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銀河フェニックス物語 <恋愛編> 第六話 父の出張(12)
レイターは実は母親が苦手なのではないかとティリーは思った。
銀河フェニックス物語 総目次
<恋愛編>第五話「父の出張」① ② (11)
<恋愛編>のマガジン
公園の事務所で事故の被害者として警察から話を聞かれた。
刑事さんによると、タクシー会社の中央コントロールソフトの不具合で暴走したとのことだった。
「感謝状はいらねぇけど、謝礼金ならいくらでも受け取るぜ」
と、いつもの軽い調子のレイターをパパは口を固く結んで見ていた。態度の悪さに文句を付けたいけれど、命の恩人に切り出せないでいる、といったところだ。
駆け付けた救急隊はレイターの右手に止血シートを張って帰って行った。
タクシー会社の役員が頭を下げながら姿を見せ、レイターに見舞金を支払ってくれることになった。
「へへ、大した傷じゃねぇのに、儲かっちゃったぜ」
と機嫌をよくしていた。この人はお金にがめつい。彼のこういうところはパパと同じでわたしも好きじゃない。けど、今日は黙認する。パパに付け入る隙は与えたくない。
警察による聴取やその他の手続きを終えると、もうランチタイムは過ぎていた。タクシー会社の役員は恐縮しながら私たちに声をかけた。
「お食事をご用意させていただきました」
公園事務所の応接室に、朱色の重箱が四つ置かれていた。中心街のレストランへ出かける予定が随分変わってしまった。
「レイターってほんと疫病神なのよね」
ぼやかずにはいられない。
「いやいや、俺のおかげで昼飯代がタダだぜ」
とウインクが返ってきた。
段積みの箱には、指紋を付けるのがためらわれるほど曇りのない塗りが施されていた。そっとふたを開ける。
「きれい」
思わず声が出る。アンタレスの伝統料理が色鮮やかに盛り付けられていた。家庭料理とは違う太陽神に捧げる料理。ハレの日にいただくものだ。アンタレスの二重星を模した野菜が美しい。下の段には俵型に握ったアンタレス米の炊き込みご飯がきれいに並んでいる。
「ほぉ、この飾り切り、今度やってみっか」
食に興味が深いレイターが感心している。揚げ物の下に敷かれた懐紙にはわたしでも知っている有名な老舗料理店のロゴが透かしで入っていた。
薄味だけれど、素材の味がしっかり伝わる。繊細なプロの技。予定していたランチの予算より、このお弁当の方が高額なんじゃないだろうか。
ここで何とかパパの機嫌を取りたいのだけれど。
パパは折角の料理を苦虫を嚙み潰したような顔で食べていた。
「中央制御システムに不具合があるなんて、全くたるんどる」
「でも、よかったじゃないですか。レイター君のおかげでみんな助かったんだから、感謝しなくちゃですよ」
ママがとりなす。
「感謝はしとる。操縦の腕がいいこともわかった。だが、それだけだ」
取り付く島もない。
レイターはパパのことは我関せずという態度で食べ続けている。
「昨日も思ったけど、うめぇな、アンタレス料理は」
「そうでしょ。普段食べる家庭料理もいいけれど、この伝統料理も一つずつ意味があってね、この煮物は大願成就で、こっちのピクルスは食べれば無病息災って言い伝えがあるのよ」
パパとママに教わったアンタレスの食文化をレイターに伝える。
「へえ、面白れぇ。もっと早く教えてくれればよかったのに」
「何言ってるのよ、この間、折角アンタレス料理を予約したのに、レイターがドタキャンしたんじゃないの」
「っていうか、俺としては、ティリーさんの手料理でいいんだけどな」
「……」
アンタレス料理を自分で作ったことはない。返答に困る。
ママがにっこり笑った。
「ティリーにレシピを伝えておきますね」
わたしが作るより、そのレシピを見てレイターが作ったほうがおいしいに決まっている。
アンタレス料理の話題でママとはひとしきり盛り上がったけれど、パパは一言も口をきかなかった。
*
公園事務所から外へ出るとアンタレスAは傾きかけていた。暑さのピークを過ぎて気持ちのいい時間帯だ。午前中の騒ぎが嘘のように落ち着いている。
スパーン。スパーン。
懐かしい。テニスボールの飛び交う音。学生時代、この事務所の隣のテニスコートでよく練習をした。
「ティリー!」
わたしを呼ぶ男性の声に思わず足が止まる。聞き慣れた声にパパとママも振り返った。
テニスコートにラケットを手にした彼が笑顔で立っていた。
「ア、アンドレ?」 (13)へ続く
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<出会い編>第一話「永世中立星の叛乱」→物語のスタート版
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