野菜を食べるスープ
梅雨のくせに最近
晴れの日が多い
連日の自転車日和で
海まで走り抜けてやろうかと
空想をフル回転したりして
さてお好み焼きを食べてると
もはや生地よりもソースを食べたいがために
これを食べてるんじゃないかと思う事がある
"ソースを食べるお好み焼き"
"タルタルを食べるチキン南蛮"
"野菜を食べるスープ"
本体よりも
脇役を大いに楽しむのも
食べ方の楽しみの一つで
例えばアートと単に言っても
見る人によって楽しみ方が違う
ある人は絵の具の匂いを楽しみ
ある人は頭の中の妄想を楽しみ
ある人は作家の背景を楽しみ
作品本体よりも
そのサイドにある"何か"に
惹かれる人も多いと思う
というか本体を楽しもうとする人ほど
どうアートを楽しめばいいか分からないに
なっちゃってる気がしたり
実はお好み焼きのソースのように
脇役の部分においしさを発見した人が
アートに取り憑かれるのではないか説
アートの主流である英語圏の国では
コンセプトを楽しむという見方が
当たり前のように存在する
コンセプトは言うなれば
アーティストの頭の中を言語化した
濃厚なソースだと思う
だからこそ表現はあくまでも作品の一部で
美しいや技術が際立ってるなどは
ほんの一部の表現方法に過ぎない
うまく言葉が伝わらない時
「私の脳を見て!」
なんて思うこともあるが
それを作品で伝え
またコンセプトをよく煮込んで
作品本体のおいしさが際立つように
仕上げていく
そんな
"野菜を食べるスープ"的な
アートがある事も知って欲しい
ある程度テクニックや色使いがうまい
アーティストが増えていく一方なので
アーティストは脇役部分(ソース)を
味わいのある濃厚なものにするために
人生をどう展開させるかまで
気にする必要があるかもね
って話でした
雨が降ってきたな