(一次小説 ・ ダークファンタジー )奈落の王 その二十三 邂逅
アリアは洞窟のむき出しの岩肌に躓いて転んでいた。
「あ痛!」
あちこちさする、幸い強く打った場所はなさそうだ。
アリアは明かりなしに、洞窟の岩肌がぼんやりと光っていることを知る。
「不思議……」
洞窟に住む虫か、それとも岩肌に張り付いた苔か。
いづれにせよ、視界は確保されている。
背後には大扉。押しても引いても開かない。
一方で、洞窟は奥まで続いているようだ。
一本道。
行くしかないのだということを、アリアは認め、歩き出す。
アリアの前には道があり、その歩んだ後には足音が残った。
●〇●
二人の男が水晶球を覗き込んでいる。
銀仮面卿ことロランと、伯爵公子ハルフレッドの異母兄、タスクランである。
「アリア!」
思わず叫ぶロラン。
「叫んでも相手には通じんぞ? そもそも聞こえないのだ、こちらの声や音は。お前も知っておろう。忘れたのか?」
「あ、あはは、はい。覚えること多く、その代わり忘れることも多いもので」
タスクランは鼻を鳴らす。
「たるんどるのではないか? それとも、その水晶球の先の娘にぞ首ったけで何も周りが見えなくなってるのか ?」
「いえ、そんなことはないです兄上」
タスクランは大きくうなずく。
「まあ、今後注意することだ」
「はい」
と、ロランとタスクランの会話はここまで。
なぜなら、水晶球が新たな空洞を照らし出し、あの娘、アリアが未知と遭遇していたのだ。
ロランとタスクラン。彼らは今一度、水晶球の中を覗き込む。
●〇●
岩塊が転がる洞窟の先に、光輝く水晶があった。
それは巨大。
アリアの背丈の、ゆうに二倍はある。
太さも両手で抱えても、右と左の手がお互いに届くだろうか。
──そんな、無色透明な結晶、クリスタルだった。
「奇麗……」
アリアはただ見つめた。
この世にこんなに美しいものがあるものかと、ただただその美を認める。
そして、その輝きは、水晶の内から発せられているようなのだ。
アリアは首を捻る。
謎である。
アリアにとって、またしても謎が一つ増えた。
で。
そんなぶしつけなまなざしをアリアがクリスタルに注いでいると。
『有資格者よ』
と、男とも女とも、老人とも若者とも、子供ともとれる声で、言葉がアリアの頭に刺さる。
『聞こえているだろう。選ばれしヒュムの巫女よ』
アリアは少し後ずさりして、首を左右に振る。右、左、後ろ、そしてもう一度前!
「あれれ?」
だが、言葉を発しそうなものは何も見つからない。
アリアには何が何だかわからなかった。
『落ち着くのだ巫女よ。この力を送るのは、おおよそ五百年ぶりとなる。そうとも、お前は稀有な存在なのだ』
「……あなたは、だあれ? 誰が、わたしに話しかけてるの?」
アリアは声を絞り出す。
『我はそなたたち死すべき定めの者が言う、神であり魔である。神とでも、悪魔とでも、精霊とでも、大いなる霊魂とでも……』
「わたし、わたしね、難しいことダメなんだあ。わかんないの」
『そう、それが資質なのだ巫女よ」
「そ、そうなんだ!」
と、アリアは目を丸くして驚く。
「わたし、わたし!」
と、興奮し始めた。
……人間、ヒュムと言うよりも、ほぼ動物の挙動と言えなくもない。
『私のことは神魔ファディとでも呼ぶが良い。ヒュムの、いや、巫女よ。今、この瞬間からそなたの種族名はヒュムでなくハイマンだ』
「ハイマン?」
『ああ。ハイマンに関する記録はそなたたちの社会にも残っていよう。イスカンダルの大図書館、東の三賢者の庵、貼るか南は砂漠の地のエメラルドタブレット……』
アリアは頭痛がした。
覚えきれないのだ! この思念体、と言うか聖霊は、たぶんとても大切なことを話してくれているに違いないのだ。
なのに、なのに!
「ああ、わかんないよ神魔ファディさん」
と、ヨヨヨと涙する。
だが、そんなアリアにもわかることがある。
その神魔ファディの霊が、自分の胸、すなわち心臓に吸い込まれ、暖かい力を心臓から体全体へめぐる血液に乗って、鼓動の波紋と共にアリアの体全体に行き渡るのが。
「ああ、暖かい……」
アリアはまた、涙した。
すると、カラン、と地面で音がする。
それは拳大の透明な水晶柱だった。
ちょうど目の前のクリスタルの小型版である。
──拾うのだ巫女よ、それは必ずそなたの役に立とう──。
と、いった言葉が聞こえたどうかは分からない。
だが、アリアはそれを拾い、黒いドレスのポケットに仕舞い込んだのである。
●〇●
二人の男が遠見の水晶球を通じて全て見た、そして聞いた。
「まさか、ハイマンの降臨とはな。あの娘、まさかの神霊級を呼び出すとはな」
「アリア、アリアは大丈夫なのか! あの強烈な霊の操り人形となったんじゃ!?」
「落ち着きたまえ銀仮面卿。神魔とは敵対しない限り害にはならず、ヒュムの味方をすることが多いと聞く。あの娘が邪悪な霊に憑りつかれたというのは、話が性急すぎる」
「そ、そうか!? いえ、そうなのですか兄上!」
「ああ。何なら……魔女かどうか、審問に掛けてみればいい。王都の司祭どもならその技、邪悪を知る技を知るだろう」
ロランはその言葉に激高した。
「審問!? かけるまでもなくあれはアリアだ! 俺の大切ない……女性だ!」
と、ロランの勢いに押されタスクラン。
「まあ、まあ。そうするかどうか、アリア嬢の扱いをどうするか。そんなことはまず、本人としっかり話し合ってからで」
「ああ、もちろんだとも。アリアは邪悪じゃない」
「まあ、だから落ち着け? な、銀仮面卿?」
ロランは次々と湧いて出てくる怒りを抑えに抑え、唇から血が出そうなほど、下唇を噛みしめるのだった。