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野球拳

―――今までの人生で真剣に野球拳に向き合ったことがあるだろうか?

 野球拳で丸裸にした、された人はどれぐらいいるだろうか? 
最後まで"それ"を行った者に待ち受ける結末とは?
 これは成り行きで始まり、成り行きで終わる遊びに本当の終わりをわからせられた人物の話である。

*

 俺は正社員として弁当屋チェーンに勤務している。店長代理としてそこに務めているのだが、系列店を含めて新しい店舗が出来ると勤務先であるこの所沢店から数名が引き抜かれていき、致命的な人材不足でシフト管理が厳しくなった。
 いつものように成り行きで同僚を連れ込んで居酒屋に行くのは無駄な浪費だと気付き、近頃はコンビニで缶チューハイを買って人気のない公園で 一杯ひっかけるのを日課にしていた。

「俺が昔務めてた地元の派遣会社さ、地元帰ってなんとなく覗いたら潰れててさ…」
「おう。」
「なんとなくヤバそうな感じしてたからなんか腑に落ちたわ。やることほとんど軽作業って名ばかりの重労働で給料ピンハネすんのに、内装もスタッフもテラスハウスみたいで、おしゃんな割に実態は真っ黒いとこまでまじテラスハウスだったわ。」
「それ個人でやってる派遣? そんなもん、人材派遣なんてメジャーどころ以外ほぼあかんでしょ。」
「まあね。なんかそこが潰れる前に一回ラーメン屋になったみたいでさ、そこがまた潰れてから揚げ専門店になってた。」
「そこ一回ラーメン屋噛んでんだ。個人で新店出したラーメン屋って初日がピークよな。てか、から揚げ専門店最近増えすぎじゃない?」

 こうして酒と乾き物、遠くから聞こえる雑踏ととりとめのない雑談のハーモニーに酔いしれて飽きたら解散するというのを、ほぼ毎日やっている。ところが、今日は違った。この時間、ほぼ俺と同僚だけの貸し切り空間の公園に、トイレを借りる、軽く運動や休憩して帰る、犬の散歩をするでもない、不審者と形容すべき男が現れたのだった。

「ぼちぼち帰るか。」
「毎回帰るタイミングわからんよな。もう見失うっていうか…」
「いればいるだけ延々と話すもんな。なんか夜寝付けないときの脳ミソここで消化してる感じするわ。」
「わかる。寝ようと思うほどあれこれ考えちゃって寝れんモード入るやつ。なんでこのタイミングで脳ミソエンジン入ってんねんっていうね。」
「キリ無いからこのまま歩きながら話すか。とりあえず駅行こか。」

「…ん?何? あれ。」

 この間、俺たちが話さなければ辺りは沈黙だった。時刻は零時を回っており、雑踏の音もしない静寂。会話が途切れれば必然的に周囲の音が入ってくる。刹那、何かの歌声のようなリズムの低い声が聴こえ、野球のユニフォームのような格好の男が踊っている姿が木の陰に見えた。

 本当に恐怖に直面した時は声が出ないと言うが、お互い察して何も言わず早歩きで一刻も早く公園を出ようという意識で、ただただ歩行に集中した。

「野球するなら~こういう具合にしやしゃんせ~」

 はっきりと聴こえた。するとあの格好も服装も納得がいく。

「うわっ!」

 同僚の驚く声にビビると、目の前にさっき木陰にいたはずの男が、公園の入り口を塞ぐようにして目の前にいる。足元に意識を向け過ぎたのか、まったく気が付かなかった。目の前の男は無機質な声質で、学生らしい未成年にもオッサンにも見える雰囲気で、といっても顔はよくわからない。

「 アウト セーフ ヨヨイノヨイ」

 とっさに同僚がじゃんけんの姿勢でグーを出すと、男はチョキを出していた。潜在的に、反射的に、次にじゃんけんが自分に向けて来るとわかると適当なポーズを手で作って出してしまうのだろう。これも一種の防御反応なのだろうか。
 男は何も言わず上に着ていたユニフォームを脱ぎ捨て、猛スピードで走って逃げるように去っていった。

*

 あの夜の出来事はしばらく持ちネタのようにして周囲に話しまくっていた。人気のない公園と言うこともあり、不審者情報としても警戒度が高まった公園は今は寄り付かず、また居酒屋で飲む日常に戻ってしまった。周囲に人がいる環境の安心感に慣れてしまった。

「生きてる人間が一番怖いわ。」
「すべての怖い話のオチ結局そんな感じだよな。」
「でもさ、あれ引っ掛かるのがさ、アイツ瞬間移動した?」
「な! 俺もそれ全然気付かなかった。気付いたらいたよな。」
「今だから笑い話の体で話してるけど、我に返ると全然笑えんのよ。」
「なんか面白いことないかな~。上書きしたいよな?」
「当分あれを超す出来事なんてないだろ~」

 そう言って何気なく地元のニュース速報をなんとなくスマホで眺めてると、あの公園の記事が出てきた。

「お! あの公園地元ニュースになって…え?」

公園で殺人未遂か 周辺に切断された身体の一部を発見 埼玉

 19日午前6時半ごろ、●●公園にて、血痕の付いた野球のユニフォーム、眼鏡、また切断された身体の一部が見つかった。通報したトイレ清掃員の50代男性によると、忘れ物と思い木陰に脱ぎ捨てられた衣服複数を発見後、周辺に血痕や身体の一部を見つけたと話している。その時周囲に男性以外いなかったことから、昨夜未明に発生した殺人未遂事件として埼玉県●●署は捜査している。

 今現在、その公園は黄色いテープが張り巡らされ、誰も寄り付かなくなった。あの日見たあの男、もしじゃんけんで負けていたら、いや、あの最初のじゃんけんで終わっていなかったらどこまで続いていたのだろうか。もし終わりがあるとしたらそれは…。

*

「もう公園飲みは当分できないな。」
「当分どころじゃないだろ、もう。」
「あれさ、他に目撃情報とかあればいいんだけど、俺たちぐらいしか多分知らないよな?」
「…なんかそんな感じだよな。」
「思ったのはさ、一見あのユニフォームの男がじゃんけんで負けて全部脱いで、気がおかしくなって自傷行為で…って感じかと思ったんよ。」
「あー、もしかしたら相手もいない可能性あるよな。俺普通に相手いる体で考えてたわ。」
「それもあるかもな。ただ…ユニフォーム以外にも衣服はあったんだぜ? 眼鏡って書いてあったけど、アイツ、掛けてなかっただろ? 暗闇だからこそ逆にわかると思うんだけどさ…」
「…たしかに。」
「もしさ、相手の方が負けて他に脱ぐものが無くなって…て考えたらさ、アイツが手を加えたんじゃないかなって…」
「やめろよ。」
「まあ、眼鏡ってあったから相手が取り乱して落としていっただけってのが現実的よな。でも衣服複数って引っ掛かるよな。」

*

 二人でもう一度あの公園を見てみようと、仕事帰りに寄ってみると、何の音もしない公園は異様な空気が纏っていた。すぐに掲示板の事件についてのビラに目を引かれた。

――――
●●公園内殺人未遂事件

令和6年(2024年)4月19日午前6時半ごろ発覚

概要:
●●公園内にて、野球のユニフォーム(上半身のみ)、眼鏡、ジーパン、下着(上下)、靴及び靴下に至る衣服と、身体の一部が見つかった。
DNA鑑定により、一部衣服から検出されたDNAと残された血痕のDNAから2名の個人が識別された。このことより、同署は殺人未遂事件として捜査をしている。

〇目撃者の証言
公園内西側、木陰付近にて上記衣服複数を発見後、身体の一部及び血痕を発見。当時目撃者の男性以外他に人物がいなかったことから、昨夜未明にかけて発生したものと見られる。
―――

●●警察署 04-××××-××××

 

野球拳。どちらかが死ぬまで終わらない遊び。


上半身のみ、か」

 本当に恐怖に直面した時は声が出ないと言うが、お互い察して何も言わず早歩きで一刻も早く公園から離れた。

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