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銀河フェニックス物語 <恋愛編>ジョーカーは切られた(最終回)
フェニックス号のソファーで寝ているレイターがうなされていた。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<恋愛編>「ジョーカーは切られた」まとめ読み版① ② ③ ④
「レイター、起きて」
わたしは思いっきりレイターの身体をゆすった。うなされているのは悪夢を見ているからだ。起こさなくちゃ。これは多分『赤い夢』
「う、うわあああぁあ……」
レイターが叫びながら目を見開いた。
「大丈夫? わたしよ、ティリーよ、わかる?」
「ああ、大丈夫、大丈夫だ」
そう言いながらもレイターの身体が震えている。息が荒い。レイターの肩を抱き背中をさする。
落ち着いたところでたずねた。
「『赤い夢』、見たの?」
レイターの精神が壊れそうな時に見る『赤い夢』。自分の血で溺れ死ぬ、真っ赤な夢だと聞いた。
「ふぅぅ……久々にフルバージョンで見ちまった」
「フルバージョン?」
レイターが顔をゆがめながら答えた。
「ダグが最初に言うんだ、俺を殺せって。ま、裏切ったのは俺だからな」
『赤い夢』のきっかけは、ダグ・グレゴリーだったんだ。
「レイターは何も悪くない。悪いのはダグよ。おかしいわよ。マフィアから抜けようとする子供の命を狙うなんて最低だわ」
今も悪夢を見させるだけの存在。レイターはそれをわかっていたからこれまでダグ・グレゴリーと関わらない様に生きてきたのだ。
でも、封印されてきたパンドラの箱が二人の再会によって開いてしまった。心のかさぶたが無理やり剝がされ、傷口から血が沁み出ている。
「わたしにできることある?」
非力さを感じながらたずねた。
レイターは無理に笑顔を作って見せた。
「ティリーさんがここにいてくれるだけで、俺は救われる」
私の身体を引き寄せぐっと抱きしめた。
「しばらくこのままでいさせてくれ」
レイターの胸の鼓動がわたしに伝わる。もう、桃虎さんのことなんてどうでもよかった。
* *
「目はもういいのか?」
月の御屋敷でアーサーがたずねた。
「見たくもねぇあんたの顔がしっかり見えるよ。随分と厄介な任務を押しつけてくれたもんだな。マジで死ぬところだった。なあにが毒物兵器の取り引きだ。毒物の人体実験だったじゃねぇかよ!」
「あそこで撒くとは想定外だった」
「フン。性格の悪いあんたのことだから、わかってて俺を派遣したんじゃねぇの」
「薬物耐性のあるお前を任務に当てたのは正解だったがね。お前がテロリストに張り付けた位置情報ピンからアジトもわれた。感謝する。特別手当てがでるそうだ」
「そりゃどうも。ところであんた、どうしてあの店がダグの賭場だって俺に教えなかった」
レイターは珍しく真面目な顔でアーサーに詰め寄った。
「教えたらお前、行かなかっただろう」
「……ったくイヤな性格してやがる」
「いつかはこうなる話だ」
「どういう意味だ?」
「遅かれ早かれダグもお前と接触を図るつもりだったようだ」
「ダグが俺と……」
レイターが眉をひそめた。連邦軍の特命諜報部員という機密情報をダグは知っていた。
「だから、先手を打たせてもらった」
「何が先手だよ。あんたダグよりイヤな性格してるよな」
「グレゴリーファミリーの政治介入には、銀河警察では対応しきれなくなっている。連邦評議会に裏献金が流れている」
「あん? それはうちじゃなくて検察のお仕事だろが?」
「連邦法では裁けない案件になりつつあるんだ。このままいくと、うちで引き取ることになるだろうな」
「冗談だろ?」
「冗談だ、と言ったらお前、信じるか?」
「……とにかく、俺はあの親父とは関わりたくねぇんだ。任務からはずしてくれ」
「前向きに善処する」
「政治家みてぇなやる気のねぇ返事をすんな!」
ドアを思いっきり蹴り飛ばしてレイターは月の御屋敷を出て行った。
* *
ダグ・グレゴリーの円卓衆ホットラインが鳴った。
モニターの中でピンクタイガーの首領桃虎が笑っていた。
「緋の回状の期限が切れちゃったわね」
「残念だったな、桃虎。お前、随分あいつと仲がいいそうじゃないか」
「フフフ。百億リルは坊やのものになるのかしら?」
桃虎は意味深な笑いを見せた。
「あいつが俺の跡を継げば百億リル以上が手に入るさ」
「でも、坊やは裏の世界に戻る気はないわよ」
「戻るさ。あいつはこっちの世界の人間だ」
「随分と自信があるのね。十二年前にはまんまと逃げられたのに」
ダグが首を傾げた。
「桃虎、何が言いたい」
「いい情報を提供してあげようか」
「いくらだ?」
「値段はあなたが決めていいわ」
「珍しいな」
「坊やには一般人の彼女がいる」
「ほう」
レイターの奴、一般人の彼女とは笑わせる。
「だからこっちの世界へは戻れないのよ」
「さすが『裏切りの桃虎』だな」
ダグがにやりと笑った。
「彼女はわたしには目障りだし、坊やに百億リル以上のものを手にして欲しいのよ。情報料は忘れずにね、その値段で今後の情報提供を考えるから」
桃虎の回線が切れた。
一般人の彼女か。かわいそうだが、レイター、お前には釣りあわないということを、教えてやる必要があるようだな。
俺はここまで十二年も待ったのだから。
離れていた糸が、運命という糸車で巻き取られ始めた。
『裏社会の帝王』ダグ・グレゴリーは低い声で楽し気に笑った。 (おしまい)
<少年編>第一話「大きなネズミは小さなネズミ」へ続く
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