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銀河フェニックス物語<少年編>第十一話 情報の海を泳いで渡れ(3)

命を狙われる中、食料調達のために向かったパン屋が休みだったらどうするのか、アーサーはレイターにたずねた。
銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十一話「情報の海を泳いで渡れ」
<少年編>マガジン

「帰るさ」
「次の店へ行かないのか?」
「もう一度計画を立て直す。飢え死にするまでには時間があるが、射殺されたら終わりだからな」
「ダグ・グレゴリーに教わったのか?」
 答えるまでに間があった。
「う~ん、そうだな。一か八かはどうにも手がない時だけにしろ、って言われててさ。この船には一か八かで乗り込んだぜ。どこ行きの積荷か選んでる余裕はなかったからな」

 慎重かつ大胆な行動。

12走る顔真面目

 アレクサンドリア号に密航したレイターが二週間もの間、誰にも見つからずに潜んでいられたのは偶然ではない。
 ダグの教えは彼が生き延びるための能力を最大限に引き出していた。それは、これから僕らが向かう戦地で役立つ能力でもある。

『緋の回状』が示した三ヶ月の期限。ダグは、レイターが逃げ切ると踏んでいたのではないだろうか。そして、その通りにレイターは生き延びた。生存情報を知ったら『裏社会の帝王』はどう出てくるのだろう。
 いずれにせよ、レイターの存在はこの艦にとってリスクが高い。

 二段ベッドの上から声がした。
「なあ、これってあんたんち?」
 レイターが指さした空間ディスプレイに映し出されていたのは、見慣れた将軍家の居宅だった。通称『月の御屋敷』。
「そうだ、我が家だ」
「すげぇな。ダグのアジトより広いぜ」
 情報ネットワークを検索すれば、将軍家の情報はいくらでも掲載されている。レイターが見ているのは非公式な将軍家のまとめサイトだった。
 レイターの指の動きに合わせて動画が次々と入れ替わる。

「これがあんたの親父の将軍か。あんたと似て、見た感じ冷たそうだな」

n90ジャック正装真面目

 式典であいさつする父の映像だ。冷たそう、か。彼が僕のことをそう認識していることがわかる。
「父は、公式の場では厳しい顔をするが、普段は陽気だ。僕とは違う」
「うわぁ、この娘かわいい」
 レイターの声がはずんでいる。昨年の将軍忌の映像が現れた。普段表に出ない彼女が、参列する僕の隣に静かに立っていた。胸に詰まるものがこみ上げる。
「もしかして、あんたの彼女か?」
「妹のフローラだ」 

「妹かぁ。あんたに似てなくて、ほんと、良かったなあ」
 安堵した声に思わず反応してしまう。
「どういう意味だ?」
「かわいい、ってことさ」
 レイターが言う通り妹は可愛い。似ているいないは大きなお世話だ。身内のひいき目と言われればそれまでだが、存在そのものが愛おしい。
 高知能民族インタレスの血を引くものは、彼女と僕しかこの世界にいない。 

 かなり丁寧にまとめてあるサイトだな。
 フローラが誕生した時のニュース動画が現れた。おくるみに包まれた妹を母が抱いている。懐かしい。
「これが、あんたの母さんか。美人じゃん。あんたの妹に似てるな」 
「逆だ。妹が母に似ているんだ。母はフローラを産んで体調を崩し、この動画を撮影した四十二日後に亡くなった。僕が二歳の時だ」
 つい、聞かれてもいないことを口にしてしまった。
「二歳の頃のことなんて覚えてねぇな。あんた、母親の記憶はねぇの?」
 レイターから質問が続く。不思議なことに嫌な気持ちにはならない。それどころか自分の中に他人に伝えたいという欲求があることを感じる。これまでこうしたプライベートな話を他人としたことがなかった。
「僕は生まれた時から目で見たものはすべて覚えている。母の姿も動画より鮮明に思い出せる」
 亡くなる直前まで母は、幼い僕に母国のインタレス語を教えこんだ。

「うらやましいな、天才少年は」
 珍しく嫌味ではない。
「何がだ?」
「俺がお袋を思い出すのはいつもよく似た表情ばっかりさ。もっといろんな顔してたと思うのに、どんどん記憶のピントがぼけてくんだ。写真もねぇしな」
「手元になくても一枚ぐらい情報ネットワークにあがっていたりしないのか?」
「お袋は写されるのが嫌いだったんだ」     (4)へ続く

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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
イラストのマガジン

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48ノ月(ヨハノツキ)
ティリー「サポートしていただけたらうれしいです」 レイター「船を維持するにゃ、カネがかかるんだよな」 ティリー「フェニックス号のためじゃないです。この世界を維持するためです」 レイター「なんか、すげぇな……」

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