Brad Mehldau - Finding Gabriel: それは巡礼か放浪か (年間ベストアルバム59位)

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Spotify / LP

2019年ベストアルバム2: 75位〜51位

John Zornら一部のフリーキーな界隈を除き当時シリアスなジャズにおいて演奏の素材になるとは考えられていなかったRadiohead等パンク以降のロック楽曲の演奏、インタープレイやインプロヴィゼーションの価値を再び取り戻さんとする様々なプレイヤーとのデュオ作品、後にDavid Bowieの遺作『Blackstar』に参加するMark Guilianaと自身の演奏をシンセサイザーに縛ってドラムとシンセのみで構成したMehliana名義作品、そして昨年にはバッハ楽曲と自作曲を交互に並べる表面上はしかめつらしい程(実はある種ポップな見方も出来る作品と思うのだが、その詳細は冗長になるのでここでは避けよう)の『After Bach』……多少リラックスした表情の作品、例えば『Places』でも、そのアルバム名が示すように殆どの曲名が地名そのままであるなど、常にコンセプトを固め学究的な姿勢でジャズの枠組みの拡張を試みてきたピアニスト、Brad Mehldau

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そんな彼の最新作であるこの『Finding Gabriel』は、一聴してサウンド面のコンセプトが掴みにくい。冒頭からシンセサイザーによる教会旋法が響き、完全にアコースティック楽器のみで構成された楽曲は無いというのは、マーク・ジュリアナが参加している事からも前述Mehlianaのようなエレクトロニック路線の延長?とも言いたくなる。しかしシンセを含めたエレクトロニクスの存在感は曲によってパートによってまちまちであるし、ドラムも自ら叩くひとり多重録音の楽曲に数多くのミュージシャンを集めて録音された楽曲、肉声コーラスを取り入れた楽曲にモノローグやダイアローグを挿入した楽曲、完全インストゥルメンタル、と、これが保守的なアコースティック・ジャズのみを演奏してきたピアニストならば編成の拡張や録音での実験と言えるが、アルバム単位で様々なアプローチにトライしてきたメルドーとしてはどうにもバラ付きがある。

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ここで、音を全く聴いておらずとも、『Finding Gabriel』というタイトルで教会旋法を用いていると聞けばコンセプトはあるのでは?と勘付く向きも多いだろう。そう、ガブリエルとはラテン文字由来の言語圏で現代も広く見られる名前であるが、その多くがそうであるように由来を聖書に持つ。そしてそれをFinding=探しているというのは、宗教的巡礼を意味しているのではないかと。
その推測は概ね当たっている。何せLPのインナースリーヴには大半の曲クレジットに聖書の引用が添えられているのだから。とはいえ、"大半"というのは即ち無い曲もあるという事で、また冒頭「The Garden」こそ教会旋法=モードを用いかつBecca StevensとGabriel Kahaneによるコーラスがゴスペルめいた宗教的高揚感を添えるものの、続く「Born To Trouble」で早速作曲にあたってモーダルなアプローチ縛りは無い事が明らかになる。トラディショナルな、とか、ありふれた、と形容するにはギミックに満ちているが、一般的なコード進行を軸とした作曲法だ。思わせぶりな要素をあちこちに散りばめながら、そのどれもが貫徹されていない。どうもいつものメルドーでは無い。

では散漫な駄作なのか?といえばさに非ず。むしろ本作は非常に優れた楽曲群を、SSW的とさえ言える内省と共にロックアルバム的な美意識でまとめあげた大傑作だ。軸足は異なる領域に置いているとされるアーティストがSSW的な内省でロックアルバムのようにまとめたという点では、決して表面的なサウンドの共通項は多くないものの、現代ジャズ版かつインスト版(前述のように語りは一部に含まれるが)のFrank Ocean『Blonde』とも言いたくなる。
稀代のコンセプターが齢50を目前にした2019年という年に辿り着いた新境地が、音楽的要素や言語化出来るコンセプトよりもエモーショナルな表現を先行させた形というのがなんとも興味深い。
それは貫徹こそされていないものの匂わせる宗教的巡礼と重ねて、ドラマティックな展開を持つ楽曲群の累積は人生の旅路の如く響く

どちらかと言えばサウンドを分析するよりそのエモーションに浸りたい作品ではあるが、メルドーの音楽的探究心もまだまだ錆び付いていない、いやここに来て更なる冴えを見せていると呼ぶべきだろう。最後に、特にカッティングエッジな若いアーティストを追っているリスナーの食指をも動かしそうな部分を中心に音楽的要素を具体的にいくつか抜き出してこの評を閉じる事にしよう。

「Striving After Wind」ではマーク・ジュリアナがエレクトリック・ドラムスのリアルタイムトリガーでトラップのビートを叩いている。トラップビートを表面的に鳴らしただけで何を今更、とも思われるかも知れないが、マークのドラミングを知るならばこの曲が未聴であってもただ単にハイハットのロール等を表面的になぞった等だけでは無いと察しが付くはずだ。ドラムにおいてはマークだけでなくメルドー自身も冴えたプレイを聴かせている。「O Ephraim」における金物の抜き差しの異様さは、本職ドラマーからクラブミュージック・プロデューサーまでの度肝を抜くだろう。

ミックスにおけるトリッキーな加工が随所で効果的な本作だが、「Deep Water」のストリングスの音は凄い。一応私もバンド経験があったりDAWもそれなりに使い慣れていたりするので、機種名やプラグイン名、どういった設定かといった細かい部分は必ずしも同定できずとも、ざっくり種別としてどのような音はどのようなエフェクトで作られているかというのはだいたい想像が付くのだが、これはちょっと何を使っているのかわからない。コーラスやフェイザー、フランジャー等いわゆるモジュレーション系と括られるエフェクトをほんの僅かずつ複数かけているのかな?と想像しているが、合ってるかいまひとつ自信は無い。結果的に鳴っている音はストリングスにまるでタイトルの如く水のヴェールがかかったようで、その瑞々しい半固体の”肌触りが聴こえてくる”ような体験はなかなか得難い。

更に「Proverb of Ashes」Billie Eilishもかくやという超低域のサブベースが鳴り響く。こういったサウンドを付け焼き刃にならずに取り込めるメルドーの感性には感嘆する他無いが、その曲から続いてアルバムのラストを飾るタイトル曲では、もう少し上の倍音が存在感を強めてよりヒップホップ的なサブベースとラヴェルめいたアコースティック・ピアノが共演するという凄まじいサウンドスケープを聴かせる。



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HAL1989
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