スポーツドクターの出来ること
実業団女子駅伝の予選会となるプリンセス駅伝をテレビ観戦していると、最終区、本選への出場圏内を走っていた選手が転倒、動けなくなる様子が画面に。
正直、『あぁ、またか』と。
以前にもプリンセス駅伝ではレース中に骨折して四つん這いでリレーしたことが話題となっていましたし、高校駅伝でもレース中に骨折して手術となった例がありました。
競技中に走行不能となることを繰り返す女子駅伝ですが、TwitterではEKIDEN NEWSさんが以下のようなつぶやき。
生意気にもこのツイートに
『言いたいことはわかります。そこにメディカルを受診することを加えて頂ければと思うのですが。素人が判断するなら根本は無知な指導者たちと同じです。』
とリプライしたところ、なんとEKIDEN NEWSさんから返事が!
『補足をユズルさんが書けばいいんじゃないでしょうか。』
確かにそうだなと思いこのnoteを書いている訳です。
自己紹介
今回のアクシデントの原因
女性アスリートの無理な減量、摂食障害の問題について
「ドクターに診てもらう」ということ
陸上界への提言
1. 自己紹介
申し遅れましたが、最初に自分の立場を紹介すると、本職は整形外科医、スポーツドクターの資格をもち、陸上競技の大会で救護をしたり、アメリカンフットボールのチームドクターや大会ドクターとして活動してます。病院やクリニックではスポーツ障害を中心に診療していて、とくにオーバーユース障害(アキレス腱炎など腱障害、疲労骨折など)の治療を多く経験。自身も学生時代から陸上競技を続けていて、マラソンの自己ベストが2時間28分54秒 、福岡国際マラソンを10回、びわ湖毎日マラソンを1回完走している現役のランナーです。
2. 今回のアクシデントの原因
今回、駅伝中に起こったアクシデントについて、
『大腿骨疲労骨折が競技中に悪化して転倒した』
と仮定します。。
『骨折して転倒か、転倒して骨折かわからないじゃないか。』ということをおっしゃっている方もいますが、私は映像を見る限り、骨折→転倒と考えるのが妥当ではないかと思います。そもそも、20歳前後の健康なアスリートが、今回の映像で見るくらいの転倒による軽微な衝撃で、『正常な大腿骨』を骨折することはほとんどありません。
ということで、自分が診察もしていないものを憶測で話すのは良いことではありませんが、
『大腿骨疲労骨折が競技中に悪化して競技続行することが出来なくなった』という仮定で話を進めていきます。
余談ですが、整形外科医の立場で話すと、通常では折れないようなわずかな力で骨折することを病的骨折といいます。大腿骨で病的骨折を生じる原因としては、疲労骨折の他に、骨腫瘍や骨粗鬆症の治療薬、ステロイドの長期使用などがあげられますが、今回の場合その可能性は非常に低いと思います。
3. 女性アスリートの無理な減量、摂食障害の問題について
この仮定のもともっぱら話題となっているのが、女性アスリートの無理な減量や摂食障害の問題。
これは女性アスリートの3主徴にもとづく話ですね。
簡単にいうと、エネルギー不足から無月経、骨粗鬆症がおこり、疲労骨折のリスクも高まるというもの。だから食べることの重要性をみなさん言うわけです。
もちろんそれは間違いじゃないのですが、医師の立場から申し上げると、骨密度は20歳くらいがピークとなるので、それ以降いくら食事を頑張っても大きく骨密度を改善させることは難しいのです。
つまり、中学や高校時代に過度な食事制限、ハードトレーニングを続けて骨密度が低い状態をつくってしまうと、その後の選手のコンディションは厳しいこととなるのです。
一定の年齢に達した後になっても初経が来ていなかったり、生理周期が安定しない、3ヶ月以上の無月経があるなどといった場合、骨がもろくなり、「骨粗鬆症」や「疲労骨折」を起こしやすくなることがわかっています。もちろん、骨だけでなく将来の妊娠に対する影響もありますので、婦人科の受診も必要となります。
4. 「ドクターに診てもらう」ということ
では、今回の悲劇を防ぐためにはどうすればよかったのでしょうか。
例えば、出走前や練習の段階で、なんらかの症状はなかったのでしょうか?圧痛や把握痛、腫れ、といったような前駆症状があり、ドクターによる診察を受けることができていれば、未然に防げていたかもしれません。選手本人はもちろん、トレーナーや監督・コーチから見て「原因不明」の違和感があったようなら、なおのことそのままにしておいてはいけません。
あるいは、競技には影響するような症状として表れていなかったケースでも、月経周期の不順など、身体がなんらかのSOSをあげていたかもしれません。こういった身体のサインをとらえ、骨の状態などを事前に把握することができていれば、対策もとることができたのではないかと思います。
5. 陸上界への提言
私は、スポーツを行う上では日頃からきちんとドクターが関与出来る体制にならないといけないと思います。しかし、日本の陸上界は、ドクターの関与が非常に少ないのではないかと思わざるを得ません。
まだまだ、実業団チームに関わる監督、コーチ、トレーナーなどのチームスタッフや治療家のなかでもドクターの必要性を理解していただいている方は少ないと思います。
先日、陸連の医療スタッフと話した時のことです。
『選手が故障しないチームがあるんだけど知ってる?』
え、そんな陸上競技の強豪チームでどんなに良い指導してトレーナーやドクターが頑張ってもそんなの無理ですよ、と答えると、
『違うんだ、そこの監督が言うには「故障というのは故障と思うから故障になる。だから故障という概念をなくせばよい」って言うらしいんだ。』
え…。
なにそれ。いま令和ですけど。
『故障しないからアイシングも禁止らしくて、選手が合同合宿や代表として遠征にいくと、監督に隠れて氷を貰いにきたりするんだよ。』
いや、だからいまは令和だって。
そんなチームの選手に医師が介入するのは難しいですよね。
アキレス腱の痛みを抱えており、何年もチームのトレーナーや整骨院に診てもらったが一向に良くならず、藁をもすがる思いで僕のもとを訪れた選手がいました。結果、レントゲンやMRIで痛みの本当の原因がわかり、その原因を取り除いたことで数ヶ月後には無事競技に復活することができました。この選手のように、医者にかかるのが遅くなったことで、時間を無駄にしていたアスリートもいるのが現状です。
アスリートにはスポーツドクターが必要です。もちろん、我々ドクターにもこうしたことを理解いただくべく、発信できてこなかった責任があると思います。だからこそ、今回こうして筆をとった次第です。
ドクターにより適切な診断が行われ、それをもとに適切な治療を行い、現場と連携をとりフィードバックしていく。
そんな関係を陸上競技の世界でつくりたい。そのための努力をスポーツドクターとして現場で続けていきたいと思います。
自分の身体を愛するためにスポーツドクターを役立ててください。