距離を詰める
動物園に行く前に、不注意から怪我をしていた。
森山とのLINEが、月に数回から週に数回になった頃、怪我が治ったお祝いにと森山が食事に行こうと連絡をくれた。
お店を決めたのはわたし。
非喫煙の世の中で、テーブル席で喫煙可能なお店。
彼もわたしも喫煙者。
そこも、楽に過ごせる理由だった。
山田は煙草が大嫌いだった。
付き合ってもいないのに煙草はやめろと言った。
お店のテレビに映し出された音楽番組を観ながら、世代も微妙にかぶることから音楽の話で盛り上がった。
少しずつ森山を知っていく。
L'Arc~en~Cielが好き。Janne Da Arcが好き。アイドルはよく分からない。趣味がないからドラマと映画ばかり観ている。アニメは観ない。食べ物はタコが好き。バイスサワーが好きだけどなかなか置いているお店がない。
閉店時間が近づき他のお客さんのお会計でレジがバタバタしている間にわたしはお手洗いへ行った。
詫び肉のときのようになるものかと、今回はテーブルにお金を置いていった。
お手洗いから戻る。
テーブルに置いたお金がそのまま残されていた。
森山が笑顔で言った。
「お会計したので帰りましょう」
お前ーーー!!!
だから奢るなとあれほど!!
「違います、今夜は怪我が治っておめでとうのお祝いです。次は奢りませんよ?」
そ、それならまぁ…
ならばご厚意に甘えて…
森山も、そこそこ言うようになってきていた。
風の冷たい、寒い夜だった。
森山がバッグから手袋を出し着用した。
彼からは絶対に手を出してこない。
ならばこちらから
少しだけ距離を詰めてもいいかも、と、
わたしから手を繋いだ。
森山が照れくさそうに
「…手袋しなきゃ良かったなぁ」
と呟いた。
もう山田のこと、忘れてもいいよね。
いい加減もう忘れよう。
忘れたほうがいい。忘れるべき。
この日を境に森山はわたしのことを「ひつじさん」から「ひつちゃん」と呼ぶようになった。