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「雨が降る度に」を小松未歩が自分たちを祝福してくれている歌として解釈してみた

はじめに

こんにちは、2000年前後のbeing作品の歌詞の解釈について書いている「品川みく」です。思春期の頃から20年間愛してきた曲たちが、時が経つにつれ私の中でどのように変化していったのか、解釈の変化をお楽しみいただけると嬉しいです。
きょう、2022年5月28日は、小松未歩デビューからちょうど25周年の記念日。この記念すべき日に小松未歩のサブスク解禁も発表されtwitterはファンの間でお祭り状態。絵を描く方、歌う方、演奏する方、コスプレをする方、音楽理論を語る方、様々な形で小松未歩への愛が表現されるきょうこの日に、私は、楽曲解釈でハナを添えたいと思います。
今回は、小松未歩3rdアルバム「everywhere」から「雨が降る度に」(2000年)について語ります。


22年前の解釈:君とともに生きる幸せをかみしめる歌

この曲がリリースされた頃、私は中学生でしたが、中学生の私でも読み解けるくらいこの曲は理解しやすい曲だったと思います。

主人公と”君”とは、既に同棲中なのか、もしくは週末ごとに遊びに行っているのか、そんな関係です。雨が降る度に草木が芽吹くように、あなたへの思いが積み重なっていく、そんな幸せな姿を描いた曲です。

君の住む町は転がる石コロさえ宝物に思えるくらいきれいに映って、
“君”と過ごす姿は流れ落ちる水のように自然なものとして感じられています。

「スクリーンに映る影」というのは、例えば、”君”が制作した映画に映っている影が「時に私だったり」する、”君”と主人公が一緒にいることが”君“の世界に受け入れられている様を表しているのだと思っています。

「雨が降る度に」はそんな”君”と10年先も変わらずいたい、君と生きる幸せをかみしめるストレートな気持ちがやわらかなメロディに乗せて伝わってくる曲でした。

楽曲の楽しみ方は十人十色、妄想も楽しいよ

…と、たぶんこの曲の主流派の解釈はたぶんこんなところなんだろうと思いますが、歌詞にいろんなイメージを持って聴いている人が多いことを「小松未歩1曲1時間ラジオ企画」で知ることとなりました。

特に、えいちびぃさんは、ちょっと強引かもしれないけれど、こんな感じに妄想してみると楽しいよという解釈を全力で披露してくれていてとても面白いです。

それならば、私も、ちょっと妄想を膨らませてみましょう。

妄想のカギとなるのは、小松未歩のアルバムの曲構成。小松未歩のアルバムは最後の1曲は本の「あとがき」を書くようにファンへのメッセージを伝えるものであることが多いのです。2ndの「Deep Emotion」、5thの「愛の唄」、7thの「君のなせるワザ」あたりが典型的かな、と思います。すると、3rdのこの「雨が降る度に」もファンへのメッセージなのではないか、そう思ってこの曲への妄想を膨らませてみました。

現在の(第2の)解釈:親友の結婚式での祝福の歌

この曲を、小松未歩が親友の結婚式で、二人を祝福する歌として歌ったものとして聴いてみたらどうでしょう。

主人公と君は同じ町で育った幼馴染の親友同士で、私は育った町を離れたけれど、君はその町で愛する人との生活を始めようとしています。

1番は自分と親友(君)との関係性を歌います。

降り注ぐ雨に誘われて、ここで(君と私が過ごした町で)重ねた記憶が蘇っていきます。
こんな美しい町に(君が愛する人と)暮らせたら転がる石コロもきっと宝物になる。
(もう一度、子どもの頃のように、君と私で)河原の辺で手をつないで、
長く伸びる影を追いかけていこう。
10年先も変わらずに君といたいな。
流れ落ちる水のように、命が巡るように自然な関係として。

2番はこれから新しい生活を送る親友(君)へのメッセージ。

(これからは)ひとりじゃやないからビスケットはふたつ、
寂しさや涙は半分ずつ。
「世界一強く脆い君を
世界中の誰より愛しているから」
どうか、君がプロポーズで贈った言葉を大事にし続けていてください。

私がこの町に帰ってきたときには、
君と愛する人との穏やかな暮らしの中にちょこっと居させてね。
君が愛する人と一緒になることができて、私はとても幸せです。

10年先もずっと変わらずにいようね。
私と君の関係も変わらずに、
そして、君が愛する人といつまでも愛を交わせるように。
神様、どうぞ傍でお見守りください。

おわりに:小松未歩が祝福してくれていると妄想しながら

「10年先」というとはるか遠くのように感じましたが、私も今年で結婚10周年を迎えます。小松未歩の曲もこっそり披露宴のBGMに流していたのですが、もし小松未歩が私たちを祝福するために歌ってくれていたのだとしたら、と時々妄想することがあります。

この10年間、いろいろ大変なことも多くケンカも絶えないですが、愛を育み、傍に居続けることができています。そして、この10年間も、それまでの15年間と変わらず小松未歩の歌がそばにありました。これも「10年先も変わらずに君とねいたいな」、「スクリーンに映る影は時に私(小松未歩)だったり」の一つのカタチなんじゃないかな、と思います。

小松未歩さん、デビュー25周年おめでとうございます。
そしてこれまでの10年間、あなたの歌で私たちを見守ってくれていて、ありがとうございます。
これから先の10年間も、「どうぞ傍で」見守っていてください。
この願い、小松未歩さんに届け!!

楽曲の解釈に正解はなく、多くの人が心を動かされ、いろんな解釈で一つの曲を楽しめることを私はとても素敵に思います。その中の一つとして、私の解釈も楽しんでいっていただけると嬉しいです。