酔いちくれの深夜ウォーキング
「酔いちくれ」とは福岡の方言で「よっぱらい」のことである。
クライアントの社長とビールを飲みながら、打ち合わせという名の語り合いを終え、タクシーで駅まで向かうことになった。
社長は途中でタクシーを降りてお別れをしたのだが、その際に僕にタクシー代を手渡してくれた。何から何までお世話になりっぱなしである。
駅に着いて終電を待っていると、終着で折り返しとなる電車がやってきた。始発駅なのでもちろん座席に座って発車を待つ。
酔った時の電車の着座は危険である。寝てしまって乗り越してしまうリスクが高くなるからだ。
案の定、この終着電車もひとり女性が寝過ごしたまま、この駅まで連れてこられていた。
「終点ですよ」と話しかけようかと迷っていたら、目を覚ました。どうやらやはり乗り越していたようである。
幸いなことに、折り返し電車なので再度寝てしまうことがなければ、目的地まで帰りつくことはできるだろう。
とりあえずは安心だなと思い、その女性から興味を逸らした。
最終電車は予定時刻通りに出発した。実家の最寄り駅までは乗り換えなしの13駅先。およそ30分で到着する。
案の定、寝過ごしてしまい、下車する駅のひと駅先で目が覚めた。慌てて電車から出て改札口へ向かう。
しかも、こんな時に限ってきっぷで乗車したので、精算機で乗り越し精算をしなくてはならなかった。
追加料金50円也。
駅の出口にはタクシーが止まっていたが、乗り越した50円を払った後にタクシー代を更に出す気持ちにどうしてもなれなかった。
多分タクシーだと1,500円以内で移動できるが、文字単価で記事を書いていると、その記事代がタクシー代に消えていくのがなんとなく許せなかった。
それに、明日の心配をする必要もないので、およそ4kmの道のりを歩いて帰ることにした。
ひとつ先の駅から実家の最寄り駅までの道は、海岸線を望むことができる幅の狭い歩道に片側1車線ずつの車道、その横にはすぐに山という絶景のロケーションなのだ。
ここは、高校時代に通っていた通学路であり、懐かしさがうっすらこみ上げてくる。駅を出て、海岸線へと歩みを進める。
しばらくすると、海岸線が見えてきた。しかし、深夜0時を回っているこの時間、海は真っ暗である。対面の沿岸にはポツポツと明かりが見える。
スマホで写真を撮ってみたけど、何も見えなかったので消した。
こんな夜中に歩道を歩いている人は僕以外に誰もいない。もちろん反対車線側の歩道についても同様だ。
長袖カッターシャツ姿であったが、海風の影響なのかこころなしか肌寒い。
「チリンチリン」
後ろから自転車の鈴の音が聞こえてきた。
故意に鳴らしているのか、路面の振動で鳴っているのか、どちらともつかないような音量であったが、歩道を自転車が走っていることに少々苛立ちを覚えた。
酒が入っていたこともあったからか、なんだか気に入らなくて後ろを振り返り、キッと睨みつけた。
自転車を漕いでいたのは、メガネをかけているしがないにいちゃんだった。僕もメガネをかけたしがないおっさんだけど。
彼は僕の横をサッと通り過ぎていったのだが、なぜか走り去る後ろ姿を追いかけたくなった。
やめておけ。
1時間ほどかけて実家に着いた。もうすっかり酔いも覚めていた。
それでは、今回はここまで。