定期建物賃貸借契約における賃貸人の中途解約権を認める特約の有効性について
弊事務所のブログの2017年8月17日付記事(http://blog.tplo.jp/archives/50499833.html)からの転載です。
◆弁護士 飛田 博
1.最近、私にとってはちょっと意外に思える判例と解釈論に触れました。
それは、定期建物賃貸借契約における中途解約条項を無効と判断する判例と解釈論です。
その判例というのは、東京地方裁判所平成25年8月20日判決(ウエストロー・ジャパン文献番号2013WLJPCA08208001)で、確かに、「定期建物賃貸借契約である本件契約において、賃貸人に中途解約権の留保を認める旨の特約を付しても、その特約は無効と解される(借地借家法30条)。」と言い切っているのです。
また、この判例と同様の結論を述べる文献にも触れました。それは、水本浩・遠藤浩・田山輝明編『基本法コンメンタール第二版補訂版/借地借家法』(2009年月、日本評論社)で、119頁に、「家主からの中途解約権を認める特約は、契約の終了期限が不確定なものとなるので、定期建物賃貸借契約の制度趣旨に鑑み、無効と解すべきである。」などと書いてあるのです。
2.しかしながら、私としては、どうもこの結論には納得できません。
上記の判例のいう借地借家法第30条というのは、「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。」という規定ですが、普通賃貸借契約においても、賃貸人の中途解約権を留保するような特約は有効と解されており、なぜ普通賃貸借で許されるものが、定期建物賃貸借契約では許されなくなるのかが説明し切れていないように思います。
おそらく上記の学説は、これに実質的な説明を示そうとして「家主の中途解約を認めると契約の終了期限が不確定となり定期建物賃貸借契約の制度趣旨に反する」という説明を試みているものと思われるのですが、定期建物賃借契約の制度趣旨は契約の更新のない賃貸借契約を認めようとするところにあり、更新の話と中途解約の話は別問題と考えることもできますので、この説明は説得的ではないように思います。
3.そもそも定期建物賃貸借契約の立法時の国会における議論を紐解いてみると、定期建物賃貸借契約であっても、普通賃貸借契約と同様、賃貸人・賃借人を問わず中途解約条項は有効であり、ただ賃貸人側から中途解約権を行使するには、借地借家法28条により正当事由が必要となるとの趣旨の答弁がなされており(第146回国会 参議院国土・環境委員会会議録4号38頁)、賃貸人の中途解約権を認める特約を無効とするような解釈はとられていません。
また、文献上も、稲本洋之助・澤野順彦編『コンメンタール借地借家法 第3版』(平文社、2010年3月)301頁には、「賃貸人は、賃借人との合意によって中途解約権を留保している場合以外は、解約権を有しない。」と記載されており、合意した場合には賃借人の中途解約条項が有効であることが前提とされていたことは間違いありません。
4.そして、この問題にきちんとした理由を付して説明しているのが小澤英明、(株)オフィスビル総合研究所編『定期建物法ガイダンス』(住宅新報社、200年5月)です。ここでは、小澤英明弁護士がとても分かりやすく説明してくださっているので、同書224頁〜225頁の該当箇所を引用したいと思います。
(以下、引用)
解約権留保の定期建物賃貸借契約は定期借家契約に該当するのだろうか。例えば、「本契約は、期間を2年とし、更新しない。ただし、借主は6か月前の通知により、期間中といえでも本契約を解約することができる。」という規定がある建物賃貸借契約は定期建物賃貸借契約に該当するのだろうか。これは、期間の定めのある契約で、更新しないことが明確であるから、定期借家契約に該当する。中途解約権があれば必ずしも期間満了で終了するわけではないから、借地借家法新38条2項の説明ができないため定期借家ではないという屁理屈もあるかもしれないが、同条項はコウシンしない契約であることにつき不注意な借主による契約の締結を防止しようとする意図によるものであることは明白であるから、それ以上に同条項に意味をもたせるべきではない。
それならば、借主に中途解約権がある場合はどうだろうか。これも同様である。問題は、中途解約権が貸主に与えられている場合に、中途解約権の効果が約定どおり認められるか否かということである。これは認められない。なぜならば、貸主による中途解約は借地借家法27条1項、28条および30条の適用があり、これを排除することは新しい借地借家法38条でも認められていないからである。つまり、中途解約権を行使する場合は、正当事由が必要である。もっとも、このような解釈に対しては、借地借家法27条1項は期間の定めのない賃貸借の場合の規定であり、また、28条は27条1項による解約の場合であるから、定期借家には適用がないのではないかという疑問も提起され得る。しかし、借地借家法27条1項および28条の規定は、民法の特則である。民法617条およびこれを準用している618条では、期間の定めのある賃貸借において、中途解約権が与えられている場合、解約申入れを行って3か月経過して終了することを定めている。これを貸主からの解約の場合は、6か月にして、かつ、正当事由の具備を求めたのが借地借家法27条1項および28条である。そうであれば、27条1項や28条は、期間の定めのある賃貸借にも適用がある。従って、貸主の中途解約権の行使には従来どおり、正当事由が必要と解せざるを得ない。
(引用終わり)
長々と引用しましたが、私としては、この小澤弁護士の見解が、立法時の考え方に最も合致しているし、とても説得的なので、適切であると思います。
5.なお、一番新しく出版された田山輝明・澤野順彦・野澤正充編『新基本法コンメンタール借地借家法』(新日本評論社、2014年5月)233頁〔吉田修平執筆部分〕では、賃借人の中途解約権を認める特約は有効であるし、しかも、その場合、中途解約をするには正当事由も要求されないとの見解が述べられています。面白い見解なので引用すると、
(以下、引用)
本条〔注:借地借家法28条〕1項の文言上、「30条の規定にかかわらず」と定めていることで、本法26条および28条の規定が適用されないことが明確化されているから、定期借家契約においては賃貸人からの解約権の行使に正当事由が要求されることはない。
そして民法618条によれば、当事者が賃貸借の期間を定めた場合であっても、その一方または双方がその期間内に解約をする権利を留保した場合には、同法617条を準用することになる。同法617条によれば、当事者の解約申入れにより、建物賃貸借は解約申入れから3カ月の経過によって終了する。
すると、定期借家契約の場合については民法618条および同617条により、賃貸人からの期間内の解約権を定めたときは、解約申入れにより3カ月で終了するとかいすることになる。
よって、賃貸人と賃借人が真に自由な意思によって合意した以上、その合意通りの効力が認められるものと解さざるを得ない。
(引用終わり)
私としては、この見解に従えば、当事者間の合意により「正当事由」の有無の厄介な判断まで回避できるので、大変魅力的ではあると思うのですが、当初述べた通り、「更新の問題」と「正当事由の問題」は別と考えており、「30条の規定にかかわらず」と規定されていても、そこから、27条、28条の規定の不適用まで読み取るのは難しいと考えています。
6.ただ、いずれにしても、定期建物賃貸借契約の立法時の考え方、借地借家法と民法の条文解釈さらには普通賃貸借契約とのバランスからして、賃貸人側の中途解約権を無効とするような東京地方裁判所平成25年8月20日判決の考え方には違和感があります。
この記事が、この論点を考えるにあたって一つの参考になれば幸いです。