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銀河フェニックス物語<少年編>第十一話 情報の海を泳いで渡れ(1)
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの艦は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
<少年編>第十話「二段ベッドの上で見る夢」
<少年編>マガジン
僕は落ち着かないでいる。
同室のレイターは鼻歌を歌いながら戦艦のプラモデルを作っていた。三百五十分の一スケールという大型で高価なものだ。アルバイト代を貯めて買ったのではなく、元機関長のハインラインさんにプレゼントされたという。
彼はアレクサンドリア号の隊員たちとうまくやっている。「うまく」というのはひじょうに的を射た言葉だ。上手にコミュニケーションを取っている。というのが正確な表現にあたるのだろう。
少なくとも、僕と隊員たちより。
レイターはおしゃべりだ。大人たちの会話の輪に参加しようと口を挟む。恋愛話から政治談議まで。ときおり、的外れなこともある。だが、それもまた愛嬌。背伸びして話すレイターの様子を見て隊員たちは楽しんでいる。
僕はそういう会話に加わることがない。僕のほうが階級が上で次期将軍という、やりにくさは、こちらにも隊員たちにもある。十以上の年齢差も原因だと思っていたが、レイターを見ていると、それは関係のないことだったと自覚する。
業務連絡以外に彼らと何を話せばいいのだろうか。
簡単に言えば僕には雑談の能力が欠けている。任務に支障はない。だが、人を動かすのは命令だけではないことを僕は知っている。
幼い頃から僕の周りには大人しかいなかった。妹のフローラを除いては。
月の屋敷で暮らす僕には、大学教授など各界の専門家が家庭教師としてついていた。知的好奇心を刺激される彼らとの楽しいおしゃべりの時間を、僕は雑談だと思っていた。
ある日、たまたま家にいた父がその様子を見て僕に言った。
「アーサー、あれは雑談ではない。議論だ」
十歳の時、士官学校へ入学することになった。戦術論など座学で学ぶことはすでに家庭教師から習得しており、入試には卒業試験の問題が出された。満点だった。
幼い頃から将軍家の跡取りとして武術や、武器の扱い、船の操縦など一通りのことを身につけていた僕は、通常四年在籍するところを二年で首席で卒業した。学校では主に団体訓練や持久力トレーニングに力を入れた。
字にすれば簡単なようだが、重装備の行軍訓練は身体ができあがる前の自分には苦しいものだった。入学当時、十歳の僕は小柄な成人女性程度の体格しかなかった。
きつい、苦しい、痛い、寒い、それらを顔に出すことは許されない。将軍家に求められているものを僕はわかっている。理不尽な要求にも淡々と対処する。学友と雑談をする余裕もなかった。
結局のところ、無駄話、というものを僕はしたことがないのだ。
レイターに聞いてみた。
「君は日々の会話で隊員たちとのコミュニケーションを取ろうと意識してしているのか?」
彼は大きな目をさらに大きくした。
「は? あんたってほんと笑わせてくれるよな。冗談の才能があるんじゃねぇの」
レイターが僕の質問の何を面白いと判断したのか、さっぱりわからない。
会話における笑いの効能は理解している。意思疎通の円滑剤になる。将軍家の品位を損ねるわけにはいかないが、ユーモアはリーダーに必要だ。人工知能のように事例を取り込んで学習していくしかない。
相手にとって意外なことを伝えて、最後に「冗談です」と落ちを伝える。このパターンなら僕でも使える。相手の反応を分析し、繰り返す。
ヌイ軍曹に「仕事でなければ階級で呼ばなくていいですよ」と伝えると、彼は戸惑った顔で僕を見た。
「何とお呼びすれば?」
軍曹が一番意外に思う答えを口にしてみた。
「坊ちゃん、でも」
隊員たちが僕のことを『将軍家の坊ちゃん』と揶揄していることを知っていたからだ。
「え?」
想定通り、ヌイ軍曹が固まった。
「冗談です」
と即座に伝える。軍曹は、脱力しながら引きつった笑顔を見せた。
その表情からわかる。僕の冗談は面白くなかったようだ。
即座に解析を進める。自虐的なところがヌイ軍曹との関係において笑いに結び付かなかった可能性がある。ジョークは難しい。相手との距離感を測りながら瞬間的に最適解を見つけ出さなくてはならない。いくら本を読んでも身につくものではない。実践していくしかない。
会話の終わりにヌイ軍曹から質問された。
「レイターと仲はいいんですか? どんな話をしているのか興味があって」
その問いに僕はうまく答えることができなかった。 (2)へ続く
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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