#18「結界師」とコンプレックス
どんな人間でもその一つや二つは持っているだろうというのがコンプレックスです。自分の身なりであったり、性質であったり、はたまた環境であったりと、悩み、考えることはよくあることだと思います。しかし、自分と周りを比べて、劣等感を抱いてしまうことは、全て悪いことではありません。その感情があったからこそ成長できることも十分にあります。
そういったコンプレックスについて上手に描いている作品の一つが「結界師」です。田辺イエロウさんが週刊少年サンデーにて連載していた漫画作品ですが、内容は意外と重く映るようにもなっています。登場人物たちの抱いているコンプレックスや、自身の運命との葛藤は、大人になってからでもハマる要素が満載となっています。
その中で、私が特に印象的だと感じたキャラが以下の三名です。ちなみに、結界師を知らない方からすれば何のこっちゃな話です。
墨村正守
主人公墨村良守の兄であり、裏会十二人会第七客にして実行部隊夜行の頭領。初登場時から強力な術者であり、敵に対しては容赦が無い反面、面倒見がよく部下から慕われている良きリーダーでもあります。
彼が抱いているコンプレックスは、実弟良守と自分についてです。墨村家の長男として生まれながら正統継承者の方印は表れず、烏森は良守を選びます。その運命から自身の負の部分を受け入れると同時に、烏森や十二人会などの正体不明で古いしきたりのあるものを嫌い、抗うようになります。それゆえに彼は圧倒的な強さを求め戦いを続けるのですが、相手は皆が皆正守の数段上を行く強者ばかりです。強力な術者として登場した彼が、歯を食いしばり試行錯誤を繰り返しながら前へ進もうとするその人間臭さは、登場当時の冷徹だった雰囲気も相まって最大の魅力となっていきます。
また、対無道戦の折、それまでの鬱憤なりの様々が爆発した兄弟喧嘩、弟を守ろうとせんがために戻ったシーンは、彼がコンプレックスの壁を一つ乗り越えたようにも思えます。正守が抱いていたように、良守もまた優秀な兄へのコンプレックスを抱いていたので、それぞれの葛藤がありながらの正守の心技両方の成長は、彼が強くあろうとした結果だったのでしょう。
扇六郎
十二人会第八客、常に天蓋を被った謎の風使い扇一郎。その正体は兄弟六人の集合体なのですが、その一人だったのが六郎です。正守と扇一郎が戦った際、全てのダメージを負わされた挙げ句見捨てられた彼は、正守と奥久尼によって助けられましたが、彼もまた身内兄弟にコンプレックスを抱いていました。
風使いとして優秀でありながら、兄弟の中では最弱であり、扇家の正統継承者ではないことに劣等感を抱きながらも、兄弟のため、文字通り手足となりますが、結局は先述の通り見捨てられることとなります。自分の居場所を無くさないように力をつけ、兄弟のためにと動いていた彼のことですから、そのショックは描かれていた以上のものだったことでしょう。
その後、彼は扇家次期当主となる七郎と行動を共にするに至るまで回復しますが、心の傷まで完全に癒えたのかは定かではありません。正守と同じく、身内へのコンプレックスを抱いていますが、弱者としての葛藤という点でまた違った悩みも持つキャラです。
火黒
物語の序盤、良守の最初の覚醒のキーパーソンとなった火黒。黒芒楼の一人で、包帯と和服をまとった人型の妖です。ちなみに私が一番好きなキャラとなっています。
彼は独自の美学を持っており、常に強い相手との戦いを求め、そのためであれば敵であろうと生かすようなこともします。志々尾限と良守の素質に気づき、彼らをより強くしようと動いていたことから、その考えは見て取れます。生前の彼は江戸時代の人斬りで、当時から刀で斬るその刹那の感覚を追い求めていました。妖になり、永遠の時間を手にしたことで、よりその感覚に触れられると考えていましたが、実際のところは何かが違うと語っています。
彼は、自由を手に入れ、その時間と刹那の感覚を謳歌します。彼の言う自由とは、孤独であり、孤独を恐れないこと。それゆえに、同じく孤独を感じていた限を仲間にしようとしていましたが、その姿を見た良守に、本当は孤独に耐えられずに仲間を求めているのだと指摘されます。
彼の抱いていたそれが、ハッキリとコンプレックスだったのかと言われれば断言しかねますが、少なからず彼は孤独に苛まれていたことでしょう。最期、良守の真界を受けて追い求めていた刹那の感覚に触れながら消えられた分に、救われたのではないかと思います。
黒芒楼編は、登場するキャラそれぞれが複雑な背景を背負っており、完成度は作中最高だと思います。その中でも飛び抜けて輝き、葛藤の中でもがいていた火黒は、主人公良守はもちろん、我々読者にとっても特別な存在でした。
ジャンルで言えばダークファンタジーと呼ぶべきなのでしょうか。子供が読むにしては、あまりにも闇を抱えたキャラが多かったと思います。反面それが最大の魅力となっています。
コンプレックスと共に生きるのか、それを克服しようとするか、はたまた武器にしてしまうか。答えは人それぞれにあって、容易には見つけられないでしょう。個々人にとっての最大のテーマでもあるこの課題について考える機会ともなりますし、ヒントになり得るかもしれない結界師は、読んでみるべき作品の一つであると思います。
完全版も出たので、良い機会かと。
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