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銀河フェニックス物語<少年編>第八話(8)ムーサの微笑み
ヌイは機密に当たる鍵音符をこっそりとレイターに教えた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>「ムーサの微笑み」 (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)
<少年編>マガジン
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レイターはみる間に『夏の日の雲』の鍵音符を扱えるようになった。
あとは鍵音符の符丁変換ができれば、音階暗号譜をほぼ習得したことになる。レイターは作曲もできるから、それほど難しくはないはずだ。
僕や音大出の候補生でも半年かかる工程を、わずか数週間で覚え、キーボード鍵盤を操って僕に話しかけてくる。
「《暇だな》」
「《いいことだ》」
僕がレイターと音階暗号譜で会話していることは、バルダンしか知らない。
はたから見ると音を適当に鳴らして遊んでいるようにしか見えないだろう。
将軍家の坊ちゃんは、音階暗号譜を使っていることに気がついているかも知れないが、鍵音符がわからなければ、僕たちが何を会話しているか内容は理解できない。
というほど、秘密な話をしているわけじゃない。他愛のない会話。でも、僕にもいいトレーニングになる。
僕たちが鍵盤で会話しているのを見ながらバルダンが聞いた。
「なあ、ヌイ、レイターなら暗号通信士になれるんじゃないのか?」
「そうだね、ほかの暗号術も覚えなくちゃだめだけど、一番難解な音階暗号譜がわかっているから、学べば速いだろうね」
「この船には暗号通信士はお前しかいないから、楽になるじゃないか。もしかして、それで教えてるのか?」
「そういう訳じゃないよ。この世界の面白さを共有したいと思ったんだ」
レイターが聞いた。
「どうしてヌイしかいねぇの? こんなに面白ぇのに」
僕の代わりにバルダンが答えた。
「暗号通信士になるには候補生になってから三年以上かかる。誰でもなれるもんじゃないから、絶対数が足りてないんだ」
「ふぅ~ん。そうなんだ」
「暗号通信士は給料もいいぞ」
「え、そうなの?」
目が輝いた。レイターはお金にちゃっかりしているところがある。何でも宇宙船を買うために貯めているらしい。
「俺は入隊して十年で軍曹だが、ヌイは入隊五年で俺と一緒の階級に昇進した。ヌイのレベルならさらに特別手当が付く」
「へぇ、魅力的だな。でも、俺がなりたいのは『銀河一の操縦士』だから、やっぱ、戦闘機乗りだな」
「まあ、あいつらの特別手当も凄いけどな。いかんいかん、身体を動かしていないとひがみやすくなる」
そう言ってバルダンは訓練に出かけた。
連邦軍の中で白兵戦部隊の序列は高くない。命の危険は僕より圧倒的に高い任務なのに。
子どもたちが憧れるのはやっぱり宇宙戦闘機隊のパイロットだ。僕らの子どもの頃も人気が高かった。
特にこのアレックの艦には『びっくり曲芸団』と呼ばれる部隊が所属している。
「お前さん、操縦士になりたいんだろ?」
「違うよ『銀河一の操縦士』さ」
屁理屈を言う子どもだ。
「宙航座標は読めるのかい?」
「もちろんさ。座標は読める。宇宙航法概論は読み終えてねぇけど」
最後は声が小さかった。
「座標も音階暗号譜で示せるんだよ」
「えっ、ええっ、教えてくれ! いや、教えて下さい。教えて下さいませ、ませ。ヌイ先生」
この食い付きと興奮には驚いた。
「わ、わかった。けど難しいよ」
座標数値は意味を持たない。そこには想像で補う余地がない。
暗号本文に意味があれば、一音聞き逃しても大筋は理解できる。(ホントは聞き逃しちゃダメだけど。)
座標は一つでも聞き漏らしたら終わりだ、全然違うところへ飛ばされてしまう。座標数値の暗号解読は今でも緊張する。
とりあえず、基本言語で型を教える。
「いいかい。今から流れる和音を聞き取ってごらん」
情報端末にデータを入力して音を出す。十音以上を同時に鳴らすからキーボードでは対応できない。
グギュ。と、不協和音が鳴った。 (9)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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