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銀河フェニックス物語【出会い編】 第一話 永世中立星の叛乱④ (31)~ (40)
・第一話のまとめ読み①(1)~(10) ②(11)~(20) ③(21)~(30)
トライムス少佐が話を切り出した。
「オルダイ隊長、銀河連邦軍は反王室グループと手を組ませていただきたい」
俺の目をまっすぐに見て申し入れてきた。
連邦軍のトライムス将軍家と言えば名家だ。銀河連邦に所属していない我々でも知っている。
その一人息子、すなわち次期将軍のアーサー・トライムス少佐。絶滅民族のインタレスの血を引く天才策士というのは、彼が少年の頃から有名な話だ。
交渉するのはやぶさかではない。
「お話を聞かせて頂こうか」
「俺は早く船に戻りてぇんだけど」
レイター・フェニックスはトライムス少佐の横にある机に腰掛けると、足をぶらぶらさせた。
彼を無視してトライムス少佐が話を始めた。
「我々、銀河連邦は内政干渉するつもりはありません」
本当だろうか。
昨日はアリオロン同盟の工作員が我々を探しているという情報があった。
警戒していたところへ、このフェニックスが飛び込んできた。
銀河連邦とアリオロン同盟が我がラールシータを狙っているとしか思えない。
「あなたがたも把握しているようですが、まもなくガーディア社で王室警備艇ラールゼットが完成します」
もちろん知っている。自分はその艇に乗るはずだったのだから。
トライムス少佐は続けた。
「ラールゼットには連邦軍から盗まれた軍事機密が使われています。その情報の回収にラール王室近衛第一連隊の隊長だったあなたの力をお借りしたい」
「へえ。近衛兵の隊長さんねぇ。素人じゃねぇとは思ったが」
フェニックスが茶化すように言った。
「オルダイ隊長にお願いしたいのは、このレイターと共に神殿へ侵入し、集中電算室のネットワークからラールゼットの情報を回収するのを手伝っていただきたいのです」
「お、俺と?」
自分で自分を指さしてが驚いている。何も聞かされていないようだ。
「お前も素人じゃないってことだ」
「ふん」
「言っておくが、神殿の集中電算室に忍び込むってのは簡単じゃない」
「だから、あなたと交渉に来ました」
二十二歳と聞いているが年齢より落ち着いて見える。
若くして連邦軍の特命諜報部の率いているだけのことはある。
特命諜報部の実態は不明だが、このフェニックスという男が諜報部員と言うことか。
「ラールゼットはあなたがた反王室グループや、学生、民衆の動きを押さえ込むのが狙いです」
「わかっている」
俺はそれが嫌でラール軍を辞めたのだ。
*
近衛連隊長だった俺は、ラール王室と民衆の板挟みになっていた。
王室を守るのが俺の仕事。だが、民衆の反発も理解できた。
一律税の導入が決まり、さらなる暴動を押さえ込むためにラールゼットが作られた。
俺は王室を尊敬し敬愛している。
だが、民衆に銃を向けることに強い抵抗を感じた。覚悟がないまま近衛兵の仕事は続けられない。俺は軍を辞めた。
そんな俺のもとに次々と部下が軍を離れ集まってきた。
俺たちは学生運動と連携し、俺の理想を説いた。
『国民議会の開催要求』と『一律税の導入反対』は、若者を中心に急速に支持を集め、気がつくと俺は反王室グループのリーダーということになっていた。
民衆の暴徒化は俺の想定外だった。
王室側も黙って見ているわけにはいかない事態に発展してしまった。
まもなくラールゼットは完成する。
あの砲門は間違いなく俺たち反王室グループを狙ってくる。
*
トライムス少佐の提案は、そんな俺たちの状況を的確につかんだものだった。
「情報回収にご協力いただければ、その見返りとして銀河連邦軍はラールゼットの破壊を全面的にバックアップします」
助かる。我々には最新鋭の戦艦を破壊するだけの武器も力もない。
だが、連邦をどこまで信じていいのだろうか。
「具体的な策をうかがわねば判断できませんな」
フェニックスが割り込んできた。
「あんたバカだねぇ。策も何も機密満載の船を泳がすほど連邦軍は甘くねぇよ。だけどそのまま撃ち落としたら内政干渉になっちまうじゃねぇか。この性格の悪い奴があんたらのために動くと思ったら大間違いだぜ、自分のために利用してるだけ・・・」
トライムス少佐は無表情のままフェニックスの脇腹をはたいた。
「くっ・・」
フェニックスは声を出せず苦しそうに脇腹を押さえた。
こいつ脇腹を怪我していたのか。
「ラールゼットは爆破します。あなたの部下とともに私が向かいます」
御大自ら現場に乗り込むと。
話を聞いていた部下のヤンが手を挙げた。
「隊長、俺がトライムス少佐と爆破に向かいます。この方は信頼できます」
俺の右腕、近衛副隊長だったヤンにそこまで言わせるというのに興味がわいた。お手並み拝見といくか。
「わかった。協力しよう」
「何だか艦をぶっ壊すほうが面白そうだな」
フェニックスが不満げにつぶやいた。
この男はよくわからないが、ラールゼットさえ爆破してもらえれば我々はそれでいい。
我々を利用するというのなら、こちらも連邦軍を利用させてもらうだけだ。
そして、ラールゼットを再度製造させないために、集中電算室から軍艦の情報を回収しておくことは俺たちの利益にもなる。
* *
「お、いい匂いじゃん」
ティリーはその声にほっとした。
レイターは突然帰ってきてフェニックス号のリビングに顔をだした。
「レイター! 大丈夫? 心配したのよ」
わたしの声を聞きつけたのか、フレッド先輩が部屋に入ってきた。
「とにかく戻ってこられて良かった。本社から帰還命令が出たよ。仕事は終わりだ。こんな状況だから契約に関して我々の責任は問われないそうだ」
「そりゃ良かったな」
「なあ、君の腕なら空港の管制がなくてもここの高重力圏を出られるだろう」
「まあな。銀河一の操縦士だし、この船5S-Lだから」
「そうか」
フレッド先輩もわたしも期待をこめてレイターを見た。
「ただ、こんだけの高重力ぶち破ると管制できなくなって、しばらく他の船が出られなくなる」
「こんな状態だ、他の船に構っていられないぞ」
「ばーか、宇宙航空法違反取られる」
「宙航法違反なんて君は年中してるじゃないか。ここへ来る時だって君はどれだけ違反したんだ。僕は知ってるぞ。速度オーバーは当たり前、侵入禁止区域も航行していたじゃないか」
そうだったんだ。わたしは全然気づかなかった。
「俺は捕まる違反はしねぇの。銀河一の操縦士が免停なんてことになったら恥ずかしいじゃねぇかよ。ま、この船にいる限り安全だから飯にしようぜ」
*
「ティリーさんと俺は半熟、フレッドは固焼き、と」
レイターはわたしの炒めたハムとたまごを使って手早くハムエッグを作った。
フレッド先輩は何も言わずに食べ始めた。
作ってくれたレイターには悪いけどいろいろなことがありすぎて食欲が無い。
「とにかく一口でいいから食べてみな」
気は進まなかった。
けど、レイターのめずらしく優しい声につられて口にした。
不思議だった。食べたいという気持ちは無いのに一口食べたら、次から次へと口に入れていた。
「ティリーさんの炒めてくれたハムは美味いねぇ」
わたしが炒めたからじゃない。レイターが作ったからだ。
半熟の加減が絶妙だ。
味わう余裕なんてないと思っていたのにおいしい。
朝、軽く食べてから何も口にしていなかったことを思い出した。
「食べられる時に食べとかねぇと人生損するぜ」
そう言ってレイターはウインクした。
*
食事を終えてしばらくして、わたしはレイターの部屋の前に立った。
謝らなくちゃいけない。一呼吸してから声をかけた。
「レイター、今、大丈夫?」
「あん? ティリーさん?」
という声とともに部屋のドアが開いた。
初めてレイターの部屋に入って驚いた。
とにかく足の踏み場がない程散らかっていた。
レイターはシャワーで濡れた髪をタオルで乾かしながらニュースを見ていた。
シャツを羽織ったレイターの脇腹に包帯が巻かれていた。心が痛む。
「けがは大丈夫なの?」
「かすり傷だっつったろ。なんでぇ、世界の終わりって顔してるぜ。大丈夫だよ、帰れるさ」
「きょうは大変なことになる、ってあなたはわかっていたのね」
「まあな」
「どうして銃を持っていかなかったの?」
レイターが驚いた顔でわたしの目を見た。
「どうしてって、あんたが持つなって言ったんじゃねぇか」
「それだけ?」
「俺の仕事はあんたを守ることだ。あんたが俺を信頼していなかったら、銃を持っていようがいまいが守れやしねぇよ。それだけのことさ」
この人の言葉は時々胸に刺さる。
「・・・さっき、レイター、車の中で自分の手を汚さない、って話をしたでしょ」
「ん? ああ、フレッドの馬鹿野郎のことか。あいつさあ、盗みを責めるなら盗難車に乗るなってんだよな」
「ごめんなさい」
「あん?」
「わたしも同じだわ。あなたのこと人殺しだって責めた。・・・それなのに、さっき自分が銃を向けられるのは怖くてあなたの後ろに隠れたのよ。卑怯者だわ、最低だわ。自分で自分が嫌になった。何も言う資格なんてないのよ。わたし、間違ってた」
興奮して言葉が次々と飛び出してくる。
「何が間違ってたって言うんだい?」
「それは・・・」
うまく答えられない。
「銃で撃ち合う世界のがいいっていうのかい?」
「ち、違うわ」
「じゃあ、自分が正しいと思うこと堂々と言えばいいじゃねぇか。銃がなけりゃ誰も死にませんって。どうせ、みんな自分のことは棚にあげて偉そうなこと言ってんだ」
「そんな人ばかりじゃないわ」
「一点の曇りもない人間なんていやしねぇ」
ダンッ、とレイターは右手でわたしの後ろの壁に手をついた。
「フレッドのバカはそこがわかってねぇから腹が立つんだ。他人の汚れた手のおかげで生きてるくせに自分は清廉潔白だと思ってやがる」
目の前にあるレイターの顔がいつになく真剣な表情だった。
「・・・・・・」
わたしはどう返していいかわからない。
レイターはふっと優しい顔をみせた。
「だけどあんたはちゃんとわかってる。それでいいじゃん。あんまり自分を責めんなよ。心の痛みに効く痛み止めはないぜ」
「レイター、優しいのね」
「当ったりめぇだ。俺は世界中の女性に優しいのさ、ガキも含めてな」
気がつくといつものレイターだった。
* *
驚いたな。
ティリーが部屋から出たあと、レイターは肩をすくめた。「銃を向けて卑怯です」って敵に大声出すかと思えば、「わたし間違ってた。ごめんなさい」かよ。
ったく予測が立ちゃしねぇ。
アーサーの野郎の言葉がのどにひっかかった魚の骨みたいにイライラさせる。俺の彼女というイメージだと?
ティリーさんは全然違うじゃねえかよ、あいつ何を見てやがる。
ちっ、ざらっとする違和感が消えねぇ。
ティリーさんを初めて見た時「かわいい」と思ったのは確かだが、話してみたらずいぶん生意気なことを言うガキだった。
世間知らずで危なっかしい。俺が想定する警護範囲から勝手に飛び出すから、手が掛かる。
だが、実は俺は手が掛かる警護が嫌いじゃねぇ。
分析は以上、終了だ。
明日は忙しくなる。痛み止め飲んで、とっとと寝るぜ。
* *
朝日が眩しい。
ラールシータで神殿の次に高いビルに、陽の光が差し込んでいた。
ガーディア社社長秘書のアドゥールは職場のソファーで目を覚ました。
立ち上がって、本社十階にある社長室の窓から外を見ると、静かに座り込んでいるデモ隊の前に警備隊が並んでいる。一晩中、膠着状態が続いていた。
今日も正午からデモがあると連絡が入った。学生に加え市民も加わると言う。
それに合わせて、いよいよ王室警備艇のラールゼットが動き出す。
ガーディ社長は昨晩のうちに極秘の地下通路で神殿へと移動された。私も今のうちに神殿へ向かおう。
* *
三十五ノ丸にある宇宙空港を朝日が照らしていた。
出発便の再開を待つ多くの利用客がロビーで夜を明かした。
空港に備蓄されていた食事と毛布を、反王室グループが客に配っていた。今のところ目立った混乱はない。
制限区域内の会議室で、オルダイとアーサーが作戦の確認をしていた。
「トライムス少佐。今日の正午、一ノ丸の神殿前で学生と一般民衆の合同デモを行う。参加者は二百万人を超すとみられる」
これだけのデモはラールシータ始まって以来だ。
オルダイは緊張で身体に力が入るのを感じた。俺たちはもう後戻りできない。
「合同デモにむけてラールゼットが動き出すでしょうね。その前に同時に作戦を展開しましょう」
「ああ」
トライムス少佐と俺の部下のヤンがドーム市外にあるガーディア社の検査場へ向かい、王室警備艇ラールゼットを爆破する。
そして、俺とレイター・フェニックスが神殿でラールゼットの情報を回収する。
俺たちが忍び込む神殿は教皇ラール八世のお住まいであると同時に重力制御装置の本体だ。
その中心部にある集中電算室に、この星全てを管理する情報ネットワークがある。
警備は厳重だ。俺はトライムス少佐に懸念点を伝えた。
「神殿の警備システムは不審者が発見されると重力制御が解除されるというものだ。その瞬間に神殿内は十Gの高重力になり身動きが取れなくなる。申し訳ないが個別の重力装置は我々でも入手できない。失敗のリスクはある」
トライムス少佐がたずねた。
「システムとしてはガーディア社の高重力検査場と同じと考えてよろしいですか?」
「ああ、そうだ。神殿の重力制御装置はガーディア社が設計したものだ」
俺が頷くとトライムス少佐はIDカードを二枚取り出した。
「これを使って下さい。私が作りました。重力制御キーとして使えるはずです」
俺は驚いた。
識別重力制御の技術は公表されていない。今、彼は「私が作りました」と言った。
「連邦軍はそんなことが簡単にできるのか?」
「簡単ではありません。一晩徹夜しましたから」
そう言って少佐は、はにかんだ笑顔を見せた。
学生が宿題に苦労した、というような年相応の表情だった。
俺は言葉を失った。噂は嘘ではなかった。この若者は天才なのだ。
その時、ドアが開いた。
「失礼します」
学生運動のリーダーであるマイヤが入ってきた。若いがラール大学首席の使える男だ。
「兄がこちらにいると聞いてきました」
「兄?」
俺の仲間にマイヤの兄がいるとは聞いていない。
「兄はガロンと申します。クロノスの技師長で、昨日、怪我をしてこちらに運ばれたと」
ああ、昨日フェニックスが連れてきていた彼か。
「奥の医務室で寝ているよ」
「ありがとうございます」
マイヤは頭を下げて部屋を出ていった。
*
俺はトライムス少佐に質問した。
「レイター・フェニックスは何者だ。特命諜報部員なのか?」
少佐は目で頷いた。
俺は察した。身分を隠して行動する隠密班ということか。
「皇宮警備にいましたから近衛兵に扮するのは得意です」
連邦軍の皇宮警備と言えばエリート集団だ。そんな風には見えなかったが、腕が立つ訳だ。
「集中電算室にたどりついたら、これを使ってください」
トライムス少佐は手のひらに収まるカード状の薄い機器を取り出した。連邦軍の最新秘密機器。
「ほぉこれでデーターが盗めるのか?」
「盗むのではありません、取り返すだけです。このアルボードの使い方はレイターがわかっていますから」
アルボードという小型機器を受け取る。
彼は俺の目を見て続けた。
「お願いがあるのです、これはあなたが管理してあなたが持って帰ってきてください」
よくわからない。
「なぜ? こんな連邦軍の機密は私ではなく仲間に持たせたほうが・・・」
「レイターはこれを狙っているんですよ。彼は新製品に目がない。気を抜くとすぐ猫ばばされますから」
少佐はあの男を信用しているのかいないのか。俺にはよく理解できなかった。
*
「失礼します」
学生リーダーのマイヤと兄のガロン技師長が部屋に入ってきた。技師長の足取りがしっかりしている。体調もよくなったようだ。
ガロン技師長が俺を見て申し出た。
「きょうの作戦、私にも協力させて下さい。わが社の検査場なら手引きができます」
ガロン技師長はガーディア社の検査場を担当しているという。これは心強い。
「お申し出はありがたいですが、危険ですよ」
トライムス少佐がガロン技師長の意思を確認する。
「僕が作ったラールゼットが弟の命を奪うことになったら、僕は生きていけません。お願いします」
ガロン技師長が必死に頭を下げた。ラールゼットの狙いは我々反対派の封じ込めだ。いつ弟のマイヤが殺されてもおかしくない。
「僕も一緒に行きます」
マイヤも手を挙げた。
その時、俺は思いついた。
「マイヤ、お前は俺が出かけている間、この空港を守ってもらいたい」
俺の仲間は俺の命令には忠実だが指示を出す奴がいないと動けない。
この星はラールの指示に従うこと、すなわち上のものに従うように子供のころから教えられている。
俺とヤンがここを離れている間、空港をおさえておくための司令塔をどうするか考えていた。マイヤは自分で考えて動くことができる数少ない人材だ。
弟のマイヤはちらりとガロン技師長を見た。兄が心配なのだろう。
ガロン技師長が言った。
「マイヤ、僕なら大丈夫だよ。昨日クロノス社の人が助けてくれたお陰で休ませてもらった」
マイヤは俺を見てうなづいた。
「わかりました。空港にはきょうもさらに人が集まりそうですので、警備の応援に学生チームからも人を呼びます」
こいつは状況分析も的確だ。
俺はマイヤに指示した。
「空港の混雑を緩和するため、臨時便の要請が来ている星系の船は出航させても構わん」
「わかりました」
* *
フェニックス号の居間のソファーでレイターが寝ていた。
フレッド先輩がわたしに話しかける。
「よくこんな時にのんびり眠れるよなぁ。ずぶといというか」
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですか!」
自分でも驚いた。フレッド先輩にくってかかってしまった。
先輩は知らないのだ。レイターが銃で撃たれて怪我をしていることを。
と、レイターはむくっと起き上がり時計を見た。
「おはよう。エブリバディ。俺、ちょっくら出かけてくるから」
「ど、どこへ行くんだ?」
フレッド先輩が驚いて聞く。
「状況偵察さ。うまくいきゃ早く帰れる。いいかい、あんたらはこの船から一歩も外へ出るなよ」
それだけ言うとレイターは外へ出ていってしまった。
*
「おはやう」
陽気な声がした。アーサーとオルダイが待つ空港の会議室へ時間通りにレイターが入ってきた。
と、アーサーがいきなり銃を抜いてレイターに向けた。オルダイは驚いた。
次の瞬間、
「あんた、何考えてんだ? 危ねぇだろがっ」
大声で騒ぐレイターの銃口がアーサーの急所を狙っていた。
「失敬」
アーサーが銃を静かにホルスターに収めた。
レイターはアーサーの意図に気づき、眉を吊り上げてくってかかった。「あんた、今、俺が銃を持ってるか確認しようとしたな。銃を持っていらっしゃいますか? って口で聞きゃいいだろが」
アーサーは素知らぬ顔でレイターの言葉を聞き流しながら考えていた。
ティリーさんの警護でなければ銃を使えるということはこれで確認できた。丸腰で行かせるわけにはいかないからな。
そんな二人のやり取りをオルダイは見ていた。
レイターという男、喧嘩が強いだけじゃない。銃を抜くのも恐ろしく速い。
トライムス少佐はこいつが使える男だと俺に伝えたというわけか。
信用はしていないが信頼はしていると。
* *
神殿前ではデモ隊と王室近衛兵が向かい合っていた。
門の前の大通りに警護ラインを作り、デモ隊が神殿に近づけないように排除している。
デモに訪れるの人の数はどんどんと膨れ上がっていた。
正午には、学生だけでなく一般人も参加するデモが予定されている。神殿前は緊張感に包まれていた。
つい先ほども小競り合いから近衛兵が発砲し、負傷者が病院へ運ばれたばかりだ。
王室近衛兵は二人一組で警護ラインを巡回している。
深々と帽子をかぶった近衛兵の二人組が銃を持ち直し、微塵の狂いもなく同じ動作で足をそろえる。
ザザザッ
「ラールの御心のままに」
門の前の近衛兵に敬礼する。
「西後方座り込み、人員増加。今後も注意せよ。以上」
「了解」
二人組がシンクロした動作で門の中へと入る。
*
神殿の建物までは庭園が続いている。
しばらく進むと近衛兵の一人がもう一人に話しかけた。
「板についているな。連邦軍の皇宮警備にいた、というのは本当だったんだな」
オルダイだった。
「予備官だけどな」
ラール近衛兵の制服に身を包んだレイターが応じる。前を向いて歩きながら会話を続ける。
「なあ、オルダイ、あんた何で近衛隊長を辞めたんだ? そんなにここの王室はダメなのか?」
「王室に対し失礼な口を聞くな」
「へ? あんた反王室グループのリーダーなんだろ?」
「ラールの王族は真面目な方々だ。職務に忠実で私腹を肥やすこともされず質素を好まれる。俺はラール王室を敬愛している。革命を起こしたい訳ではない」
「よくわかんねぇな、なら何で反王室グループやってんの?」
「民衆と対峙する王室をお守りする気力がなくなったんだ。お前も警護官をやっていたらわかるだろう。この仕事はモチベーションが大切だ」
「わかるぜ、報酬が低いとやる気でねぇもんな」
オルダイは眉をひそめた。
「・・・おれの感覚とは違うが、まあいい。ラール王室には二つの仕事がある。一つは重力制御装置の管理、そしてもう一つが人民の統治だ。俺は政策の批判がそのまま王室の批判に繋がる仕組みを変えたいんだ」
「どうすんの?」
「王室にはこれまで通りラールの民の精神的支柱として、重力制御装置の管理に専念していただく。政治は国民議会が行えばいい。俺が考えているのは王室との共存なんだ」
「へーえ、あんた王室のためにやってんだ」
「だからデモのスローガンにも王室反対は掲げていない。国民議会の設置と一律税の廃止だけだ。学生は革命だといって騒いでいるがな」
オルダイは一息入れて、レイターを見た。
「お前に一つ頼みがある」
「あん? 高いぜ」
「近衛兵たちを殺さないでほしい。みんな俺の部下だった奴らだ」
「この星来たら、そんなんばっかしだな。了解、隊長殿」
レイターは肩をすくめると、おどけながら敬礼した。
* *
ガーディア社の検査場に来るのは久しぶりだ。近衞隊副隊長の時以来だから半年振りか。
俺はこれから銀河連邦軍のアーサー・トライムス少佐と、ガーディア社のガロン技師長と共に、王室警備艇ラールゼットを爆破する。
反王室グループのヤンは気を引き締めた。
俺にはもう一つ任務がある。トライムス少佐を見張ること。
もし、トライムス少佐が我々を裏切ったら秘密裡に殺せ、とオルダイ隊長から言いつかっている。
連邦軍将軍家の跡取り、次期元帥を殺害したことが表に出たら、銀河連邦とラールシータは戦争になる。気の重い仕事だ。
入り口でガロン技師長が慌てている。
簡単にはいかないと思ったが、最初から問題発生か。
ガロン技師長が首から下げたIDカードを示しながら言った。
「本社の機能が停止しています。僕は識別重力制御のキーを持っているのですが、お二人の分をご用意できない」
トライムス少佐は全く動じていなかった。
懐から二枚のIDカードを取り出すと、こともなげに言った。
「大丈夫です。こちらにあります」
これはどう見てもコピー品だ。ガロン技師長があわてて止める。
「キーがきちんとかからないと十Gがかかるんですよ。危険です」
高重力の怖さは俺たちラールの人間はよく知っている。
「大丈夫です、レイターがテスト済みです」
少佐は笑顔を見せながらコピー品を手にフラップの中へ足を踏み入れた。
「そんなバカな」
ガロン技師長は驚いていたが個別重力制御は問題なく機能し、俺たちは検査場の中へと入った。
ガロン技師長の手引きで俺たちは白衣を着た。
トライムス少佐は「変装です」と言って眼鏡をかけた。だが全く変装になっていない。
エレベーターで地下へ降りる。
白衣の研究員と王室近衛兵の軍服を着用した人間が入り乱れている。
「ラールゼットを動かすため多くの人が緊急に呼び出されているようですね。知らない顔がいても不思議に思われない。我々はついていますね」
トライムス少佐は何だか嬉しそうだ、この星の命運がかかっているというのに。俺はつい口にした。
「あなた、楽しんでいませんか?」
「失礼、このところデスクワークが続いていたもので」
* *
時、同じくして、近衛兵に扮したオルダイとレイターは神殿の裏口から中へと入った。
オルダイがレイターに説明する。
「メンテナンス用の通路だ」
神殿の内部には配管やケーブルが通る共同溝が張り巡らされていた。
人が一人通るのにも苦労する細いこの共同溝の存在は、保守管理責任者しか知らない。
近衞隊長だったオルダイは不審物チェックのために何度か入ったことがあった。
狭くて移動しづらいが、俺たちが神殿内を移動するにはここが一番見つかりにくい。
縦のラインへ入る。梯子を登る。
横へ入る。狭い空間を匍匐前進する。
レイターはきっちりと俺のあとをついてくる。軍隊で専門的な訓練を受けているのがわかる。
神殿中央部にある集中電算室の鍵を解除するため、俺たちはセントラル警備室へと向かっていた。
レイターが動きを止め小声で言った。
「面白そうなことしてるぜ」
通気孔から室内の様子が見えた。
ここは、円卓の間の天井裏か。
天井は二階分吹き抜けている。
こちらの音は届かないが、向こうの声もほとんど聞こえない。
部屋の中央に大きな円卓がある。そこに見慣れた王族六人が着座していた。
「王室の円卓会議が開かれるようだな」
「あ、アドゥールさんがいる。相変わらず綺麗だねぇ」
馴れ馴れしい口調が気に入らない。
「王弟の秘書官だからな」
アドゥールはいつものように王弟の後ろに立っていた。俺はこの会議を何度も警護してきた。
「教皇のじいさんはいねぇの?」
「教皇は参加されない。教皇は重力制御装置の管理にお忙しいのだ。この円卓会議で決議されたことに教皇がサインなさると勅令が出る」
「ふ~ん」
その時、円卓の間のドアが開いた。入ってきた人物を見て俺は驚いた。
レイターがのんびりした口調で俺に聞いた。
「な~んでこんなところに、アリオロンの工作員が入れるのかなあ?」
バカな。
あの男はライロット・エルカービレ。アリオロンの工作員。
円卓会議には決議に関係無いものは入れない。
考えられることは一つ。
「アリオロン同盟への加盟決議か」
「これは大変なことになったねぇ。今、ここでライロットの奴、ぶっ殺そっかな」
銃を手にするレイターから恐ろしい程の殺気が感じられた。
「止めろ!」
俺は無意識のうちに止めていた。俺はまだ近衛兵の癖が抜けていないようだ。
「ちっ。ま、いっか」
レイターが不服そう銃をしまった。
「ここでアリオロンの特使を殺しても話がこじれるだけだ」
「大丈夫だよ。俺とあいつはお互い殺しても問題にならねぇよう協定結んでんだ。ただ、他人を巻き込まねぇのが条件だから、王族がケガするとまずい」
優秀な工作員に課せられる暗殺協定の話を耳にしたことがある。互いに暗殺指示が出されているという。こいつがその対象者ということか。
いずれにしてもラール王室の前でそんなことはさせられない。
「今は無理だぞ」
「わあったわあった」
*
「ここから廊下に出る」
この先にセントラル警備室がある。
メンテナンス通路から外へ出て、近衛兵のふりをして廊下を歩く。
「ラールの御心のままに」
そう言いながら俺たちはセントラル警備室へ入った。
中にいたのは五人。交代の時間でもない。すぐ異変に気付かれた。
「何者だ!」
レイターが次々と銃で近衛兵を撃つ。
あっという間に四人が倒れた。
最後の一人が両手を上げた。
「オ、オルダイ隊長」
かつての部下、ドロテだった。
「隊長は何をなさろうとしているのですか? あなたの部下を殺してまで」
俺の代わりにレイターがドロテに銃を突きつけながら答えた。
「殺してねぇよ。出力は下げてある。気ぃ失ってるだけだ。で、あんたは敵か味方か」
俺はドロテの前に立った。
「ドロテ、俺は王室を敬愛する気持ちは変わっていない。だからこそ、ラールの民と対立して欲しくないんだ」
「反王室グループを率いているあなたの言うことを、信用できると思いますか」
「ほんとあんた理解されてねぇんだな」
レイターが呆れた顔をした。
「王室警備艇のラールゼットが民と衝突したら、王室と民の関係は完全に崩れる。俺はそれを阻止したいんだ。ドロテ、お前も民に弓引く辛さはわかるはずだ」
その時、
ドンッ。
一瞬、体に衝撃がかかり、床に物がバタバタと落ちた。
この感覚は十G。
重力制御の解除か。
バシュッ
レイターが振り向いて引き金を引いた。
近衛兵が倒れた。
「ちっ。もう一目盛上げときゃよかった」
レイターが撃ったのは、非常時モードのスイッチを押した近衛兵だった。
意識を取り戻した彼が、重力制御を解除する非常時モードに切り替えたのだ。
異変に気付いた近衛兵たちが、このセントラル警備室へ向かってくる様子がモニターに映っていた。
「隊長、私がご案内します」
ドロテが俺の目を見て言った。
「集中電算室でよろしいですね。私の生体認証で部屋をあけましょう」
トライムス少佐から渡されたIDカードはちゃんと識別重力制御が機能していた。
走って電算室へ向かう。
追っ手はすぐに訪れた。
ドロテが先頭、その後ろに俺、最後尾をレイターが務めた。
ビュンッ。
レーザー弾が飛び交う。
神殿の中でこんな事態が起きようとは。
この人数は近衛兵だけじゃない。おそらく軍や警察の特殊部隊もかき集められている。
レイターが銃で撃つ。追っ手がバタンバタンと音を立てて倒れる。
レイターが俺たちに言った。
「敵の右胸を狙えや。あんたらIDカード、そこに入れてるだろ」
識別重力制御のIDカード。壊れれば十Gに捉われる。
* *
ゴゴゴゴゴォ・・・。
ガーディア社の地下検査場で王室警護艇ラールゼットのエンジンが予備始動をはじめた。
反王室グループのヤンは前を歩くトライムス少佐を見た。
軍人らしくない優雅で軽やかな足取り。
彼が裏切ったら殺せと命じられているが・・・。
俺に背中を向けているのに隙が無い。
ラールゼットの艇内では警備兵と白衣の研究員がいりまじり、あわただしく作業を進めている。
識別重力制御をされている俺たちのことを侵入者と疑う奴はいなかった。
みんな自分の作業に追われていて俺たちのことに気づいていない。
俺たちは予定通りに作業を進めた。
「こちらが艦長室ですね」
何の迷いもなくトライムス少佐は艦内を進んでいく。ガロン技師長が驚く。
「お詳しいですね」
「設計段階でかなり手を入れましたから」
そうだこの人は銀河連邦一の天才なのだ。
戦艦の設計だろうと何でもできると聞いた事がある。
目的の場所、艦長室のインターフォンを押す。
「検査技術部のガロンです」
スピーカーから艦長の返事が聞こえた。
「何だ?」
「内密にお話があります。安全性の問題で緊急にお耳に入れておきたいことが・・・」
「入れ」
「はっ」
ガロン技師長は艦長と面識がある。何の疑いもなく部屋へ入れた。
ガロン技師長に続いて俺とトライムス少佐が部屋へ入る。艦長は立ち上がると苛立った顔で近づいてきた。
「エンジンは予備始動に入っているんだぞ、今頃、安全性の問題とは何だ」
「私からお話を差し上げます」
と言って、トライムス少佐が艦長に近づいた。
「大きな声では申せませんが、実は・・・」
耳元へ話しかけるふりをして顔を寄せる。
と、艦長の腹をひざで一気に蹴りあげた。
「うっ」
倒れる艦長の体から銃をとりあげ、見る間に椅子にしばりつけた。
鮮やかだった。
元王室近衛兵の俺が何もすることがなかった。
艦長が俺を見た。
「お前はヤン。反王室グループか?」
近衛兵時代にはよく顔を合わせた。
「お久しぶりです大佐」
「何をするつもりだ?」
俺の代わりにトライムス少佐が文書を示しながら答えた。
「この通りに艦長命令を流していただきたい」
『当艦に爆弾が仕掛けられたという情報が入った。安全が確認されるまで全員退避せよ。なお、この情報は機密扱いであり外部へ伝えてはならない』と書かれている。
「嫌だと言ったら」
少佐が手元に持ったスイッチを艦長に見えるように押す。
次の瞬間、
ドーン。
爆発音が聞こえ船が揺れた。警報が鳴り響く。
「な、何をした?」
「ですから、情報通りです。爆弾を仕掛けたんですよ」
通信機から連絡が入る。
「艦長、倉庫内で小規模な爆発がありました。消火活動中。原因は不明。航行能力には支障ありません」
トライムス少佐が静かな声で艦長に話しかける。
「エンジンルームや燃料タンクが爆発したら危険です。早く避難命令を出されたほうがいいんじゃありませんか?」
「そんなことをすれば君たちも死ぬぞ」
少佐が艦長室の奥にあるドアを見た。ドアはシェルターの入り口だ。
「艦長室のシェルターが連邦軍の設計どおりに作られていれば船が全壊しても耐えるはずです。あなたの命は守ります」
「・・・・・・」
「ですが、あなたの部下と民間人。何人がこの船に乗っていましたっけ?」
静かな語り口が余計に怖い。
完全にトライムス少佐のペースだった。
「・・・わかった」
艦長が退避命令を出し、乗組員は全員船から降りた。
「ご協力ありがとうございます」
今、このラールゼットに乗っているのは、俺とトライムス少佐と艦長の三人だけだ。
ガロン技師長は検査場の制御室で出航の準備をしている。
トライムス少佐が椅子に縛り付けられた艦長に話しかけた。
「連邦軍の最新艦は最少限の人数で動かせるのが大きな特徴です。この艦長室でエンジン制御までできるようにしたのは私のアイデアなんです」
艦長が驚いた顔でトライムス少佐を見た。
「あ、あなた、まさか連邦軍の・・・」
艦長も気づいたようだ。この人が将軍家の跡取りである天才軍師ということに。
ガロン技師長から連絡が入った。
「準備完了です。実験場のハッチを開きます。予定どおり重力制御圏外へ出航できます」
「それでは出航します」
トライムス少佐は操縦桿を操作しながら艦長に向けて頭を下げた。
「手荒な真似をして申し訳ありませんでした。無用な被害は出したくなかったものですから」
「この船をどうしようと言うんだ?」
「表の平原へ出たところで爆破します」 まとめ読み版⑤へ続く
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