コロナ禍とトラック運送 ~アメリカの場合 ~
世界各地で猛威を振るう新型コロナ。その感染の広まりは南極大陸を除く地球全土に及び、小松左京の「復活の日」を髣髴とさせる様相となった。そんな中でも人々の生活を支えるために欠かせない仕事の一つが物流であり、わけても、ほぼあらゆる貨物輸送に関わるトラック運送が極めて重要なのは論を待たないだろう。都市や経済活動が緊急事態宣言で封鎖されていても、トラックは走り続けなければならないのだ。
ただ緊急事態宣言で経済活動に厳しい制約をかけたことで、トラック運送の安全に懸念を示す出来事がアメリカで発生している。日本でも今後どうなるかは分からないが、アメリカを先例とすべく現地の報道などに基づいて考えてみたいと思う。
Essential Works (必須の仕事)
「不要不急の外出は控える」。これは新型コロナ感染拡大を抑制するため、再三に渡り言われていることだ。外出禁止令や緊急事態宣言が出された国では、警察などの強制力をもって不要不急の外出や仕事の取締も行われている。日本ではそこまでの強制力は無いが、北海道の鈴木知事が緊急事態を宣言した際、飲食店や百貨店などが自主休業をしたのが記憶に新しい。感染が拡大している東京都でも、小池知事が不要不急の外出をしないよう呼びかけている。
不要不急はダメだが、当然ながら全員が働かないわけにはいかない。緊急事態下でも活動が認められる、むしろ活動して欲しい業種や職業がある。それが海外(英語圏)で "Essential works" 或いは "Essential business" と呼ばれるものだ。邦訳すれば「必須の仕事」とでもなるだろうか。新型コロナ対策では医療従事者、官公庁、軍隊、医薬品や食品などの販売、それら物資の生産など、コロナ禍との戦いや人々の生存に関わる仕事がこれに該当する。そして冒頭で述べたように、トラック運送業など物流もまた必須の仕事だ。Essential worksは、日本の国民保護法や災害対策基本法、新型インフルエンザ特措法で定められた指定公共機関に近い。緊急事態だからこそ、社会を支え人々を助ける助ける為に働かねばならないということだ。
そのようなことからトラックは本事態においても物流を担っているのだが、アメリカでは些か困った事が起きている。Essential works「ではない」とされ閉鎖された施設や事業の中に、トラック運転手が仕事を続けて行く上で欠かせない仕事も含まれていたからだ。それは飲食店、高速道路に接続するサービスエリア、トラック運転手が休憩を取るトラックストップ (トラックステーション)、整備工場、自動車部品製造業など、いわばトラック運転手にとってのインフラとなる仕事だ。トラック運送は社会のインフラだが、そのインフラのインフラに閉鎖や休業になるものが相次いだ事で、運転手が困っているという。またこれを受け、トラック業界の団体が大統領や各州知事に陳情を行い、それらの施設の再開を促す活動を行っている。アメリカでの事例を現地報道を参考に見て行こう。
運転手が休めない!
カリフォルニア州サンノゼの朝刊誌「The Mercury News」は2020年3月18日の記事で、各地でサービスエリアやトラックストップなどが閉鎖されたことで、トラック運転手が休憩場所に困っていることを伝えた。
記事ではペンシルバニア州運輸庁のことが取り上げられている。同州運輸庁は緊急事態宣言を受け、一旦は全てのサービスエリアなど休憩所を閉鎖した。しかしその翌日、トラック運転手の要望を受けた大統領の判断に基づき、約半数を再開したという。休憩所を閉鎖したのは同州だけではない。多くの州では人々の移動そのものを阻害し、コロナの感染拡大を防ぐために同様の措置を取っている。確かに感染拡大を防ぐためには人々が移動しないことが重要で、移動を阻害する施策は一定の効果を認めなければいけない。
しかし自動車による長距離移動には、乗用車による個人旅行のような「不要不急」と、トラック運送という「必須」のものがあり、どちらも同じ道路インフラを利用している。故に前者を阻害する為の施策が、後者の必須の活動をも阻害する事になったわけだ。緊急事態において両者の利害が正反対の立場となり、コンフリクトしたと言えるかもしれない。
記事では他にも、自動車部品製造業やその販売業、整備工場なども必須の仕事として認めて欲しいという、業界関係者の声を紹介している。自動車は数万点の部品からなる屋外を走行する機械なので、どうしても機械的なトラブルへの対応や定期的な補修整備が必要となる。緊急事態下でもトラックが必須の仕事として走り続ける以上、これらの仕事もまた必要とされているのだ。
同様の報道は他にもある。3大ネットワークのabc系で、インディアナ州に拠点を置くRTV6も、コロナ禍の最中に荷物を運ぶトラック運転手の働きと、彼らが休憩場所に困っていることを取り上げている。
いずれの場合も原因として共通しているのは、平時に利用できるサービスが閉鎖されたり、営業活動が制限される事によるもの。飲食店などのサービスは、不要不急の人だけでなく必須の仕事をする人も利用しているからだ。
そんな中、トラック運転手への支援活動も始まっている。アラバマ州のユーフォーラ市警察はトラック運転手への支援として、パトカーでドライブスルーのある店舗へ運転手を送迎する活動を始めた。
閉鎖命令により多くのレストランは休業に入っているが、濃厚接触が避けやすいドライブスルーで営業を続けている店はある。ただ全長が20m前後になるアメリカの長距離トレーラートラックでは、ドライブスルーを利用できない店は多い。そこでパトカーで送迎をしようというわけだ。
こういった草の根の支援もあるが、やはり多くのトラック運転手に対し必要なサービスが供給されることを考えれば、「必須の仕事」にトラック運転手が利用する店やサービス、及び運送業に関連した産業も加えるべきと言う意見には、これもまた一定の合理性があるのではないだろうか。
緊急事態で「統制経済」はどうすべきか?
以上のような不具合が発生する原因は幾つかあるが、大元にあるのは各国政府が統制経済的な采配を行うことによるだろう。統制経済的な采配とは、政府が人々の経済活動を「これは不要不急」「これは必須」と選別し、前者を抑制し後者のみを動かそうとすること。それは戦時体制と変わりがない。不要不急とは言い換えれば「欲しがりません勝つまでは」であり、コロナ禍とはまさに一種の戦時なのだ。
ところがこれまで述べたように、不要不急とされる仕事も、実は必須の仕事を支えているという別の顔を持つことは少なくない。外食産業が遊興目的だけでなく働く人の胃袋も満たす、遊びでドライブに出かけた人が立ち寄ったサービスエリアは、長距離トラックも休憩場所として利用している。これは世界中で見られる光景だ。市場経済は、様々な商品やサービスが接続して相互依存し、それによって各産業が賄われているという複雑さを持つ。そこに政府が統制経済的に介入し采配するので、当初の目的に反する影響も発生させてしまうのだ。
こういう見方は、かつては共産主義を批判するのに使われた。中央委員会があらゆる生産活動について方針を決定し、生産ノルマを課して統制しようとするから、活発な生産活動ができず生活物資すら不足するのだと。しかし「本土決戦」のような戦時下では、自由経済体制でもそれをしなければならない。あえて共産主義国家と同じ轍を踏んで、艱難を乗り越えていかなければならない、ということになる。換言すれば緊急事態宣言の趣旨を逸脱しないようにしつつ、必須の仕事に供給制約が発生しないようにするという、二律背反を両立するということ。かなり高度なバランス感覚と実行力が要求されると言えるだろう。
ではどうすればそれが成るのか。最終的には行政府が適切に利害調整をして采配するという事になるが、その手段として筆者が着目したのはロビー活動である。コロナ禍のアメリカにおいては、トラック運転手組合など業界団体や組合が、ホワイトハウスや各州政府などに陳情を行っている。それらロビー団体がいわばセンサーや末梢神経の役割を担い、「今の方法だと必須の仕事も回らなくなる」と中枢神経である行政府にアラートを発し、修正を促しているわけだ。ここで行政府が修正を行うことで、ある程度はバランスが取れることになる。利害調整に多少であっても時間を要する事になるが、最初から行政府が完璧な利害調整を行うのも技術的に難しいはずなので(できるなら共産主義もどうにかなったろう)、その補正手段としてのロビー活動の有用性はあるのではないかと筆者は考えるのだ。
ロビー活動のようなものは民主主義国家ではどこでも行われるが、一方でしばしば利権構造として忌み嫌われる。要するにロビー団体の利益になるよう政治家が田中角栄するということ。確かにそういう弊害があるのは間違い無い。日本の土建業と田中角栄の繋がりは言うまでも無く、近年ではドイツVWの排ガス不正においても、それら有力産業にとって都合の良いように、ドイツやEUの政治家が田中角栄していたのではないかという疑念もあった。ただ規制当局が適切に利害調整できない、限界があるのもまた事実だから、先述のようにロビー活動もまた有用だろうというわけだ。平時でもそうなのだから、まして有事の統制経済下なら。その上で行政府等が「ヨッシャ!ヨッシャ!」と采配を振るい、全体として上手く回るように修正をかけていくのが、最善かは分からないが次善策ではあるだろう。
以上が、コロナ禍におけるアメリカのトラック運転手が置かれた状況である。全土に非常事態が宣言されたアメリカは、日本がコロナと戦っていく上でも先例となるだろう。次回は上記を踏まえ、日本の現状と対応策について私見を述べてみたいと思う。