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大きなネズミは小さなネズミ(第3話)銀河フェニックス物語 <少年編> 原作大賞応募作品
海賊たちが応戦してきた。大型銃から飛んでくる白いレーザー弾を左右の噴射でよける。
「チッ、めんどくせぇな」
レイターは舌打ちしながら銃を操った。出力を下げて海賊たちの手元を撃つ。次々と銃を使えないようにしていく。
百発百中だ。彼は揺れながら降下する船から標的を狙うという難易度の高い状態で、的をひとつもはずさなかった。
訓練の時に感じた違和感を思い出した。基本のなっていない構え。そうだ、彼はわざと的をはずしていたのだ。
甲板にいた海賊たちは中型船内へと逃げ込んだ。大男の死体だけが倒れている。
人工重力場からは抜けられなかった。海賊船から少し離れた場所に不時着した。救難信号をアレクサンドリア号に送る。
「ったく重力場に捕まるなんて、バカじゃねぇの。だから俺に操縦させろっつったのに」
他人からバカと呼ばれたのは初めてだ。
「突然の重力場に捕らえられたんだ。不可抗力だ」
「逆噴射のタイミングが遅せぇんだよ」
彼のいう通り、一瞬の判断が遅れたのは確かだった。
「銃を返してくれ」
「ほれ。やっぱ35は重いな。RP20だったら使い慣れてんだけど」
彼は素直に僕に銃を渡した。その時僕は気づいた。彼は小さな体に似合わず指が長いことに。
「君は本当は銃を扱えるんだな」
レイターは見ればわかるだろうという顔をして答えた。
「ダグんとこにいたら銃ぐらい撃てねぇと」
マフィアにとっては当たり前のことなのかも知れないが僕は質問を続けた。
「これまでも人に向けて撃ったことがあるのか?」
僕は実戦で人を撃ったことはない。
「そりゃそうさ、他に何を撃つんだよ」
迷いの無い答えだった。
確かに銃は人を殺すために存在している。そして、レイターは殺るか殺られるか、という第三次裏社会抗争を潜り抜けてきた。
「どうしてそれを隠しているんだ?」
「あんた、ほんとに天才なのか? 銃の扱えるガキなんて怪しまれるに決まってるだろが」
彼の言うことはもっともだった。
「徐々にうまくなったように見せかけるつもりだから、あんたも黙って協力してくれよ。二人の約束だぜ」
そう言って彼はウインクした。
約束と言うのは、一方的に通告するものではない。僕は合意していない。
救助のためモリノ副長が指揮する中型船がまもなく到着するという連絡が入った。僕たちは船の外へ出てレッカーで引いてもらうための準備を始めた。
その時だった。
「危ねぇ!」
レイターが僕の体を突き飛ばした。青白い光が横をかすめる。レーザー弾だ。レイターが倒れた。肩から血が流れていた。
「レイター!」
レーザー小銃を手にした海賊たちが近づいてくる。レイターの体を引っ張って岩陰に隠れる。
「あいつらに、とどめをささねぇからだぞ……」
レイターは僕に文句を言ったが、その声に力がない。
船の装甲は丈夫だ。入り口はすぐそこだ。中へ入ってしまえば何とかなる。だが、レイターは自力では動けない。
バリバリバリバリッツ
爆音と共に戦闘機が近づいてきた。この音は味方だ。
「援護する」
モリノ副長の声が通信機から聞こえた。
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「アーサー、すぐ船へ戻れ。レイターはその岩陰へ置いていけ。これは命令だ」
命令? 無理だそんなことはできない。出血がひどい。彼は僕をかばって撃たれたのだ。倒れたレイターの体を背負う。
「置いて、いけよ。命令だろ……」
それだけ言うと彼の体から力が抜けた。意識を失ったようだ。とにかく急がなくては。彼の身体は軽い。味方の援護さえあれば何とかなる。
僕は生まれて初めて命令を無視した。彼の体を背負ったまま走り、船へと飛び込んだ。
ドアを閉める。
ダッ、ドンッ。
ドアにレーザー弾の当たる音がして船が揺れた。間に合った。
レイターのシャツを引き裂き、士官学校で習った止血の手当てをする。
バルダン軍曹ら白兵戦部隊が小惑星に上陸した。
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海賊たちは抵抗を続けたが、バルダン軍曹らの敵ではなかった。
「小手調べにもならんな」
見る間に制圧し人工重力を解除した。
僕たちはアレクサンドリア号へと戻った。
*
医務室に入ると、青白い顔をしたレイターがベッドで眠っていた。
医官のジェームズがその横で治療にあたっている。ジェームズは年齢は僕より十歳上だが、士官学校の同期で僕と同じ少尉だ。
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「レイターの具合は?」
「傷はそれほどでもないが、かなり出血したからね。君の応急処置が適切で助かったよ。彼は純正地球人だったんだ。輸血が足りなくなるところだった。この艦に純正地球人なんて乗っていないからね。元気になったら自己血を保存させないと」
地球人というのはわかっていたが純正地球人とは知らなかった。
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「それから彼のDNAを鑑定にかけた。レイター・フェニックスは偽名じゃなかったよ。住民登録ではマフィアの抗争に巻き込まれて死んだことになっていた」
それは知っている。ジェームズが僕の顔を見た。
「驚かないところを見ると、やっぱり知っていたんだね。アレック艦長は、彼をこの船で面倒見ると決めたようだよ。親も亡くなっていて、帰る家がないというのが本当だってわかったからね」
ジェームズは視線をレイターの幼い顔に落として続けた。
「彼のいた町はマフィアに荒らされて、それこそ前線のような状態だったらしい。本物の前線とどっちがマシかよくわからないが、彼が地球に帰りたがらない理由もわかったし」
アレック艦長は詰めが甘い。裏情報までは調べていないだろう。
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マフィアが街を荒らした原因が十億リルの懸賞金を懸けられたレイターの存在だということや、彼自身そこで銃を持って戦っていたということは。
*
僕は艦長室へと呼ばれた。
姿勢を正して中へ入るとアレック艦長の横にモリノ副長が立っていた。
艦長の真面目な顔を見たのは久しぶりだ。普段は陽気だがこの人の怒った時の怖さは尋常じゃない。
強い口調で僕を咎とがめた。
「アーサー、レイターを置いてこいと命令したはずだ。聞こえていたな」
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「ハイッ」
「命令違反にはしかるべき罰が必要だ」
「ハイッ」
理由はどうであれ上官の命令を無視したのだ。懲罰房だろうと何だろうと、甘んじて受ける。僕の中に後悔はない。
「トライムス少尉に命じる。あいつの、レイター・フェニックスの教育係をしろ」
「は?」
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間の抜けた声を出してしまった。
「返事はどうした、トライムス少尉」
「は、はい」
アレック艦長が大きな口をにやりとさせた。
「四年後、地球に戻った時にハイスクールに入れる程度に勉強をみてやれ。家庭教師という奴だ。天才のお前だ、苦労はせんだろう。勤務時間にカウントしてやる」
納得はしていない。懲罰房のほうがマシな気がする。だが、そんなことは口に出せない。これは上官の命令だ。僕に拒否権はない。
「わかりました」
「ただし、情を移すな。あいつは死人扱いだ。邪魔になればいつでも切る」
艦長はレイターの住民登録を修正しないつもりだ。『緋の回状』のことを知っているのか? それとも、ただ面倒なだけなのか。この人の思考は本当に読みづらい。
「下がってよし」
* *
上官に具申するのはためらわれたが、モリノ副長はアレック艦長に聞かずにいられなかった。
「レイターをこのまま連れて行って、大丈夫でしょうか?」
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戦闘機乗りのモリノは「銀河一の操縦士になりたい」というレイターをきちんと育ててやりたいと考えていた。レイターをどこかの星系で下ろして施設に預けるのが正しい対応だ。この艦は戦地へ向かっているのだ。生きて帰れる保証はない。
心配性のモリノの意見を艦長のアレックは普段は重視している。だが、この件に迷いはなかった。
「アーサーのためだ」
モリノは思わず聞き返した。
「レイターではなくトライムス少尉の?」
「俺はアーサーのことを生まれる前から知っている」
アレックは長く将軍家付きの秘書官を務めていた。
アーサーの母親は高知能民族のインタレス人だ。
銀河系から離れたインタレス星は十五年前、星としての寿命を終え、高度な文明を誇った十八番惑星はホモ・サピエンスを含むすべての生物が滅亡した。その救出活動にあたったのが当時のジャック・トライムス次期将軍とアレック首席秘書官だった。
救えたのはたった一人。ジャックは周りの猛反対を押し切ってそのインタレス人の女性と結婚した。世間では世紀のラブロマンスと騒がれた。
モリノはアーサーが産まれた時の事を思い出した。
十二年前、将軍家の跡取り誕生のニュースは銀河連邦中で伝えられ、基地では祝砲を鳴らした。
妃はアーサーともう一人女の子を出産すると若くして亡くなった。
将軍家の子どもがインタレス人最後の末裔であり天才的な頭脳の持ち主であることは銀河連邦に住む者にとっては常識だ。
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「アーサーは五歳の時には全ての星系の言語を自由に操り、高次方程式もスラスラ解けた。あいつは天才だ。一度見たものは忘れない。何でもすぐに理解する。だが、一般人のことだけがよくわからない。同年代の友人もいない。上に立つために、勉強させるいい機会だ。実の親である将軍も、扱いに困って俺に押し付けたぐらいだからな」
そう言ってアレック艦長はカラカラと笑った。
* *
レイターの傷はすぐによくなり、僕の部屋へと戻ってきた。
「天才坊ちゃん、これからもよろしく頼むぜ」
簡易ギプスも取れ、食堂でのアルバイトに復帰すると、次の射撃訓練で彼は本気を出した。
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「おい、レイター凄いじゃないか命中率九十パーセントだぞ。この間、撃たれてどうかしたのか?」
驚くアレック艦長に、彼はうれしそうに笑顔を見せた。
「えへへ。コツつかんだみたい」
レイターの作戦にみんなが騙されている。彼が僕の方を見てにやりと笑った。目で「二人の約束を忘れるな」と言っている。
僕は何も知らない振りをしてその場を立ち去った。 第4話へ続く
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