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銀河フェニックス物語<出会い編> 第四十一話(16) パスワードはお忘れなく
レイターの秘密を知ったティリーはその重さに辛くなった。
・銀河フェニックス物語 総目次
・第四十話 まとめ読み版① (11)(12)(13)(14)(15)
* *
レイターは目を覚ますと月の御屋敷にいた。
ここは俺の部屋かよ。
気持ち悪い。吐き気がする。ひでぇ二日酔いみてぇだ。何なんだあの自白剤は。
「入るぞ」
アーサーか。一言言わねぇと気が済まねぇ。
目が回る身体を制御して立ち上がる。
「あんた、なんでティリーさんに特命諜報部の話をした?」
「言っただろ、父上の了承は得ている」
「答えになってねぇ。ティリーさんが巻き込まれたらどうする気だよ」
俺はあいつの襟ぐりをつかんだ。
「ティリーさんはすでに巻き込まれている」
アーサーは平然とした顔で事実を俺に突き付けた。
ちっ、折れた指が痛い。
「くっそぉ」
俺は手を離してベッドに腰かけた。
「今回の案件は、ゲリラ側の条約違反の自白剤によってダミーワードが漏れたということで報告書をあげた。だが、私はお前の報告を信じていない」
「あん? 相変わらず疑り深い、イヤ~な性格だな」
「簡単なことだ。私が『自白剤によってパスワードを吐いたのか?』と聞いたとき、お前は肯定した瞬間に気分が悪くなった」
「そうだっけか?」
「私の問いに対し嘘をついたからだ。あの自白剤は脳内の記憶と違う発言をすると嘔吐中枢が刺激される仕組みだからな」
「ったく、やな野郎だ」
「お前に聞いておきたい。もし、ティリーさんを人質に取られて、ダミーワードのない最終パスワードを教えろと強要されたらお前はどうする?」
アーサーは今回の状況をお見通しということだ。
俺が自白剤ではなく、ティリーさんを人質に取られてパスワードを明かしたことも。
ティリーさんを巻き込むのがイヤで黙っていたが、報告書もあがった今、もう隠す意味もない。
「迷わず吐くな」
俺は堂々と答えてやった。自白剤による吐き気も何もない。
「まったくもって諜報部に不適格だ」
「しょうがねぇよ。宇宙が崩壊したって俺は目の前のティリーさんを守る。あんたはどうすんだよ? チャムールさんが人質にとられたら」
「……」
「答えろよ」
「……」
「俺が代わりに答えてやるよ。あんたは絶対パスワードを言わねぇ」
「…」
アーサーは無言のまま目を閉じた。
「だからあんたは将軍の跡取りができるんだ」
* *
「あんたはどうすんだよ? チャムールさんが人質にとられたら」
レイターの質問が私の心をえぐる。
「あんたは絶対パスワードを言わねぇ」
目を閉じるとチャムールとつきあう前の会話がまぶたによみがえった。私はチャムールにはっきりと伝えた。
連邦軍かチャムールか選択を迫られたら「連邦軍を選びます」と。
辛いが仕方ない。それは運命だ。
チャムールはそれをわかった上で、私との交際を選択してくれた。そこには感謝しかない。
この私たちの痛みと苦しみが貴様にわかるか。
宇宙が崩壊しても愛する人を守るだと。
私は銀河連邦を崩壊させるわけにはいかないのだ。贅沢な選択肢がレイターには許されている。苛立ちが募り、口調が強くなる。
「そんなにティリーさんに好意があるなら、ちゃんとおつきあいを申し込めばいいだろが」
「フンっ!」
レイターはふてくされたように私に背を向けてベッドに寝転んだ。
「俺は誰ともつきあう気はねぇんだ」
「ティリーさんは会社から休みをもらったそうだ。この屋敷へ招待するか」
「止めてくれ!」
レイターの否定する剣幕に驚いた。
「俺は、やっと決別したんだよ。なのに、俺がティリーさんを襲ったら、あんた、責任取れるのかよっ」
お前は街でとっかえひっかえしていた女性たちの責任を取ったことがあるのか、と言いたいところをこらえる。
自白剤の影響下、ティリーさんに対し自制がきかなくなる、という自覚がこいつにあるということだ。
* *
自宅へ帰ったティリーは出張の荷物を片付けていた。
会社に顔出して簡単な報告書を提出したら、一週間休みをもらえることになった。
『厄病神』との久しぶりの出張。生半可なことじゃ驚かなくなっていたのに、びっくりすることばかり起きた。
「レイターは私と同じ連邦軍の特命諜報部に所属しているからです」
アーサーさんの低い声がとげのように引っかかる。
夜、仕事を終えたチャムールが自宅へたずねてきた。
「無事でよかった」
会うなりチャムールが泣きながらわたしを抱きしめた。
チャムールの温かさが身体中に染み渡る。
「チャムールは今回のこと知ってるのね」
「ええ、アーサーから聞いたわ。大変だったわね。生きて帰ってこられて本当によかった」
わたしはふわっと気持ちが軽くなるのを感じた。チャムールには隠さなくていいのだ。今回、どんなに怖い目にあったか。
チャムールに聞きたいことがたくさんある。
「チャムールは、レイターがアーサーさんと同じ仕事、そのぉ…特命諜報部にいるってこと、前から知ってたの?」
わたしの問いにチャムールはうなずいた。
予想していた答えだったけれど、不快な気分がわたしを襲った。 (17)へ続く
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