「箱」
誰にでも、「開けたくない」けれど「捨てられない」箱がある。
それは一週間前の洗っていない弁当箱だったり、はたまた若いころの記憶の箱だったり。
私の場合は、押し入れに入れてある桐の箱だ。
年末が近くなり、仕事もある程度落ち着いてきたので大掃除を始めた。
重い腰をあげ、押し入れにある物を順番に出していく。
秋にしまった夏物の服と靴、空気が乾燥してきてやっとしまった除湿器、
しばらく前にもらって扱いに困っている古い炊飯器。
未使用の布団カバーとタオルのセットも出てきた。
そして例の桐の箱。
すべてをテーブルの上に置いて掃除を始める。
軽く埃を落とした後、濡れた雑巾で押し入れの中を拭いていく。
こうして完全に押し入れの中に入ってしまうと、先ほどまで置いていた物たちの気持ちになった気もする。
薄暗くて涼しい。木のにおい。
「開けたくない」箱が物理的なものなら、少しは気楽なものだ。
絶対に開けなければいい。
記憶の場合はそうともいかない。
知り合いに昔のこの時期に何をしていたのかと聞かれたり、両親に当時の思い出話を一方的にされたりしてしまうからだ。
私の場合、そのどちらともに当たる、かもしれない。
でも基本的には物理的な箱だけだ。当時を知る人はもうこの世にいない。
実家を離れ、一人暮らしを始めた時期だった。
なんやかんやあり、結果、残ったのがこの桐の箱だった。
むしろこの箱が残ってくれてよかったのかもしれない。
そうでもなければ、人生のあの時期は本当になかったことになるから。
いやでも、やっぱり、触れられたくない秘密なんてない方がいい。
押し入れの拭き掃除が終わり、元通りにしまおうとテーブルの上を見ると、箱と目が合う。
これは、絶対に開けられない。開けてはならない。
そして、捨てられない。
中身は………昔、私がひとりで産んだ子だ。
待て。
俺は、男だぞ?
なんで
桐の箱の蓋が、動いた。
【続く】
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