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銀河フェニックス物語【少年編】第四話「腕前を知りたくて」(まとめ読み版)
レイターとアーサーが十二歳。出会ってまもない頃のお話です。
・銀河フェニックス物語 総目次
・<少年編>第三話「流通の星の空の下」
・<少年編>マガジン
・<出会い編>第三十七話「漆黒のコントレール」
戦艦アレクサンドリア号、通称アレックの艦。
銀河連邦軍のどの艦隊にも所属しないこの船は、要請があれば前線のどこへでも出かけていく。いわゆる遊軍。お呼びがかからない時には、ゆるゆると領空内をパトロールしていた。
*
僕たちの艦は、惑星ガガーブに立ち寄ることになった。
燃料を補給するその日は街へ出て遊んでも、艦でのんびりゆっくりしても個人の自由だ。
この星の衛星には連邦軍の戦闘機用訓練場がある。
僕はアレック艦長に進言してみた。
「レイターを訓練場で戦闘機に乗せてみてはどうでしょうか?」
「アーサー、お前、何考えとるんだ?」
艦長はあきれた声を出したが、僕はまじめだった。
シミュレーターの扱いを見ても、買い出しの際のコンテナ船の操縦を見ても、レイターはかなりの技術で船を動かすことができる。
彼がどの程度の腕前なのか知っておきたい。免許がないから公道で飛ばさせるわけにはいかないが、訓練場なら彼に操縦させても法には触れない。
「万一の時に備えて、レイターも避難船の操縦ができた方がいいと思うのです」
この艦に乗っている者はコックのザブリートさん含め全員船の免許を持っている。有事には避難船を扱うこともあるからだ。
十二歳のレイターは免許取得年齢に満たないが、食事係のアルバイトながらシミュレーターを使った操縦訓練にも参加しているし、訓練場で実機に乗せてみることには合理性がある。
「教育係のお前が言うのなら、一度操縦させてみるか」
*
訓練場へは戦闘機乗りだったモリノ副長がお目付け役としてついていくことになった。
「え? お、俺、戦闘機に乗っていいの? マジ? イヤッホー」
レイターは興奮のあまり後方宙返りをしている。
「へへ、銀河一の操縦士は、戦闘機にも乗れなくちゃいけねぇもんな」
その無邪気に喜ぶ様子を見ながら、モリノ副長が不安げに僕に言った。
「アーサー、いきなり戦闘機というのは無理じゃないのか?」
モリノ副長はアレック艦長とは違って心配性で細かい。
副長はレイターが地球にいたころ無免許で船を操縦していたことを知らない。だが、そのことを言うわけにはいかない。
「副長もご存じのように、戦闘機用シミュレーターでのレイターの成績は優秀です。それに、二人乗りの複座戦闘機ならいざという時、後部座席から僕が操縦できますから」
「お前が一緒なら心配することはないか」
僕はアレクサンドリア号の戦闘機訓練で成績は上位だ。士官学校では常にトップだった。
*
体の小さなレイターにサイズがあう戦闘機用のヘルメットはこの艦にはない。普段使いのヘアバンド式をかぶらせる。民間機より危険度は高いが仕方ない。
「大丈夫、平気平気。いつもメットはこんな感じさ」
衛星の訓練場までは公道だから僕が操縦する。
二人乗り戦闘機の前の操縦席に僕が、後部座席にレイターが座った。
「やっぱ実物はいいねぇ。戦闘機に乗るのは初めてだ」
レイターのうっとりとした声が後ろから聞こえる。
「とりあえず、君は座っていればいい」
二人乗りだが、僕の操縦席だけですべて完結できる。
「遠慮するなよ。俺がナビゲーションしてやっから」
船をスタートさせるとレイターはデータの読み上げを始めた。
驚いた。
彼は僕が必要とする情報を、タイミングも内容もコンピューターナビより的確に入れた。操縦桿の操作に集中できる。
悔しいが、これほど操縦がしやすいと思ったことはなかった。
軍の訓練場に着くとレイターと僕は座席を入れ替わった。レイターは嬉しそうに前側のメイン操縦席に座った。
戦闘機の操縦席は僕にはやや狭く感じるが、彼には操縦桿が少し遠い。
「よろしく頼むぜ」
挨拶する声が聞こえた。返事をしようとして気がついた。僕に呼びかけたわけではなかった。彼は船と会話をしていた。
モリノ副長の指示が入る。
「レイター。まずは私の後ろについてこい。シミュレーターと同じように操縦してみて、できなければアーサーが後部座席からフォローしろ」
「わかりました」
と僕は答え、レイターは舌打ちをした。
「ちっ、信用ねぇなあ」
そして彼は副長に聞こえないようにつぶやいた。
「あんたより、俺のがうまいと思うぜ」
モリノ副長の船が発進した。
「そんじゃあ、アーサーこっちも行くぜ」
レイターはゆっくりと船をスタートさせた。驚くほど滑らかに動き出す。
戦闘機は一般の民間機より操縦が数段難しいはずだが、彼はまるで苦にしていない。
「ほう、ちゃんと飛ばせるじゃないか」
副長の感心した声が通信機から聞こえた。
訓練コースを軽く一周飛ばした後、副長の船はスピードを上げた。
「大丈夫か。ついてこられるか」
副長が挑発する。
レイターは緩やかにそして確実に加速させた。すぐに追いついた。
外から見ていてもわからないかも知れない。乗っていると実感する。加速しているのに重力のかかりがとても軽い。彼はどうしてこんな風に操縦ができるんだ?
レイターのつぶやく声が聞こえた。
「直線の加速はS1のが速いな」
「まるでS1機に乗ったことがあるみたいな言い方だな」
「たまに操縦させてもらってたんだ」
さらりと彼は言った。銀河最速レースのS1機に一般人が乗れるわけがない。だが、冗談というわけでもなさそうだ。彼はこの扱いにくい戦闘機を難なく操縦している。
そして、裏社会の帝王ならS1機を用意できても不思議ではない。
ひとしきりコースを周回したところで、レイターが副長に呼びかけた
「なあなあ、副長さん、バトルしねぇの?」
「何を言ってるんだ。とりあえずお前が操縦できることが確認できたから、これで帰るぞ」
「えっ、もう……」
レイターの落胆した声が聞こえた。
もう少しレイターの腕を見てみたい気がする。僕はモリノ副長に提案してみた。
「副長、まだ時間はあるので模擬弾で宙航戦訓練をしませんか?」
モリノ副長は戦闘機乗りだ、宙航戦と言えば乗ってくることはわかっていた。
「ふむ」
「私も訓練がしたいのですが」
「わかった。だが、手は抜かんぞ」
「イヤッホー!」
レイターの喜ぶ声が耳にうるさかった。
一旦、二機は別々の地点へと分かれた。K1ポイントで遭遇、戦闘という想定だ。
副長から訓練開始の信号が届いた。
機体が一気にスタートした。シートに身体がぐっと押しつけられる。さっきまでの加速とはまるで違う。人体への負荷が高い飛ばし。
K1ポイント付近でモリノ副長の船をレーダーが捕捉した。もちろん副長も気づいている。
副長が絶妙のタイミングで模擬弾を撃ってきた。
ダダンッツ。
急な横Gがかかる。間一髪のところでかわす。思った通りだ、レイターは自在に戦闘機を操っている。
「アーサー、やるな」
副長は僕が操縦していると思っているのだろう。僕は何もしていない。だが、そう答えるのはやめた。
モリノ副長は今は指揮官だが、昨年まで現役パイロットだった。腕は衰えていない。攻撃が激しくなった。
副長の機体が目視で確認できる距離へと近づく。
レイターは高速で繰り出される模擬弾を右に左にと器用に避ける。
それだけじゃない。時には背面飛行を交えて追尾ミサイルをロックオンさせない。
耐G訓練を受けてきた僕でも必死にこらえないと意識が飛びそうになる。レイターは平気なのか。
それにしても逃げてばかりだ。宙航戦は敵機を撃ち落とさなければ勝てない。
「レイター、撃ち方がわからないのか?」
「あん? バカにすんな。一発で撃ち落とすタイミングはかってんだ」
副長もベテランだ。簡単には敵に背中を見せたりしない。一発で撃ち落すなんて無理だ。
「副長さんも上手いが、あんなやったらめったら撃ってたら弾がもったいねぇだろが」
決して副長は無駄に撃っているわけじゃない。
「そろそろ行くか」
レイターはそう言いながら速度を上げた。副長の船に真っ正面から突っ込んでいく。
「どうする気だ?」
僕は慌てた。こんな捨て身な攻撃を士官学校でやったら、単位が取れないどころか大目玉だ。
「黙って見てな」
副長も驚いている。
機体前方の機関砲で応戦してきた。レイターはその弾をかわしながら接近する。体当たりする気か? まるで特攻だ。
「アーサー、お前何を考えている!」
モリノ副長の声が響く。
操縦しているのは僕ではない。僕にもわからない。どちらかがよけなければぶつかるチキンレース。
正面衝突を避けてモリノ副長が一瞬引く。
レイターはその隙を逃さなかった。すれ違いざまに機体をくるりと宙返りさせる。
「ロックオン」
「何?!」
副長が振り切って逃げようと加速するが、レイターは完全に捉えていた。
ダンッツ
一発だけ発射した模擬弾が副長のエンジン部に命中した。
「いただきっ」
僕たちの勝利だ。僕たち? 僕は何もしていない。
「アーサー、腕を上げたな。捨て身の攻撃か」
副長が感心した声で言った。「今の操縦はすべてレイターです」と、報告しようとした時、
「さすが、将軍の跡取りは違うぜ」
とレイターが先に応えた。あいつ、黙っていろという意味か。
僕は驚いていた。
彼がここまで操縦できるとは思っていなかった。モリノ副長を撃ち落すことを僕はできるだろうか。しかも、一発で。
レイターの腕は、このまま実戦に出ても通用するレベルだ。ダグ・グレゴリーの元でかなり本格的に船に乗っていたに違いない。
『銀河一の操縦士』というのは、彼にとって子どもの夢ではなく目の前の具体的な目標だということだ。
*
「どうだった?」
アレキサンドリア号に戻ったモリノ副長は、艦長室でアレック艦長に聞かれ即答した。
「使えますね」
「だろうな。あのアーサーが腕を見てみたいと言うのだからな」
モリノ副長は気づいていた。あれは、アーサーの飛ばしではない。ひじょうに感覚的な操縦だった。
アレック艦長は首を傾げた。
「レイターの奴、一体どこで操縦を覚えたんだ? この前シミュレーターを動かした時にはゲーセンだと言っとったが」
モリノ副長は不安を覚えながら自分の意見を述べた。
「違いますね。あの操縦は、間違いなく実機に乗っています。それも、民間機ではない船に」
「ふむ。ま、いい。使えるものは使い倒すのが俺の方針だからな」
アレック艦長は窓の外の星空を見ながら不敵に笑った。
*
僕と一緒に部屋に戻ったレイターは鼻歌を歌っている。宇宙船、それも戦闘機を操縦できて満足しているのだろう。僕は聞いてみた。
「君はいつから船を操縦しているんだ?」
「あん? 九つん時だぜ」
「ダグ・グレゴリーに操縦を教わったのか?」
「あの親父は自分で操縦なんてしねぇよ。俺の師匠は『超速』カーペンターさ」
その名前に驚いた。
「十三年前に引退した元S1レーサーか」
バラドレック・カーペンター。僕たちが生まれる前にS1の記録を次々と塗り替えた伝説のレーサーだ。銀河最速の『超速』と呼ばれていた。だが飛ばしにムラがあって、総合優勝は一回しかしていない。
そして、飲酒操縦で人身事故を起こし、S1界から永久追放された。
「カーペンターはダグのお抱えパイロットやってたんだ」
「それでS1のレーシング機にも乗ったことがあるわけか」
「当たり。あと、実弾使ったバトルはマフィアの抗争でしょっちゅうやってたしな。無駄弾なんて撃ってみろ、その分飯抜きなんだぜ」
レイターが一発必中にこだわった理由が飲み込めた。士官学校を出たばかりの僕よりも、彼は実戦の経験を積んでいるということだ。
*
その晩、僕はアレック艦長の部屋にレイターと共に呼ばれた。艦長の隣にモリノ副長が立っていた。
アレック艦長が笑顔で声をかける。
「レイター、お前、なかなか操縦が上手いらしいじゃないか」
「えへへ」
褒められてレイターは本当に嬉しそうに笑った。
続く艦長の言葉に僕は耳を疑った。
「今後は、アーサーが責任を取ることを条件に、船に乗ってもいい」
「えっ?」
僕もレイターも同時に声をあげた。
僕は驚愕の声。彼は歓喜の声だ。
「イヤッホー」
レイターは万歳をしながら飛び跳ねている。
アレック艦長の気まぐれは今に始まった事ではないが、これは無理だ。僕は抗議した。
「艦長、レイターは免許が無いんですよ。公道で操縦するのは宙航法違反です!」
僕は万一に備えてレイターの腕を見ておきたいとは思ったが、普段から操縦させるなんて法に触れるようなことは考えてもいなかった。
「構わんさ。どうせこいつは死人だ。それに言っただろ、お前の責任、ということは、お前が乗せたくないなら乗せなきゃいいんだ」
「え……」
レイターの顔が一瞬で曇った。曇ったというレベルではない。土砂降りの雨に打たれたと言う表情だ。
そういうことか。僕は念を押すように言った。
「もう、課題を怠けるのも、掃除さぼりも許さないからな」
「ア、アーサーさん。仲良くしましょうね」
レイターが媚びるような、そしておびえるような目で僕を見た。 (おしまい) 第五話「誰にでもミスはある」へ続く
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