(ダークファンタジー) 奈落の王 その十一 小僧が変身するとき
芝生に覆われえた中庭。
そこでは雄叫びや剣劇の音が聞こえてくる。
そう、今まさに男が二人、それぞれの手に練習用の得物を持って対峙しているのだ。
それは少年ロランと老騎士ライル。
それが今戦闘訓練をしている者たちの名である。
ロランはまたしても老騎士ライルに速攻を仕掛けたが、いとも簡単にロランの短剣は弾かれ、庭の砂を蹴り上げた目つぶしもかわされ、こっそり持っていたもう片方の手に握っていた短剣もかわされてしまったのだ。
ロランは背中を強かに打ち付けた。
騎士の技などクソ食らえと、騎士とは何なのかを教えてくれた当のライル老を前に、以前冒険者から教わった軽戦士──つまり盗賊、ニンジャの技だ──を試す。
「つ、強ええ」
と赤色交じりの唾を吐きだす。
ライルは口の中を切っていた。
受け身に失敗したのである。
口の中どころか体全体が痛い。
「小僧、それがしの剣を正面から受けなかったのは称賛に値する。よく考えたな。しかし──」
ロランは先ほどの立ち合いを思い出す。
「冒険者の真似事をするなら、目つぶしだけでなく体重と速度を乗せた体当たりや、前蹴りや体を捻る回し蹴り、そして膝の皿を正面から踏み砕く関節技などを磨け」
「え?」
「小僧、おぬしはハルフレッド様の影としてのみ価値を持つ。それでも良いのか? 本当にそれだけで良いのなら、冒険者や軽戦士の技など忘れ、捨ててしまえ。騎士の剣だけを教えよう。だがな小僧……」
ライル老がまっすぐに、未だ起き上がらず仰向けにひっくり返ったままのロランを見据え。
そして両者、目が合う。
ライル老は見る。ロランの瞳が未だ死んでいないのを。
世界に絶望など、感じてはいないのだ、この元賤民は。
だから、ロランはライル老にこう噛みつく。
「俺はロランだ。いくら顔や体つきがハルフレッド様に似ているとはいえ、別人!」
「ほう? 小僧、よく言った。それではお前の名は?」
「俺はロランだ、辺境伯爵公子様じゃねえ!」
ロランの叫びを聞いて、ライル老。
「そうだな、その通りだ小僧」
「え?」
「ほう、いい目をするようになったと言っている。小僧、いや。ロラン。良い心構えだ」
「もう小僧とは言わないのか? 爺さん」
「男が生き方を決めたのだ。蔑称など使っていては、このライル、元王宮近衛騎士としてのプライドが許さん」
「だったな爺さん、強いわけだぜ」
「ああ、もちろんだ。わしはこれでも先代国王陛下の肝入りだ」
ライル老の名乗りを聞くロラン。
そしてその元近衛騎士は剣の柄を再び力強く握りしめる。
と。
ロランは立ち上がり、両手の持った短剣を十字に構えた。
「そう、それでいい。ではロラン、いや、戦士ロラン。わしから一本でも取ってみろ。いつかお前たち兄妹に豚の丸焼きでもご馳走してやろう」
と、老騎士ライルは長剣を正眼に。
「それは嬉しいことを聞いたぜ! 俺は一生に一度でいいから肉を腹いっぱい食ってみたかったんだ。妹のアリアも一緒さ。で、その豚ってのは人間様の食べ物なんだろうな?」
ライルは意外な答えに迷ったが。
「安心しろ。豚は家畜と言って、人間、ヒュムに食べられるために育てられている生き物のことだ」
「そうなのか、鶏とは違って、さぞ美味いんだろうな」
「ああ、鶏の数倍旨いぞ。わしが保証しよう」
「その話、乗った! 勝負だライル爺!」
と。
笑みさえ浮かべていた二人の男は、どちらからともなく自然に黙る。
そして、ゆっくりと両者は対峙したまま円運送を始めた。
「戦士ロラン。お前はそれでも短剣の二刀流で構わぬのだな?」
ライル老は確認する。
「俺は強い敵とは戦わない! 弱い敵と戦い生き延びる! この短剣だけが俺の武器じゃないぜ爺さん!」
「よく言った! 影は主人が死んでも生き残り、主人の大義を晴らす責を持つ。お前は今日ただいまより、正式にハルフレッド様の影となったのだ!!」
ロランは吠える。
「応! さあ! もう一勝負こいよ爺さん!」
「覚悟は良し! 来いロラン! お前の技、弱さ、強み! すべてわしが暴く!」
と、戦士ロランと老騎士ライルとの修練がまた再開されて。
「ロラン、強くなれ、死ぬな、生き延びろ! そのための技を磨けロラン!」
「言われなくても!!」
剣戟は激しく続く。
二人の修練。
それはお日様の許す限り、ほぼ毎日続いたのである。