足が速いOL
あいつは仕事が遅い。
私は周りからそんな陰口を言われている。
仕事が遅いのは自分でも自覚をしているし、周りから言われるのも仕方がないとは思っている。
遅いのは仕事だけではない。
ランチでも周りよりも遅く食べ終わる。
無口な方なので、会話に夢中でとかではない。次の選挙でどの政党が良いだの悪いだの、今やっている4年に一度のスポーツの祭典で日本がメダルをとっただの、正直どうでもいい。
そんな私にも唯一速いものがある。
それは足の速さだ。
小学生の頃、男女関係なく短距離走でぶっちぎりで速かった。小学3年生のときには、すでに6年生の記録を超えていた。
中学になると同学年の女子の中で4位くらいだった。でもそれは、目立ちたくないので表彰されない順位になるように力を抜いて調整していた。
特に努力して足が速くなった記憶はない。
小学生のころは家でピアノの練習ばかりしていたし、中学も運動部ではなく吹奏楽部に所属してトロンボーンを吹いていた。
性格のせいか周りからも特に足が速いイメージを持たれていないし、私が足が速いことを知っている人間はいない。
そんなある日、会社の納涼会があった。納涼会と言っても、会社主催のただの飲み会だ。
お酒も飲めないし、おじさん達の内輪のノリが苦手で、欠席できるものなら欠席したかった。しかし、そんな度胸もないので参加した。
案の定、納涼会は楽しくない。
そんな中で、社員が1人ずつ一芸を披露するというノリが始まった。地獄のような時間だ。ある社員はカラオケで加山雄三を熱唱。ある社員は森進一のモノマネ。というかコロッケがやる森進一のモノマネのモノマネ。若手社員にも順番が回ってきて、愛のないヤジが飛ばされている。そして私の番が回ってきてしまった。
私は小さな声で「足が速いので、走ります。」と言った。
周りでは失笑が起きていた。仕事が遅いこととと比較して、また陰口も聞こえてきた。
恥ずかしい気持ち、情けない気持ち、カッとなった気持ちなど、色んな気持ちがごちゃ混ぜになり、思いっきり走った。
その場で少しだけ走る予定だったが、そのまま会場を出て走り去った。
私の速さに対してか、会場を出て行くことに対してなのか分からないが、周りの唖然とする顔が横目で見えた。
そのまま走り続けていると、気づけば何も無い真っ白な空間を走っていた。
先が見えないが、全く恐怖を感じなかった。むしろ久々に全力で走っていることの清々しさを感じている。
走っていると徐々に景色に色がついていくのに気づいた。道も徐々に見えてくる。それに伴い疲労感も感じるようになった。
小学生のとき以来のゴールテープが目の前に見える。あと少し。あと少し。
ゴールテープを切った瞬間、意識が飛んだ。
気づいたら病室。かと思いきや、表彰台の上に立っていた。隣にはケニア国籍の人とアメリカ国籍の人がいた。
どうやら何かの陸上の大会で優勝したらしい。表彰台の1番上で手を振る私。
あの走り出した日から4年が経っていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?