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銀河フェニックス物語 【出会い編】 第二十九話 オレとあいつと彼女の記憶(まとめ読み版)
・第一話のスタート版
・第一話から連載をまとめたマガジン
・第二十八話「放蕩息子は孝行息子」
「ロッキー、きょうは楽しかったな」
帰り道、レイターがオレに話しかけた。
きょうのサンデーの結婚式は、久々に月の公立ハイスクールの同級生が顔を合わせて楽しかった。
将軍家のアーサーから祝電が届いた時には、会場が異様な盛り上がりをした。
でも、オレはちょっとだけしくじった。
レイターの前で新郎のサンデーに
「お前まだ結婚、早いんじゃないか」
って言っちまったことだ。
レイターは
「サンデーは稼いでんだから、全然早くねぇよな」
と肩を持った。
その瞬間、やべえ、ってオレは心臓が止まりそうになった。
こいつは十七の時、ままごとのような結婚式をして、一週間後に花嫁のフローラを亡くしている、ってことをうっかり忘れてた。
レイターはオレのことを責めるでもなくさらりと言って、その場はそれで何事もなく過ぎたが、オレは知っている。
あいつは、今もフローラのことを引きずってる、ってことを。
*
レイターはこの界隈では有名人だ。
オレの両親はあいつのことを『将軍家のバカ息子』って呼んで、オレがあいつとつるむのを嫌がっていた。
レイターは大人たちの間では評判が悪かったが、ハイスクールでは人気者だった。
おちゃらけているが、喧嘩はめちゃくちゃ強くて、やる時はやるってところがみんなに好かれていた。
ま、男のオレが見ても、喧嘩したり啖呵切ってる時のあいつはかっこ良かったから、女子生徒どもはなおさらだった。
*
きょうの二次会でも、あいつは目立っていた。
昔からうまかったギターで、馬鹿げたコミカルソングと、恐ろしく心に響くラブソングを歌い上げやがった。
新婦は涙を流してた。
オレもつい泣きそうになった。
そして、女共の噂の的になってる。
そうだよな、あいつ、ハイスクールの頃はオレより背が低かったのに、いつしかオレを追い越して、長身になりやがった。
しかも、
「キャッシーきれいになったな。モデルと見間違っちゃったぜ」
なんて、相変わらず女共に、歯の浮くようなことをしれしれとしゃべってやがる。
でも、オレは知っている。
あいつの心は、女共を見ていない。いつも遠くを見ている。
*
二次会の後、レイターと久しぶりにアステロイドで飛ばした。ってオレはもちろんあいつの助手席だ。
こいつは十八の時に飛ばし屋から足を洗って、限定解除免許をとった。今じゃ「銀河一の操縦士」を名乗ってる。
オレの知る限り、こいつの看板に偽りはない。
きょうもこいつの加速で、オレは気を失いそうになった。
*
そして、その帰り道。
「やっぱ、助手席は彼女ってのがいいよな」
レイターがつぶやいた。
「野郎で悪かったな」
オレはそう返して心配になった。
あいつにとって、助手席の彼女と言えばフローラのことだ。
きょうの結婚式を見て、思い出したのだろうか。
レイターの顔を見る。
いや違う、あいつの表情は明るい。フローラのことじゃない。
オレは聞いた。
「おまえ、さては最近、女を助手席に乗せたな」
「まあな」
「どんな子だ」
「かわいいぞ。でもすぐ拗ねる」
オレはちょっと不安になった。何だかフローラと似ている、と直感的に思ったからだ。
「どんな娘だい?」
「クライアントのアンタレス人だ」
「アンタレス人?」
これはまた随分と堅物な人種を選んだもんだ。アンタレス人と言えば、倫理感と順法精神が高くて有名だ。
このおちゃらけた、しかも法律は破るためにある、と思ってるおまえが、どうしたら釣り合いがとれるのか、想像ができんぞ。
だが、これは喜ばしい変化だ。
フローラが亡くなって随分経った。
あいつがフローラを忘れられないのはわかってるが、そろそろ前に進んだっていい頃だ。
「おまえ、その方向はいい。おまえさ、ずっと彼女なんていらない、って顔してたじゃないか。それよりずっと健康的だ」
「俺は別に女に不自由してねぇ」
こいつのまわりには、オレにはよくわからない女どもがいる。
「だけど、おまえがつきあいたい、って思う彼女はいなかっただろ。あれからずっと・・・」
あれから、がいつからなのか、あいつは聞かないでもわかっている。
「別につきあう気はねぇよ」
「そうなのか?」
「ああ」
「矛盾してるぞ、お前! 助手席は彼女がいい、って言ったばかりじゃんか!」
レイターが無口になった。や、やばい。オレ、地雷踏んだかも。
助手席の彼女。こいつの彼女だったフローラは体が弱かったけど、実はぶっ飛ばす宇宙船に乗るのが大好きだった。
レイターは自分の船でフローラと宇宙を飛び回ることが夢だったのに、叶わずして彼女は死んだ。
思い出させちまったかな。オレってどうしてこうバカなんだろう。
あいつがつぶやいた。
「守ってやりてぇんだよな」
ん? 現在進行形だ。
フローラのことじゃない。あいつが考えてるのは。そのアンタレス人の彼女のことだ。
オレはうれしくなって言った。
「惚れたな?」
「バーカ」
あいつは、力いっぱいオレの頭をはたきやがった。
*
地元の会合でアーサーに会った。
オレはさっそく聞いてみた。
「アーサー。レイターがかわいいアンタレス人を気にいってるみたいだけど、知ってるかい?」
「ああ、ティリーさんのことか」
「ティリーさんって言うのか。どんな子だい」
アーサーは一呼吸おいてから言った。
「フローラに似ている」
「え?」
オレはどう反応していいか、わからなかった。
「それってどうなんだ。レイターにとって。いいのか? 悪いのか?」
「さあ。次があるので失礼」
アーサーはそれだけ言うと、忙しそうに立ち去った。
フローラの兄貴のアーサーが言うのだから、間違いなくそのティリーさんという女は、フローラに似ているのだ。
なぜだろう、俺はえも言われぬ不安に襲われた。
*
次にレイターに会った時、開口一番聞いた。
「おい、レイター、ティリーさんってどんな娘だ」
「あん?」
「写真見せろよ」
オレは確認したかった。フローラと似ているのかどうか。
「アーサーから聞いたのかよ」
レイターは嫌がるでもなく、会社のデータベースに入っているティリーさんの写真を見せてくれた。
かわいい娘だった。
意志の強そうな赤い瞳が印象的だ。証明写真だからだろうか、あんまりフローラと似ている印象は無い。
オレは少し安心した。
「かわいいじゃん」
「だろ」
その後、レイターは会うたびに、オレにそのティリーさんの話を聞かせた。元々あいつはおしゃべりだが、それはそれはうれしそうにぺちゃくちゃと話す。
ティリーさんは宇宙船レースが大好きで、フェニックス号へ週末よく観にくるらしい。確かにフェニックス号で見るレースは圧巻だ。レース好きにはたまらないだろう。
彼女は船の操縦はペーパーでド下手だが、あいつが飛ばす船の助手席に乗るのは好きらしい。
スピード狂というところがフローラと似ている。
それからティリーさんというのは、随分とガキで方向音痴で危なっかしいという。
からかって遊んでる分には楽しいが、警護対象者としては大変だ。と、これまた幸せそうな笑顔であいつは話した。
話を聞いていると、二人はよく喧嘩をするようだ。
そこもフローラと似ている。
「困った顔すると、かわいいんだよな」
と、レイターが言うところから察するに、こいつがちょっかいをかけているようだが、それでも、フェニックス号へ遊びに来るというのだから、ティリーさんもレイターのことを嫌いではなさそうだ。
「この間、入星審査で渋滞しててさぁ、ティリーさんは俺が横入りすると思ったらしいんだよ」
「お前なら横入りしたって、不思議じゃないさ」
「俺を誰だと思ってんだよ。『銀河一の操縦士』だぜ。ちゃんとそのぐらい先を読んで、事前申請してるさ。まあ、フレッドだったら、責任とって横入りしろ、って言うところだけどな。そこでティリーさんは、横入りするぐらいならアポイントを変えますって、俺はもう感動しちゃったよ」
思い出したようにレイターは笑った。
「お前、相変わらず性格悪いな」
「あん?」
「昔からお前ってさあ、手回しよく事前に問題を解決しときながら、オレには一言も言わないで、困った顔を見て喜んでたじゃないか」
「違う違う」
レイターが手を振って否定する。
「俺はあんたの困った顔を見て喜んでたわけじゃねぇよ。あんたが喜ぶ顔を想像して楽しんでただけさ。ま、ティリーさんは困った顔が、一段とかわいいんだけどな」
「どっちにしろ、性格が悪すぎる」
「あんた、他人にプレゼントする時、何考えてる?」
突然の質問だった。
「うーん、相手が喜んでくれるか考えるな」
「だろ、俺は相手がどんな顔して驚くか、想像してる間が好きなんだ。それと同じさ」
何となくレイターの言わんとするところは伝わってきた。
「じゃあ、ティリーさんにプレゼントを贈れよ」
「ふむ」
レイターは少し考え込んでから言った。
「ニルディスのネックレスを贈ったんだ」
「え、ええええええっ!!!」
オレは驚いた。
ニルディスって、それは本命に贈るもんだろが。
「それで、それで?」
オレは興奮した。
「すっげぇ似合ってた。けど」
「けど?」
「返された」
「返されたぁ?」
ニルディスを返す女がいるとはびっくりだ。
「彼氏じゃない人からは受け取れません、とさ」
「お前、もしかして嫌われてんの?」
バシッツ
レイターの奴、オレの頭をはたきやがった。
「痛ってぇなあ、そんなに気になるなら、告白してティリーさんとつきあっちゃえよ」
「あん? そんなつもりはねぇっつったろ」
「でも、お前、『俺のティリーさん』って呼んでるのは、ほかの男に取られたくないからだろ」
「うるせぇ」
オレは一つ提案してみた。
「じゃあ、ヘレンみたいに一度つきあうふりをしてみる、ってのはどうだ?」
レイターは飛ばし屋の頭『裏将軍』をやってる時、美人幹部のヘレンとつきあっている、という嘘の情報を流してたことがある。
結局、それは恋愛にならないままで終わったけれど、つきあうふりをしているうちに本当につきあおう、って話になるかもしれない。
「バカ野郎! そんなことできるかっ」
「痛っ」
こいつ、今度は本気でオレの頭をはたきやがった。
間違いない。レイターはティリーさんに惚れている。
「おまえ、ティリーさんのこと本気で好きだろ」
「うるせぇ、俺が愛してるのは一人だけだ」
それだけ言うと、あいつは口をきかなくなった。
* *
ロッキーに言われて、俺は考え込んだ。
不思議だとは自分でも思っていた。
ティリーさんは確かにかわいい。だが、それだけじゃねぇ。気にかかる。
危なっかしくて、ほっておけねぇからだ。
俺は、大体他人の行動パターンは読める。ある程度読めなきゃ、ボディーガード協会の3Aはつとまらねぇ。
しかし、この俺を持ってしても予想外の動きをする。だから、つい、突っかかりたくなる。
困ったことに俺の心を乱しやがる。
船に乗ると、ティリーさんはうれしそうな顔をする。
宇宙船が好きなのだ。その気持ちが俺にも伝わる。
そうすると俺がしばらく忘れてた幸福感、って奴が忍び寄ってくる。
この満たされた感じ。
フローラと過ごした日々と同じような・・・。
まずい。これはまずい。
ティリーさんを独占したい、という所有欲。俺だけのモノにしたいという願望がもたげだしてくる。
嫌な言葉が頭をよぎる。
「恋の始まりに理由は無い」
俺は、欲望を追い払うように強く頭を振った。
フローラ、大丈夫だ。俺はあんたしか愛さない。誓いは破らねぇ。俺は誰ともつきあわねぇ。
* *
ロッキーはいらついていた。
レイターの奴。ティリーさんをオレに紹介する気はまるで無いらしい。
なんと、この間は月の御屋敷のパーティーにまで招いて、バブさんや将軍にも引き合わせたという。
月の御屋敷に寄ってバブさんに聞いてみた。
「ティリーさんって、どんな子だった?」
「お嬢様に似てらしたよ」
やっぱりそうなのか。写真じゃよくわからない。
「レイターは、どうしてオレには会わせてくれないのかな?」
「あの子も揺れてるんだよ。あんたが背中を押しちまうのを恐れてるのさ」
バブさんは見当違いなことを言っている。
「レイターは、オレの言うことなんて聞きゃしないよ」
「何言ってんだい、前科があるくせに」
「前科ぁ? 人聞きの悪い」
バブさんはむっとした顔をした。
「あんたのせいで、お嬢様はあのバカとつきあう羽目になってしまわれたんじゃないか」
レイターとフローラがつきあったのがオレのせい?
「バブさん、年のせいでおかしくなったんじゃないか?」
「あんたがレイターにけしかけたんだろ」
「オレが?」
「お嬢様から聞いたよ。あんたが、レイターにお嬢様とどういう関係なのか、って詰め寄ったから、レイターがつきあう決心をしたって話。あのバカも一応居候という立場だから、お嬢様には遠慮してたのに、あんたのせいだよ」
そんなことが・・・確かにあった気もする。だけど、
「だけど、もうそのころには、二人は仲が良かったんだよ」
「今も同じだろ?」
バブさんが諭すような目でオレを見た。
今も、・・・レイターとティリーさんはすでに仲がいい。レイターは本当はティリーさんとつきあいたいんだ。
でも、フローラのことを忘れられないでいるのも事実。レイターがフローラを忘れるなんてこと、おそらく一生無い。ってことはあいつは一生つきあわないつもりかよ。
「ティリーさんに、会ってみたいな」
*
レイターって奴は、オレの希望を簡単に聞くような奴じゃない。
ティリーさんの話を初めて聞いてから二年が経つが、レイターは一向に会わせてくれない。
あいつの秘密主義は今に始まったことじゃないが。
それにしても、レイターはどうするつもりなんだろう。
あいつは、ティリーさんとは今の距離間が一番いい、と思っているようだ。
つきあうでもない。
ただ近くでじゃれあっている、空気のような存在。
それが永遠に続くわけはないのに。
オレは操縦席のレイターに話しかけた。
「なあ、どうすんだよ。お前、ティリーさんとずっとこのままでいられると思っているのかよ」
「さあな」
「他の人に取られちゃっても知らないぞ」
「そうなったらそうなったで仕方ねぇ。そういう運命なんだろ」
ああ、こいつ、運命には逆らえないとあきらめているところがある。
どんなに望んでも手に入らなかったフローラとの生活。あいつはフローラを追ってずっと死にたがってた。
あの時、オレはレイターに何にもしてやれなかった。
それでも壊れたこいつを何とかしたいと、オレは地球の言い伝えを教えた。
「愛する人を亡くしたことのない家を探せ。見つかればフローラは帰ってくる」と。
でも、そんな家はどこにもない。
死は、すべての人に平等に訪れる。
なるべくしてなった、と運命を受け入れるほかに、あいつが救われる道はなかった。
オレは助手席で思い切って叫んだ。
「でも、レイター、お前は今、生きてるんだぞ!」
「はぁ? あんた何言ってんの? 他人のことより自分のこと心配しろよ。あんたに彼女が出来たら、俺も人生考えるよ。さ、飛ばすからな」
あいつに軽くいなされて終わる。
これまたいつものことだ。ま、いっか。
そして、あいつはフルスロットルで小惑星帯へと船を飛び込ませた。 (おしまい)
第三十話「修理のお礼は料理です」の前に
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