
銀河フェニックス物語<出会い編> 第三十九話(32) 決別の儀式 レースの途中に
・銀河フェニックス物語 総目次
・<出会い編>第三十九話「決別の儀式 レースの前に」① ②
・第三十九話「決別の儀式 レースの途中に」① ② (29) (30) (31)
* *
「でかした、コルバ」
ピットでモニターを見ながらスチュワートは膝を打った。
さすが、俺のチームの第一パイロットだ。
普段のコルバとは違うアグレッシブな攻め。レイターに触発されて戦闘機乗りの感覚がよみがえったのか。連携フォーメーションだ。
第一コーナーで三機がもつれる。
レイターが船をしならせながら、べヘム弟の機体の脇をすり抜ける。
目の錯覚だろうか、ハールが歪んで見える。
レイターがべヘム弟の一歩前に出た。
「す、すごい操縦だな。よし、これでいける」
その時だった。
「嘘だろっ!」
俺は思わず叫んだ。
べヘム弟が急加速してハールに突っ込んだ。完全なルール違反。これはライセンス剥奪ものだ。
レイターは離れようと船を加速させたが、ハールの最後尾にべヘム機が衝突した。
白い水平尾翼がゆがむ。
「まずいぞ。燃える。オットー、再計算だ」
アラン・ガランがあわてて指示する。
「は、はい」
緊急事態だ。レイターを避難させレースを棄権しなくてはならない。こんなところで俺の夢はつぶれるのか?
「今、兄弟ウォールと接触したよな。燃えるのか? どうなんだ?」
誰か答えろ。
べヘムの弟ベータールの失格がアナウンスされた。もう、ベータールのことはどうでもいい。
モニターに映る白いペラペラな機体。
ボリデン合金が一気に炎上するシミュレーション動画を思い出して息を飲む。いつ炎に包まれてもおかしくない。
レイターから無線が入った。
「ベータールにぶつけられた尾翼、どのくらいの歪みまでもつ」
「横G値で2、5だ」
「わかった」
ハールは火を噴かなかった。持ちこたえたようだ。緩いカーブを燃えずに飛んでいた。
俺はアラン・ガランに聞いた。
「おい、どういうことだ? ぶつかったが燃えなかったな」
「予選からの貯金、ですかね。レイターが計算より負荷をかけずにここまで飛んできたので、衝撃に耐える余力ができていたようです。でも、もう次はありません」
「とりあえず、首の皮一枚で壁の一枚目をクリアしたということか」
レイターが四位、コルバが五位。
残り五周。
『兄弟ウォール』の二枚目、べヘム兄のS1機が、レイターの目の前に迫っていた。
* *
現在三位、長兄のアルファールは後ろの船を意識した。
やはり来たか。裏将軍は弟ベータールの壁を超えてきた。
これでようやく君と対決することができる。
心臓がバクバクする。皮膚が張り付くこの嫌な感覚。
子どもの頃、よく感じた。
あれは末の弟ガンマールが、僕の後ろから追い抜こうとしている時の記憶。
僕は怖かった。ガンマールの飛ばしが。
末弟は「全然危険じゃない」と言っていた。
ガンマールは無謀な訳ではなかった。事故を起こすリスクのラインが見えていたのだ。
だが、僕には見えなかった。
だから、僕は、決められたルールの中で戦うしかなかった。
危険なラインが見えていたはずの弟は、その一線を超えて死んだ。
何が彼を見誤らせたのか。
あれはガンマールの葬式の席だった。
ベータールは自分が弟を死なせたと泣いていた。あえて悪者になってくれた優しい弟。
「お前のせいじゃない」
肩を抱いた僕に、ベータールは声を震わせて口にした。
「ガンマールの操縦がずっと怖かった。あいつは僕や兄さんとは違う世界で飛ばしていた」
僕が感じていた怖れと同じものを、すぐ下の弟は感じ取っていた。
プロのレーサーとして生きていく僕らは、その恐怖を克服し乗り越えなくてはならない。
「ベータール、僕らはこれから銀河最速のS1を目指すんだ。ガンマールの世界を恐れてはいけない。二人でガンマールの見ていた世界を飛ぼう」
僕の言葉にベータールは頷いた。
ガンマールの飛ばしを僕らの中に生かす。それが僕らの償いだ。 (33)へ続く
・第一話からの連載をまとめたマガジン
・イラスト集のマガジン
いいなと思ったら応援しよう!
