
銀河フェニックス物語【出会い編】 第一話 永世中立星の叛乱③ (21)~ (30)
第一話 永世中立星の叛乱① ②
「レイターだわ」
わたしは入り口へと走った。
「はあい、ティリーさん」
何だかレイターの様子が変。千鳥足で酔っ払っているように見える。
「お酒飲んできたの?」
「あん?」
顔が赤く目が充血している。
やっぱりお酒飲んできたんだ。「すぐ、追いかける」って言ったくせに。 何だか腹が立ってきた。
あんなに心配したのがバカみたいだ。
「一発、撃たれたらよかったんじゃないの」
なぜこんな言葉が口をついてでたのかわからない。軽口のつもりだった。
レイターが壁にもたれながら苦しそうな顔で笑った。
「知ってる? ティリーさん。一発撃たれるって、痛いんだぜ」
レイターの身体が崩れ落ちた。左の脇腹を押さえるレイターの手が血で真っ赤だった。
「レイター!」
わたしの声がエアポートにこだました。
* *
閉店間際の洋菓子店でアーサーは久しぶりにいらだっていた。
あいつは一体何を考えているんだ。
ライロットとレイターの接触、暗殺協定の発動は想定内。
しかし、レイターが銃を携帯せずに負傷した。という部下からの報告は全くの想定外だった。
昼に銃を持っていたことはわかっている。
アリオロンの工作員を射殺したのだから。あいつは銃を忘れたりしない。故意に持っていかなかったのだ。
なぜだ? いずれにしても作戦は練り直しだ。
フェニックス号のインターフォンを押す。
「こんばんは」
マザーがドアを開けると入り口にティリーさんが立っていた。
「あ、あのレイターはちょっと・・・もう寝ちゃって」
ティリーさんの声を遮るようにスピーカーからレイターの声がした。
『アーサーか。来ると思った』
「どうぞ・・・」
招き入れるティリーさんの赤い目がはれていた。泣いていたのか。
彼女の故郷アンタレス星系は連邦で犯罪率が一番低い。
銃を所持しているだけで罰せられる星だ。
昼間の出来事と合わせて相当ショックを受けているのが見て取れた。そういうことか・・・。
レイターは医務室のベッドの上に横になり点滴を受けていた。わき腹を撃たれたな。顔色が良くない。
「いい格好だな」
「・・・あんたそんなことを言いにきたのかよ。そこに座れや」
そう言いながら身体を起こした。
私に見下ろされることが嫌いなのは知っているが、怪我した時ぐらい無理せず寝ていればいいものを。
「ほれ」
レイターから情報タブレットを受け取る。
「あんたの作った識別重力カードは使えたぜ。アリオロンの検査場も見てきた。だが、連邦軍の新型艦情報はアリオロンにゃ流れてねぇ」
「流れていないだと?」
思わず聞き返す。
「あんた、俺を信用しねぇのかよ。俺は銀河一の操縦士だぜ」
こいつの持つ宇宙船に関する情報は信頼できる。何と言っても宇宙船お宅だ。
しかし、情報が流出した形跡が間違いなくあるのだ。アリオロンでないとなると一体どこへ。
「アリオロンの検査場を調べてこい、って言うあんたに言われた仕事はこれで終わり。で、相談があるんだけど」
レイターがニヤリと笑った。嫌な予感がする。
こいつの相談というのはロクなことがない。
しかも企んでいる時の顔をしている。
レイターは、昨日私が突き返した請求書を取り出した。
「これ、払ってくんねぇかな」
何を言いだすつもりだ。
「損させねぇよ。新型艦の情報流出先教えるから」
「なっ。どこに流出していたんだ?」
「だから、これ頼みます」
「くっ」
私の失態だ。
アリオロンの検査場を調べろではなく、情報流出先を調べろと指示すべきだった。
こいつは他人の言葉尻を捉えることにかけては天才だ。
レイターの差し出す請求書を引ったくるように受け取る。レイターがウインクしながら答えた。
「契約成立。情報の漏洩先はラール王室だ」
ラール王室だと。
確かにあり得る。船の情報を全て握っているのだから。
レイターがタブレットを操作する。
戦艦の3D映像が浮かび上がった。
「奴ら王室警備艇を造ってんだ。『ラールゼット』って言うらしい。外見は違うが中身は連邦軍の新型艦そのものだ。もう、出来上がってるから一日あれば動かせるな」
よく調べてある。
設計図が映し出された。この『ラールゼット』は完全に我が軍新型艦のコピーだ。
「ふむ。このところ、地方の学生デモが過激になってきた。都市部へ飛び火する動きがでてきているから、政情不安に備えてということか」
「ガーディア社はクロノスはじめ連邦系の仕事を全て断ってんだ。情報を抜くだけ抜いてアリオロンにつくつもりさ」
レイターの読みは私と同じだ。
「あんた、七十二ノ丸の駅前公園に住んでる浮浪者グループの情報持ってるか。あいつら軍の警護武術を使いやがる。多分、ライロットはその集団と接触しようとしたんだ」
ほう。
「興味深い情報だな。お前を動かして調べたいところだが・・・」
私はレイターをにらみつけて言った。
「怪我をしたお前の代わりに私が囮になることになった」
「くくっ。将軍家の跡取り息子が囮となりゃ、色々と釣れそうだな」
愉快そうにレイターが笑う。
誰のせいだと思っているのか。
「私は囮とは言ったが、丸腰で撃たれろという指示はしていない」
レイターが目を逸らした。
「撃たれたんじゃねぇ。かすっただけだ」
ああ言えばこう言うのは昔から変わらない。
「なぜ銃を携帯しなかった?」
「あんたにゃ関係ねえよ」
「原因は・・・ティリーさんか?」
「なっ?!」
「図星だな」
「うるせぇ! 俺のやり方についちゃあ、あんたにとやかく、うっ・・」
大声を出したせいで傷に響いたのだろう。レイターは脇腹をおさえてうずくまった。
「口出し、される、筋合いは・・・ねぇ」
レイターの体を支えて静かに寝かせる。珍しく抵抗もしない。
「その身体で、銃を持たずにどうする気だ。相手はライロットだぞ」
「一晩寝ればなんとかなるさ。傷は浅い」
相変わらず頑固な奴だ。これ以上私が何を言っても聞かないだろう。
「これ、ティリーさんと一緒に食べてくれ」
洋菓子店の紙袋を机の上に置いた。
「何だ?」
「プリンだ」
怪我で食欲がなくても、レイターは好物のプリンなら残さず食べる。
それにしても、こいつ、銃を持たずに行動する気か。
怪我をした身体で、その上『暗殺協定』が発動しているというのに。
父上、いや将軍に経過報告はできないな。
* *
夜が明けた。
ティリーはほとんど眠れなかった。
今日は二ノ丸にあるガーディア社の本社で詰めの交渉がある。
怪我をしたレイターは大丈夫だろうか。レイターを置いて仕事に出かけなくては。
朝食を取ろうとリビングに入ると、テレビからニュースが流れていた。
『千ノ丸地域で発生した国民議会を求める学生デモは、警官隊と衝突し四人の死者がでました』
千ノ丸地域は地方のドーム都市だ。火炎瓶を投げる若者の姿が映っていた。
ラールシータの治安がこんなに悪いなんてガイドブックには書いてなかった。
「この星の何かが狂ってきているんです」と言ったガロン技師長の話を思い出す。
「おはよ。ティリーさん」
驚いたことにキッチンに、レイターが立っていた。
「レイター、起きてきて大丈夫なの?」
「きょうは本社だろ、九時に出るからな。これ食べるかい? アーサーが持って来たんだ」
笑顔で冷蔵庫からプリンを取り出すレイターはいつもと変わらない。
「けがは?」
「何のことかな?」
そう言ってレイターはにやりと笑った。昨日のことは悪い夢のようだ。
プリンのふたを開けながらレイターが言った。
「ティリーさんに一つ頼みがある」
緊張する。何だろう。
「昨日のことフレッドに言わねぇで欲しいんだ」
「どうして?」
「かっこ悪いから」
「何言ってるの?」
レイターの真意がつかめなくていらだつ。
「うそ。あいつうるせぇから面倒なんだ。それから会社にも」
「報告するなってこと? あなた銃で撃たれたのよ!」
「撃たれたんじゃねぇ、かすっただけだ」
念を押すようにゆっくりと彼は言った。
「あくまで俺のプライベート上の出来事、仕事は関係ねぇ」
「あなたが撃たれたのは私のせいよ」
「違うさ。俺がドジったんだ」
「だって、銃を持っていたらあなたは撃たれなかった。そうでしょ」
「さてね」
レイターは手慣れた様子でプリンを皿にひっくり返す。
「・・・銃を持っていたらあなたは撃たれる前に相手を撃った」
「まあ、そうだろうな」
と言いながらスプーンでプリンをすくって口に運ぶ。
「お、うめぇぞ」
その日常の様子と話している内容の重さがかけ離れている。
「それでいいの? 私の星では銃を持っているだけで違法なのよ。銃がなければ撃つ人も撃たれる人もいないのに・・・」
「残念だがここはあんたの星とは違う」
「わかってるわよ、そんなこと!!」
涙がこぼれそうになった。
「早く食べねぇと遅刻するぞ」
*
レイターと並んで船を出た。
空港ステーションから上りライナーで二ノ丸駅へ向かう。通勤時間帯なのかライナーが混んでいた。
レイターとは一言も交わさなかった。今レイターは銃を持っているのだろうか。怖くて聞けない。
二ノ丸駅の中央口でフレッド先輩と合流した。
きのうはスーツ姿の人しか見かけなかったビジネス街の二ノ丸。
なのにきょうは学生とみられる普段着の若い人たちであふれている。
「集会に参加する方は二番出口です」
赤い腕章をした人が誘導していた。
二番出口にガーディア社はある。嫌な予感がする。熱気を帯びた人の流れと共に歩いていく。
二番出口を出ると、十階建てのガーディア社の前に「国民議会の開催要求」「一律税の導入反対」と書かれた横断幕を持った学生たちが座り込んでいた。
武装した警備隊が、本社を守るようにずらりと並んでいる。
「どうしてここがデモ会場になっているの?」
「あんた、ここの社長が誰だか忘れてるだろ?」
レイターに言われて気がついた。ガーディア社の社長は教皇の弟。王室だ。
あふれかえる学生たちの脇を通って、わたしたち三人はガーディア社へと入った。
「フレッド、どうせ契約うまくいかねぇんだから、きょうは早く切り上げろよ」
上着を肩にかけたレイターがフレッド先輩に話しかける。
「うまくいかないとは、失礼な」
「昼までにここを出ねぇと帰れなくなるかも知れねぇぜ」
「帰れないってどういうこと?」
不安になってたずねる。
「十一時に一ノ丸の神殿前で学生の追悼集会が開かれる。ここはその後のデモ行進のコースにあたってんだよ」
今朝のニュースを思い出した。警官隊との衝突で学生が死亡したと伝えていた。
フレッド先輩は強気だった。
「僕達を警護するのが君の仕事だ。僕の仕事は来期の契約を成立させること。時間の約束はできないね」
「ああそうですか」
レイターは肩をすくめた。
* *
二十五ノ丸駅。
オフィス街と住宅地を結ぶ繁華街のターミナル駅は昼夜を問わず賑わっている。
アーサーは人の流れに沿って広いコンコースを歩いていた。
気配を感じる。早速、食いついてきたか。
確かにレイターが言う通りいろいろと釣れそうだ。
背後の人影に意識を集中する。
サラリーマン風の男。
アリオロンか、レイターの言っていた別の勢力かは分からないが、尾行の様子からしてプロであることは間違いない。
まあ私もプロだ。
すっと人ごみの中に紛れ込む。男があわてて私の行方を探している。
ご挨拶するか。
「どなたかお探しですか?」
男の背中に笑顔で声をかける。
相手の身体が一瞬にしてこわばった。
男の腰にコートで隠した銃を突きつけたまま、明るく会話を続ける。
「お手伝いしますよ。ご一緒しましょうか」
* *
二ノ丸にあるガーディア社本社。
その八階の応接室で、ティリーはガーディア社との交渉を記録していた。
先方はきょうはアドゥールさん一人だ。
フレッド先輩は机の向こうのアドゥールさんにとうとうと説明を続けた。
「ですからこの価格でしたら御社にとっても悪い話ではありませんし・・・」
先輩はわたしが驚くほどの高額な検査費を提示をした。
ライバルのイグート社やギーラル社が認定を取れない時にうちだけ5S-Lを取得できれば逆にチャンスだ、と先輩が本社を説得し、お金を引き出したのだ。
さすがだ。
「金額ではないと申し上げたはずです」
アドゥールさんが困った顔をしていた。
「では、理由をお聞かせください」
「昨日もお伝えしたようにラールからの指示です」
「高重力検査における宇宙船部門の収益は御社の経営を支えています。その突然の削減はステークホルダーへの影響が大きすぎます。説明責任についてどのようにお考えですか?」
トップ営業マンのフレッド先輩は粘り強いことで有名だ。
交渉が膠着したまま時間が過ぎていく。
窓の前に立つレイターは外の様子を気にしていた。「きょうは早く切り上げろ」と言っていたことを思い出す。
時計をみると、間もなくお昼だ。学生のデモはどうなっているのだろう。
と、その時
バババババッッ
窓の外から破裂音が聞こえた。
嫌な音だ、と思った直後に館内に非常ベルが鳴り響いた。
リリリリリリリリリリリリー。
外を見ようと立ち上がるわたしの腕をレイターが引っ張る。
「窓側に立つな」
「えぇっ!!」
外に広がる光景に驚いた。
視界に広がる人、また人。
大通りを埋めつくすその人の波が警備隊に向けて石を投げつけている。
白い煙がところどころ視界を遮っている。
警備隊が催涙ガス弾を撃って応戦していた。
まるで今朝、テレビのニュースで見た光景だ。
「こ、これは・・・」
フレッド先輩も青い顔をしている。
どうしてこんなことになっちゃったの?
「避難誘導いたします。こちらへ」
アドゥールさんがわたしたちに声をかける。
「外よりここのほうが安全だぜ。この硬化ガラスは防弾だし。見たところ学生側はここを占拠しようとしてるわけじゃねぇ、警備隊に反発してるだけだ。しばらくここで待たせてくれねぇか」
レイターはそう提案したけれどアドゥールさんは
「申し訳ありませんが、きょうはこのままお帰りいただくようお願い致します」
とわたしたちを一階へと案内した。
*
衝突が起きている正面玄関は封鎖されていた。
「裏の出口から、デモ隊を刺激しないように避難してください」
一階でガーディア社の総務担当がハンドマイクで誘導している。
社員の列に並んでわたしたち三人は小さな通用口から外へ出た。
ここでも、武装した警備隊とプラカードや横断幕を掲げたデモ隊が睨み合っていた。
その横をすり抜けるようにして歩く。
ビルを挟んだ正面側で激突している騒々しい音や声が、ここまで響いてくる。異様な雰囲気だ。
「これじゃ裏も危ねぇな」
レイターがつぶやいた。と、その時。
バンッ
すぐ近くで爆発音が聞こえ、火が出た。火炎瓶?
と同時に隣にいた警備隊が銃を構えた。
ザザザッツ。
「やべっ」
レイターはわたしに自分の上着をかけた。
「これ防弾だから」
レイターの言葉が言い終わらないうちに轟音が響き渡った。
バリバリバリバリッツ・・・
「な、何?」
「ったく、水平に撃つなよ」
倒れる人の姿が目に映った。抵抗する学生たち。逃げまどう一般人。
どこからともなく飛んでくる石をレイターが払う。
「ど、どうしてこんなことに?」
フレッド先輩が叫んでいる。
大混乱だ。どこへ向かって歩いているのかもわからない。
レイターがわたしの手を握った。
「俺から離れるな。文句は怪我してから言え!」
* *
アドゥールはガーディア社の最上階にある社長室の窓から外を見た。
デモ隊と警備隊がぶつかった。
本社正面だけでなく、裏でも衝突していると連絡が入った。
恐れていたことがついに、ラールシータの中心部で起きてしまった。
クロノスのボディガードが言っていたように、外よりここは安全だ。
もし、暴徒が流れ込んできたら本社の重力制御を解除する。
識別のIDカードキーを持っていなければ十Gで動けなくなる。
セキュリティ対策は万全だ。
こういう日に備えて準備は進めてきた。
けれど、実際に目のあたりにすることになるとは・・・。
「アドゥール」
ガーディ社長の呼ぶ声がした。
「はい」
「王室円卓会議を通信で行う。準備を」
「わかりました」
* *
窓のない部屋。
男が食い入るようにテレビを見つめていた。
中心部で起きたデモ隊と警備隊の衝突の様子を生中継で放送している。
大通りでは催涙弾と火炎瓶が飛びかい、商店の焼き打ちが始まっていた。
店の割れた窓から侵入し略奪する者まで現れた。
一律税への不満が暴力という形で一気に噴出している。学生デモは今や一般の民衆を巻き込んだ暴動に発展していた。
我が祖国でこんな事態が起きるとは。
俺は拳を握りしめた。
「表は随分と大変なようですね」
長髪の若い男が俺に話しかけた。
銀河連邦軍のアーサー・トライムス少佐。
ただの将校じゃない。天才軍師。そして、連邦軍の次期元帥。
「この後は王室の円卓会議が開かれるでしょう」
彼の読み通りに事態が動いていた。
*
連邦軍の特命諜報部を率いるトライムス少佐の動きを俺は探っていた。
だが、尾行中に捕らえられた。
手荒な真似はされなかった。それにしても、拘束具も付けないとは、天才軍師は随分甘い。
「あなたはどちらの所属ですか?」
尋問に俺は一言も話さなかった。
これまで俺は何度も修羅場をくぐり抜けてきた。
目隠しされて連邦軍のアジトまで連れてこられたが、俺にはわかる。ここは三十二ノ丸だ。仲間に何とか連絡しなくては。
その時だった。ニュースが学生と警備隊の武力衝突を伝えたのは。
俺は映像から目が離せなくなった。
*
「この後は王室の円卓会議が開かれるでしょう」
テレビを見つめる俺の前にトライムス少佐が座った。
「私は交渉がしたいのです」
静かなその声を聞いた瞬間、俺の身体は金縛りにあった様に動けなくなった。
オーラというのは生まれながらに持つものなのか。幼いころから帝王学を学べば身につくものなのか。
すべてを見通すその瞳に吸い込まれそうだ。
連邦軍将軍家の跡取りに俺は畏怖の念を抱いた。
「こちらの手の内を貴殿にお伝えします」
彼の真摯な話ぶりに嘘は感じられなかった。
俺はどうするのが正解なのか。
「黙っておられるのもいいでしょう。ただ、あなたが今何をなすべきか、ご自分で判断してください」
俺のなすべきこと。
アーサー・トライムス少佐を監視すること。
連邦軍の特命諜報部が何のためにこの星に来たのか。その目的を探ること。
いや違う。俺のなすべきことは、祖国を守ることだ。
俺はゆっくりと名乗った。
「俺の名前はヤン。反王室グループに所属している」
* *
大混乱、騒乱状態だ。
ガーディア社の裏をティリーはレイターに手を引かれながら歩いていた。
わたしたちは何とか飛んでくる石をかいくぐった。けがはしていない。
あたりには焦げ臭いにおいが立ち込めている。
学生たちが「革命だ!」と叫んでいた。
二ノ丸駅が見えた。
けれど、すでに、駅はシャッターが閉まり閉鎖されていた。
道にはデモの参加者や、帰宅するビジネスマンがあふれかえり、タクシーも入ってこられない。
ライナーが動くところまで徒歩で移動するしかない。
とりあえず、大通りを空港の方角へ向かって歩く。
わたしとレイターの後ろにフレッド先輩が続いている。
状況はどんどんと悪化していた。
三ノ丸では高級ブティックが襲われていた。
いたるところで店のガラスが割られ、火が出ている。道にはエアカーがひっくり返っていた。略奪、放火・・・。
これはもう抗議活動じゃない。
「金を出せ」
突然、銃を持った男が飛び出してきた。
「キャー」
わたしはレイターの後ろに隠れた。
レイターが瞬間的に腰を落とし、がれきを拾って投げつける。
ガチャン。
男の手に命中する。
「こっちだ」
レイターに引かれて細い路地へと入る。大通りより静かだった。
フレッド先輩が怒った声で聞いた。
「おい、レイター。君、銃を持ってないのか?」
「持ってねぇよ」
「なぜこんな大事な時に忘れてくるんだ君は。大変なことになるとわかっていたんじゃないのか」
フレッド先輩が責めている。
「違います、わたしが」
説明しようとするわたしの声をレイターが遮った。
「文句は怪我してから言えっつうの」
レイターは銃を忘れたんじゃない。わたしのせいだ。
裏の路地は大通りよりは落ち着いていた。
住所を見るとまだ四ノ丸だ。空港は三十五ノ丸。
レイターはどこまで歩き続けるつもりだろうか。
「ん? ちょっと待て」
レイターが足を止めて大通りを見た。
視線の先に人が倒れている。レイターが助けにいこうとしている。
人助けは大切だけれど、大通りからは銃声が響いている。
この路地から出たくない。
同じことをフレッド先輩も考えたようだ。
「レイター、先を急ごう。こんなところで時間をとっている余裕は無いぞ」
「あんたらだけで行きたきゃ行けよ」
レイターはわたしの手を離して大通りへ出た。急速に不安に襲われる。
レイターが男性を助け起こした。
「大丈夫か」
男性を見て驚いた。
昨日、実験場を案内してくれたガロン技師長だ。白衣を着ていないからわからなかった。
「弟があの中にいたんだ。弟が・・・近衛兵にやられたかもしれない」
うわごとのようにつぶやいている。
「わかった、わかった」
とレイターが応じた。
ガロン技師長の身体から力が抜ける。気を失ったようだ。
レイターはガロン技師長の体を背負うと、路地に隠れているわたしたちを手招きして呼んだ。
大通りは荒れている。
行きたくないけれどレイターなしに動くことはできない。おそるおそる大通りへ足を踏み出す。
フレッド先輩がわたしの後ろについてくる。
「そいつを拝借するぜ」
レイターの示すほうを見ると、窓ガラスが割れ、銃弾の跡も生々しい小型エアカーが放置されていた。
エアカーのドアに鍵はかかっていなかった。
レイターは後部座席に散らばっているガラスを払うと、真ん中にガロン技師長を座らせた。その両隣にわたしとフレッド先輩が座る。
運転用のキーはついていない。銃撃で壊れている可能性もある。
「どうするの?」
わたしの問いにレイターは笑顔で答えた。
「何とかするさ」
レイターは運転席で作業を始めた。
横に倒れていたガロン技師長の身体が微かに動く。意識が戻ったようだ。
フレッド先輩が声をかける。
「ガロンさん大丈夫ですか」
「フレッドさん、あなたが助けてくれたのですか」
「ええ」
肯定する先輩の返事に違和感を感じた。助けたのはレイターだ。
「ありがとうございます。お礼の申し上げようもない」
すぐ横で発砲音がした。身が縮こまる。
レイターの作業は続いている。
先輩がレイターにあわてて声をかけた。
「おいレイター、早くしたまえ。このエアカー、本当に動くのか?」
レイターは作業の手を止めずに答える。
「子供の頃から俺に盗めなかった車はねぇよ」
「自慢することかね」
レイターがくるりと後部座席に振り向いた。
「じゃあ、あんた降りろ。このままだと窃盗の共犯だぜ」
フレッド先輩は目をそらした。
確かに自動車の窃盗は自慢することじゃない。でも今、こんなことで争っている場合じゃない。
「レイターやめて、フレッド先輩も」
「フン」
レイターは正面に向き直りスイッチを回した。
ウイーーン
エンジンがかかる。
「・・・ったく自分の手さえ汚れなきゃいいと思ってやがる」
吐き捨てるようにつぶやいたレイターの言葉がずっしりとわたしの心にのしかかった。
「行くぜ。頭出すなよ」
* *
ガーディア社の最上階にある社長室で、秘書のアドゥールは各所から入ってくる情報を整理していた。
外の状況は急速に悪化している。
その横でラール王室の緊急円卓会議が通信で始まった。
ガーディ社長が座る丸い会議机に、王族方の3D映像が並んで映し出されている。
私はガーディ社長のななめ後ろに立った。ここは3Dカメラに映らない。
「こちらはデモ隊に囲まれている」
「こっちでは焼き打ちが起きておるぞ」
王族の話はどこも似たような状況になっている。
「神殿はどうなっている?」
ガーディ社長が隣に映る教皇の長男に向かって聞いた。
教皇は円卓会議には参加しない。
「デモ隊が囲んでいて外へは出られません」
「兄殿はどうしておる?」
「いつものように執務室で監視中かと」
教皇の仕事は重力制御装置の管理と円卓会議の決定の了承。
技術者である教皇は、天空に近い五十階の部屋でいつものように重力制御機に向かっておられるのだろう。
「ガーディよ、王室警備艇のラールゼットはどうなっているのか」
社長に質問が投げかけられた。
「もう完成しておる」
ガーディ社長が目で私に合図をした。
私は礼をして一歩前へ出た。
「成層圏内でしたら飛ばすことは可能です。ただ準備に一日かかります」
続けてガーディ社長が発言した。
「明日もデモは行われるだろう。この混乱を一刻も早く押さえるため、明日ラールゼットを飛ばすことを提案する」
「異議なし」
円卓会議の決定は絶対だ。
「アドゥール、準備を進めよ」
「御意」
ついに動き出す。忙しくなる。
そう思いながら頭を下げた。
* *
ティリーは驚いた。
運転キーのないエアカーとは思えなかった。
レイターはナビも無いのに裏道を高速で走らせている。
「道、あってるの?」
「あん? 俺を誰だと思ってんだい。銀河一の操縦士だぜ」
窓の外に見慣れた空港が見えてきた。
わたしはほっとした。一刻も早く帰りたい。
宇宙空港の駐車場にエアカーを停めるとレイターはひょいとガロン技師長を背中に担いだ。
レイターが空いた右手をわたしに差し出した。
「迷子の防止だ」
わたしは自然とその手を握った。後ろからフレッド先輩がついてくる。
入り口に『国民議会の開催要求』『一律税の導入反対』と書かれたのぼりが立っていた。朝には無かったものだ。
空港の中はこの星から避難しようという人たちでごった返していた。
ロビーに掲げられた星系外連絡船の運航表示板は全て『欠航』を示している。
ところどころで武装した人たちが銃を構えていた。
制服じゃない。バラバラな格好。
「空港が反王室派に乗っ取られてるな」
レイターがつぶやいた。
「どうなるんだ?」
フレッド先輩がたずねる。
「あいつら頭いいぞ。重力管制なしには簡単に船は出せねぇ。俺たちは人質ってわけだ」
「ここまで来たのに帰れないの?」
ほっとしたのもつかの間、絶望的な気分に襲われた。
『厄病神』と言う言葉が浮かびレイターを見つめた。口にしていないのに伝わったようだ。
「俺のせいじゃねぇよ」
とレイターが言った。
「ぼ、僕のせいでもないぞ。交渉は長引いたが仕事なんだから仕方がないことだ」
仕方ないけれど、早く交渉を切り上げていればこんな目にはあわなかった。朝、レイターに言われたようにしていれば、と言う思いが湧いてきた。
いけない。わたしはフレッド先輩の補佐なのに。
「まあ、こいつらも馬鹿じゃねぇから、よそ者の俺達にむやみと手はだせねぇはずだ」
こんな事態なのにレイターは落ち着いている。
出星カウンターで武装グループに交渉をはじめた。
「けが人を空港の医務室に運びてぇんだけど」
「入れ」
保安検査場で金属探知機をくぐりわたしたちは反王室派が占拠している空港の制限区域へと入った。
この先にフェニックス号が停まっている。
レイターはガロン技師長をストレッチャーに寝かせながら反王室派の男たちに話しかける。
「駐機場にさあ、俺の船があんのよ。おとなしくしてるからさあ、船で待たせてくんねぇかなあ」
その時、奥からリーダーとおぼしき人物が数人の部下を従えて歩いてきた。
わたしは息を飲んだ。
左の頬に傷がある目の鋭い男。
あの人だ。
きのう,、公園でわたしたちを取り囲んだ男たちのリーダー。
レイターは彼らに撃たれたに違いない。あの人たち反王室派だったんだ。
まずい状況だ。緊張で身体が震える。
男がレイターの前で足を止めた。
レイターは男の顔を見て、ニヤリと笑った。
「へぇ。あんた空港職員に就職したの?」
何をばかなこと言っているの。
「一般人に迷惑をかけるつもりはない。船に戻ってもらって構わない。けが人は急ぎ医務室へ連れていけ」
フェニックス号に戻れると聞いて安心した。
リーダーの一声で部下がさっと動き、ガロンさんは運ばれていく。
「ものわかりが良くて助かるよ。じゃ、よろしく」
片手をあげて通り抜けようとするレイターに、リーダーが銃を向けた。
「お前は駄目だ。お嬢さんとそちらの男性は船までいくことを許可する」
わたしは気がつくと叫んでいた。
「どうしてレイターは駄目なんですか? 銃を向けるなんて卑怯じゃ・・・!」
レイターが振り向き、わたしの肩をぐいっと抱いた。
突然のことに驚き声が止まる。
「頼みがある、そのまま聞いてくれ」
頼み? 他の人には聞こえないような小さな声だった。
「冷蔵庫のハム、今日中に火を通しておいてくれ。頼む」
レイターの声が真剣だ。
ハム? 冷蔵庫のハム?・・・な、何の暗号?
「いい子だ」
「二人を、駐機場へ案内しろ」
リーダーの命令で銃を持った二人の男がわたしとフレッド先輩の前に立った。
段々と銃を見ても驚かなくなってきた。感覚が麻痺している。
そして『冷蔵庫のハム』の意味が気になる。
レイターを残し、わたしたちはフェニックス号へ向かって歩き出した。
*
フェニックス号に着くと、男たちは「船から出るなよ」と言い残して帰っていった。
わたしはキッチンへ走ると冷蔵庫のドアを開けた。
ハムが手前に置かれていた。スライスされパックに入ったハム。
今晩使うつもりだったのだろうか。
手にとってみると賞味期限が今日までだった。
これだけ?
何だか気が抜けた。
あんな緊迫した状況でハムの心配なんてしないで欲しい。
はあ。
とため息をつくわたしにフレッド先輩が詰め寄った。
「ティリーくん、君にはびっくりさせられたよ」
眉間に皺を寄せて怒っている。
「『卑怯者だ』なんてあんな奴らを刺激して、逆切れされたら僕たちまで帰れなくなるところだったじゃないか」
「す、すみません」
フレッド先輩の言葉を聞いて気がついた。
レイターはわたしの気持ちを落ち着けるために冷蔵庫のハムを持ち出したんだ。
もし、あの場で「やめろ」と言われても、緊張状態だったわたしは興奮してさらに状況を悪化させていたかもしれない。
船には戻れたけれど、レイターがいない。不安だ。
「迷子の防止だ」と言ってつないだ手のぬくもりが思い出された。
フレッド先輩も頭を抱えていた。
「レイターがいないと困るな。だが、とにかく空港まで戻れたんだ。定期便は欠航だったが、臨時の避難船がでるかも知れない。そっちをあたってみよう」
驚いた。レイターを置いて帰ろうとしている。
「レイターはどうするんですか?」
「大丈夫だよ、彼なら。ボディーガード協会のランク3Aなんだから」
ランク3Aって最高ランクだ。社長とか偉い人を警護する人たちだと思っていた。
確かに先輩が言う通りわたしが心配する必要はないのかも知れない。
でも、先輩は知らない。
昨日、レイターはあの反王室派の人に銃で撃たれて大怪我をしたのだ。
まるでそんな様子を見せないから忘れていた。大丈夫だろうか。
わたしはキッチンに立った。
フライパンを取り出しコンロのスイッチを入れた。
火がついた。昔ながらのコンロだ。
わたしは料理は得意ではないけれど、実家にはガスのコンロがあった。
ハムを炒めるぐらいはできる。
フライパンが温まったところでハムを一枚ずついれる。
香ばしい香りが立ち上がった。
レイターに謝らなくちゃいけないことが次から次へと頭に浮かぶ。
ため息をつきながらハムをひっくり返した。
* *
空港の会議室に二人はいた。
レイターはパイプ椅子に逆向きに腰掛けて、その向かいに立つ反王室グループのリーダーを見つめた。さて、こいつは何者だ?
挑発してみるか。
「空港を押さえるだけの反王室組織がラールシータにあるたぁ知らなかったぜ、公園暮らしのつり目の兄さんよ」
「お前のこと、気になったから調べさせてもらった。ボディーガード協会のランク3Aだそうだな。レイター・フェニックス、お前は一体何者だ?」
「俺は銀河一の操縦士さ。あんた、人に聞くときは先に名乗るのが礼儀だろ」
男は身元を隠すつもりはないようだ。
「俺の名はオルダイ・バルボラ。国民議会を求める運動のリーダーだ。フェニックス、お前がきのう八ノ丸の乱射事件で撃ち殺した男はアリオロンの工作員だ」
こいつ、裏事情までよく調べてるな。俺は感心しながらとぼけた。
「へぇ、そうなんだ。知らなかった」
「そしてお前は銀河連邦軍の将校と接触している」
「ああ、アーサーね。プリンを届けに来たんだよ」
「とぼけるな。彼を張っていた俺の部下が行方不明になっているんだ!!」
さっそくこいつらアーサーに食いついたのか。
「駆け落ちでもしたんじゃねぇの。身分違いの恋でさ」
我ながら面白いことを言った、と思ったら
「なめるな!」
バシッツ
よけそびれた。
俺の顔を平手で殴りやがった。思った通りこいつただもんじゃねぇ。
「この展開は、きのうの続きってことかな」
俺は立ち上がってオルダイの頬を思いっきり殴りつけた。
* *
空港会議室の椅子も机もひっくり返った。
オルダイは肩で息をしながらレイターとの間合いを取った。
ボディーガード協会の最高ランクである3Aと手合わせするのは初めてだ。噂通り3Aは強い。
殴る。蹴る。受ける。投げる。蹴る・・・。
俺とここまでやれる奴は初めてだ。
やはりこいつ、ただのボディガードじゃない。
ガッツ。
蹴りと突きが交錯する。
俺とフェニックスは二人とも倒れこんだ。
間合いをあけて床に座り、お互いの動きを牽制する。
その時だった。ドアが開いた。
「隊長。ヤンが連邦軍将校と共に戻りました!!」
ヤンが戻っただと。
俺はゆっくりと立ち上がった。ヤンの姿が目に入る。
「隊長」
「ヤン。無事だったか」
よかった。ねぎらいながらヤンの両腕を軽く叩く。
その後ろに長い黒髪を束ねた背の高い男が立っていた。ヤンが追いかけていた若き連邦軍将校。
俺は敬意を表して頭を下げた。
「御大自らお越しいただくとは光栄の至りです。銀河連邦軍アーサー・トライムス少佐」
「おいおい、俺に対するあいさつとえらく違うじゃねえか」
床に座っているフェニックスをトライムス少佐があきれた顔で見る。
「何をやってるんだ? お前は」
「見ての通り運動だ」
「ほどほどにしないと、傷口が開くぞ」
「余計なお世話だ」
俺は驚いてフェニックスを見た。怪我をしているだと。 まとめ読み版④へ続く
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