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銀河フェニックス物語<恋愛編> 第四話(9) お出かけは教習船で
ティリーの操縦ミスでレイターは宇宙空間へと放り出された。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>お出かけは教習船で (1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)
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レイターの姿が暗い宇宙空間に吸い込まれ見えなくなった。
「お願いだから、起きて、返事して!」
レーダーが示す光の点がどんどんと離れていく。焦ったわたしは大声で怒鳴った。
「レイター、起きなさいっ!」
「う、……おはよ、ティリーさん」
通信機から声が聞こえた。アレグロさんが指示する。
「早く戻れ! 俺の船のが近い、教習船までは無理だ。急げ! 酸素濃度が急速に低下しているぞ」
「わかってるが、ジェット・パックがうまく起動しねぇ」
「何っ! こちらでできることあるか?」
アレグロさんの声が緊張している。
「とにかく動かねぇで待っててくれ。一回の噴射にかける。間に合うか祈ってくれや」
「お願い間に合って!」
レイターが三分で終わらせると言ってから、もう五分近くが経っている。
「ちっ、目がかすむ」
時間が止まっているかのようだ。
近づいてくる小さなレイターの姿が、ようやく目視で確認できた。
ジェット・パックのライトが消えている。一度だけ噴射させ慣性力だけで飛んできたのだ。もどかしいほどスピードが出ない。動画なら倍速で再生したい。
「はあ、はあ」
通信機からレイターの荒い息が聞こえる。
「レイター、がんばって」
人は何分息を止めていられるのだろうか。酸素のない状態ってどれほど苦しいのだろう。
少しずつレイターの呼吸音が小さくなり、聞こえなくなった。
「レイター!」
レイターの身体はピクリとも動かない。ただ、ゆっくりと流れてくる。
不安と苛立ちで居ても立っても居られない。すぐそこにいるのだ、迎えに行きたい。けれど、レイターはアレグロさんの船までの距離と角度を考慮して噴射したはずだ。下手なことをすれば状況は悪化する。
『銀河一の操縦士』の彼女だというのに、助けることも何もできない。情けなくて涙が出る。
レイターの身体はゆっくりと静かにアレグロさんの船に到着した。
アレグロさんの船内モニターを凝視する。
エアロックでぐったりしているレイターの身体を、急いでアレグロさんが引き上げた。お願い。早く! 早く!
アレグロさんが手際よく簡易宇宙服のボンベを取り換え、ヘルメット内の酸素濃度を高める。
「しっかりしろ!」
目を閉じたままレイターが反応しない。低酸素症だ。
「脈はあるが弱いな」
わたしのせいだ。わたしが故障船信号を出さなかったからだ。わたしがワイヤーを引っ張ったからだ。レイターが死んだら全部わたしのせいだ。
神様、お願い、助けて!
「レイター、死なないで! お願い!」
胸が苦しい。ただ祈った。どれだけの時間が経ったのかよくわからない。実際にはそんなに経っていなかったのかもしれない。
レイターの瞼がピクリと動くのがみえた。
「不死身は、死なねぇに、決まってる、だろ」
ゆっくりとレイターが目を開けた。
「大丈夫か?」
アレグロさんがレイターの身体を支える。
「俺は、銀河一の、操縦士、だぜ。……どんだけ、低圧訓練、受けてると、思ってんだよ」
レイターは口を歪めて笑った。けれど、一言話すのも苦しそうだ。指先が震えている。全然大丈夫じゃない。
とにかく、生きていてくれただけでうれしい。涙が溢れる。
アレグロさんに抱えられ、真っ青な顔をしたレイターが通信機を通してわたしを見た。
「ふぅ。ティリーさん。悪りぃな、そっちへ戻れねぇ。ワイヤーはちゃんとつながってるから、あんた、一人でこの船を引っ張ってくれ」
「う、うん」
泣いている場合ではない。やらなくちゃ。
「ゆっくりでいいからな。さっき入ってきた上昇方向が、早く抜けられる」
「わかった」
操縦桿を握る。船をスタートさせた。
わかった、と言ったはいいけれど、レイターの補正なしにこの船を飛ばすのはわたしにとっては困難の極みだ。
ここは小惑星帯が集まるアステロイドベルトの上級。しかも、船をレッカーしながらの操縦なんて生まれて初めてだ。 (10)へ続く
<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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