうことで、天罰が下ると信じていた。

 ついには僕が学生運動に傾倒していくのは彼女のせいだ、カトリーヌと別れろと言い始めた。
 兄は一生懸命に僕と両親の間を取り持とうとしてくれたけれど、僕はもう家には帰らなかった。
 学校に泊まり、反王室グループと連絡を取り、学生自警団のリーダになった。

 そして、革命の日、『あの日』が訪れた。     

『あの日』、僕は空港の警備を任されていた。 
 僕は混乱する空港でティリーさんとその同僚を助けた

 その直後のことだ。
 カトリーヌが神殿前で撃たれたという連絡が入ったのは。

 カトリーヌは一ノ丸のデモに参加していた。
 そこで小競り合いが起き、近衛兵が撃った流れ弾に当たったという。
 僕は病院へと走った。

 教皇が国民議会を認める勅令を出したのはその日のことだ。

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 僕の周りは「勝った」「勝利だ」「革命は成功した」と喜び、大騒ぎしていた。

 カトリーヌはすでに意識不明の重体で、面会も許されなかった。僕はただただ病院の廊下で祈った。
 カトリーヌを助けて下さい。代わりに僕の命を捧げます。

 父母の言葉が頭に張り付いた。教皇に逆らえば天罰が下るといった言葉が。

 そして三日後、カトリーヌは意識が戻らないまま死んだ。
 最後の言葉もわからないまま、僕たちは引き裂かれた。
 これは、天罰なのか。

 犠牲者であるカトリーヌの死はニュースで取り上げられることもなかった。
 新しい国民議会の話で紙面は埋まっていた。

 僕は何のために戦ったのだろう。
 カトリーヌは勝ったのに消え、ラール王室は負けたのに残った。

 僕の中に残ったのは、王室への憎しみだけだった。

 王室の独裁が無ければ、デモも、武力衝突もなかった。
 カトリーヌを撃ったのは王室を守る近衛兵だ。
 王室さえいなければカトリーヌは死ななかったのだ。

 ラール王室を排除する。
 僕とカトリーヌの目標はまだ達成されていない。

 左派として活動している時だけ、自分が生きている気がした。

* *

 衛星へ向かうエアカーの中でレイターがマイヤに話しかけた。
「さっき届いた、あんた宛のバースデーメールだ」

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 マイヤは不思議に思いながらモニターを見た。
 友人たちともすっかり疎遠になり、僕のバースデーを祝うような人は誰もいない。

 レイターがスイッチを押すと「ハッピーバースデー」と動画メッセージのタイトルが流れだし、女性の顔が映った。

「カ、カトリーヌ?」
 息が止まった。 

お誕生日おめでとう。
親愛なるマイヤ。

あなたは今、どこで何をしながらこのメッセージを見ているのかしら。
気が早いけれど今年の分と一緒に来年のお誕生日メールを作ってみました。
来年のあなたに届いていますか?

きょうも仲間が犠牲になり、王室側にも死者がでました。

王室による独裁は変えたい。
でも、そこに暴力を介在させたくありません。
この運動が盛り上がるにつれて、少しずつ過激になっていくのが心配でたまらないのです。

もはや、何が起こっても不思議ではありません。
わたしたちの手段が間違っているのではないかと不安を感じています。
この気持ちを来年のわたしたちに伝えたくなりました。

あなたがこのメールを読む頃には、どんな世界になっているのでしょう。
この星に住む全ての人が笑顔で幸せに暮らせる世界であることを信じて。

ハッピーバースデー・ツー・マイヤ

 一年ぶりに聞くカトリーヌの声だった。予約送信だ。
 モニターの中の彼女は未来を信じて笑っている。

 僕の頬を涙がつたった。

 僕とカトリーヌは同じ感性を持っている。
 カトリーヌが言いたいことが僕にはよくわかる。僕も同じことを考えていた。

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 あの頃、民主化を求めるデモが活発になっていく頃。
 少しずつ少しずつ、人々が暴力的になっていった。

 「非暴力では時代は変わらない」と、誰かが叫ぶ。
 「その通りだ」と、多くの声が賛同する。

 王室は僕たちを排除するために、新型護衛艦の建造まで始めた。
 止めたいのに流れをせき止めることができない。 

 そして、僕は流れに逆らうことを放棄した。革命に犠牲はつきものだ、と。

その犠牲が自分の身に降りかかるとは想像もしないで・・・。

 暴力的な衝突は、王室だけのせいではない。
 暴走を止めることを投げ出した僕は、カトリーヌの死に加担していたのだ。    

 *

 「あんたが手に入れた武器でまた人が死ぬ。喜んでるのは武器商人だけだ」
 レイターの声が僕を現実へと引き戻した。
 カトリーヌすまなかった。

暴力を介在させたくありません。
わたしたちの手段が間違っているのではないかと不安を感じています。

 僕はもう過ちを繰り返すわけにはいかない。
「取引場所は、旧王宮の裏門だ」

 アーサーの船はまだラールシータの宇宙空港を出発できないでいた。

「旧王宮の裏門だとさ」
 取引場所を伝えるレイターにアーサーが釘を刺した。
「レイター、衛星の旧王宮は前世紀の文化的遺産だ。間違っても破損するなよ」

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 レイターはマイヤの顔を見た。
「あんたに頼みがあるんだ」
 そう言いながら銃を取り出しマイヤに渡した。
「俺、右手が使えねぇから」
 苦笑するレイターの右手のひらに止血シートが張られていた。

 ナイフを握って切った傷は深く、止血シートは血で真っ赤になっていた。

* *

わまあんゎ

 衛星はかつてラールの民が暮らしていた。重力は一Gで大気もある。
 旧王宮の裏門に船が二隻止まっていた。
 
「あいつら、船を交換する気だな」
「ああ、運搬船の方に爆弾が積まれている」
 レイターの言葉にマイヤがうなずく。

 船から降りた男たちが、取引を始めるところだった。
「それでは、確認を」
 現金の入ったアタッシュケースを確認している。

「足がつかねぇように現金かよ。そうはさせねぇぜ」

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 レイターがエアカーを急降下させる。マイヤが窓から威嚇の銃を撃った。

 上空から不意をつかれた男たちは、船を交換しないまま慌ててそれぞれの船に乗り込んだ。

 男たちがエアカーに向けて撃ってくる。
 レイターが巧みにかわす。

 敵は二手に分かれて飛び出した。
「しょうがねぇなあ、金のが興味あるけど爆弾ちゃんの方を追い掛けるか」
 ポルドロスの運搬船を追跡する。

 もう少しで追いつくという時、運搬船の荷台が開き小さな黒い物体が飛び出した。
「危ねぇっ」
 エアカーを急旋回させる。

 取引材料の小型爆弾だ。
 エアカーに向け次から次へと撃ち出される。
「げげげっ。これじゃミサイルだ。かすったら木端微塵だぜ」

 かわしてもすぐに反転して向かってくる。
「最新の追尾装置かよ」

 ポルドロスを追いかけるどころじゃない。
 数がどんどん増える。

 やべぇ。
 このエアカーの能力じゃ俺の腕を持ってしても逃げ切れねぇ。

 と、その時、

 爆弾が凧の糸が切れたように無秩序に動き始めエアカーから離れはじめた。

 通信機からアーサーの声がした。
「レイター、ポルドロスを捕まえた。爆弾の自動追尾装置を解除したぞ」 
「助かったぜ」
 レイターは安堵のため息をついた。

 続くアーサーの言葉に耳を疑った。

「だが、うまく制御できない。軌跡が拡大する前に遠隔爆破する」
「ちょ、ちょっと待て。俺たち、まだ爆弾の隣にいるんだぜ!!」
「これ以上爆弾を旧王宮へ近づかせると遺跡にダメージを与えかねない。五秒後に爆破する」
「まじかよ」
 アーサーはやると言ったらやる。

 レイターはおもいっきり操縦桿の加速レバーを引いた。
「マイヤ、生きて帰れたら、頼みがある」
 急激なGがかかる中、レイターが話しかけた。
「な、何だ?」
「儲かる投資先を教えてくれ」     


 黒い爆弾は空中で一斉に爆発した。
 閃光を感じた直後、エアカーを衝撃が襲った。

 バリバリバリッ

 爆弾の破片と火の玉が機体に叩きつけるように降り注ぐ。
 さらに爆風でエアカーは木の葉のようにもてあそばれ、上下左右に振り回された。

「アーサーのばっかやろ~!! こちとら右手が使えねぇんだよ」
 なんて言ってられねぇ。 
 くっそ、きりもみ状態かよ。

 両手で操縦桿を握る。右手が痛む。血で滑る。最悪だ。
 エアカーを操るレイターの横でマイヤはすでに気を失っていた。

 ふぅ。墜落は免れた。
 レイターは大きく息を吐いた。何とか着陸したが、もうこいつは廃船だな。

「助かったのか」
 助手席のマイヤが意識を取り戻した。
「当ったり前だ。俺は銀河一の操縦士だぜ」
 旧王宮の遺跡に被害は出なかったな。

 エアカーのすぐ隣にアーサーの中型船が着陸した。アーサーが姿を見せタラップを降りてきた。
 レイターとマイヤもエアカーの外へ出る。

 レイターがアーサーに詰め寄った。
「あんた、俺の命と遺跡、どっちが大事だと思ってるんだ! えっ?」
 アーサーは無表情のまま答えた。

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「遺跡」
「・・・・・・」
 絶句するレイターにアーサーは笑顔を見せた。
「冗談だ」
「・・・あんた本気だろが。エアカー代、経費につけとくからな」

 二人のやりとりを見ていたマイヤがゆっくりと近づきアーサーの前に立った。
「お久しぶりですトライムス少佐。今回、僕が・・・」
 マイヤの言葉をレイターがさえぎった。
「アーサー。あんたに言ってなかったが、こいつは俺の指示で左派に潜入してたんだ」

 マイヤが驚いてレイターを見る。

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 そんな誰が聞いてもわかる見え透いた嘘を言ってどうしようと言うのか。

「ご協力感謝します」
 アーサーが頭を下げた。

 マイヤは息を飲んでアーサーの顔を見つめた。連邦軍将軍家の御曹司で銀河一の天才。

 騙される訳がない。
 レイターの言っていることは嘘だと百も承知なのに。

「おかげで取引を阻止できました。これからもご協力願います」
 丁寧な言い方なのに有無を言わさぬ意思が伝わってきた。
 マイヤは理解した。
 これは、武器ブローカーの捜査に協力せよという銀河連邦軍将軍家の命令だ。

 レイターがアーサーの肩を叩いた。
「ハイハイ、これからマイヤのバースデーパーティ-なんだ。早いとこ家まで送ってくれよ。言っとくがあんたは絶対呼ばねぇからな」

* *

 マイヤの誕生会が終わった。

「世話になったな。俺、船に帰るわ」
 と言って、レイターはフェニックス号に戻った。

 居間のソファーに腰かけ、包帯を巻いた右手を見つめる。
 俺は両利きだから生活には困らねぇが、痛てぇ。

 俺としたことが、マイヤみたいな素人からナイフ取り上げるのに、なんで怪我なんかしたんだ? 
 ナイフの刃を握るなんてバカじゃねぇか。

 ふぅぅ。息をゆっくりと吐く。

 あの時、俺は、ティリーさんを人質に取られて、カッとなった。
 彼女が死んだ、っていう話の流れが悪すぎた。

 手が切れて血が出てるのに痛くも何ともなかったんだよな。
 今はズキズキ痛いぞ。「わたし、マイヤさんみたいな頭のいい人が好きなの」という、どうでもいいティリーさんのたわ事が俺をイラつかせた。

 ったく俺としたことが、何やってんだ。バカだな。 
    

* *

 もうすぐ休暇が終わる。

 ティリーはあらためて開かれた大統領夫妻の結婚パーティーに出席していた。
 この休暇もいろいろなハプニングがあった。厄病神のせいだ。
 
 パーティー会場にはレイターもいた。

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n28下向き@前向きむ2カラー

 『よそいきレイター』だ。
 背筋が伸びていて、服装にゆるみがない。髪型もオールバック。普段とは別人にしか見えない。

 きょうもアドゥールさんの警護のバイトなのだ。
 わたしのボディガードの時とは全然違いすぎる。 

 レイターはガロンさんの家を出て、フェニックス号に泊まっていた。
 顔をあわせるのは三日ぶり。久しぶりな気がした。   

 オールバック姿のレイターがガツガツと立食の食事を食べ始めた。
 その様子はいつものレイターだった。

 わたしはレイターに近づいた。
「こんなところで、バイトさぼってていいの?」
「ふが。オルダイが隣にいるのに俺が横にいることもねぇだろ」

 新郎新婦はとても幸せそうだった。

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食事に夢中のレイターから離れ、二人のもとへ挨拶に行く。
「アドゥールさん、あらためて、おめでとうございます」
「ありがとう、ティリーさん。次はあなたが幸せになってね、彼と」
 アドゥールさんの視線の先には両手いっぱいに食べ物を抱えているレイターの姿があった。

「冗談は止めてください」
 肩をすくめて返した。

「あら、お似合いだと思ったのに。彼はとても魅力的だわ」
「新郎に言いつけますよ。大体、アドゥールさんの前ではそれらしい格好してますけど、普段はだらしなくってどうしようもないんですから」
「誰がだらしないって?」
 気が付くと後ろにレイターが立っていた。

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その時、ちょうどダンス曲がかかった。

「お嬢さん。一曲いかがですか?」
 レイターが頭を下げた。『よそいきレイター』だ。

 悪い気はしない。
 いつもと違う雰囲気に誘われ、わたしは手を引かれるままホールへと向かった。
 音楽に合わせてステップを踏む。

 そして気がついた。
 レイターのリードはとても踊りやすいことに。

 悔しいけれど彼の踊りはかっこいい。人の視線が集まるのを感じる。
「どこで社交ダンス覚えたの?」
「皇宮警備にゃ変な授業がたくさんあるのさ」

 踊っている間、レイターがわたしを女性として扱っている。
 素直に嬉しい。

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アドゥールさんはわたしたちをお似合いだと言った。

 こういうレイターだったら・・・。

 いやいや、わたしは何を考えようとしたんだろう。惑わされてはいけない。この人はだらしない厄病神だ。

 曲に合わせてターンをする。
 レイターの右手に触れた時、ざらっとした違和感を感じた。手のひらに肌色の包帯が巻かれていた。

 わたしの脳裏に三日前のことがよみがえった。

 マイヤさんがわたしにナイフを突き付けた時。
 あの時、レイターはわたしを守って怪我をしたのだ。

 レイターとマイヤさんの間に何があったのかわからない。
 二人は仲良くなって帰ってきた。

 そして、マイヤさんは深く深くわたしに詫びた。

 確かにわたしはナイフを突き付けられて恐怖を感じたけれど、怪我もしなかったし、彼が精神的に不安定だったことはわかっていたから、腹を立てる気にはなれなかった。

 マイヤさんのバースデーパーティーにはアーサーさんもやってきた。
 なぜか、ガロンさん兄弟とアーサーさんは知り合いだったのだ。

 パーティーの席上「生まれ変わる」と宣言したマイヤさんは、あれからすっかり気持ちが落ち着いたようで、ガロンさんたち家族と話を始めた。

 ということで、わたしは当初の目的通りにラールシータの誕生祭を堪能し、レイターはボディーガードのバイトに励んでいた。

 しばらくレイターの顔を見なかったから、わたしを守って怪我したことをすっかり忘れていた。
 ちゃんとお礼を伝えなくては。

 そして、もう一つ、気になることを思い出した。
 わたしを助ける際、レイターが口にした言葉。『俺の彼女が死んだ時』という言葉。
 それは、不意をつくための口からでまかせだったのか、それとも・・・。

「レイター」
「なんでしょう?」

 よそいきレイターは声もいい。

 つい、考えていたこととは違うことを口にした。
「今度はこの格好で、わたしのボディーガードをして下さらない?」
「嫌なこった」
 いつものレイターに戻った。

 あからさまな拒否にムっとする。
「どうして?」
「俺も人を選ぶのよ。ガキにゃもったいねぇ」
 と口の端でにやりと笑った。

 その顔を見た瞬間、わたしは自分でも驚くほどの腹立たしさに襲われた。反射的におもいっきりレイターの右手を包帯の上から握った。

「痛っつてぇ!!」
 ホールに響きわたるレイターの声を背に、わたしはひとりホールを後にした。 

 レイターなんて大っ嫌い。     (おしまい)

第十七話「懺悔と贖罪、そして寛容」へ続く

第一話からの連載をまとめたマガジン 
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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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