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8月は青春と朱夏のグラデーション

8月が終わろうとしている。8月は少し長めの休暇を取り、友人とモンゴルへ旅行をしてきた。初めての訪問である。また私にとっては四年半ぶりの海外であった。

一面の草原に丘が点在する独特な地形を目の前にすると、日本ではないことを実感した。

モンゴルは社会主義から資本主義へと転換して30年ほどになる。中国とロシアに囲まれた中央アジアの雄は成熟へと向かう最中にある。

かつて騎馬の力で世界を席巻し広大な版図を作り出した元はヨーロッパとアジアをつなぎ、「世界史」を作り出したとも言われる。

その立役者たる英雄たちに現代モンゴルは何を思うのか。友人たちと想像力を膨らませた。

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馬たちと戯れているとき、日本には台風が迫っていた。能天気な私はその行く末にまったく気を取られていなかった。

しかし帰りにモンゴルから北京経由で帰途に就こうとすると北京からのフライトがあえなくキャンセル。

結局、二日間空港近くのホテルの窓から目の前をゴンゴン飛ぶ航空機を眺めていた。思わず「うらめしや」とつぶやいていた。

これまでの人生で海外旅行に行くと何かとトラブルに見舞われていたが、今回も例に漏れなかった。

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8月が終わろうとしている。真夏のピークが去ったと天気予報士がテレビで言っていた。

中国の五行思想で四季は「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」と表現される。私たちが「青春だね」と言う時、無意識にこの四季の移ろいを人生に当てはめている。

希望に満ちた「青春」が終わり、気づけば私たちは「朱夏」を迎えようとしている。「朱夏」は真っ赤に燃えた太陽や空の青のイメージ。赤々とした情熱の季節である。人間の年齢に当てはめれば30代から50代の働き盛りを指す。

何かと「青春」が称揚されるこの世の中だが、気づけば私も27歳。これから「朱夏」を迎えようとしている。

「青春」にはわたしたちを魅了する何かがある。何者でもない時に自分が何者なのかを必死で示そうとするとき、人は自分の可能性を信じ抜くのである。

そんな甘美な「青春」の続きをいつまでも求めたい気持ちもあるけれど、おそらくその先にもっと素晴らしい季節があることをおそらくまだ知らない。

青々とした空が熱を帯びてくる。空には少し霞がかかってきて、時には息苦しいくらいの熱風を吸い込まなければならないだろう。その過程の中で私たちはこの世界に接地できるのかもしれない。

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草原の中でカラッと乾いた爽やかな暑さに身を任せている時に日本では岸田首相が次期自民党総裁選挙に不出馬を表明したことを知った。

日本に帰国すると政局の季節となっていた。自民党と立憲民主党のリーダーを決める選挙が同時期に行われる。政治はにわかに熱気を帯び始めた。その中でまた自分ができることを探していかなくてはならない。

爽やかなモンゴルの草原と熱気を帯びた権力闘争。今年の8月は青春と朱夏のグラデーションだった。

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