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首コン感想②・ものたりなさ

しのき美緒さん主宰のHelveticaハルベティカ Booksは、「第1回HelveticaBooks短編小説賞KUBISMクビズム」、通称「首コン」を開催いたしました。
賞典として、「入賞作は電子書籍・アンソロジー『KUBISM』に収録される」というアナウンスがありましたが、「入賞作品の紙の書籍化」と「一次通過作品及び審査員の推し作品3つ(予定)の電子書籍化」が追加で発表されました。

そしてさらに、文学フリマ東京に出店を申し込み、無抽選枠を勝ち取ったそうです。つまり、来年の5月に行われる文学フリマ東京40にHelvetica Booksの卓が出て、『KUBISM』が出品されるということになります。
しのきさん、皆様、おめでとうございます。
選考委員として関与した私も嬉しいです。

さてタイトルの首コンの感想ですが、今回は生首そのものについてです。
前回の記事でもふれましたが、日本人は(※1)生首の描写を意外と多く目にしているようです。思うに、私たちは人の形をした存在もののいちばん大事な部位は「頭」、つまり首から上だと見なしているのではないでしょうか。
大江山の酒呑童子は首を斬られて討たれました。鬼を狩る使命を受けた青年の活躍を描く人気漫画(アニメ)でも、「首を斬る」つまり胴体と頭部を切り離すことが重要な意味を持っています。逆に、首なしの妖怪変化というのを私は寡聞にして聞いたことがありません。(※2)

かつての日本では「死後けっして蘇らないようにする」ために首を斬り落としていたのかも知れません。そこには首と胴が離されたら一巻の終わり……という前提があるように思います。それでも怨霊になって祟りをなした場合には、首塚を建てて封じたのでしょう。
一方、西洋では心臓を最も大事な部位と考えているように思います。
吸血鬼の類はそこに杭を打たれると滅びますし、もとから首と胴体が切断・分離されているものもいます。そもそも「首を切る」という行為が命を取る手段のひとつでしかなく、それ以上の意味を持たなかったのでしょう。

どうして今回、東西の生首考察をしているのかと申しますと、コンテストの応募作品を読んでいくうちに、和風の生首は喋らない、洋風の生首は喋る……という印象を持ち始めたからです。
たとえば西洋の中世風ファンタジー世界で「喋る生首」が出てきても違和感なく受け入れられるのに、和の世界観で生首が話したり動いたりすると、「どうして動けるのだろう?」という疑問が湧いてきました。さらに最後まで読み進めて生首が動く仕組みと言いますか原理のようなものが説明されていない場合、物足りなさを感じたのです。

いわゆる説明不足の印象は、お題の生首に限ったことではありません。たとえば恋愛やサスペンス……「ある人物」を信じる信じない……という展開において、対象あいてが「イケメン」か「美人」であるという理由で恋に落ちたり、危険な状況に被害者みずから踏み込んだりする作品が意外と多くありました。
非イケメンの私としては当然の拒絶反応を起こし、「イケメンは万能じゃない」と都度メモに書き込んだ……というのは冗談です。でも「イケメン」や「美人」という単語の頻出は事実で、それだけではいささか説明不足の観があります。
私だけかもしれませんが、とくに容姿に関する言及・描写がない場合、作中の登場人物はやや整った顔立ちで脳内映像化しているように思います。具体的な描写があれば映像が修正されますが、「イケメン」では修正のしようがありません。もともと美男(美女)の人物に付け加える情報としては不十分です。あえて言えば、イケメンは描写ではない、という気がします。

サスペンスやホラー系の作品でも、同様の物足りなさを感じることがありました。生首が登場した時点、つまりお題をクリアしたあと、「作者が満足してしまったのではないか」という印象を受けた場合です。
生首がお題なので、あえて外さなければスプラッターかサイコパスの展開になるのは決まっています。そこにただ殺人鬼を登場させて犯罪行為を描写しただけではどこか物足りません。うまく言えませんがもうちょっと、なんかこう……いい感じに怖がらせていただくか、いっそざらつくような戦慄を抱かせていただいてもよかったように思います。

さすがに入選作はもちろん、一次通過作品、あと一歩で通過という作品のほとんどは読んでいて違和感ストレスを感じないものでした。過不足のない説明なり叙述なりがなされているか、説明不要の設定を選んでいるのだと感じました。
それらの作者様はとくに、読者(選者も含みます)へのサービス精神が旺盛なのだと思います。公募の場合、特定のジャンルに不慣れな読者を置き去りにしないとか、自分とは価値観が大きく異なるかもしれない性別や世代に配慮するとか、読者の立場で考えることができるのでしょう。

上の全てを否定するようですが、こうも思いました。
「もっと趣味に突き抜けた作品が読みたかった」
読み手に不快感だけを与える作品は歓迎できませんが、慄然とか暗澹とかいう印象だけをくっきりと残す作品があってもよかったかもしれません。湖畔の別荘地でチェインソーを振り回す怪人に追われて逃げまどう系のサスペンス・ホラー作品(スラッシャーというらしい)の応募がなかったことは残念でした。

上記はあくまでも私個人が受けた印象です。法則性とか決まりごとではなく、ノウハウを語っている訳でもありません。また作者の皆様が抱いているイメージと相違がございましても、そこはご容赦ください。

今回はこれまで。読んでいただきまして、ありがとうございます。


※1
今回はあえて、「日本人は」という大きな主語を使って、西洋との違いを強調しています。

※2
調べたところ、「首なし馬」や「首なし行列」という怪奇譚がありました。それらを目撃すると、「全身から血を吹いて死ぬ」などと伝わる地方があるそうです。おそらく「首がないのに動いている」という異常で、つよい悪霊性を示しているのではないかと考えます。

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