ぐるぐる
コロナ禍以降、固定されたメンバーとしか会わなくなった。
その友人たちと約束のない休日は、愛犬ぷーちゃんを連れて近所の河川敷か公園に行くだけだ。
「ずっとテレワークで、決まった人にしか会わない。そろそろつまらなくない?」
電話越しの友人の意見に、何も考えてなかった頭が動き出す。
当たり前だと思ってた。だってコロナだし、しょうがないし。
友人が私の本音を引き出す。
「言われたらつまらないなとも思うけど…正直どこか人生諦めちゃってるというか、どうでもよくなっちゃうというか…」
情けなく虚しいことばが並ぶ。
たぶん、友人はそんなことに気づいていて、これからのわたしを心配してくれているんだ。
そう気づくと、申し訳なくなる。
高知の終の住処のリフォームは、進んでいた話がウッドショックで立ち消えに。
指輪を買うのはこの大勢の人が大変な思いをしている時に気乗りせず。
コロナが終わったら。コロナが終わったら。
でも、それっていつなんだろう。
それまで生きてなかったら、どうなんだろう。
重い腰をあげて、お出かけしてみることにした。
ひとりで。電車に乗って。
なぜか、はじめてのおつかいくらい気合いが入る。
久しぶりにきちんとメイクをして、ネイルも塗り直した。
「一人…一人でお出かけ…何しよう…」
といっても背中では、相棒ぷーちゃんが見守ってくれている。
なんとなく、神保町のカフェでランチをすることにした。
電話でワンちゃん連れOKの確認をする。偉い。
改札でPASMOをタッチすると、「期限切れ」の表示。出鼻くじかれる。
切符を買うのにもたついて、悪魔桃花が(もう明日出直そっか?)と囁いてくる。
ああ、帰りたい。だれか…。
結局ランチにたどり着けたのは14時だった。
「三名様でご予約の野口様ですか?」
一人と一匹なのに、三名?
天罰がくだったかとおもった。電話で人数を聞かれた際、なぜだか恥ずかしくて濁してしまった罪。
「い…いや…一名か二名、いぬ大丈夫ですかとお伝えしたんですが…すみません」
「ああ、大丈夫です」笑ってくれた。逮捕されなかった。
オレンジソースがとても美味なポークソテーを食べながら、久しぶりに東京の街を眺める。
ソファ席で読書をする親子、スーツ姿でシャンパンを交わす四人組、ランニング姿の男性、談笑するマダム。
そうそう、東京ってこんな感じだった。
いろんな人を観察するのは楽しくてよかった。日陰が思いのほか冷えたのを除いて。
最初は楽しそうだったぷーちゃんも、ぷるぷる震え始めてタオルで巻かれ、ミイラちゃんだったし。
ぷーちゃんはcity boyだから、都会の道が好き。
高知の砂利道を歩くとすぐ、「足につぶつぶが入って、痛くてあるけなーい」って言う。
尻尾を振り上げ張り切って綺麗なアスファルトをいく。
のんびり歩くカップルの間も割り込んで進もうとする。必死に止める。
マンションの脇の八重桜がすごく可愛い。思わず撮影。
後ろを歩いていたおじさんも隣に立ち止まって撮り出す。
わかるわかる。撮りたくなりますよね。
高知だったら会話をする展開で思わず話しかけそうになる。
ゼエゼエと階段をのぼって、遠くに見えているのは武道館…?
視線を落とすと、とてもいい笑顔のぷーちゃん。
突然現れる紫の花畑。
可愛すぎてもはや、切り株に舞い降りた妖精。
千鳥ヶ淵の方まで辿り着いて、ベンチに座る。
桜はかなり散っていて、柔らかい緑の葉がつき始めていた。
ついこないだ訃報が届いた、同年代のあの子のことを考える。
「来年の桜、見えるかしら」そう言っていたあの人たちのことも考える。
これからわたしは、どうするのがいいんだろう。
二年近く前のある人との会話がフラッシュバックした。
「あなた、これからどうしたいの?」
初めて小説が掲載され、参加したイベントの帰り道。
揺れる電車の中で突然ぶっこまれた。動揺を隠せなかった。
「どうしたい…どうしたいんでしょう。まだ分からないんです。どうするのがいいのか」
「ふーん」
聞いてきておいて、冷たい反応だった。
まず昔から「ふーん」という相槌が嫌いだ。だけど、ふーんと言われるような返事をしたんだなとおもった。
「〇〇さんは、どうして書いてるんですか?」
「うーん。書くことが一番優れてるから」
そんなこと言ってみたい。
人生で優れていたことといえば、竹登りがダントツ早かったことくらいしかない。
話によると、ご両親ともに学のある方で、昔から文学に触れるような立派なご家庭で育ったらしい。
呑みすぎて近所の草むらで寝るような競馬調教師の父と、握りっぺで喜ぶ母の子どもで、書物といえば魔法のiらんどとmixi。小学生ぶり二度目の小説を書いたばかりのわたしとは天と地の差。
「またなんかあったら会おうね」
「あ、じゃあTwitterで連絡…」
「私、Twitterは限られた人しかフォローしないことにしてるの〜ごめんね」
「そうなんですね。ハハ、ノヽノヽノヽノ \ / \」
へらへらと作り笑いをして一生懸命笑ったところで、乗り換え地点に着いた。
精一杯の笑顔で手を振って飛び降りた。正直ほっとした。
彼女は一流ショコラティエの作ったスパイシーなボンボンショコラ。わたしはチロルチョコ。そんな感じ。
しばらくして、ふと彼女のTwitterを見ると、あの場にいたとても有名な方と、彼女が才能を買っていた子はフォローされていた。
ちょっと悔しくて、なんか笑えた。そんな思い出。
「で、あなたどうしたいの?」
今言われたら、なんて答えよう。
たぶん、また答えられない。
未来をただ夢見られるあの頃に戻りたい、そんな願望が根本にこびりついている。
肺に棲むバグったぽんこつ細胞と、もう元には戻らない体で、「どうしたいか」…ねえ。
情けなくて、なんだか泣けてきて、でも前には進みたくて。
そんなのの繰り返し。
ああ、生きてるって感じがした。
家に帰って、倒れ込んだ。ぷーちゃんが駆け寄ってくる。
心配して、なはずはなく、脱げかけた靴下を奪い取って去って行った。
起き上がって見に行くと、何とも言えん顔で座っている。
ちょっと申し訳なさそうな顔?
引っ張ってみたとたん、絶対離さないぞと漲る気合い。パピーかよ。
元々描いてた未来への未練は、一生消えないかもしれないけど。
どうしたいかなんて、はっきり言えない超凡人の情けないわたしだけど。
ふと不安になって、どうしようって迷って、誰かに背中を押してもらって、ちょっとだけ未来を見て、ありのままでいいやって思ったりもして。
きっとそれがこれから先もぐるぐる。その繰り返し。
結局変わらないのは、ぷーちゃんが生きる意味で、きみと少しでも長く楽しく暮らせることがわたしの指針。
そんな風な生き方でもいいかな?
いいよね。
もうすぐ人生三つめの小説が形になりそうです。