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銀河フェニックス物語<少年編>第十四話 暗黒星雲の観艦式(16)
ケーブルの切断を命じられたコルバだったが、緊張で指先が震えていた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十四話「暗黒星雲の観艦式」
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<少年編>マガジン
「コルバ、いいか、ふーってゆっくり鼻から息を吐いてみ」
子どもをあやすようなレイターの声に僕の身体が従う。
ふぅぅぅ。
身体から二酸化炭素を出した分、新鮮な酸素が取り込まれる。肩の力が抜けて息苦しさが少し和らぐ。
「とにかく照準だけ合わせろ。引き金を引くかどうかは最後に決めりゃいいさ。鮫ノ口までの秒数をカウントダウンする。いけると思ったら撃て」
「わ、わかった」
「残り十五秒だ」
照準を合わせた。練習と同じだ。いや、レイターの言う通り練習より速度は遅い。練習より距離は近い。練習なら間違いなく成功する自信がある。完全に的を把握した。
今がチャンスだ。
「十三、十二……」
いけるはずなのに指が動かない。レイターのカウントダウンがBGMのように耳を素通りしていく。
「コルバ! 右、三十度に旋回しろ!」
レイターの緊迫した指示が飛んだ。
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身体が勝手に反応する。
シュッツ。
光の束が操縦席の脇をかすめていく。
レーダー弾だ。アリオロン機が撃ってきた。敵も僕らがケーブルを切断しようとしていることに気がついている。このまま、王子をアリオロン領内へ連れ去る魂胆だ。
さっきが最後のチャンスだったんだ。もう無理だ。
「敵機の死角七十五度に入って、もう一度、照準を合わせるぞ」
レイターは難易度が上がったことをやれと言う。
やりたくないのに身体は勝手にナビゲーターの言う通りに動いていた。
「残り八秒」
怖い。怖くてたまらない。
幅十センチの平均台が頭に浮かぶ。床から五センチの高さなら走ることだってできるのに、高さが五メートルになったら怖くて足がすくむ。身体がすくむ。指がすくむ。
「七、六……」
永遠とも思えるほど一秒が長い。作為と不作為。どちらが罪が重いのだろう。そんなことを考えている余裕はないのに。
はぁはぁ。また息が続かなくなってきた。
大きく口を開いた鮫ノ口が迫る。鮫に食べられる時、人は恐怖以外のことを考えられるのだろうか。
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ドクンドクン。
心臓の音と呼吸とカウントダウンが不協和音のようにずれて集中できない。ダメだ、時間切れだ。もう言い訳も思いつかない。
「三、二、一」
暗黒星雲の漆黒の闇がすべてを塗りつぶすように目の前に広がった。
**
ハヤタマは美しい色が好きだった。
城の窓から見た農地は季節によって色彩が変わる。筆を持つことも覚束ないころから、デジタル絵の具で色を探し出し再現することを楽しんでいた。学校へ上がるころには、色とりどりのフチチの風景がイラスト端末の中に蓄積されていた。友だちと遊ぶより絵を描くことが好きだった。
王子は美術を学ぶ環境に恵まれていた。宮廷絵師たちに技法を習い、風景画から静物画、肖像画へとその幅を広げた。
「ハヤタマ王子は連邦中心部の美大へ留学されてはいかがでしょうか? 初等科を終えられたばかりであられますが、王子の力量でしたら飛び級入学が可能でございます」
本人はもちろん王家の家族たちもその選択肢を喜んだ。
「ハヤタマ、お前は鍬や鋤を持つより絵筆がお似合いだ」
父であるフチチ十三世は武骨な指でハヤタマの頭をなでた。
「ハヤタマ、我たちの絵を描いておくれよ。将来、有名な画家になったら価値がでるんじゃないかい」
兄と姉は笑いながらモデルになった。
「父殿、我はフチチの美しさを後世に残すため画家になりとうございます。王室離脱する身なれば、推薦入学ではなく一般入試を希望いたします」
「よい心がけだ。王妃よ、入試の日にはハヤタマに付き添ってはどうだ? たまには息抜きをかねて外へ出かけるのもよいであろう」
「殿の心遣いありがたくお受けいたします」
十二歳のハヤタマ王子がソラ系で実技試験を受けている時だった。控室で待つ王妃のもとに思いもしない伝令が入った。
(17)へ続く
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