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「変数思考」の重要性

目の前の事象から有用な知見を得たい時に、役に立つ思考法がある。その1つが「変数による思考」だ。記事タイトルでは、認識しやすいように「変数思考」と略している。

「変数による思考」は、書籍『リサーチ・デザイン 経営知識創造の基本技術』(著者は田村正紀氏:神戸大学名誉教授、2006年、白桃書房)で触れられているコンセプトである。ここでいう変数とは社会科学分野、特に経営分析において重視される要素で、経営組織の発展あるいは衰退といった現象の裏側にある、重要な要因のことを指す。

この『リサーチ・デザイン』によれば、「変数による思考」は、経営学の定性的・定量的な研究いずれにおいても、とても重要な役割を果たす。経営学において、研究を通じて有用な知見を導出するためには、現象の中にひそむ「変数(=重要な要因)」を捉え、変数と変数の間にある関係性を見いだしていくことが欠かせないからだ。変数とその関係性こそが、現象を左右している本質であり、経営課題を解決に導くカギとなる。

例えば、マーケティング理論ではしばしば、「ブランド忠誠」という変数が取り上げられる。消費者がそれぞれのブランドに対して抱く購入意欲はしばしば、「そのブランドに対して好ましい思いを持っているのか、そうでないか」によって左右される。つまりブランド忠誠の度合いによって、購入意欲が変わる。このため、変数――つまり、どのような具体的な値を取るかは不明だが、種類としては同じであり、かつ一定範囲内に収まる数字――と呼ばれるわけだ。

■変数をとらえる

まず、対象となる事象を観察して、変数を設定する。以下は、『リサーチ・デザイン』をベースにして、筆者なりに日常で簡便に使えるようにするべくまとめたものだ。

1)観察した事象の中で、特定できた変数の変数名を決める
2)変数を定義する(=その変数とは何であるのかを、言葉でより明確に説明してみる)
3)変数の属性情報を設定し、変数に対する測定法を仮説的に設定する(=定性的か定量的か、定性的であればどの程度の段階を設定するのが妥当か、など)
4)分析対象となる事例において、変数を適用し、その値を当てはめる
5)上記4)の作業の結果に応じて、1)から3)を適時見直す

例えば、先に挙げたブランド忠誠を題材にすると、次のように描写することが可能だろう。

1)「ブランド忠誠」
2)そのブランドに対して個人(顧客)が固執している程度のこと
3)ブランド忠誠は個人の主観的な感覚であり、定量的に捉えるのは難しい。だが、インタビューなどを通じて定性的に観測することは可能である。大まかには「高い」「中程度(どちらでもない)」「低い」の3段階で捉えられる
4)50代のスポーツサイクルユーザーであるA氏は、米TREKや台湾GIANTに対するブランド忠誠はおしなべて高い。一方、国内メーカーのブリヂストンに対しては中程度。30代のスポーツサイクルユーザーB氏は……。
5)複数人に対して調査を実施した結果、スポーツサイクル分野における3)の程度は、4段階に分けても良さそうだということが見えてきた。

なお、変数設定の妥当性や、変数ごとに取得したデータの信頼性についての議論は、『リサーチ・デザイン』に譲る(一読に値する)。

変数、変数の説明、変数の属性情報などは、いずれも最初のうちは「仮置きのもの」でしかない。作業を繰り返すうちに、変数の設定の妥当性が高まっていく。

■変数関連の種類

分析対象を調査して変数を見いだし、それら複数の変数の間にある関係性を明らかにすれば、「変数関連図」ができる。『リサーチ・デザイン』によれば、経営学での仮説やその体系的な集まりとしての理論は、ほとんどの場合、この変数関連図で図示できる。例えば変数AとBが関係しているという場合は、直線でつなぐ。

A――B

ただし、実際には、これだけで物事の動きを説明するには不十分である。AとBの関係としては、例えば次のようなケースが存在する。

1)Aが増加するとBも増加する(比例関係)
2)Aが増加するとBは減少する(反比例の関係)

それぞれ図示する場合、例えば下記のように表現できる。

1)A――B
    +
※ 線の下部に「プラス」をつけて表現する

2)A――B
    -
※ 線の下部に「マイナス」をつけて表現する。

また、因果関係については次のように表現できる。

1)AはBの原因である、AによってBが生まれる、AはBに影響を与えている
 A → B

2)AとBは相互に影響を与えている
 A ← B
 A → B

3)Aの程度が低いときはBに影響を与え、Aの程度が高くなるとBとの関係は弱まり、そのかわりCに影響を与えるようになる。Aの程度が低いとき、Cの影響は弱い

 A(低) → B
      ……C
 A(高)……B
       → C

こうした図示は、直観的な理解を助ける。だが、文脈によっては複数の意味にも捉えられる。つまり、受け手によって一意に定まらないおそれがある。そのため、図示はあくまで補助にとどめ、明確な文章によって説明することが大切だ。

■「変数による思考」がもたらすもの

変数関連図を含めた「変数による思考」は、それを使う人にどんなメリットをもたらすだろうか。

社会科学系の研究者であれば、まさに『リサーチ・デザイン』が主眼とするリサーチ・デザイン(新しい知識を創造するための、課題設定や理論構築も含めた総合的な研究活動)が、効率的に進められるようになるだろう。

また、私のような取材記者・編集者や、一般のビジネスパーソンにおいても、「変数による思考」を心がけることのメリットは数多くあると思われる。対象とその内部に潜む本質的な構造を、より精緻に、かつシンプルに捉えるような意識づけができるようになるからだ。

「変数による思考」は、「コンセプチュアルスキル」にも通じるものがある。コンセプチュアルスキルとは、経営学者のロバート・カッツが提唱したスキルの一つで、マネジャーなど職位が高い職業人に求められる、物事の抽象化能力を指す。

変数をコンセプチュアルスキルに沿って言い換えれば、「現象の背後にある因果関係の構成要素」である。つまり、変数をうまくとらえることができれば、抱えている課題を根本的に解決させるための重要な視点を得られることにもなる。

人は、目の前にある課題に立ち向かう際に、適切な枠組みを使って論理的・合理的に判断を下しているわけではない。実際のところは、過去の経験から得た従来型の知識、過去の教育や文化的な規範に基づいた習慣的な考え方、宗教的な信条、権威者による意見への従属的な姿勢などによって、惰性的に捉え、惰性的に判断し、惰性的に行動していることが多い。

変化が緩やかな時代であれば、そのようなパターンに従って判断し行動しても、さして問題は起きなかった。しかし近年は、ビジネスを含めた社会生活全般において、既存のパターンに従って行動したら予想外の損失を被るという事案が増えている。

このような時代にこそ、適切なリサーチ・デザインに基づいた、自分の体験に基づいた、自分ならではの確かな知見の構築が求められているはずだ。

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