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雨 母 おはガール

 雨を聴くことしかできない。スマホが壊れてしまったからだ。一人暮らしのOLである私にとってスマホは命の次に大切なものだ。そんな大事なものを殺めてしまった。

 事件は風呂場で起こった。湯船でスマホを持ちながら海外ドラマを観ていた。次のエピソードを見ようと画面をタップしようとした瞬間、うっかり手を滑らせた。
 スマホはゆっくりと湯底落ちた。死んでないのに走馬灯まで流れた。走馬灯にはオフィスのコピー機で書類を印刷している自分の姿が映し出された。人生のダイジェストにがっかりしながらスマホをすくいあげた。
 スマホをタオルで拭き、ドライヤーで乾かした。ホームボタンを押すと通常通りに画面がついたので安心した。
 しかし、使っていくうちにタッチパネルの反応が悪くなり、画面がチラつくようになり、強制的に電源が落ちるようになり、とうとう操作不能となった。
 こんなことになるのであれば、東京での一人暮らしを反対していた母に従うべきだったかもしれない。面倒くさい母親のため、しばらく連絡はしていない。私の一人暮らしでのアラを探して、「ほれみたことか」と言われるのがわかるから。

 スマホが使えない。東京は夜の七時。私の頭の中のピチカートファイブが、雨音でかき消される。こんな天気では自転車も使えず、午後八時に閉店するショップには辿りつけない。翌日の開店は午前十時。それまで何もできない。

 スマホが使えなくなってから、途端にいろんなことが調べたくなった。

【日焼け止め コスパいい】

【骨格ウェーブ 似合う服】

【オフィスカジュアル どこまで】

【コンビニ 歯医者の方が多い 本当か】

【サーロインステーキ サーロインとは】

【andymori すごい速さ】

【おはガール 歴代】

 スマホがあればすぐにわかるのに。今すぐ知りたい。蒼井優と平井理央以外のおはガール。

 雨が更に強まった。時計が午後八時を回った。スマホは明日までお預けになることが確定した。
 ただ雨の音を聴き続ける。世界一無駄な時間。

 雨の音だけを聴いていると不思議と過去を思い出した。
 私が小さい頃、母が長靴を買ってくれた。長靴はマーブル模様で可愛かった。サイズは少し大きかったが雨の日はいつも履いていた。雨が降ると長靴が履けることが嬉しくて、傘もささずに踊った。母はいつも困ったような表情をしていたが、しばらくすると笑っていた。びしょ濡れになりながら、気の向くままに踊った。

【雨 楽しい】

【雨 踊りたくなる】

【雨 母の困り顔】

【雨 母の笑顔】

 頭の中の検索エンジンの急上昇ワードに『雨』が出てきた。さぞかし脳も驚いただろう。

 私はパジャマのまま外に出た。雨の冷たさが心地よい。さっき風呂に入ったことなんて知らない。今は長靴を持っていないので、カリスマ店員のゴリ押しで買ったアディダスのサンバを履いた。サンバでサンバを踊った。

【雨 心地よい】

【雨 サンバ】

【雨 母との思い出】

 次の日、無事に新しいスマホに切り替えた。
 天気を調べると今日からしばらく晴れるらしい。なんとなく寂しい。
 しばらく連絡をとっていなかったが、自然と母にLINEを送った。

「ベッキーもおはガール」

 既読がついたがしばらく返信がなかった。送信したのを忘れたころに、スタンプが一個だけ押されていた。無機質なキャラクターが笑顔を浮かべている。

 既読から返信までの間、母が困った表現をしていたかと思うと、また雨の音が聴こえてきた。

(1376文字)

以下、企画に参加させていただきました。

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