『STAR WARS: 遂げられた指令』 第1部 6章 コルラグ・サフィラス
六 コルラグ・サフィラス
顔を上げ、大空に楔形の宇宙船の影を認めたとき、帝国軍がやってきたことを誰もが瞬時に理解する。それがたとえ銀河に名高い巨大なスター・デストロイヤーでなくとも、人々に帝国の権威と力を思い起こさせるには十分だった。
空を染める朝焼けのピンク色がようやく薄まり消え、ぎらつく陽光がまばらな雲を白く縁どる中、上空には三基の強力なエンジンを備えた楔型の軽クルーザーが浮かび、眼下の町々を睥睨していた。その後ろに追随する、軽クルーザーよりも一回り大きなキャリアーから、巣から追い立てられた羽虫のごとく十機余りの戦闘機が吐き出された。二枚の羽根をつけた脱出ポッドのようにも見えるシンプルな量産機体は、帝国の徹底した効率化の見本のようだ。
港に向かって一直線に降下するTIEファイター中隊の発する、獣の遠吠えに似たイオン・エンジンの唸りが空を圧すると、町の人々の間に緊張が走った。
「こちらBFリーダー。全機通常哨戒コードに則り散開せよ。これ以後離陸する宇宙船はすべて警告の上停船させ、スキャンせよ。警告を無視する船には発砲を許可する。」
中隊長の指示を受けて、四機一組になったTIEファイターがそれぞれの方角に分かれ、偵察を開始する。ミン・テジュン──BF-5の率いる四機は港の北部に展開し、不審な建造物や宇宙船や車両がないか確認しながら旋回した。中隊長のグループは、折悪しく宇宙港から離陸したばかりの貨物船を取り囲み、停めさせている。
海底の深さにしたがい、明るい青緑から深い緑にわたって複雑な模様をつくる海を抱く港町は、停泊する海洋船舶と宇宙船の両方でごった返していた。
ミッド・リム領域に位置するこの美しい海の惑星コルラグ・サフィラスは、その名の通り惑星コルラグの勇敢な探検隊が到達し植民が始まった星だった。短時間で母星と行き来できるハイパースペース・レーンが開拓されて以降は移住者も一層増え、北半球には温暖な気候と豊かな自然を求めて富裕層の別荘やレジャー施設がつぎつぎと建造された。そして南半球では主に多種の資源を利用した工業が発達した。
コルラグ・サフィラスの住民たちは概して大らかな平和主義者だったが、港や海上の施設は物々しく武装されていた。体長が大型宇宙船ほどもあり、大洋の生態ピラミッドの頂点に君臨する悪名高いレッド・クラーケンによる被害を防ぐため、港湾施設や海上プラントは頑丈なドームや電磁シールドで守られているだけでなく、多数のレーザー砲台やスタン・ハープーン・ランチャーなどが配備されているのだ。
レッド・クラーケンは大小あらゆる海洋生物を飲み込んで成長してゆき、ついにその巨体を海に横たえるや、死骸は銀河の星に例えられるほど無数の新たな命の糧となり、途方もない恵みと豊かさをもたらした。ゆえにコルラグ・サフィラスの賢明な入植者たちはそのレッド・クラーケンをすっかり駆除するのではなく共存する道を選び、命知らずの船乗りや漁師たちは怪物との致命的な衝突を巧みに避けながら、今日に至るまで荒波の上を航海しつづけているのである。
この星は、子供のころ観光旅行で訪れたグリー・アンセルムにも似ている。宇宙港のドックヤードに並ぶ貨物船をチェックしながら、テジュンは思った。グリー・アンセルムよりも苛烈な陽光に照らされた海と陸はビビッドな色彩で、人の心を落ち着けるというよりは奮起させるといった雰囲気がある。宇宙港管制官の口調からしても、ここの住民は剛直で、荒っぽく、活気にあふれているように感じられた。軍事的な理由からでないとはいえ施設は厳重に武装されてもいる。
先日、ハイディアン・ウェイ沿いの帝国施設が反乱勢力に奇襲され、イオン兵器を含む大量の軍事物資が強奪された。帝国保安局は反乱者の足跡を追いつづけ、このコルラグ・サフィラスに辿り着いたのだ。そしてISBからの要請でテジュンの所属するBF飛行中隊を含む帝国軍部隊はこうして現地に駆け付けたわけだが、このような場所で容疑者や密輸品を捜し出すのは至難の業だった。まるで色とりどりの具材を盛ったサラダボウルのような雑多な町々を巡り、宇宙船や車両の所有者を残らず尋問し、合法的に設置されている砲台や兵装を一つ一つ臨検し、プラントの倉庫を隅から隅まで見て回るのだろうか? 考えただけでも気を失いそうだ。
だが、帝国はそれをする。テロ行為につながるすべての芽を摘み、憎むべき反乱同盟に養分を送り込むすべての根を絶たねばならない。遺憾ながら帝国は、今まで反乱者たちを軽視しすぎていたと言わざるを得ない。それが彼らに増長の隙を与えた。そして彼らの恐ろしいテロ行為の被害を最小限にとどめるために、反乱者に乗っ取られた惑星オルデランに懲罰を与える他に手はなかったのだ。反乱者たちはついに帝国の技術の結晶であるDS-1バトル・ステーションを破壊し、帝国の秩序の根幹を揺るがしにかかった。今こそ草の根を分けても彼らすべてを狩り出し、銀河市民の安全を脅かすものを永久に取り除くその時だ。
テジュンたち先遣隊の任務は取り急ぎコルラグ・サフィラスの宇宙港を封鎖し、徹底的な調査の前に安全を確保することだった。
BF中隊が港の巡視を一通り終えると、管制官とのやり取りを終えた指令クルーザーから、一機のシャトルが切り離された。ISBのエージェントを乗せたそのシャトルが宇宙港の中心に降り立つと同時に、空に浮かぶキャリアーからは黒い金属塊が次々に吐き出された。金属塊は町に向かって一直線に落下していったが、空中でリパルサーリフトを起動すると、それぞれにアームを展開して、解き放たれた猟犬よろしく高らかに電子音を発しながら町中に散っていった。各種のセンサーを備えたプローブ・ドロイドによる徹底的な探知が行われるのだ。
クルーザーの到着、封鎖命令、戦闘機隊の巡回、シャトルの着陸、ドロイドによる徹底的な探索。それらは作動する精密な工作機械のように遅滞なく展開されてゆく。町の人々は、先祖たちが快適なコア・ワールドの母性を離れてゼロから築き上げたこの星に大いに誇りを持っていたから、帝国が我が物顔で、無遠慮に踏み込んでくるのを目の当たりにして大いに苛立ちを覚えていた。とはいえターボレーザーと戦闘機で武装した強大な権力の腕を前にしては、ひとまず大人しくこの状況を見守るほかなかった。
実はこの時港町には、大空を揺さぶる軍艦だけでなく、暴れ狂う炎のような触手の脅威も迫っていた。それは海中深くあらゆる生物を蹴散らしながら、港に向かってゆっくりと進んでいた。ほとんどの住民たちは帝国軍の到来に気を取られ、それに気づかなかった。
「エージェントのシャトルが無事に着陸した。BF中隊は宇宙港の封鎖が完了するまで哨戒飛行を継続せよ。」司令クルーザーからの指示を受け、各機は町を囲むように巡回をはじめた。
若いパイロットたちのうち何人もが、まだ傷もなく黒光りしている新しいヘルメットの下で安堵のため息をついた。この度の任務も無事に終わりそうに思えたからだ。ISBの予想通り盗まれた物資がこの星に運び込まれていたとしても、そうでないとしても、この後の綿密な調査でそれは明らかになり、しかるべき処置がなされるだろう。そこから先は、彼らパイロットたちの仕事ではない。飛行隊による迅速な制空と地表のスキャンにより、脅威となるような反乱軍の軍艦や大型兵器の存在は否定された。もし不届きな反逆者が現れるとしても、帝国軍クルーザーと戦闘機中隊、そして爆撃隊からなるこの軍勢を打ち破ることは不可能だ。
ほとんどが帝国アカデミーを卒業したばかりのパイロットたちからなるBF中隊は、すでに哨戒や偵察などの任務を数回こなしている。それらの任務を終えると、パイロットたちは能力や適性に応じてそれぞれ銀河中の様々な部隊に配属されるのだ。
このコルラグ・サフィラスでの任務がおそらくBF中隊所属として最後のものになるだろう。今回も順調だ。レーザー砲を発射することもなく仕事は終わるはずだ。アカデミーを卒業後、二度目の任務ではけちな海賊の船を撃ち落とす必要が生じたが。
テジュンは少し拍子抜けしながらも、胸を撫でおろした。危険や争いを避けたいわけではない。銀河の平和のために、命をかけることに恐怖は感じていない。帝国の推し進める正義のために。問題は、その正義がますます信じられなくなっていることだ。実際に軍務を行うにつれて、ダイアディーマ・ネルソンに渡された『銀河帝国への余命宣告』が声高に叫んでいた数々の糾弾の言葉が、頭を離れなくなっている。
もちろんテロ行為に加担し、反乱を起こそうなどとは思わない。だが、平和維持と公益のために誰かの命を奪うことを命じられたとき、大きな秩序のために少数の犠牲を無視するよう求められたとき、自分は心からそれに従えるだろうか。もはや自分が以前のように確信を持てなくなっていることが明らかになり、帝国軍人として歩み続ける自らの将来の姿はぼんやりと霞んで、消えかけていた。
できるだけ早期に軍務を去り、この苦悩から逃れよう。テジュンは今やそんな思いを抱いていた。輝かしい帝国のヒーローを目指していた純朴な青年の姿はもはやそこにはなかった。
ただ一つ気にかかるのは、愛国者であり皇帝の熱烈な支持者である父と母のことだ。両親は銀河共和国の市民として、クローン戦争を経験していた。戦争が終わりに近づいた頃コルサントに滞在していた二人は、分離主義者たちの電撃的なコルサント侵攻作戦をその目で見た。
上空を宇宙艦隊が埋め尽くし、赤や青の光の矢が雨のように降り注いだ。恐るべきドロイドの軍勢は首都の街路を蹂躙した。建物が倒壊し、煙が上がる。鳴り響く警報の音。逃げ惑う人々。悲鳴。テジュンは、そうした恐ろしい瞬間の話を何度も聞き、その度にまるで自分もそこにいたかのように息を詰まらせたものだ。そして父と母の話は決まって、パルパティーン議長がいかにして、おぞましい姿をしたエイリアンたちと無慈悲なドロイドの軍勢から共和国を守りつづけたか、そして卑劣なジェダイ騎士団の裏切りというさらなる凶事にあっても勇敢な戦いをやめなかったかという賛辞に移っていくのだった。戦争が過ぎ去り、秩序と安全が保障された世の中で我が子を産むことが出来たのがどれほど喜ばしいことであったか、両親はテジュンに言って聞かせた。テジュンが長じて帝国宇宙軍のパイロットを目指すためにアカデミーに入学したいと話したとき、二人の顔に浮かんでいた誇らしげな笑みを今思い出し、やはり彼は辛くなるのだった。
父と母には、今彼が抱いているような葛藤や疑念はなかったのだろうか。
それにしても、彼に禁書の冊子を手渡し、いわばこの苦悩を引き起こした元凶であるダイアディーマはいったい何を考えていたのだろうか。彼女はその後、文書について話すことはなく、変わらずトップの成績のままアカデミーを卒業した。ダイアディーマは群れるのを嫌い、自ら孤立を選んでいるようだったが、その近寄りがたさも彼女にある種の神秘性や不可侵性をまとわせる助けになっただけで、彼女に対する人々の評価が下がることはなかった。
今回、彼女も一緒にこの星へ来ていたが、BF中隊とは別に旗艦の司令クルーザーにおり、新型のインターセプターのパイロットとして待機していた。いわば部隊の切り札だ。
ダイアディーマは今、テジュンのように帝国の正義のあり方を前に葛藤を抱いているのだろうか? それとも、一点の疵もない冷徹な戦闘機械として新秩序を推し進める気概にのみ燃えているのだろうか?