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銀河フェニックス物語 【出会い編】第三十七話 漆黒のコントレール(まとめ読み版)
・銀河フェニックス物語 総目次
・第三十七話 まとめ読み版
・第三十六話「クラスメイトと秘密の会話」
同期のチャムールから誘われた時は、気乗りがしなかった。
連邦軍の宇宙航空祭。
「結構、人気があるんですって」
「ふ~ん」
「アーサーから家族パスをもらったの。ティリーと来たらいいんじゃないかって」
チャムールの彼氏、アーサーさんは連邦軍最高指揮官である将軍の跡取り息子で次期将軍。
優しくていい人で、わたしがイメージする軍人さんとはかなりかけ離れている。
チャムールが彼氏の勤め先を見たい気持ちはわかる。
「うちの会社の軍艦も、こんな時じゃないと見られないわよ」
わたしが勤める宇宙船メーカーのクロノスには軍事部門がある。軍艦や戦闘機を製造し、連邦軍に納入している。
わたしはそんなこと、考えもしないまま入社試験を受けた。『無敗の貴公子』エース・ギリアムへの憧れだけで会社を選んだのだから。
でも、故郷を離れる時に父に言われた。「軍事部門に配属されたら、すぐ辞めて帰ってこい」と。
父は学生時代から反戦運動を続けていて、その背中を見てわたしは育った。
そんな生い立ちもあり、軍隊というものに心理的抵抗がある。
「ティリーは行きたくない?」
興味が全くないわけではない。
レイターは昔、戦闘機を飛ばしていたと言っていた。少しでもレイターのことを知りたいという気持ちはある。
「その日は空いているけど、軍艦や戦闘機って人を殺すためにあるでしょ。そういう目的で船が造られていると思うと、やりきれないのよね」
正直な気持ちを伝えた。
「でも戦闘機の開発部門はすごいわよ。わたしたち一般設計とは全然違う発想だから」
「人の命を奪うために、でしょ」
「その技術が人の安全に役立っているっていうのも事実よ。戦闘機のパイロットを守るために開発された技術が一般船にも利用されているから、最先端の船を見ておくのは勉強になるし」
「そうね」
チャムールに説得され、わたしは重い腰を上げることにした。
*
火星にある連邦軍基地に大型の宇宙軍艦が停泊していた。
空母フォレスト号。戦闘機部隊の旗艦だという。空母を見るのは生まれて初めてだ。甲板にずらりと戦闘機が並んでいる。
チャムールの後に続いて艦内へ足を踏み入れる。
「この空母はクロノス製なのよ」
「そうなんだ」
「今回の乗艦チケットは抽選で、かなりの倍率だったんですって。わたしも実際に乗るのは初めて」
業務の効率を最大限に追求した、狭い通路や急な階段。
隊員さんは慣れたものだけれど、移動しにくいし迷子になりそうだ。
家族連れの姿が目立つ。子どもたちが興奮して騒いでいた。
戦艦なんて子どもが乗るものじゃない。きょうはお祭りだとわかっているけれど、違和感を感じる。
「この空母の艦長のモリノさんは、アーサーとレイターの昔の上司なんですって」
二人は子どものころ一緒に戦艦で暮らしていたと聞いた。不思議だ。
将軍家の慈善事業、というようなことをレイターは言っていたけれど二人の関係はよくわからないところがある。
甲板に出ると、轟音が頭の上を駆け抜けた。
耳をふさぎながらオレンジ色の空を見上げる。
戦闘機だ。
前にハイジャックに遭った時、敵であるアリオロンの戦闘機を見たことがある。無管轄空域で豪華客船に攻撃を仕掛けてきたのだ。
それを、レイターが警備艇で蹴散らした。
あの時は、無我夢中で気がつかなかった。
今、空を飛ぶ戦闘機の姿に目が釘付けになる。
息をのむほど綺麗で美しい。極限まで無駄な物を排除した研ぎ澄まされたデザイン。目を見張る加速。なんて格好よく飛ぶのだろう。
わたしは泣きたい気分になった。人の命を奪うためにこんな美しさが生まれたという事実に。
S1のレース機も美しい。
最高速度を目指して試行錯誤を重ねた英知の結集だからだ。
共通した美しさが戦闘機にもある。それが許せない。
*
空母フォレスト号はわたしたちを乗せて宇宙空間へと飛び立った。
衛星軌道付近が宙航祭の会場だ。
家族パスのわたしたちには艦橋の一番前に席が用意されていた。
「本日は銀河連邦軍航空宇宙祭へご参加いただき、ありがとうございます。私はフォレスト号艦長のモリノです。戦闘機部隊の訓練の成果をどうぞご覧ください」
艦長のあいさつのアナウンスが終わると同時に、甲板から戦闘機が次々と飛び立った。ここは特等席だ。良く見える。
機体のボディが照明塗料でカラフルにペイントされていた。光の矢の様にそろって飛び回る集団のアクロバット飛行。
音楽に合わせ漆黒の宇宙空間に発光スモークで七色の虹を描く。
その隣に星の形がかたどられていく。
「すごい、きれい」
芸術的な模様が浮かんでは消える。わたし含め観客から歓声の声があがった。
最先端の技術と圧倒的な練習に裏付けられた操縦技術。この華麗な飛行のためにどれほどの訓練を積むのだろうか。
でも、その訓練の目的は曲芸のためじゃない。戦争のため。
胸が苦しい。
*
一旦、全ての戦闘機が甲板へと帰還した。
アナウンスが流れる。
「続きましては、模擬宇宙航空戦を実施します。赤、青、黄三つのチームに別れて対戦し、最後まで生き残ったチームが勝利となります」
隣のチャムールがわたしの耳元でささやく。
「宙航祭で一番人気の催しよ」
アクロバット飛行とは違う戦闘機の姿がそこにあった。
蛍光色のピンク、水色、黄色の三色に輝く戦闘機が飛び立ち、宇宙空間に円を描いてズラリと並んだ。
機体には番号がホログラムでくっきり描かれていて、赤の一番機、青の二番機、といった具合に識別できる。各チーム五番機まであった。
敵の模擬レーザー弾が当たると機体の蛍光色が消え、戦線を離脱するというバトルロイヤル方式。
「皆さん、何色のチームが優勝するか、予想して投票してください」
携帯通信機を使って投票する。
わたしは蛍光ピンクの機体がかわいいと言う理由で赤チームを選んだ。チャムールは青チームを選択した。
「戦闘開始!」
艦長の合図とともに戦闘機が一斉に動き出した。
三色の光が入り乱れる。
チームによって作戦があるようだ。
水色の機体は集まって編隊を組み、ピンクの機体はバラバラに飛び出した。
人気の理由はすぐにわかった。これはスポーツだ。
宇宙を舞台とした高レベルな鬼ごっこというかシューティングゲーム。チームの色に合わせたカラフルな模擬レーザー弾が飛び交う。
「危ない! 赤、がんばれ!」
思わず声が出る。
わたしたちが乗っている空母の目の前まで機体や模擬弾がかすめるように飛んでくる。
観客は大盛り上がりだ。
レースとは違い戦闘機は縦横無尽に移動する。パイロットには三百六十度全方位が見えているのだろうか。
『銀河一の操縦士』のことが頭に浮かんだ。
レイターは戦闘機に乗っていたと話していた。
実際の戦闘に参加したことはあるのだろうか?
少しずつ機体が離脱していく。
徐々に一対一の対戦が増えてきた。
一番機は三チームとも残っている。おそらくエースパイロットだ。残りは五、六機。
その中で、ピンクの五番の機体からわたしは目が離せなかった。
何てきれいに飛ぶのだろう。
獲物をねらう鳥のように無駄のない動き。ピンクのレーザー弾で青や黄色の一番機を次々と撃ち落した。
美しい飛行姿。
まるでバトルの時のレイターの飛ばしのようだ。
「あのピンクの五番機、レイターが操縦してるみたい」
隣のチャムールに声をかけると不思議そうな顔をした。
「よくわかったわね」
「え?」
「あれ、多分、操縦してるのレイターよ」
「どういうこと?」
「きのう出場予定のパイロットが急に熱を出して、困ったアーサーがレイターに声をかけたのよ。いつもはアーサーの言うことなんて聞かないけれど船に乗れるって話だから二つ返事だったらしいわ。秘密だけれど、ティリーが気づいたのなら仕方ないわね」
チャムールがクスッと笑った。納得がいかない。
「でも、レイターは民間人でしょ」
「予備役登録しているから、軍規的に問題はないそうよ」
知らなかった。
予備役ということは、有事の際には軍隊へ戻るということだ。
気持ちがざらつく。
ピンクの五番機が水色の機体にレーザー弾を命中させる。
黒い宇宙空間にはもうピンクの二機しか残っていなかった。一番機と五番機。
「勝者は赤チーム」
わたしが応援したチームの勝利が宣言された。
*
模擬宙航戦を終えた戦闘機がライトアップされた甲板に着艦し、滑走路脇にずらりと並んだ。
「甲板に環境制御をかけました。どうぞ、ご自由にご覧下さい」
空気と重力が地球基準に設定されたとアナウンスが入る。
観客が移動を始めた。チャムールとわたしも席を立った。
「チャムール・スレンドバーグさん」
チャムールを呼ぶ声がした。振り向くと階級が高そうな将校さんが立っていた。背筋がまっすぐで、目つきが鋭い。
「艦長のモリノです」
思わずこちらの背筋も伸びた。
「先日は、将軍の就任二十周年祝賀会に出席できませんでした。ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」
「とんでもありません」
「トライムス中佐をよろしくお願いいたします」
軍人らしい軍人さん。少年時代のアーサーさんの上司という話を思い出した。
「モリノ艦長、こちら私の同期のティリーです」
チャムールがわたしを紹介した。
「初めまして。あなたが、ティリーさんですか。お会いできて光栄です」
「初めまして」
緊張しながら挨拶をする。
「きょうは、楽しんでいって下さい。あいつも久しぶりに暴れて浮かれているでしょうから」
と目を細めて笑った。あいつ、というのはアーサーさんのことじゃない。レイターのことだ。艦長の怖い印象がみるまに消えて行った。
*
人の流れに沿って歩き、甲板へ出た。
戦闘機の横に立つパイロットは子どもたちの人気の的だ。握手を求められ、一緒に写真を撮っていた。
一流スポーツ選手を見るような目で、少年たちが群がっている。
「すごい人気ね」
チャムールがわたしに声をかけた。わたしは複雑な心境で答えた。
「スポーツ選手ってわけじゃないのに」
「でも、宇宙船乗りだから」
そう、子どもの人気の職種なのだ。宇宙船乗りは。レイターも子供の頃からずっと憧れていたという。
甲板を歩きながら、レイターが乗っていたピンクの五番機を探した。
あの美しいピンクの軌跡。その飛ばしの興奮がまだ胸の中でうずいている。レイターに一言感想を伝えたい。「すごい飛ばしだった」って。
でも、ピンクの五番機の姿はなかった。
チャムールがわたしの肩を叩いた。
「レイターなら格納庫の方にいるはずよ。なんせ戦闘機部隊に所属していない代打ちで表には出られないから」
言われてみればその通りだ。レイターは民間人なのだ。会えなくて当然だけれどちょっぴり残念。そんなわたしにチャムールが思わぬ提案をした。
「格納庫へ行ってみましょ」
「いいの?」
「任せて」
チャムールは笑顔で空母の艦内へと歩いていった。わたしは後ろからついていく。
人混みから遠ざかる。関係者以外立入禁止の札がかかりドアが閉まっていた。
チャムールがパスをかざすとドアが開いた。
「勝手に入っちゃだめでしょ?」
「平気よ。この家族パス、ちょっと特別なの」
特別な家族パス。よく見ると短剣をかたどった将軍家の紋章が入っていた。
チャムールはアーサーさんと結婚前提で付き合っている。
一般庶民のわたしには想像がつかない。将軍家との結婚って大変に違いないけれど、それを乗り越えようと二人の気持ちがつながっているのがうらやましい。
チャムールは迷うことなく奥へとずんずん進んでいく。すれ違う隊員は何も言わない。細い通路と階段を通り抜ける。
「道、あってるの?」
「大丈夫よ。私これでも設計士なんだから」
そうだった、チャムールは天才設計士だ。
*
格納庫の手前に立入禁止の看板が出ていた。
銃を持った兵士が立っていた。緊張する。
チャムールが家族パスを示す。
「はっ!」
警備兵は最敬礼で応えた。
将軍家の家族パスの威力はすごい。
格納庫の中に、ピンク色に輝く戦闘機が駐機していた。
その横に、レイターとアーサーさんが向かい合って立っているのが見えた。
言い合う声が聞こえてくる。
「ったく、整備がなってねぇっつってんだよ」
「それと金額はリンクしない」
「あんたが頼む、っつうから仕方なく出てやったんだぜ、謝礼金をもっとはずめっての」
どうやらきょうの出場に関して金額でもめているようだ。レイターはお金にうるさい。「仕方なく出た」というのは絶対嘘だ。あの飛ばしを見ればわかる。彼は、楽しんでいた。
レイターが振り向いた。
「およ、ティリーさん?」
一瞬驚いた顔をしたけれど、チャムールが首から下げている家族パスを見てすべて理解したようだ。
「なぁんだ、ティリーさんが見てたの知ってたら、宇宙に大きなハートマーク書いたのに」
とわたしにウインクした。
「知らなくてよかったわ」
この人は本当にやりかねない。
レイターが軍のパイロットスーツを着ていた。
似合っていて格好いい。彼は『銀河一の操縦士』。パイロットは本職なのだ。レーシングスーツとは違う軍服。胸が締め付けられるように苦しい。
チャムールが話しかけた。
「さっきの宙航戦すごかったわね。撃ち落した数は、レイターが最多でしょ」
美しく激しい飛ばしが頭によみがえる。レイターは得意げな顔で答えた。
「ご存じの通り『銀河一の操縦士』だからな。模擬弾だって手は抜かねぇぜ」
この人にとって操縦をほめられることは人生をほめられるのに等しいのだ。
初めて見る、戦闘機乗りのレイター。
わたしはたずねた。
「これまでにどれぐらい対戦したことがあるの?」
レイターはわたしの目を見て逆にたずねた。
「模擬弾? 実弾?」
わたしが何を知りたがっているか確認している。
「実弾」
わたしは正直に聞いた。
「五十二戦五十二勝」
レイターは誇るでもなく淡々と答えた。
五十二連勝。
実弾での戦いに負けたら生き残れない。これはスポーツじゃない。逆を言えばレイターは五十二機を撃ち落とし、五十二人の命を奪ったということになる。
アリオロンとの『見えない戦争』は現実だ。
戦争なのだ。たくさんの人を殺すことが正義という世界。
口の中の苦みが身体中に広がっていく。
戦地ではカモフラージュしている戦闘機のボディーが、きょうは目立つピンク色に輝いている。お祭りに来たわたしたちを喜ばせるために着飾っている。その不自然さに気分が悪くなる。
わたしはそっと機体に触ってみた。金属が冷たい。
「悲しい。こんなに美しいのに、人の命を奪う目的で作られた船だなんて」
「人の命を守る目的だろ」
レイターが静かに反論した。
敵に勝つことで自分が守られているのはわかる。
けれど、
「人殺しの道具に変わりはないわ」
レイターは悲しい顔をした。
「人の命を奪うことがあっても、それはあくまで味方の命を守るための手段だ。目的じゃねぇ。船に罪はねぇ」
レイターは愛おしそうに、船を優しく撫でた。
わたしは宇宙船が好きだ。
船は人をいろいろな場所へ運び、可能性を広げる、その存在意義が好きだ。自分の仕事に誇りも感じている。
それが、この船、戦闘機の存在はわたしの船に対する考え方を揺らす。
人を殺すための船。こんな船、なければいいのに。
息をするのが苦しい。
違う。好きなのだ、この船が。
この美しい船が。これは理性じゃない、感情だ。
そして人殺しの道具である兵器に惹かれてしまう自分に嫌悪感を感じる。
自分はきれいごとを言っている。
戦争反対。人の命を奪うのは最低です。
そう言いながら戦闘機の美しさに憧れているなんて矛盾している。
涙があふれてきた。
「この船が、好きなの。おかしいわよね」
戦闘機を好きだなんて言ったら、パパには怒鳴られるだろうし、アンタレスの友人たちからはびっくりされるだろう。
「おかしくなんてねぇ。この船は魅力的だ。俺は好きだ。好きであることを好きだと言えねぇ方がおかしい」
ドキッとした。戦闘機とレイターがかぶって見えた。
「船にもいろんな船がある。それぞれに与えられた役回りをまっとうして、いつか消えていく。こいつは明確に与えられた目標へ命を懸けて向かっていく。たとえ寿命は短くとも充実してる。だから美しいんだ」
まるでレイター自身のようだった。
この人は、時々、怖いほどに輝く。命の危険ぎりぎりのところで生きているからだ。
そして、時に人を手にかけることもある。
『人の命を奪うのはあくまで手段だ、目的じゃねぇ。船に罪はねぇ』
レイターがつぶやいた言葉がレイターと重なる。
人を守るために人を殺す。
そして、わたしはそんなレイターに守られている。
レイターが連邦軍に予備役登録していることを、きよう、初めて聞いた。今も軍の関係者で、状況によっては戦闘機部隊で働く可能性があるということだ。
「五十二戦五十二勝」と語ったレイターの声が私を苦しめる。わたしの知らないレイターがまた一つ姿を見せた。
*
そして気がついた、チャムールがわたしを軍の宙航祭に誘った理由。
わたしとレイターの関係が先へ進むためには、この問題に正面から向き合う必要があると示してくれたのだ。
おそらく、アーサーさんと一緒にわたしたちのことを考えてくれたに違いない。
理想と現実、理性と感情の間には大きな裂け目が横たわっている。
簡単には飛び越えられない深い谷。
その谷の深い闇からピンクに輝く戦闘機が美しく上昇し、まっすぐ空へと舞い上がっていく。
描かれたコントレールの残像が、いつまでも心に焼き付いていた。 (おしまい)
<出会い編>第三十八話の前に<少年編>「腕前を知りたくて」に続く
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