お世辞じゃなくてほんとに褒められると素直に嬉しいよね。
今日は何を書こうかなと、まったくまっさらな気持ちでnoteを開く。朝の私に降りてくる空気を文字に落とし込む。(言いかたカッコイイな)
昨夜、仲間と一緒にやっている「ぼくらの学校」でひとコマ講義させていただいた。タイトルは「透明に生きる」。スケスケ。(ちが)
私は人前で話すのが苦手。色んな人が色んな目で私を見ているのだろうな(当たり前でそれでいいんだけど)というのが嫌で、恥ずかしいし、苦手。
想っていることはたくさんあるけど、語彙力も少ないしうまく言葉にできなかったり支離滅裂になってしまったりして、ていたらくとなる。
だけどしかし、苦手意識があることを避けたり逃げたりするの、良くないよね。得意なこととか好きなことって意識しなくても続けられるしストレスなく何回もずっとやっていられる。だからどんどん上達する。
でも苦手なことって、嫌いだからやりたくないしやらないし、やらないから失敗も経験もできなくてますます上達しないし更に嫌いになる。
人間ってね、人生の使命とか宿命とかってあると思うんだけどね、この一生でやらなきゃいけない課題っていうか、自らの魂の成長のための宿題を出して生まれてきてるんだと思うの。
だからきっと、乗り越えなきゃならない楽にできないこと=やりたくない嫌なこと=苦手なこと、って言うのがあると思う。それを乗り越えないと人間的に成長しないって言う、アレ。
昨夜の「透明に生きる」と題した小一時間の私の話を聴いてくれた人が、「良かったよ」「心うたれた」って感想を伝えてくれた。単純に「褒められる」っていうのは、嬉しいもんだよね。ホント、嬉しかったの。
イヤイヤやっていた時が過去にたくさんあって(ゴメンナサイ)、「もう嫌だからやらない!」って言おう言おうっていつも考えていたけどそれをみんなに言う勇気さえなくて、その場に流されて引き受けて・・・となっていたけどそれは、「やりなさいよ」「苦手を克服しなさいよ」という天からのメッセージだったのかもしれない。
なんかマジメに語ってる感あるけど、何が言いたいかというと、その私の苦手が少しは克服されたのかもしれないということ。(まだ苦手だしできれば避けたいと思っていたりもするけど)「話すこと」少しはうまくなれたのかな。だから、苦手なこととか嫌なことも、それだけじゃないよねってことかと。
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